第四話「友達」Part.1
大人になんてなりたくなかった。
ずっと無邪気な子供のままでいられたら、こんなに辛い恋もしなくて済んだのに‥‥。
女子大生のメイは、瞬く星空を見上げながら物憂げに溜め息を吐いた。
星空、と言っても、新宿のそれは都会のスモッグの所為か、今は薄ぼんやりとしか伺うことが出来ない。
(まるであたしの心みたい)
ネオン輝く新宿の街の中で輝けない星に自分を重ね、さらに溜息を吐いたその時だった。
ドンッ!!
「キャッ!!」
突然の衝撃に、メイは勢いよく後ろに倒れ込んだ。
「あぃたたた‥‥」
したたかに打ち付けたお尻がズキズキ痛む。
一体何が起ったというのか?
メイは痛みに眉をしかめながら前を見た。
「ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
若い男が、心配そうに覗き込んでいる。
(黒服に、蝶ネクタイ‥‥?)
この辺りの店の者だろうか。
新宿歌舞伎町という場所柄、そんな服装は特に珍しく無い。
しかし、歌舞伎町が初めてのメイはしげしげと男を見つめた。
「大丈夫?立てますか?」
差し延べられた手を握り、なんとか立ち上がると、男はなおも心配そうにこちらを見た。
「本当にごめんなさい、何処か痛くないですか?」
メイはまだズキズキするお尻をさすりながら、それでも出来るだけ平常を装い答えた。
「大丈夫ですよ。ボーッとしてたあたしもいけないんで、気にしないで下さい」
言って手を振ったメイだったが。
「あ!血が出てるじゃないですか!!」
言われて見ると、手の平が少し擦り剥いている。
「これくらい・・・・つぅ!」
平気だと言おうとしたものの、滲む血を認識した途端にズキンと痛みが襲って来た。
思わず顔をしかめていると、男はさきほどより更に申し訳なさそうな顔になった。
「ごめんなさい、すぐ近くに私の店があるんです。よかったら傷の手当てさせて下さい!」
男の申し出に少し驚いたが、傷口はジンジン痛むし、目の前には心配そうな顔がある。
メイは素直にその申し出を受けることにした。
連れてこられた先は、歌舞伎町の先にある小さなBARだった。
「ちょっと待ってて下さいね。すぐ傷薬持ってきますから」
男は慌てて奥に引っ込んでいった。 残されたメイは落ち着かない様子であたりを見回す。
店内はさほど広くはなく、幾つかある椅子は、長いカウンターの前に整然と並んでいる。
カウンターの中の棚には、たくさんのきれいなビンや、ピカピカに磨かれたグラスが並んでいる。
メイは、物珍しくそれらを眺めていた。
「ごめんなさい、薬持ってきたんで、傷見せて頂けますか?」
薬箱を抱え戻ってきた男に、メイは素直に手を差し出した。
「ちょっと染みるかもしれませんよ」
消毒液を染み込ませた脱脂綿を傷口に当てた。
「うっ!!」
構えていても、やはり薬は傷に染みてしまい、メイは痛みに顔をしかめた。
「ああっ、ごめんなさい、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。続けて下さい」
メイの言葉に、男は少し躊躇いながらもテキパキと手当を進めていった。
傷口に薬を塗り、大き目の絆創膏を貼り付ける。
「ふぅ。終わりましたよ。お疲れ様でした」
「どうもありがとうございました」
お礼を言い、帰ろうとするメイを男が引き留めた。
「あ、ちょっと待って。お詫びに何かお好きな物を一杯奢らせて下さいませんか?」
「でも、悪いですよ‥‥」
遠慮するメイに、男は優しい微笑みを浮かべた。
「遠慮しないで。あなたのお好きなものをお作りしますよ。お酒がダメなら、ノンアルコールでも作れますよ?当店とっておきの、幸せになれるカクテルレシピでね」
そう言ってにっこりと笑った。