第2話:異世界のヒロインは、俺を性倒錯者(セクハラ魔)に仕立て上げる
「あ、あああ……っ!!」
どこからか悲鳴が響き渡った。
その悲鳴は村の外れで……俺自身が上げたものだった。
「ちくしょう! あの神のジジイめ! こんなクソゴミスキル、二度と使うかよ!」
少し前のことだ。俺は『神速』を使った蹴りで魔王城の分厚い壁をぶち抜き、脱出することに成功した。
そして道すがら旅人に道を尋ね、この村の方へと走ってきたのだ。
いや……「飛んできた」という表現の方が適切かもしれない。全身に『神速』をまとい、凄まじい速度で戦闘機のように飛来したのだから。
「おい……誰か……助けてくれ……なぁ?」
しかし、見落としていたことがあった。俺の体の速度が戦闘機並みになろうとも……俺の身体は戦闘機ではないのだ。
案の定、今の俺は……空気抵抗によって満身創痍となった体を引きずりながら、毒蛇の群れに囲まれていた。
「シュルル……」
四方の蛇が、俺を鋭い眼光で射抜いている。
舌をチロチロと出し入れしながら、口から奇妙な赤いガスを吐き出していた。
異世界人でなくとも理解できる。
「やばい!!」
俺はありったけの力で周囲の石ころを拾い、『神速』を乗せて蛇の群れに叩きつけた。
成功だ。五匹の蛇が俺の石に体を貫かれ、人形のように倒れ伏した。口から漏れていたガスも消える。
「や、やったか……?」
その時だった。俺の背後から赤いガスがスルスルと立ち上がった。
ふむ……。見落としていた。俺は四面楚歌だったのだ。
「……フラグを立てるなと言ったそばからこれか! 多すぎだろ、ちくしょう!!」
俺は思わず溜息を漏らした。
「はぁ……。まあいい。異世界ものの主人公がこんなところで死ぬわけがないだろ。かかってこい、野郎ども!」
……死んだ。
いや、厳密にはまだ死んでいないが、全身に毒が回っている最中だ。近いうちに死ぬ予定である。
前世もあんな感じで無駄にしたというのに……。
俺はどうやら、生まれついてのダーウィン賞候補だったらしい。
まだ読みたかった本がたくさんあるんだけどな……。
その時だった。
「蛇さん、そこまでですよ」
来た。
ヒロイン。
異世界の。
真理!
毒が回る苦痛に耐えながら、俺はわずかに顔を上げた。そこにいたのは……。
金髪の美少女だった。プラチナブロンドの、腰まで届く髪を持った碧眼の超絶美少女。
頭にはアクセサリーのような小さな青い魔法使いの帽子が乗っている。
俺が待ち望んでいた存在だ。
「人の命を脅かすモンスターさんたちは……放っておけません」
少女は目を閉じた。そして勇猛な表情で再び目を開くと、
「……? 人ではないのでしょうか……?」
俺の姿を正面から見て、指を口に当てながら驚いた。
おい、待て。今「人ではない」って言わなかったか? 聞き間違い……。
「ええい、とにかく……! 蛇さん! これ以上の被害は食い止めなければなりません! たとえ危険にさらされているのが人ではない何かだとしても……一人で働くのは大変ですし、報酬はもらわないといけませんから!」
……だよな。聞き間違いじゃなかった。はっきりと「人ではない」と言いやがった。
毒よりも、その失礼極まりない物言いの方が痛い。
「た……す……け……て……く……だ……さ…………い……」
俺はありったけの力で声を絞り出した。
その声がついに空気を震わせて彼女の耳に届くと、美少女は飛び上がらんばかりに驚いた。
「人間さんだったんですね!? ええと、わかりました! フレンジー・レイ!!」
少女が腕を天高く突き上げた。
その手には真っ白な杖が握られている。
直後、杖の先端が輝き、その上に青い槍が大量に生成された。
「それなら……抵抗しないでくださいね!!」
少女は野球のバッターのごとき勢いで杖を振り下ろした。
「グワーーーッ!!」
一瞬だった。
俺を囲んでいた蛇は、跡形もなくその青い槍に貫かれ、串刺しになった。
完璧な命中精度だ……。これほどの力を持つヒロインなら、俺の異世界ライフも安泰……。
また記憶が途切れた。
「見知らぬ天井だ……」
「お目覚めですか?」
有名なセリフを吐く俺。
その隣で俺を心配そうに(?)見つめる少女。
『異世界……成功だ。これで勝ち組になれる。』
まず最初にそう思った。
俺は作れる限りの悲壮な表情を作り、少女の方へと顔を向けた。
「……申し訳ありません。ご迷惑をおかけしてしまいました。この恩は、必ずやお返しいたします」
……返事がない。
ただ、一つ確かなことがあった。この少女の眼光……何やら危険だ。
「恩なんて返さなくていいですよ。私はすべきことをしたまでですから」
「いえ、そういうわけには。この恩は必ず……」
俺がそう言いかけた時だった。少女はふぅ、と溜息をついて口を開いた。
「お返しいただかなくて結構ですよ。だってもう、あなたは借りを抱えているんですから」
比喩的な表現か? 借りという言葉に疑問を抱き、俺は沈黙した。
「あなたを助ける際、毒蛇のガスが私の方に移ってしまって、かなり苦労したんです。服もボロボロに溶けてしまいました。おかげで私は、心身ともに深い傷を負ったのです」
「……ちょっと待て。なんだって?」
やばい。
やばい。
やばいやばいやばい……。
この少女、ニヤリと笑った。見た目は可憐な微笑みだが……どこか悪辣だ。
「私は保険に加入しています。あなたは今、性倒錯者(セクハラ魔)として、私の服への賠償と精神的治療費、および慰謝料を支払う義務があります。ギルドで確認したところ、あなたは身元不明で、魔法で調べたら保険にすら加入していないようですね? かなりの金額になりますよ」
俺は絶句した。
おい。異世界に保険なんてあんのかよ? そんなに福祉が充実してたのかよ。
自分の体の状態を確認するのが先決だが、とてもそんな気分にはなれなかった。
「ま、待て! 俺がセクハラ魔だって!? 毒蛇に殺されかけて助けてもらっただけの哀れな被害者だろ!」
「へへ……そうですか? 私も被害者なんですよ。こちらでは保険に入っている方が有利だと思いませんか? あ、ちなみに法的手段を講じるために名前を教えていただけますか。私はイラビです」
アホっぽい笑い方をしながらエグいこと言うんじゃねえ……!
