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シャイニング(三題噺)

作者: 霧道 歩

お題「復活」「チーズトースト」「くるま」で書いた三題噺です。


 審判の日は近いということだ。

 その日時については諸説あるが、遅くともあと半年以内、一部の司祭によると今日の午後12時37分21秒に主は光臨するらしい。おれは車内のデジタル時計に目をやった。その時刻まではあと10分ほどだ。1ヶ月前からも1週間前からも1日前からも1時間前からも、そんな予兆はまったく感じられない。大地震が起こるとか、巨大なハリケーンが吹き荒れるとか、空から魚が降ってくるとか、レミングスが異常な大移動をするとか、ましてや死者が次々と蘇るとかそういったことはまったくない。だからおそらく今日ではないのだろう。

 主がどのようにして現世に降り立つのかについても、喧々諤々な議論が交わされている。最もポピュラーなのはミケランジェロがシスティーナ礼拝堂に描いたフレスコ画のような光臨である。蒼穹の空に稲妻が走り、主は眩き光輪から雲に乗って現れ、人々を裁くわけだ。多くの人々がこの場面を夢に見たらしい。また場景は違えど、似たように主の光臨を夢に見た者は多数いる。方舟に乗って大海からやってくる夢、天から伸びた街道を、白馬の馬車に乗って駆け下りてくる夢、夢の形は千差万別だが、興味深いのは人々がまったく同じ日にそれらの夢を見たということだ。だからそれを最後の審判への啓示だととらえるのは、極自然なことだろう。

 しかしながらおれはそんな夢は見ていない。もともと信心深いわけではないから、神の啓示なんてものはどうでもいい。だがおれの家族や友人はみんなその夢を見ている。そうなるとおれだけ見ていないというのはどうも肩身が狭い。最近は彼らがおれを見る目つきが変わったように思える。おれの疑心暗鬼だろうか? いやそうではない。明らかにおれに対する態度が不敬になった。どうも巷では、啓示を受けなかった者は裁かれ地獄におちる罪人だという噂が流れているらしい。ばかばかしい話だ。ならば啓示を受けたやつはみな天国へいくのか? 死刑囚にだって夢を見た者は多い。確かにおれは敬虔な教徒でもなければ、博愛主義者でもないが法を犯すようなことはしていない。天国にいきたいわけでもないが、勝手に罪人扱いされてはたまったものではない。

 あるいは、神には神の定めた法があるのかもしれない。おれは知らぬ間にその法を破ったのだろうか。おれと同じように夢を見なかった人々は、なにか重大な罪を犯した?

 おれは首をふった。知らぬ法のことなど考えても詮無いことだ。いずれにせよ、おれが天国にいくか地獄で焼かれるかはその日になればわかる。

 天国と地獄。

 啓示の日からこの存在を強く意識するようになった者は多い。やはり皆天国へ行きたいのか、慈善活動を行う人々が急増しているらしい。それに反比例して、犯罪件数は激減している。教会には連日、懺悔に訪れる人々で鈴なりの行列が出来ている。

 しかしおれにはどうも、あの世の実在というものが信じられなかった。人は死ねば焼かれて灰になり土に返るだけだ。死は人が死体になること以上の意味はもたない。いつごろからか、おれはずっとそう考えてきた。これは今でも変わらない、もしおれも啓示を受けていれば考えを変えただろうか? 本当に主が現れておれを裁くとき、おれは天国にも地獄にもいかないのではないだろうか。

 突如、燦爛たる輝きが辺りを包んだ。

 目の前が見たことも無いような純白に覆われる。

 おれは急ブレーキを踏んだ。タイヤがけたたましく鳴き、車体が大きく揺れる。激しい衝突で体が一瞬弾き飛ばされ、シートベルトが体に食い込む感覚があった。

 どうやら車はなにかに衝突して止まったらしい。横転はしていないようだが、眩い光のせいで現状が把握できない。

 時計も見えないが、おそらく例の時刻なのだろうと予想した。

 これが光臨なのか? 主が近くに復活し後光を放っているのだろうか。だとしたら迷惑な話だ、裁きを受ける前に死にかけた。

 だがしばらくして、そうではないことがわかった。

 発光しているのは他の誰でもない、おれの体だった。

 これはどういうことだ?

