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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

覚醒の代償

作者: 六野みさお

 朝起きると、サンディの部屋で二人の魔人が喋っていた。


「住民は簡単に排除できたな。あとはターゲットを回収するだけだが」

「急ぐ必要はない、腹ごしらえでもしよう。いや……ひとつ仕事をしておくか」


 魔人の一人が窓を開けて右手を振り下ろすと、どこかで「ギャッ」と悲鳴が聞こえた。もう一人の魔人はそちらをちらりと見て、そしてどこからかパンを取り出して食べ始めた。サンディは即座にその魔人を攻撃した。


 『鉄弾』の魔法は、無から鉄を生成し、その鉄に力を与えて高速で飛ばす魔法である。近距離の敵にダメージを与えるには便利な魔法であるが、いかんせんサンディは寝起きで、しかもベッドに寝た状態から撃たなければならなかった。案の定一発目はわずかに外れ窓に穴を開けたが、不意を突かれた魔人はすぐには反応できない。サンディは起き上がりつつ、今度は右手の指に触れるように鉄を生成し、しっかり狙いをつけて飛ばした。鉄の小片は魔人の頸動脈に命中したが、魔人が倒れるのを待たず、サンディは左手でもう一人の魔人を撃った。窓を覗いていた魔人は振り向こうとしていたが、その前に後頭部を撃ち抜かれて絶命した。


 国境近くのサンディの村は、常に魔人の脅威にさらされている。魔人は人間より高い魔力を持ち、人間の支配する領域を狙っている。それでも人間たちは工夫を凝らし、幾度となく魔人の攻撃を跳ね返してきたーーと、サンディは村の学校で習った。


 部屋の扉の向こうから、隠そうともしないほどの大きな足音が聞こえる。それがこの村がもはや魔人によって崩壊したことを示していた。この村の戦力はほとんどなく、王都から最近帰ってきたルークという若者が形ばかりの治安維持を担っているのみである。魔人の大規模な攻撃に耐えられるはずがなかった。別の部屋で寝ていたはずのサンディの両親も、すでに魔人の犠牲になっているとサンディは考えなければならなかった。


 足音が迫ってきた。サンディはとっさに、まだベッドの中で眠っている妹のケリーを抱き上げた。たとえ自分が、村のみんなが魔人にやられたとしても、この小さなケリーだけは守らなければならないのだ。サンディには窓しか逃げ道がなかった。割れた窓はなかなか開かない。足音がさらに迫ってくる。「どこだ!」と怒号が聞こえる。サンディは心臓を喉から吐き出してしまいそうな気がした。窓が開いた。サンディとケリーは窓から飛び出し、その直後に窓が粉々になる音が聞こえた。


 サンディは空中で風魔法を起動し、魔人領と反対の方向に全速力を出した。魔力消費が激しい風魔法を使うことをためらうわけにはいかなかったのだ。だが、これほど村全体が魔人に制圧されているのに、空中で目立っているサンディを狙う魔人がいないのは不思議なことだった。だが、サンディにそんなことを考える余裕はなかった。


 サンディは村の中心部を避けることにした。家々の上を抜け、森を目指して飛ぶ。振り返ると、毎日待ち合わせ場所にしていた広場の中央にあるはずのささやかな噴水から炎が吹き出していた。サンディはひねった首を元に戻した。前方の森は、わずかに火の粉を受けながらも沈黙を貫いていた。


 サンディのすぐ前を、村ではよく見る渡り鳥が飛んでいた。サンディは渡り鳥との距離を詰め、少し右に逸れて渡り鳥を追い抜こうとした。そのとき、渡り鳥がサンディの視界から急激に上昇しながら遠ざかっていった。サンディは見えない力に引かれるように落ちていった。サンディはとっさに背中を下にしてケリーを庇ったが、なぜかサンディは地面に激突しなかった。


 サンディは地上数センチのところに、仰向けになってわずかに浮かんだ。サンディは指一本も動かせず、魔法も封じられていた。そして、サンディの腕が勝手に動き、ケリーがふわふわとサンディの頭上を通り過ぎていった。サンディは見えるだけの視界で必死に状況を把握しようとしたが、ただ村の一角の小さなあぜ道の上であることがわかっただけだった。


