第二話「大切なもの」Part.1
ここは幸せ一丁目。
新宿ゴールデン街にある小さなBAR。
今日もこの店に、幸せを求め、客が訪れる‥‥。
‥‥‥キィ
ドアを開けて入ってきたのは、とても疲れた顔をした女性だった。
「いらっしゃいませ」
いちばん手前奥、窓際の席に腰を降ろした女性に、バーテンは優しくお絞りを渡した。
「なんにいたしましょう?」
お通しの小さな器をそっと女性の前に置いて尋ねた。
「そうね‥‥。何か元気の出るやつを頂戴」
「かしこまりました。お客様、トマトはお嫌いですか?」
「トマト?いいえ、トマトは大好きよ」
それを聞くと、にっこりと頷いてバーテンはカクテルを作り始めた。
しばらくしてバーテンが戻ってくると、赤い飲み物が入ったグラスを女性に差し出した。
「お待たせしました」
「なあにこれ?」
女性が訝しげに尋ねると、バーテンはにっこりと微笑んで言った。
「レッド・アイです。 トマトジュースを使ったカクテルになります」
「トマトジュース?そんなカクテルあるのね」
女性は珍し気に目をしばたかせ、恐る恐る口に運んでみる。
「あら、美味しい!」
トマトジュースと聞いてちょっと野菜臭い味を想像していたのに、目の前の赤い飲み物はちっとも臭みが無く、爽やかな甘味すら感じられた。
「こんなの初めてよ。すごく美味しいわ」
幾分明るい表情になった女性に、バーテンは話し掛けた。
「お疲れのご様子でしたから、当店自慢の特別な幸せになるカクテルレシピでお作りしました」
それを聞いて、女性は目に涙を浮かべた。
「幸せかあ‥‥」
(アタシの幸せは、何処で壊れちゃったのかなあ)
女性は、自分の過去をぼんやり思い返していた。
(そうだ。あのとき)
まだ自分がこんなに疲れる生活になる前、幸せだと感じていた最後のときは、あの店でだった。
(あのとき彼にお金を出さなければ‥‥)
女性にはずっと付き合っている彼氏がいた。
今では自分に頼りきりでまるっきりヒモ状態だが、あのときまではきちんとしていた。
そのことを思い出し、悲しくなった。
「はぁ‥‥‥」
長い溜息の後、女性は目の前のカクテルを飲み干した。
(美味しい‥‥)
美味しいカクテルが、また少しだけ気分を明るくしてくれた。
「美味しかったわ。もう一杯もらえる?」
「気に入って頂けたようですね。ありがとうございます」
バーテンはにっこり笑ってまたカクテルを作り始めた。
ほどなくしてカクテルは出来上がり、女性はまたそれを飲み干した。
そして次々にカクテルを注文してはグラスを空けていった。
暫くそうして飲んでいるうち、女性は溜まった疲れもあってウトウトとしだし、ついにはカウンターで突っ伏して眠り始めてしまった。