10話
やっとここまで来ました。
「――――――」
エイルは、自分の目を疑った。そんなはずはない。
指環を通して差し込んだ光が、ユリルの胸に吸い込まれている。
どういうことだ。
その指環は、エイルの婚約者の位置を示すものではなかったか。
「まさか!」
エイルは、ユリルから指環を奪い取った。自分でも光にかざしてみる。
だが、結果は同じだった。位置を変えて試してみても、指環に透かした光は、ユリルを差している。
エイルは指環を握り込んで、呆然とした。
この時点で、考えられる可能性はふたつある。
ひとつは、この指環が壊れている場合。すなわち、この指環はエイルの婚約者を示さなくなった、あるいは、婚約者以外の者を示すようになった。
もうひとつは、この指環が壊れていない場合。すなわち、この指環の力は正しく働いて、エイルの婚約者を示している。
だが、この指環はもともと、天界王の持ち物だった。そう簡単に壊れるようなものとは思えない。
だとすれば。
この少年が、エイルの婚約者だと言うのか―――?
「お前、もしかして…」
女なのか。
エイルはそう、問おうとした。
けれどそれよりも早く、ヴァティがエイルの口をふさぐ。
「悪い、ユリル」
彼はしらじらしくも、言った。
「ちょっとこいつと話をさせてくれ」
「で?」
これはどういうことだ、とエイルは訊いた。ヴァティはわざとらしく肩をすくめて、こう言った。
「言っても信じないだろうけどな、あいつは―――ユリルは俺の、婚約者だ」
「は!?」
「って言っても、いまはワケありで、男の体になってる。元はちゃんとした女なんだ」
ユリルが女だというのなら、やはりエイルの指環は壊れてなどいなかったのだ。そしてそれは、ユリルこそがエイルの婚約者であることも意味する。が。
―――ちょっと待ってほしい。突っ込みどころが多すぎる。
「………どんなわけがあって、女の体が男になるんだ?」
「呪いだよ。天界人が、あいつに呪いをかけた」
「まさか。ありえない」
天界の王子であるエイルの婚約者に、呪いをかける天界人などいない。そんなことをすれば、エイルの父天界王を敵に回すことが分かっているからだ。
ヴァティは知らないかもしれないが、天界の事情をエイルはよく知っている。
だが、ヴァティはエイルを見て、にやりと笑った。
「お前、人間じゃないだろ」
「………」
エイルは地上人ではないが、天界人ではある。いちおう人間なのだ。
「あ、間違えた。そうじゃなくて、お前、天界人だろ?」
「…何故知っている」
隠しても無駄だと思って、エイルは言った。
「確かにおれは、天界人だが」
「やっぱそうなんだな。なるほど」
ヴァティは、自分に言い聞かせるようにつぶやいて、それからもう一度エイルを見た。
「じゃあ、お前が―――ユリルを連れに来た、天界人なんだな」
「……ああ」
その表現に偽りはない。
エイルは天界から、ユリルを連れてくるために、地上へ降りたのだ。
「お前、俺が諦めろって言ったら諦めるか?」
「いや」
「だろうな。でも、俺もひけない」
また、話の流れが剣呑になってきた。ここで再び戦闘にもつれ込んだら、武器を持たず技量でも劣るエイルが負けるのはほぼ決定事項だ。
「お前、本当にあの子供の―――ユリルとか言うあいつの、婚約者なのか?」
エイルは訊いた。この返事によって、エイルの取るべき道はおおいに変わる。
「いいや」
ヴァティは言った。それはエイルの求めていた答えだった。
「正式な婚約者じゃあない。でも、ユリルの呪いが解けたら、婚約するつもりだ」
「好きなのか? あいつが」
その瞬間、エイルは、自分が墓穴を掘ったことに気付いた。初めて出会ったときと同じく、ヴァティの視線は鋭く殺気すら帯びて、エイルをにらみつけてきた。
「どうしてそんなことを訊く?」
言うべきか。迷ったのはわずかな間だ。ここでヴァティをごまかしても、何にもならない。
「それは、おれが、あいつの正式な婚約者だからだ」
「お前が?」
ヴァティは本心から驚いたようで、目を丸くしてエイルを見た。
「でもお前、天界人だって言ったよな」
「ああ。天界の、王子エイル」
「はぁっ?!」
さらにヴァティは驚いた。
だが、それだけではない。
ヴァティは、次に放った一言で、エイルまでも驚愕させたのだ。
「じゃあお前が、俺の従兄弟殿かよ!」