12話
「殺す」
ヴァティは、みごとなほどに即答した。
しかし面と向かって殺害予告されたエイルは反応に迷った。こういう時、人はどのような反応をするべきなのだろう。
「俺のことが天界に知れたらどうなるか、予想も付かないのか?」
誓いを破り、婚約者以外の男と駆け落ちをしたというラザーリンの息子。
その存在が判明すれば、天界が―――王がどのように動くか、わからない。
何もなければいい。だが、そんなはずはない。天界の王族の一員たるヴァティには、何らかの対処策がなされるだろう。
最悪の場合。ヴァティは殺される可能性すらある。天空祭壇の前で交わした誓いを破るということは、それほどまでに重い罪なのだ。
「………」
「で? お前はどうする?」
いま、エイルは地上にいる。地上から天界へ連絡をとるのは、それなりの手続きが必要だ。そう簡単にできることではない。
「いいか、話を整理しよう。おれはあの―――ユリルとかいう子供を、天界に連れて行かないといけない。そうしないと、いつまで経っても婚約は破棄されない」
「じゃあ、その部分は、利害が一致してるわけだな」
ヴァティがユリルと婚約したいのなら、その前にユリルが、エイルとの婚約を解消しなければならない。
その点において、ふたりの意思は重なる。
「お前はどうするんだ?」
エイルは訊いた。途端、ヴァティはわざとではない渋面をつくる。彼はそっけなく言った。
「ここを出る。お前にユリルのことを知られた以上、ここにはとどまれない」
「どこへ行くつもりだ?」
「行き先はない。旅に出る。あいつの呪いを解くためにも」
やはり、とエイルは思った。彼らがこんなへんぴな場所に生活していたのは、わけあってのことだったのだ。
まるでその身を隠すかのように。
「だったら」
なかば無意識で、エイルはそう口走っていた。
「?」
「おれも、その旅に同行させてくれ」
「なにをたくらんでいる?」
「さっき話したとおりだ。おれは、あの子供。ユリルとか言うやつとの契約を解きたい」
「はん。信用できない」
即答するヴァティ。
「だいたい、お前が本当にユリルの婚約者、天界の王子だっていう、証拠は?」
「証拠、は」
エイルは言葉をにごす。ない。そんなものは。あるとすれば、地上に降りるときに渡されたあの指環くらいだろうか。
もともと、地上ではけして正体が知られることのないようにと、強く念をおされていた。その逆ならともかく、正体を証明することなどエイルは事前にその必要を考えていなかった。
「証拠はない。でも、おれは嘘は言っていない」
「だろうな。嘘をつくやつだって、そう言うだろ」
それもその通りだ。
だが、そうと分かっていても、エイルにはそれ以外に言えることがない。
「まあ、いい。じゃあ、百歩ゆずって、お前が本物の天界の王子で、ユリルの婚約者だと認めてやる」
それで? と彼は言った。
「たしかに俺とお前の利益は一致するらしいな。だが、お前がユリルに余計なことを言わないっていう、保証はどこにもない」
「おれは言わない」
「それを信じろって? お前、ずいぶんといい育ちなんだな」
それは明らかな皮肉だ。残念ながら、それに反論できるほど、エイルは口が達者ではない。
「お前は誓えるのかよ。絶対、ユリルには何も言わないって」
ヴァティの明るい色の瞳が、くるりと輝く。そのかたちのいい唇から、ぶっそうな言葉がこぼれた。
「誓えないなら、今ここで、俺がお前を土に還してやる」