桜と空席。
桜の雨が降る校庭。
真新しい制服を着た新入生たちが、そわそわしながら綺麗に一列に並んでいる。
高宮 綾奈、15歳。
彼女もまた新入生の一人であり、これから毎日を過ごすであろう友人たちに囲まれ、胸を躍らせていた。
どんな友達ができるのだろう。
部活は何に入ろう。
制服、変じゃないかな。
次々と浮かぶ考えを胸に抱えながら、綾奈は教員の後について歩く。
ピカピカに磨かれた廊下に、足音が響く。
『1-A』
クラス札の前で列が止まった。
ここが、自分の新しい教室。
高鳴る鼓動を抑えながら教室へ入り、自分の名前と桜のイラストが貼られた机を見つけて腰を下ろす。
窓側の一番後ろ。
受験の日と同じ席だった。
あの日も緊張していた。
けれど、今の緊張は少し違う。
憧れていた高校の制服。
こうして袖を通しているだけで、胸の奥がくすぐったくなる。
ついに高校生になったんだ。
そんな実感が込み上げてきて、綾奈は小さく笑った。
周囲を見渡せば、皆どこかぎこちなく、お互いの様子をうかがっている。
その時、綾奈は右隣の席が空いていることに気づいた。
(休みなのかな……。どんな子なんだろう)
気になって席の名札を見ようとした瞬間、教室の扉が開く。
「それでは、HRを始めます! まずは自己紹介からしましょう」
若い女性教員、おそらく担任であろう先生が、明るい声でそう言った。
HRが終わり、学生証用の写真撮影や校内案内が続いた。
慣れないことばかりで一日があっという間に過ぎてゆく。
気づけば窓の外の光も、朝より柔らかくなっていた。
「じゃあ今日はこれで解散です!また月曜日!」
担任の声と同時に、教室の空気が一気に緩む。
「ねえ、連絡先交換しない…?」
「購買ってもう使えるのかな」
「あ、次の登校日って課題ある?」
あちこちで会話が広がり始める。
班行動などをしてるうちにみな仲良くなっていたようだ。
綾奈も同じ班になった二人に声を掛けられ、少し緊張しながらスマホを取り出した。
無事に連絡先を交換し終える頃には、最初のぎこちなさも少し薄れていた。
「また明日ねー!」
昇降口には、新しい制服姿の生徒たちの声が溢れている。
綾奈も「またね」と手を振り返しながら靴を履き替えた。
高校生活初日。
緊張はしたけれど、思っていたより悪くないスタートだったと思う。
けれど。
ふと、思い出す。
窓側、一番後ろ。
自分の右隣の席。
そこだけが、朝と変わらず空っぽだった。
結局、その席の子は最後まで来なかった。
誰も座っていない椅子をぼんやり眺めていると、春の風が窓から吹き込み、白いカーテンを揺らした。
綾奈は小さく首を傾げる。
(どんな子なんだろう)
その時はまだ、本当にただ少し気になっただけだった。
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入学して一か月がたち、程よく学校に慣れてきたころ。
右隣の席は空席のままだった。
もはやそれが当たり前になり、綾奈はそんなこと気にも留めなくなっていた。
その日も、綾奈はいつも通り登校してきて座りなれた自分の席に腰を下ろした。
「あ、あやちゃん!おはよ、ちょ、きいて!」
前の席に座っている親友の松村香澄が話しかけてきた。
「あ、おはよ!どうしたの?」
「あやちゃんのとなりの席の子いるじゃん、えっと…」
「宮古さん?」
「そう!その子、てっきり休学とか病気だと思ってたんだけど、普通に登校してるらしい‼」
「え、そうなの?」
綾奈もてっきり休学しているのかと思っていたので驚いた。
「そそ、不思議だよね~。てかさきいて、昨日あやちゃんが帰った後にね澪が~」
「うん…」
そのあともずっと香澄と話していたが、ほぼ内容を覚えていない。
そのあと授業が始まったが聞いてる場合じゃなかった。
普通に登校している。
その言葉が、妙に頭に残っている。
だったら、どこにいるんだろう。
教室には来ないのに。
考えても答えが出るわけではない。
それでも、気づけば右隣の空席へ視線を向けてしまう。
チャイムが鳴り、授業が終わる。
教室が少しずつざわつき始める。
ノートを閉じる音、椅子を引く音、誰かの笑い声。
そんな中でも、綾奈はしばらく右隣の席を見ていた。
何もない。
ただ、そこだけがぽっかりと抜け落ちている。
「あやちゃん、帰る?」
前の席の声に、はっとして顔を上げる。
「あ、うん」
慌てて鞄に教科書をしまう。
けれど、教室を出る直前。
もう一度だけ、振り返ってしまう。
空席。
やっぱり、そこだけ変わらない。
「何見てたの?」
「え、いや……別に」
適当に笑ってごまかす。
昇降口へ向かう廊下は、夕方の光で少しだけ橙色に染まっていた。
その中を歩きながらも、なぜかさっきの席が頭から離れなかった。
(普通に登校してる、って言ってたよね)
だったら、どこにいるんだろう。
もしかしたら廊下ですれ違ってるかもしれない。
そう思った瞬間、綾奈は無意識に廊下へ視線を向けた。
けれど、そこにあるのはいつもと変わらない光景だった。
笑いながら歩く生徒たち。
部活の勧誘の声。
窓から差し込む夕方の光。
その中に、「それらしい誰か」はいない。
(……気のせいかな)
小さく息を吐く。
靴箱の前まで来たところで、ふと立ち止まる。
誰もいない廊下の奥。
一瞬だけ、視界の端に影が揺れた気がした。
振り向く。
けれど、そこには誰もいない。
ただ、風で揺れたカーテンが、窓の向こうで静かに動いているだけだった。
綾奈は首を傾げて、靴を履き替えた。
「……ほんとに気のせいだよね」
誰に言うでもなく、小さく呟く。
そこから綾奈は少しずつ彼女のことが気になるようになっていき、気づけば毎朝その空いた席を確認するようになった。




