第7話 不浪人生活
何とか頑張って書きました……次回もなるべく早く投稿しようと思います。
「……ん、ふあぁ……」
ガタンゴトンと揺らされる。布隙間から入ってくる明かりから現在が朝であることが分かる。
夜の間ずっと走り続けていたのか。
流石は一角馬と言ったところか。百万馬力の馬鹿体力、一昼夜走り続けても体力が尽きることはない。
その秘密は彼らの角にある。
太陽光と月光を角で吸収し、それをそのまま生命力に変える性質があるのだ。それ故に50年ほど前までは乱獲され個体数を減らしたが、現在は保護法に守られておりその数をどんどんと増やしている。
まあ便利な馬車馬だからって理由だけど。
夜間ずっと同じ体勢だったせいで尻がすごく固まっている。
しかし動けん、動けない、動きたくない。
梃子でも動きはしない、まさに仁王像。
例え目の前に聖剣があっても動かん。……もしかしたら手を伸ばすくらいはしたかも。
「ぅぅ、すぅ……」
僕の肩を枕にして白髪を預け寝息を立てる天使。左耳が肩にあたって折れ曲がってる……意外とふにっとしてる、もっと尖ってる感じかと思った。なんか可愛い。
痩せているがしっかりと肉付きがある子供の顔。
僕が育てました。じゃなかった、麺麭をあげたからね、他の子よりもまだ栄養が摂れている。
一瞬、冷たさで赤く染まる頬っぺたを触りたいという欲求が出たが……うん、抑え込んで。安眠を邪魔するわけにはいかない。
でもここまでやったんだからもうお嫁に貰っていいですか?もう両想いですよね?
普通に合意の上でいいよな。
癒しがなかった牢獄生活のせいで情緒がおかしくなっているな……。
別にやましいことばかりではない。
昨日のことは感謝に感謝して必要以上に感謝している。
この子の治癒魔法がなければ僕は簡単に出血多量で死んでいた。感謝の念は溢れに溢れ、どうしようもないほど膨れ上がり、何を伝えばいいか分からない。
だから照れ隠し的な意味合いで褒め讃える。無論心の底からそう思っている本音をぶちまけているだけであるのは内緒だ。
「それにしても急展開にも程があるよね。もうちょっとこう、順序よければいいのに」
思い返せば激動だった。
攫われて、捕まって、脱獄して、こうして馬車に揺られ何処へ行くかも分からない運だけの旅路。
どれもが唐突に起こった非現実。
「寒い」
西方大陸の寒さではない。別の大陸に移動したのだろうか……帰るにはどのくらいの時間がいるか。
両親はどうしているかな。
分からない、きっと焦ってる。
父はこういう時冷静だけど、母は気が気がじゃないと思う。
早く帰りたい。
そのために必要なのは現状把握。
*
蹄が大地を駆ける力が弱っていく。どんどん速度を落とし、いつしか停止し、ゆっくりと脚を進める。
人間の歩みのように遅い。急ぐものから安全第一の配慮へと変わる。
荷台の外から賑わいの音が耳に入ってくる。
予定通り、街に到着した。
「起きて。着いたよ」
この安眠を妨げることは好ましくないが、仕方ないことなのだ。僕だってあと5時間はこのままでいいくらいだもの。
でも今の僕たちは立場的には密航者だ。
見つかるわけにはいかない。酷い相手であればまた奴隷に逆戻りも有り得る。
「……っ」
「おはよう。ぐっすり眠れた?……眠れたよね。僕の肩使ったんだし深眠できたよね?僕はできたよ。天使に肩を貸すだけで今までの人生にありがとうと言ってしまうほどに……」
「?」
寝起きで何言ってんだこいつと首を傾げる。
それはそうだ。今の僕は明らかに昨日と違う謎っぷりを披露しているのだから。困惑するのは無理もない。
ていうか本人の前で天使って言うのキツすぎる。
封印だ。さらば天使、機会があればまた会おう。
「ごめん……。色々ありすぎて頭が混乱してる。もうそろそろ止まるだろうし、とりあえず降りよう」
立ち上がろうとする脚が崩れかけた……ところで、彼女に支えられる。なんとも無様。
「ありがとう」
まだ脚はズキっとする。
治癒魔法で治るのは傷で補給されるのは血だけ、痛みは取れないし疲労も溜まる。
そして何より生命力の減少が足を引っ張る。眠っただけでは取り切れない倦怠感……正直今から闘法や魔法を使えと言われても失敗する。倒れる自信がある。
荷車が完全停止したことで、また転げそうになったところを彼女に支えられる。
2度目の無様。
こんな脚でやっていけるのだろうか、早く痛みが取れてくれたらいいんだけど。
そんな事は外から聞こえてくる声に比べればどうでもいい。
早く逃げる。これが何よりも重要。
急いで荷車から降りて、路地裏に隠れる。
途中一角馬がこちらに気づきかけたが、もう走りで逃げ切った。
これで僕たちが無断乗車したとは分かるまい。血痕は多少あるがそれでバレる事はないだろう。
「はい、これ。あの固い麺麭だけど、食べておいて損は無い」
朝食はお馴染み固い麺麭。食べ慣れてきた……美味しいわけではないけど。
あの荷物の中に食べ物でもあったのなら、1つでも盗んでおけばよかった。
いや、それは人道に反する。
生き残るためとはいえど善い行いではない。
よそう……そんなあたかもを考えるだけ無駄だ。