油断した。完全に。
俺の平穏な異世界ライフはどこへ行った? このままだと借金まみれになるどころか、社会的に抹殺されてしまう。
「……俺は金城・ハヤヨムだ。そ、それはそれとして、そんな法律がどこにある! 証拠を出せ、証拠を!」
「証拠ですか? 私の服が溶けてしまった事実でも提示しましょうか?」
……何も言い返せなかった。
しばらくして、イラビというこの少女はどこからか布の塊を持ってきた。それを見た俺の表情は、驚愕に染まった。
「これですよ。よかったですね、性倒錯者さん。私の下着までこんなに溶かしてくださって」
「ち、違う! 故意じゃない! 落ち着け……」
「少々、こちらへ来ていただけますか」
反論しようとする俺を、数人の騎士が強引に連行していった。本当にこれが病人に対する扱いか……と毒づきながら自分の体を見ると、不思議なほどピンピンしていた。
服は異世界風の患者着に着替えさせられていたが、露出している部分は完全に回復している。
服の隙間からは、淡い青色の光がかすかに漏れ出していた。
「おい!!! それなら最後にこれだけ言わせてくれ。お前……さっきパーティは一人だって言ったよな!?」
連行される途中、俺は正気に戻って遠く離れた彼女に向かって叫んだ。俺を掴んでいる騎士が鬱陶しそうな顔をしたが、構うものか。
「だったら……俺とパーティを組もう! そこで得る報酬は、借金が消えるまで全部お前にやる!」
俺の言葉を聞いた彼女の瞳に、興味の色が走った。食いついた……!
「……私がいくらソロだとしても、無能なパーティ員はちょっと……」
「俺は有能だ! 魔王を倒したんだぞ!!」
その一言で周囲が騒がしくなった。他の入院患者たちも狂人を見るような目で俺を見て、隣の騎士は耳をほじっていた。
「……はい?」
「本当だ!! 魔王なら俺が屈服させた。極めて簡単にな。証拠なら……ある! 俺の服に入っていた私物を取り出してみろ!」
しばらくして、イラビがやれやれといった様子で俺の服が入った籠を持ってきた。そして……。
「……これだ」
「!?」
俺が勝利の笑みを浮かべる間、イラビはもちろん、騎士までもがその場で凍りついた。
「こ……この魔力は……本物……だわ……」
イラビはそう呟き、唇をわななかせた。
俺の服の中に入っていたもの。
それは他でもない、「一冊の本」だった。
「あ、あれは……国家五大機密の一つ……『真理の魔導書』……!??」
俺を掴んでいた騎士の腕から力が抜けた。俺はそのまま床に尻もちをついた。
彼の言葉とともに、その場の全員の視線が本へと集中した。
「ま、マジかよ!?」
「勇者様だ!!」
「わあああ!!」
誰が見ても魔法使いであるイラビが「本物」だと断言したのだ。俺に向けられていた冷ややかな視線は、一瞬にして掌を返したように消え去った。
あの魔導書は、俺が魔王城の書斎から適当に抜き取った際、一番「映えそう」だったから選んだ本だ。
手にした瞬間、異世界の知識がない俺でさえ感じることができた。
尋常ならざる代物だと。ゲームのダンジョンの報酬にあるような、とてつもない宝物だと! これは絶対に持ち帰らなければならないと!
俺の脳がそう叫んだのだ。
「ふぅ……。助かった……」
俺はようやく一息つき、安堵の溜息を漏らした。
「あ……あなた……いえ、ハヤヨムさん……正体は何者なんですか……?」
呼称が変わったな……。作戦成功だ。
俺は悩んだ末、その問いに答えた。
「私か? 私はただの……ふむ。『リーディング・ナイト(読書騎士)』とでも言っておこうか」
「リー……ディング・ナイト……?」
彼女はまだ疑念が晴れない様子で近寄り、俺をじろじろと観察していたが、やがて好奇心に満ちた瞳で感嘆の声を上げた。
「素敵です!」
イラビは先ほどの陰湿な笑みを消し、外見に相応しい可愛らしい仕草で、心からの笑みを浮かべていた。
やはり……子供は子供か。
「それなら……これで俺の容疑は晴れたな?」
「も、もちろんです! 失礼いたしました……! こんなに素晴らしいお方を、私はあろうことか……」
俺は口角をわずかに上げた。勝利の女神が降臨したのだ。
「だったら……やはり俺をパーティに入れてもらうぞ。俺を治療してくれたのは君のようだしな。……まあ、俺を侮辱した罪は問わないでおいてやる」
俺は堂々と彼女の帽子の乗った頭を撫でながら、声を潜めた。
「勇者パーティなんて……夢のようです……」
その言葉を聞き、俺は静かに語りかけた。
「夢ではない、現実だ。見せてやろう。読書勇者のライフをな……!」
第2話の更新が少し遅れてしまいました。溜まっていたアニメを鑑賞していたら、ついつい時間が……。申し訳ありません!(笑)
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