3話
少しテンポが落ちました。
これから、舞台は地上に移ります。
天の王族は、地上に降りることなどまずない。
万物を遥か高みから見下ろし支配するその一族は、地上に足で立って生きる生物を必要以上にさげすんでいる。土にまみれて生きる下等な生物、と。
エイル自身は、そんなこと思っていなかった。だが、わざわざ酔狂を起こしてまで、地上に降りてきたことは今までになかった。
「……こんなものか」
エイルは思わずつぶやいた。
地上、というものは、当然だが、天界とは違う。
自分の足で立ち、移動するという経験は、エイルにはない。実際にそれをやってみて、なかなかおもしろい体験だと思った。しかし、これでは疲れるだろう。
これが天界であれば、さっさと空を飛んでしまえば済む話だ。だが、地上の人間は空など飛べない。エイルとしても、要らぬ注目を集めるのは避けたかったから、よほどのことがない限り空は飛ばないつもりだ。
「地上は面倒だな」
早く、本来の目的を果たそう。
地上にいるという自分の婚約者を探し、天界まで連れていって、婚約解消を天空祭壇の前で誓わせる。それさえ済めば、エイルは晴れて自由の身である。誰が結婚などするものか。
エイルは、ふと目についた足元の石ころを蹴り飛ばした。石はけっこう遠くまで転がっていった。
地面を蹴る感触は、天界で雲を蹴る感触と、当然ながら違う。
自分は、地上に来たのだ。
今さらながら、そのことをエイルは実感した。