1秒でも時間を無駄にするのが惜しい。
「よし、行動するっきゃない!食べ物がないなら買えばいい。お金がないのなら稼げばいい。出稼ぎだ!」
*
「……働きたいだ?馬鹿言え、お前みたいな何処の馬の骨とも知らねえ小汚ねえガキ雇えるか。そういうのはもっと身なりとオツムを良くしてからにするんだな。……あ?じゃあ果物1つでも欲しいだ?……金がねえのに調子乗ってんじゃねえぞ!客なら歓迎するが、お前らみたいな貧民共に売るもんなんざねえ!」
*
「帰れ、帰れ。小僧1人雇うくらいならもっとマシなの雇うね。貧民は貧民として野垂れ死ぬのがお似合い、って言われてるだろ。お前さんもさっさと自分の運命を認めな。……しかし、そんな雑な北方語でよく生きてこれたな。……自分は西方人?はぁん、人攫いか。それはご愁傷さまだ。運命が悪かった。改めて言わせてもらうぜ。自分の運命認めな、小僧」
*
「働きたい?……ごめんなさいね、そういうことやってないのウチは。それに貴方のような貧民は……ちょっと、ね。……え?人攫いで西方大陸から北方大陸まで来た?……それで。でも、この街……あまりそういうのには寛容じゃないから。街の方よりも貧民街に行った方がいいかもしれないわ」
*
就職失敗。
「……面接すらできないとは」
露店、道具屋、宿屋等々……なるべく身なりも綺麗にしてやる気満々で言ったのだが、全部お祈りの不採用宣言。
そもそも顔合わせで駄目出しである。
こんにちは。僕の名前はムー……あ、不採用で。
こんなレベルでどうしろと言うんだ。
時に暴力すら振られた、面接官として不採用にするべきじゃないのか。
ホームレスに優しくしてくれよ。困った時は助け合い、そうやって人類はここまで頑張ってきたじゃないか。
人族の強みは協力するところだろ。
しかし、しかしだ。全部が全部ダメだったわけではない。
無論雇用契約は出来なかった。
情報は手に入った。地の利を得たと言ってもいい。
まずここはサミエント王国でも、西方大陸でもない。
北方大陸のサラキア王国。
サミエント王国からは神聖国ルーン、メルグ王国と続き商業連盟国コスタールから北方大陸に出て、北方大陸のレルシアム王国の隣……それがサラキア王国。
まさかの大陸間を移動していた。
もしやとは思ったが、まさかこんな長距離移動しているとは誰が思うか。
大陸間を移動するとなると1ヶ月やそこらじゃ間に合わない。3ヶ月、4ヶ月……あるいは半年以上。
どういう手法でここまで連れてきたのか……その考察はまあ今はいい。考える順序としては後の後だ。
北方語は近いのでと勉強を頑張ってある程度は覚えた。南方、東方よりはスラスラ言えている自信がある。
母は偉大だ。勉強しておいてよかった。ありがとう、お母さん。一生感謝します。
まあ雑と言われてしまったが……。
現在は秋季らしい。
なんと、今でも凍える寒さだと言うのにまだ上があるそうだ。
恐ろしい、秋季だと言うのに薄毛布1枚を提供していたあの賊が恐ろしい。人の心はないようだ。
人の心と言えば、この街の冷たさだ。
僕のような身寄りがない者に冷たすぎる。一見人柄が良かった者も決して手を差し伸べては来なかった。
ロサの街とは正反対のような街……凍える寒さだけがある、そんな街だ。
さて、ここの人たちが意地悪なのは分かったとして……その原因は分かりやすい。
街の北区と言っていいレベルにでかい地区。
僕たちの目下の目的地でもある。街の方は駄目だったが、目的地はまだ希望がある。
そこに住む者達は、その希望に投げ捨てられた者達なのだろうが……。
貧民街。
行き場のないものたちが集まる掃き溜めの街。
サラキア王国の汚点……貧困差別の現状だ。
*
貧民街に到着する頃には空色は橙色に染まり、一部では夜闇が訪れていた。
この頃になると肌寒くなってくる。貫頭衣的なものしか着せなかったアイツらの頭がおかしい。
こんな寒いのに更に食事抜きと……体力がどんどん削がれてしまう。
「ごめんね。昼食なくて」
「……………」
それでも彼女は文句ひとつ言わず……喋れないだけだが……首を横に振り否定の意を示してくれる。
そんなことはないと。
なんていい子なんだろう。
せめてこの子だけでも飯を食わせてやりたい。
誰か、誰でもいいから、助けてくれ。
貧民街はザ・貧民街という感じだった。
崩れかけの家、整備のなっていない道、鼻にこびりつく腐敗臭、川らしきものは濁っている。
これは誰がどう見ても貧民街だ。
左眼を布で閉じているため視界は狭い、が……こちらをチラホラ見る人を見つけることくらいはできた。
人族に限らず亜人も少々……しかし、誰も手を差し伸べやしない。
そりゃそうだ。
貧民なんて自分の生活だけで精一杯、他人を思いやることが出来るだけの余裕がない。
期待外れと言うわけではない。元よりその可能性は考慮していたからだ。そこに恨みはない。
当然なのだから、仕方ないと思う自分がいるだけだ。
「もうちょっと……歩こうか」
果たして救いの手はあるのだろうか……分からない。
道具屋の店主が言った。
運命を認めろ、と。
こんなところで少女1人助けられず野垂れ死ぬ運命を……認めろと?