 おれは自分の体を見回した。といっても視力が戻ってきたわけではない。不思議な感覚だが目ではない何かか直接視界を脳に伝えている。周囲のあらゆるも存在そのものが、脳の中でゆらいでいる。そのゆらぎから、おれの胸部が眩く発光しておれを包んでいることがわかった。そしてこの光がほんのりと熱をもっていることが解った。

 これは人体発火というやつだろうか。ならばこの光はプラズマかなにかか? おれはこのまま焼かれるのだろうか。これが裁きなのか。

 しかしおれの体から炎は吹き上がらなかった。しかし周囲のビジョンから、おれ自身が凄まじい熱量を放出していることを知る。おれの体はほんのり温かいだけだが、この光は信じられない熱をもっているらしい。おれの車のアルミボディが溶け出している。シートは発火して、ベルトもチーズトーストの様にバリバリ音を立てて引き千切れた。

 おれは慌てて外へ出た。気づけば服は跡形もなく消し炭になっている。アスファルトの道路は溶け出して半液状化し、街路樹も次々と炎を立ち上らせる。そればかりではない、周囲の家々も業火に焼かれ、慌てて飛び出してきた人々もまさしく人体発火にもがき苦しんでいる。

 人肉の焼ける臭いというのはこうも不快なのか。

 おれはそう感じたが、一方で焼け死んでいく人たちに対して罪悪感も哀れみも恐怖も感じないことに気づいた。おれのせいで彼らは苦しんでいるというのに、そこからなにも感情が生まれてこない。

 白熱の輝きの中でおれは悟った。

 やはり今が最後の審判の時なのだ。

 そしておれは裁かれる側なのではなく、裁く側なのだと。

 啓示をうけなかったおれの様な人間は、主が叩くガベルとして選ばれたのだ。おそらく世界各地で同じようなことが起こっているのだろう。

 おれが道を歩むとあらゆる物、人が炎を吹き上げた。しかし例外があった。数人ばかり、何事もなくただおれに対して平伏し、祈りを捧げている者がいる。おそらく彼らは天国へゆく人間なのだろう。彼らのゆらぎが天へと昇っていくのを感じる。ということは焼かれている者たちは地獄へいくわけだ。そうなると地獄へ行く人間の方が大多数ではないか。彼らがどんな罪を犯したのかは知らないが、神の法は容赦がないらしい。

 道に向こうに、別の発光体が見えた。こちらに向かってきている。おれと同じく白光しており、どんな人物なのか姿形は不鮮明だ。おれとの距離がだんだんと縮まる。やはり向こうの光を浴びたものは燃え盛っている。あと数メートル。向こうもおれには気がついているはずだ。

 光と光が交錯した。

 脳に伝わるゆらぎのビジョンにさほど変化はない。薄い霧の中に入ったようなものだ。

 光の核となる相手の容姿がはっきりとしてきた。老婆だ。しっかりとした足取りで歩みを進めている。

 おれのゆらぎと相手のゆらぎが交じり合う感覚がした。目線があったということだ。しかしおれも彼女も何も言わず、お互いに行き交った。

 彼女のゆらぎは遠ざかり、遠ざかり、おれの感知の外へといった。彼女が通った跡は焼け野原ですでにおれが裁く余地はなさそうだった。おれは方向変えて中心街へ向かうことにした。

  発光体と発光体が出会っても、なにも起こらない。この事実についておれは考えた。あそこで発火している人間は地獄へいく。地獄がどんなところかは知る由はないが、少なくとも地獄の住人として存在を認められるわけだ。

 だがおれ達はどうなるのだろうか。全てが終わった時、おれ達はどこへいくのだろうか。裁く側といっても、おれは神ではない。神の道具にすぎない。その事は自明で頭の中で自然と認識できた。ならば用が済んだ道具はどうなるのか。

 おそらく、裁きが終わってもおれ達はどこへも行かないのだろう。おれ達がガベルとして選ばれたのは何も神に目をかけられたからではない。

 天国も地獄も信じなかった事。それがおれ達の罪なのだ。今ではそのことがはっきりと解る。天国と地獄に疑念を抱いていたからこそ、おれ達がそこで人々を送り込む役目を担ったのだ。自分が送り込む場所の存在を疑うわけにはいかない。しかしおれ達はそのどちらにも行くことを許されない。

 道具は処分もされず、ただ捨て置かれるだけ。

 それがおれ達に対する主の裁きなのだ。

 おれは天を仰いだ。創世以来空に浮かぶあの発光体に、手を伸ばした。




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