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ここは幸せ一丁目  作者: 七瀬 夏葵
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第五話「夫婦」Part.3

奏子(そうこ)崇史(たかし)と結婚して5年の月日が流れた。

二人の住まいは、実家の本宅とは別に崇史が建てた新築の豪邸である。

屋敷には常にメイドや執事が何人もいて、奏子は一切家事をする必要がなく、食事や服も豪華過ぎるほど豪華な物を何不自由なく与えられている。

しかし、財閥の社長夫人というのは、奏子が思っていたよりも相当にハードなものであった。

社交界に通用する徹底したマナーを勉強しなければならなかったし、他にもお茶やお華、英会話を初めとする様々な語学など、色々な教養を身に付けなければならなかった。もともと一般人である奏子に反感を持つ崇史の親族達を納得させる為には、社長夫人としてそれらの才覚が必要不可欠だったのだ。

当然、それらしい外見も求められ、奏子は日々エステサロンやジムに通い、美貌を磨く努力を義務付けられた。たとえ教養があっても、外見が一般人のそれと変わらないのでは、社交界で崇史が恥をかく事になりかねない。そう親族に言われた奏子は、崇史の為にもと必死で努力を重ねていく事で徐々に企業家の妻に相応しい才覚と美貌を身につけ、今ではどこの社交場に出ても恥ずかしくないと親族も認めるほどの妻となっていた。



「おかえりなさい崇史さん」


帰宅した夫である崇史に、奏子ははちきれんばかりの笑みを浮かべた。


「いや。これからまたロンドン支社へ向かわないといけないんだ」


慌ただしく執事に荷物の手配を頼みながら言った崇史に、奏子は思わず目を伏せた。


「そうなんですか・・・・。もう少しゆっくりして行って下さればよろしいのに」


「いつも寂しい思いをさせてしまって悪いね。しかしこれも会社の為には仕方ないんだよ。わかってくれ」


すまなそうに言う崇史に、奏子は寂しそうに笑顔を返した。


「ええ。わかってますわ。大丈夫。私の事は心配なさらないで。どうか身体にだけは気を付けて下さいね」


そうして、慌ただしく屋敷を出て行く崇史を見送った奏子は、ふぅと深い溜め息を吐いた。

もう何か月もろくに話も出来ていない。たまに帰宅したところで、いつもあのように一言二言言葉を交わすのみですぐにいなくなってしまう。

海外に幾つもの支社がある大規模な複合企業(コングロマリット)の社長である以上、それは仕方の無い事ではあるのだが。それでもやはり、結婚以来甘い蜜月を過ごせた事など数えるほどしか無いというのは、どうしても寂しいと思わずにはいられない。

親族や義理の両親達はこぞって早く後継ぎを、と奏子に迫っているが、それを相談する機会さえ持って貰えない事が、彼女の孤独をより色濃いものにしていた。


広い屋敷の中、奏子は一人、だだっ広い自室に戻ると、大きなベッドに寝転び、溜め息を吐きながら思った。


(あの夢の中では、こんな寂しい思い、した事なかったのに)


未だ心の奥に残る、あの夢の記憶。幼馴染の大知(だいち)と結婚し、息子の和樹(かずき)が生まれ、共働きでも愛に溢れ、幸せだった日々・・・・。


奏子は、もうぼんやりとしか思い出せなくなり始めているその温かな記憶をなぞるように、そっと目を閉じた。三人で笑いあっていたあの日々は、夢だとわかっていてもあまりに優しく、温かかった。


(ああ、あの日々に帰りたい・・・・)


夢でも良い。もう一度、あの優しい家族に会いたかった。

もしあの時、崇史でなく大知を選んでいたら、あの夢のような温かい家庭が築けていたのだろうか。そう思うと、言いようの無い寂しさと後悔が胸に広がった。

大知にプロポーズされたあの時、自分はどうして断ってしまったのか・・・・。


――――あっ!


ふいに思い出した。あの大学の教室でプロポーズされた時、自分は夢の中で大知に浮気された事を思い出して、それが悲しくて断ったのだという事を。

そうだ。たしかあの時、夢の中の自分は仕事帰りに大知の浮気現場を見てしまい、ショックで新宿のゴールデン街まで行き、そこにあった小さなBARでカクテルを飲んだ。その後・・・・。


――――大学の、教室にいた。


何かがおかしい。大学の教室に立っていた筈の自分が、どうしてそんな夢を見ていたのか?


――――まさか!?


違和感の正体に思い当り、すぐにそんな事有り得ないと否定した。けれど・・・・。

奏子はベッドから降り、外へ出かける支度を始めた。ある事を確かめる為に。



出かけた先は、新宿だった。

もしあれがただの夢なら、あの店がそこにある筈がない。けれど、もしあったら?

胸の高鳴りが抑えきれず、奏子は速足で夢の記憶にあるあの店を目指した。


「あ、あった!!」


思わず歓声をあげた。

夢の記憶と同じその場所に、夢と同じあの店が、きちんと存在していたのである。

奏子は壊れそうに心臓が脈打つのを感じながら、その扉を開けた。


「いらっしゃいませ」


店内に入った途端、目に入ったバーテンの姿に、思わず声をあげそうになった。

そこにいたのは、あの夢と全く同じ人物だった!!


「どうなさいました?」


動かない奏子に、バーテンは優しく問いかけて来た。


「あ・・・・な、何でもないです」


気持ちをなんとか落ち着かせ、奏子はあの夢と同じ、バーテンの真正面の席へと座った。

あたりを見回すと、やはり店内はあの夢と全く同じだった。

黒を基調としたモダンな造りの落ち着いた雰囲気で、カウンターの奥にはピカピカに磨き上げられた綺麗なグラスや酒瓶が整然と並び、耳障りにならないジャズが静かに流れている。


「どうぞ」


温かいおしぼりと小さな口取りの器が前に差し出され、奏子はそれを受け取りながらゴクリと息を飲んだ。


「何に致しましょうか?」


にっこりと尋ねて来たバーテンに、奏子は少しだけ考えた。あの夢で飲んだ、甘いデザートみたいなあのカクテルは何と言ったか。思い出そうとしてみたが、どうしても思い出せない。仕方なくこう言ってみる事にした。


「あの、デザートみたいなカクテルってありますか?」


「デザートカクテルですね。かしこまりました」


バーテンは微笑み、琥珀色の瓶と生クリームのパックを取り出した。

そのまま、柔らかな曲線を描く細いリキュール・グラスに、琥珀色の瓶の中身を静かに注いだかと思うと、その上から生クリームを静かにそそいだ。そしてその上に、ピンで刺した赤いチェリーを飾りつけると、コトリと奏子の前に差し出した。


「お待たせしました。エンジェル・ティップになります」


「エンジェル・ティップ?」


「ええ。『天使のこころづけ』という意味の、代表的なデザートカクテルです。どうぞ召し上がってみて下さい」


促され、奏子はおそるおそるグラスに口をつけた。


「・・・・・・美味しい!!」


それは、あの夢の中で飲んだカクテルとはまた違う美味しさだった。口の中で、リキュールのほろ苦さと生クリームの柔らかさが混じり合い、滑らかな味わいを創り出している。

奏子は、その何とも言えない味わいを舌に感じながら、ゆっくりと目を閉じた。

もしかしたら・・・・・・。そんな思いが、奏子の胸を去来していた。

<作者より>

第五話「夫婦」Part.3、いかがでしたか?

まだお話は続きます。

読者の皆様、どうか作者と共に奏子の想いの行方を見守って下さいね☆

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