それが運命というのなら、生き汚く抗ってやる。
運命上等。神様が定めていても関係ない。
最後まで、頑張って反抗してやるさ。
「……大丈夫かい?君たち?」
どうやら運命は見離す選択ではなかったようだ。
話しかけてきたのは好青年と言った感じの人だ。北方人特有の色素の薄い髪色と肌……それでいてまあまあな顔立ち。
モテそうかと言われると微妙、でも嫌われはしないだろうな……とか失礼なこと思った僕である。
ごめんなさい、僕の方がモテません。
「あー、えっとごめん。始めてみる顔だったから、どうしたのかと思って。怖がらせたのならごめんね」
「いえ、怖がっては、ないです……。少し驚いたくらいで、話しかけてくる人なんていないとばかり……」
「?話しかけるさ。ここは貧民街。はぐれ者が手を取りあって生き抜く最後の居場所だからね」
その手を取り合う人たちは遠くからチラチラ見てただけだけどね……。
もしかしたら余所者の僕たちを警戒していただけだったのかな?それは、なんというか早とちりだった。
世の中悪い人ばかりじゃないと信じる心が大事。
「君たち何処から……?捨て子かい?それとも捨てられた奴隷?……身なりは汚いから……」
身なりが汚いはノンデリカシーじゃないかな?
いやまあ汚いんだけど。
「僕たちは……誘拐されて……僕は西方大陸から、この子は出身が分かりませんが僕と同じように」
「……誘拐……そうか、またなのか……」
好青年の顔が曇る……。心当たりがあるんだろう。
例えば、僕たちと同じような子がこの貧民街にいるとかね。
しかしこちらの視線に気づいたのだろう、すぐさま調子を戻す。不安がらせないように気遣っている……やっぱりいい人だ。
「残っていた寝床があるかなあ……一旦長老に報告するべきか。長老の家なら一旦は寝床が用意できるし……」
何やら悩んでいる様子。奥歯を噛み何かと葛藤している。
他人のためにここまで考えられるとは、なんとも凄い人である。尊敬したい。というか尊敬します。
「長老さんのお家は広いんですか?」
「まあね。1番広い、けどみんなが使う共有スペースのようなものさ。かくいう俺もたまにお世話になっているんだけど」
「そこなら働けたりしますか?」
「働く?働きたいのかい?」
「お金を稼ぎたいので、働ける場所があるなら是非」
悩んでいるのならこちらから切り出してみよう。
何か打開の一手になり得るかもしれないし、働き場は欲しい。お金を稼いで早く帰りたい気持ちが強いからだ。
何よりここから出なければこの子を家に返してやることもできやしない。冒険者になれる歳ではないし、働けるところで働いて今のうちにお金を稼いでおきたい。
「働けるところ……?この貧民街で、か……ヨークさんのバーは、ダメか。そんなお金ないもんな。……肉体労働に駆り出されている人はいるけど、君たちじゃ……」
やはり少ないか。さらに悩ませる結果になってしまった。
しかしその悩ましいと言った様子も、一瞬を境に消える。その後は、僕と彼女を交互に見ながら……少しだけ、考え。
「……………」
何か意を決したような顔をしだした。
怖いな、少し時間をくれないだろうか……くれないか。
「働ける場所はある。ただ……」
「ただ?」
「そこの店主が。ものすごく、人間嫌いなんだ」
ほう。人間嫌い。
人間が嫌い、人間関係が嫌いということだろうか?それとも人族自体が嫌い?
どっちだろうか。
「あそこは貧民街の中では儲かってるしお給金も出ると思う」
「本当ですか?」
「本当だよ。ここから南方面に行くと、一つだけ新築かと思える場所がある。そこがお店……この貧民街で唯一の一匹狼……ランガルさんの道具屋。あそこなら、働ける……かもしれない」
かもしれない。
断定はしない。
だって、本当にかもなのだから……と付け加える。
そういえばマイエンジェル片耳欠けてましたね、忘れかけてました。
右耳です。3分の1辺のところから欠けて無いです。傷ついてから時間が経ちすぎているので治せません。