9話
死ぬ? 殺される?
そんな馬鹿な、と言いたかったが、襟を掴まれているので喉が絞まり、苦しくて声など出せない。
これでは本当に死ぬかもしれない。頭がぼんやりと、血がのぼったように熱くなった。
「―――待って、ヴァティ!」
黒髪の少年が叫んだ。ヴァティ、と呼ばれた茶髪の方の少年は、掴んでいたエイルの襟首をいきなり手ばなした。エイルは地面に頭をぶつけることになる。
「ユリル、これをかばうのか?」
「だって」
ユリルという名らしい少年は口ごもる。それを押し切るように、ヴァティは言った。
「こいつはあとあと、厄介ごとの種になる。気まぐれなんか起こさず、もっと早く始末しておけばよかったんだ」
事態が理解できない。エイルはそろそろと身を起こした。ヴァティ少年は眉を寄せて、エイルをまるで汚いものを見るような目で、見た。
「ちょっと、待ってくれ。おれが何をした?」
「お前は信用できない」
ヴァティは本人を前に、ためらうことなく言った。
「だいたい、こんなド田舎に普通の旅人なんか来るわけないだろ」
「それは…」
確かに、エイルは普通の旅人ではないが。
「言え、何が目的でここへ来た?」
「目的なんか…」
「とぼける気か!」
途端にヴァティは怒りをあらわにし、今度はエイルの胸倉を掴んで力まかせに揺さぶった。
「さっさと言え、何が目的だ!」
「―――離せ!」
エイルはヴァティの体を突き飛ばして、なんとか逃れた。が、強く掴まれていたエイルのシャツは円釦が弾け飛んで、肌がかなり覗いていた。
「あ」
その時、ヴァティにユリルと呼ばれていた少年が、声をあげた。目をまるくして、エイルの胸元を見つめる。
「え?」
その視線の先を、たどる。ユリルは、エイルが胸に下げている指環を凝視していた。
「これ…」
「だめだユリル!」
ヴァティが、エイルとユリルの間に割り込むように身をすべり込ませた。
「こんな奴に近付いたら危ない!」
「でもヴァティ、その指環は」
何かを言いよどんだユリルに、エイルの記憶が刺激された。
この指環を見て反応した、ヴァティ。
これは、偶然か。
「これが、どうかしたのか?」
ヴァティの鋭い視線。ユリルのとまどうような表情。
すこし考えて、エイルは指環を鎖ごと首からはずし、ユリルに渡した。その瞬間ヴァティの視線が、エイルを射殺さんばかりに鋭くなった。
「ありがとう」
ちいさく礼を言って、ユリルは受け取った指環を空にかざした。
陽光を含んで、いくつもの飾り石がきらりと輝く。ユリルは指輪の細部を観察するように、回して角度を変えながら、じっと見つめている。
そして、次の瞬間。
“それ”は起こった。