「ついに捕まえた」


 サンディの頭の後ろから声が聞こえた。魔人に特有の、低くややしわがれた声だった。サンディはそのひと声で、頭から氷魔法をかけられたかのように体の芯が一気に冷えるのを感じた。


「突然お邪魔して申し訳ない」


 後方の声は嘲笑うような声で話し続けた。


「悪いが、ここの住民は一人も生かしておくわけにはいかないのだ。目撃者を出すとまずいのでね。さて、少し手間取ったが、ここからが本番だ。とはいえ、目立ちたくはない。諸君、目くらましを頼むよ」


 サンディはいつのまにか魔人たちに取り囲まれていた。サンディはもう一度なんとか体を動かそうとしたが、やはり全く動かなかった。後方で目を覚ましたらしいケリーが泣き出した。静かになった村に、森の木々が揺れるかすかな重低音とケリーの甲高い泣き声だけが響いていた。サンディは頭の後ろに足音が迫ってきて止まるのを聞いた。


「では、さらばだ」


 爆音が響いて、サンディは頭に、次いで全身に衝撃を感じた。視界が白く染まり、何も見えなくなった。サンディはあまりの眩しさに目をつぶった。


 サンディは自分の背中が地面に触れるのを感じて再び目を開けた。周りに自分に足を向けて倒れている魔人たちが転がっていた。サンディが起き上がって振り向くと、偉そうな服を着た魔人が同じように倒れていた。どの魔人もすでに生きていないようだった。そこで、サンディは偉そうな魔人の死骸の向こうに突っ立って、目をぱちくりさせているケリーを見つけた。サンディはケリーに何か言おうとしたが、何から話せばいいのかわからなかった。そもそも、今何が起こっているのかさえわからなくなってきていた。そのとき、サンディは「いやあ、思った通りだ!」という大声を聞いた。それはルークであった。


「いやはや、やはり僕は正しかったようだ。しかし、話には聞いていたが……ここまで大きな力を持っているとは。さすがは『聖女』だな」


 サンディはまじまじとルークを見た。この村の出身で、さらなる強さと村の平和を求めて王都で学んできたはずのルークなのだが、村が壊滅している状況にもかかわらず彼は誕生日に贈り物をもらった子どものような満足した顔をしていた。サンディはさらにわけがわからなくなった。


「あの、ルーク、どういうこと?」


 サンディにとってはルークは小さい頃から遊んでもらった近所の優しいお兄ちゃんのはずだったのだが、今のルークはどこかおかしかった。ルークは熱に浮かされたかのように熱心にサンディを見ていた。


「サンディ、君は聖女の話を知らないようだね。聖女はごくまれに現れる、単独で魔人に対抗する力を持つ人間の女性のことだーーそしてサンディ、君がその聖女なのだよ。さっきの白い光が、君の聖女としての覚醒だったのだ。もっとも、聖女の覚醒は聖女が追い詰められないと起こらないといわれている。本当は僕も、こんな形で聖女が覚醒するのは不本意なんだが、でも終わりよければ全てよしだ。魔人たちも君の力に気づいていて、だからこそ潰そうとしたわけだが、やはり無駄だったようだ」


 サンディはまだ混乱していた。自分が何か選ばれた存在であることがなんとなくわかったが、それが村が壊滅した理由であるということを受け入れたくなかった。


「聖女は聖女であることが判明すれば、王都で登録を受けなければならない。ということで、君にはこれから移動してもらう」


 サンディは自分が再び浮き上がり、王都の方角に飛び始めるのを感じた。サンディは再び燃え尽きた広場の噴水を見た。辺り一面に広がる廃墟は、全てサンディが招いたものなのであった。サンディはケリーと目が合った。ケリーがサンディの方に手を伸ばすのが見えた。だが、すでにサンディとケリーの距離は、ケリーの腕の何十倍にもなっていた。ケリーの姿はどんどん小さくなっていき、ついには見えなくなってしまった。

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