2話
「父上ッ!!」
ノックもせずに扉を蹴破ったエイルに、この天界の王は―――父親は冷ややかと言えるくらい落ち着き払った視線を向けた。その瞳は、確かな血の繋がりを表すように、エイルと同じ金色をしている。
「いったいどういうことですか!」
「何のことだ」
「婚約者のことです!」
ちょっと間があって、父は玉座の肘置きに頬杖をついた。
「今さら知ったのか」
「叔父上が話してくださらなければ、今でも知りませんでしたよ!」
「ラデンか。相変わらず口が軽いやつだ」
欠片も変化の無い表情は、あの叔父と実の兄弟なのかと疑いたくなる。
ただ、ときどき突拍子も無いことをして周囲に迷惑をかけるところは、よく似ているが。
「……父上。おれは、婚約者なんて認めません」
「お前に承諾を得る必要がどこにある?」
この世界では、子供の結婚相手など親が決めるものだ。
家長である父がエイルの婚約者を勝手に定めたことも、それほどおかしなことではないが。
「結婚するのはおれなんですよ!?」
「当たり前だ。私が結婚などすれば、リオーザに何をされるか分からない」
リオーザとは、この天界の王である父の妻で、そしてエイルの産みの母親だ。
息子のエイルの目から見てもどうかと思うほどに嫉妬深い性格で、かわいそうに父は、侍女にちょっかいを出すこともできない。これだけはエイルも同情している。
「―――ともかく。おれは、何があろうと、結婚しません」
「その言葉でリオーザを納得させられるのか?」
「………」
「お前が今ある婚約者を嫌うなら、リオーザは喜んで、他の婚約者候補を連れてくるだろうな」
「……………」
もともと、顔を合わせば「まだ結婚しないのか」と言ってくる、エイルの母親である。
父ほどに諦めがよくないのも、その特徴だ。むしろしつこいくらい、諦めは悪い性格をしている。
「なら、直接その婚約者とやらに会って、婚約を解消してきます」
「不可能だ」
天界王はそうのたまった。即答だった。
「お前の婚約は、天空祭壇の前で交わされた誓約だ。解消したいなら、同じく天空祭壇の前で、婚約の解消を誓う必要がある」
「祭壇の前で? そんなことを、わざわざする必要はあるのですか」
「天空祭壇で誓ったことは、違えない。誓いを破れば、天はけしてお前を許さないだろう」
言葉を失ったエイルに、父は追い討ちをかけた。
「ラザーリンのようにな」
ラザーリン。それは、この天界においては一種の禁忌として扱われる名前である。
だが、エイルにとっては叔母にあたる人物だ。彼女は、父と、ラデン叔父の同母妹なのだ。
「伯母上、ですか」
「あれも確か、父上に決められた婚約者が気に入らなくて、式の当日に城を出たのだったな」
それきり、彼女の行方は分からない。
彼女は二度と、天の城には戻ってこなかったのだ。
「…………父上。叔母上は、その後、どうなられたのですか」
「聞きたいか?」
その言葉は、あまりに冷ややかだった。
エイルは否と言った。
そして、逃げ出すような早足で、部屋をあとにした。