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第6話 逃亡

1話で終わる牢獄編(?)。

急ピッチで誤字多数だと思います。あればご報告お願いします!

まずこの牢屋の設計は一本道を挟み込むようにして牢屋が等間隔で配置されている。

見回りの警備はいつも左の階段から降りてきて、左の階段から出ていく。つまり、右に出口はない。



僕から見て右側の牢屋はそう長くは続いていないようだ。精々が40mってところか。

右はどうでもいいな、重要じゃない。



重要なのは左が出口ということ。

左から来て左から出るということは左の階段が出入口ということでしょう。そんなこと暴猿(あばれざる)でもわかる。



他に脱出口はない。排泄物を入れる簡易便所はあるが……脱出させてくれるようなところではないだろう。下位層につながる穴、想像を絶する地獄だろうが僕が案じるだけ無駄だ。



今は自分と同居人だけの安全だけを考えろ。



作戦らしい作戦はない。全てが行き当たりばったり、一つの誤算は即ち死だ。子供の浅知恵、認めよう。



だが、僕はまだ子供だ。子供だからこそ出来ることはある。



冷静だ、焦るなムート。英雄は常に逆境を乗り越えるもの。無駄に沢山してきたイメージ……魔王に捕らえられた姫をどう助けて、魔王の居城から脱出していたか。



「ふ、完璧だ」



チーズのように穴だらけ。

穴だらけでもその穴を潜ればよいのだ。





「……っぷ、お……ぇぇぇぇえええ!!う、っ、ぐ……」



止まらぬ吐き気、床にばら撒く生汚い胃液と嗚咽。逆流の現象は思いのほか、肉体に苦痛を与えてくる。出すものがなくなろうとも、未知なる空腹感が腹を刺激して吐き気を吐露させる。

口の中に溜まった液臭、普通に辛い。怠くなる体、動けるだろうか。



「汚ねえな」



だが一人が吐いたくらいで賊は動じない。日常茶飯事だからだ。しかし、



「……!」



普段感情を見せない者が本気の焦りを見せたらどうだろうか……少女の覚えが良かった。



種族不明、出身不明、どこから流れ着いたか分からない逆らうことのない上玉。更に言えば出入口から近めの牢屋で良く見やすかった。更に更に言えば少女の同居人の赤毛の少年はいい意味で悪目立ちしていたのでついでに覚えやすかった。



「なんだ……何が起こった?」



階段を上ろうとしていた脚が、その牢屋に向かう。

何かの厄介ごとでは確認不足で商品を不良品にしたと責任を取らせられる。それは不本意ではない見回りは手に持った灯りで牢屋を照らす……



「な……」



そこで見た、肌が茶色く変色した少年を。

あらゆる可能性を探り、数秒の思考で『腐敗病(ふはいびょう)』の可能性を導き出す。



腐敗病(ふはいびょう)』……初期症状はない。唐突に体に変化を与える。

突然肉体を腐らせる。薄暗い茶色に変色させ肉がどんどん腐り落ち、いつしか中身すらも腐らせる。

筋肉も骨も臓器すらも例外なく腐らせ、最後には心臓をも腐敗させ停止させる死病。



腐敗病(ふはいびょう)』の恐ろしいところは、感染するということだ。肉が腐った時に漂う臭いを伝って、病原菌は他人へと入り込む。

Eランクの階層で『腐敗病(ふはいびょう)』が出ていたため見回りの男も簡単に容認はしなかった。



その『腐敗病(ふはいびょう)』患者がどうなったのか……病魔の元を完全に消し去るためには()()()()()()()を要する。

そんな高位魔法の使い手がこんなところにいるわけがない。感染病である患者は誰の目にも止まらない地下の地下で消却処分される。

ムートにはわかりようもないことだが、予期せぬところで幸運にも手助けされていた。



排泄物を処理する穴はEランク階層につながっている。そこから感染した可能性もある。

見回りに来た者とて阿呆ではない。その可能性を加味して最前を取るだろう。



「『腐敗病(ふはいびょう)か……?クソ、Bランクの上玉だっていうのに運がねえ」



だがここで見つけられたのは幸運だった。気づかず感染を拡大してしまえばBランク全てを処理しなければならない大損害になっていた。



腐敗病(ふはいびょう)』になってしまえば対抗手段は聖位以上の解毒魔法しかない。それ以外は初期症状を的確に確認して感染する前に処理するだけ。



牢屋の鍵を開けて中に入る。手袋と口と鼻を隠すように布を巻いてなるべく感染しないように対策はする。中へ入り即座に鍵を閉める、もう1人の奴隷が逃げないために。



「この臭い……腐敗臭か。まったくついてねえガキだ。まさか『腐敗病(ふはいびょう)』だとはな。おい、起きろ」



なるべく触れないように蹴りでこちらに気づかせる。



「……なん、ですか?僕は、出られるんですか」


「ああ、そうだ。ここから出してやる」



もっとも目的地は更に下だが、とは言わなかった。わざと希望を持たせる発言をすることで絶望する顔を見るのが好きであるから。



「そう、なんですね……よかった」


「ああ、よかったな」


「ええ、本当に。間抜けでよかったです!」


「ぎょえぃ!」



油断したなヴァカめ!子供にも子供の攻撃手段はある!急所を狙えばダメージ100倍!

そう!金的こそ攻撃において最強なのだ!

