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 勇者召喚の儀。

 この国でおおよそ百年に一度、魔王と呼ばれる強力な魔族に対抗するため行われる、異世界からの協力者の召喚を指す儀式である。

 この儀式を経て招かれる異世界からの客人は、常にこの世界の誰をも凌ぐ力と知恵、そして強靱な精神を持っていると言われている。

 魔王の出現により滅亡へと傾く斜陽の世界を、再び明るく照らす異界の光明。閉塞を打開する、唯一無二にして至高の「異分子」。

 それがこの世界における「勇者」と呼ばれる存在であり、そしてまたそう在れる者をこの世界へと誘い、傍で支えることが。

 「喚び姫」と呼ばれるこの国に定められたものの、至上の命題、宿命とも呼べるであろうそのひとの義務、責務である。


「…でもな」


 事実に対するため息をひとつ。しかしその召喚の実態を、正確に知るものはあまりにも少ない。

 この国に日暮らす、ほとんどの者たちは知らない。勇者を召喚する喚び姫、その身の魔力を限界まで絞り切ることで異世界に在る「勇者」を探し出しこの世界へと喚び込む、そのための存在が「ふたご」だということを。

 そして何故、喚び姫は双子でなければならないかという事も、当然、

 ほとんどだれもが知らないままに、世界は常に新たな勇者を迎え、落ち行く世を再興させてその姿を今まで、保ってきた。


「随分と嬉しそうだ、あれは」


 小さく苦笑する。目の前に据えた硝子の球に、今映っているのは私の顔ではない。

 そこにいるのはたっぷりとレースや宝石を使った豪奢な水色のドレスを難なく着こなし、完璧に洗練された所作で召喚への「支度」を進める、私ではないもうひとりの喚び姫の姿だ。世間一般にはただひとりの喚び姫と信じられている、この国の誇る立派な第一王女だ。

 生まれたときは双子であった、うちの一人はしかし五歳の誕生日を迎えると同時に「死」に至る。

 それは喚び姫の悲しき宿命と、…そう、とうの本人であるはずの妹までもが、当然たる事実として、疑いの欠片すら持たずに無邪気に、信じ切っている。


「羨ましいことだな、光の姫君」


 儀式の進捗状況を、確認しようと思えば当然そこには彼女も映り込む。

 清く美しく聡明で、誰にも優しく公正で、己を貫くだけの意思と実際の力、そのいずれもを持ち合わせる希有の姫。おおよそ欠点など見当たらぬような、完璧な「喚び姫」がそこにはいる。

 対して私は醜く汚れ、幾人とも知れない血で欲しくもない力を膨れ上げ増大させ、ここにいる。

 双子の役割は陰と陽―――今更羨ましいなどという気持ちなど湧いてはこないが、しかしそれにしても、本当に随分と違うと、違いすぎると思う。

 どうして喚び姫が、双子でなければならないのか。

 それは確実に勇者をこの世界へ繋ぐ、楔の役割をも喚び姫が絶対に、果たさねばならない、からだ。


「ひとりは召喚においてその力を使い、ひとりは召喚された勇者を支えるべくその力を永劫使う―――」


 いったいいつ、誰がそんなことを決めたのかなど私も知らない。おそらく誰も知らない。どのような伝記或いは歴史書を紐解いてみても、常に喚び姫は「かつてふたりであったもの」であり例外などどこにも存在していなかった。

 その役を陰陽に分けるのは、召喚の魔法に費やされる魔力は常人にはとても保持し切れない、どころかその十分の一を一瞬発した瞬間にからからに干からびて死んでしまうからだ。

 そんな魔力を己がものとするには、幼いころからおおよそ信じられぬような人の所業とは思えぬような、おぞましい山谷を無数に越え続けなければならない、からだ。


「…そしてそんな山谷を、越え続ければ、精神なんて」


 今の私のように無感動にひからびて、何をきちんと感じることも処理することも受け止めて返すこともできずに、ただ莫大な力を保持するだけの強力な「もの」となり下がってしまう。

 そんな歪でむなしい「もの」を、勇者が受け容れるわけがない。そんな不完全でけがれた「もの」は、勇者を支えるどころか勇者の行く末の障害にしかなりえぬだろう。

 だから今この硝子に映る、光の姫君は笑うのだ。

 品行方正に純粋に、美しく強く、やさしい誰もの憧れの的である毅然とした我らが「喚び姫」は。


「………」


 すべらかな肌には傷どころかほくろすら見えない、美しい姫が微笑う。

 どうか勇者様を、彼女へ懇願するいくつもの声に応じ、疲労などまったく欠片も感じさせずにやわらかにしなやかにその手を振る。前へと進む。

 同じ胎をやぶり出た、彼女とはしかし既に、生まれたときから結局は私は星が違うのだ。

 どうして逆でなかったのかと、考えられるような年になるころにはもう私は、影として私となる以外のどんな道をもどこにも、なくしていた。


「なあ、光の姫君よ」


 誰も聞いていないからこそ、今このときだからこそ私は静かに硝子球へ問いかける。答えなど返るわけもない、知っているからこそただ静かにこのみにくい声を紡いでいく。

 優しく強い空青の瞳。ふわりと空を舞う金髪。

 勇者でなくとも誰でもきっと、そう、あなたを選ぶだろう。


「あなたはなにかを、失ったことがあるか?」


 彼女がすべてを得る側ならば、私は何もかもを常に失っていく側だった。

 私と親しくする者は、決してどんな例外もなくいずれはこの国に殺される。そうせねば召喚は成功しないのだと泣いて。それがこの国の、ひいてはこの世界全体のためなのだと大粒の涙さえ流しながら。

 私は結果として私が殺した、私つきの侍女たちの数を知らない。私を守るために盾となり剣となった、騎士や剣士、そしてもっとたくさんの人々のことを何も知らない。

 ただなにより明確に知っているのは、この国に私が知る誰かが殺されるたびに私の力が強くなっていくこと、それだけ。私が手に入れられるのは純粋な力だけで、それ以外のものはいつもようやく得られたと思った次の瞬間には、どう守ろうと努力を重ねてもその努力すべてをあっさり踏み躙るようにして私から奪われる。

 この国は世界はいびつだと、果たしてどれくらいの人が本当に知っているのだろう。

 私のために死んだ、彼らは全員、身分階級など関係なしに国葬にされ遺族も非常に丁重な扱いを受ける。

 たったひとりの娘の力を伸ばすためだけにその命が散りいくつもの悲しみがひらいているのだと、事実を知っているのは私以外に誰がいるのだろう。果たして。


「…はは、」


 ひらりと、ひどくなげやりに硝子球の上で手を動かす。瞬間ふわりと彼女の像はそこから消え、あとは醜い自分の姿だけが球のうちがわには残った。

 隣国より、魔王の実在が確認されたと全世界への報があげられたのがひと月前。じわじわと魔物による犠牲者はこの国においても増加の一歩をたどり、どこか遠い国がひとつふたつ滅びたという噂も市井には既に立っているのだと言う。

 百年前と同じ、斜陽を辿る世界。自分たちが本来持つ力とものだけでは、何に抗うこともまともにできない脆弱で他人任せな身勝手な世界。

 なあ、勇者殿。顔も知らない、きっとそちら側からはこちら側を意識などすることはないのだろうまだ見ぬ人へと私は問うてみる。

 勇者殿。あなたは果たして、この世界に来ることを、我らに呼ばれることを。

 この世界により与えられる、すべてを、…幸福だとそう、いつかは思うのだろうか―――?

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