しかも少量の『闘気』も使っての()()()()()だ。(そんな闘法ありません)

金的の痛みは男子だから理解している。多少の同情もあるが……ここは心を無にして叩きまくる。



「オラッ!」


「い、ぃぎ……あ……ヒュッ……」



次は蹴り。大事なところを押さえて動けなくなった男に容赦のないクリーンヒット。子供だからと甘く見るな。



追撃は終わらねえぜ。初日の僕を蔑ろにした男の分まで殴りまくってやるぜえ。



「積年の裏みぃぃぃ!」


「ぎぃぃい、やぁ……ひぃ、ぐぅ!!」



動けずうつ伏せになったところで蹴りをいれまくる。気絶するまでが勝負。あと50は蹴りまくってや、る……?



「お、っとと……気絶した?」



白目向いて泡吹いた……死んだかな?

手を合わせましょう、ごめんなさい。流石に殺害するつもりはなかったけど……というか息してるはよかったー。



「よし、看守さんは今頃いい夢見てるだろう。奥さんといい家系作って元気の良い鍵と、水……あとに臭い消し。全部あるっと」



必要なものを分捕る。水、というかお湯で体を綺麗にする。すると、あら不思議、茶色肌が綺麗な肌色に!?『腐敗病(ふはいびょう)』の特効薬はお湯だった!?



なわけ。『腐敗病(ふはいびょう)』に見せかけただけの簡易メイク。付けたのは何かって言われると……排泄物処理穴にこびりついた腐った排泄物とだけ。



カマリの葉から作られた臭い消しをこれどもかと塗りたくる。本来の使用用途的にあってるから、僕は何も間違っていない。

ちなみに吐いたのは本気。左眼を酷使すると普通に体調が悪くなるので、それを利用させてもらった。有効活用できるものはするべきだ。



「まあ臭いは、大分消えたかな……」



ないよりはマシ程度だけど。



「じゃあ行こう。こんなところさっさとおさらばさ」



同居人の手を掴んで、重い牢の扉を開ける。

よかった、手を突っ撥ねられなかった。さっきまで排泄物だらけだった手は触りたくありません!ってされてたらどうしようかと焦ったよ。



「目は閉じて、耳も……まあこの布切れで防いでおけばいい。大丈夫、僕を信じて歩けばいい。手は離さないから」



キザだぜ、僕は。ヒュー、かっけえー!……と、そんなことしている暇はない。

見回りが戻ってくるのが遅いことを訝しんだ者が来る可能性がある。何よりも早く、左の階段を上って、この場の脱出する。



「ねえ、待ってよ!僕も、連れて行ってよ!」



しかし、その決意を流すように隣の牢屋の少年から声をかけられる。


無視だ。



「そうよ!開けて、お願い、開けて!早く出たいから、開けてよ!」


「置いていくの?助けてくれないの?どうして、どうして……!?」


「きみ、強いよね。強いなら、俺も助けられるよな?なあ?なら早く、俺のおころも開けてくれ……!悪者だってやっつけるくらい強いんだろ?だから……頼む」



それに呼応して、1連の騒動で固まっていた他の子達が声を上げ始める。大体は自分も出してくれという願い。



無視だ。



叶えられるものなら、叶えてあげたい。

それが正義だ、それが英雄と呼ばれる者がする当然の善行だ。



けれど、僕の手で掬えるのはいま手を握っている少女だけ。他の手を取る余裕はない。



別に恨んでいるわけでもないし、死んでほしいなんて思ってはいない。だからこそ、出たら間違いなく殺される。



脱走して、また捕まったら……?

確実に殺される。Bランクだろうが関係なく、殺されるだろう。



なら……なら、まだこうして檻に入れられ誰かに買われる方がマシだ。生き残れる可能性も、いい人に買われる可能性だってある。

死んでしまっては元も子もない。



「だれかが……」


「……………」



目の前の檻にいれられた少女……誰だったか。ああ、僕と同じ街にいたあの子だ。

僕が救おうとして失敗したあの子だ。



「助けに来てくれる、ってお兄ちゃんが言ったけど……お兄ちゃんは助けてくれないの?」



少女も責める意味合いではなく、ただ助けを乞う子供として聞く。

何故、私を助けないのかと。



「生きていれば……希望がある。僕と行けば、この子と僕は生き残る……けど、君は死ぬ」



この牢獄全員が一斉に逃げ出せば、数人は脱獄できるかもしれない。けど、大半はその場で捕まって殺される。



10の命が僕の手にかかっているのなら……そして、ひとつしか救えないと言うのなら、僕は迷いなく、

1を助けて、9を切り捨てる。

そして残りの9を生かす方法を考える。

それがこれだ。



「……………ごめん」



誰にも聞こえない謝罪……もしかしたら、近くにいた同居人だけは聞こえていたかもしれない。いや、耳を塞いでいるから聞こえやしないか。

どうであれ、意味のない謝意なのだからどうでもいい。



僕は少女の手を取って、ただ走る。



後ろから聞こえてくる恨み辛みの罵声と怒号と悲しみに満ちた嘆き……聞こえなかったことにはできない。一生残り続けるであろう、怨嗟を胸に宿す。



忘れはしない。忘れてはいけない。

それでも振り返らず、1つを助けるために決意を以て走り抜ける。





階段を上る……足音は極力消す。

心配は同居人だったか、羽根のように軽いので足音が響きにくい。なんという隠密性、これは将来有望な暗殺者だな。

と、彼女の将来は彼女が決めることなので僕は特に関わりませんとも。暗殺者になんてなろうと思ってなる人は早々居ないだろうしね。



階段を駆け上って出口はそう遠くなかった。

入る時にも通ったので知っているが、新鮮な反応も悪くなかろう。



さて、ここで注意すべきがこの先に人がいるかどうか。小さな子供2人、見つかれば逃げる事はできない。

逃亡成功のためには見つからず外に出る必要がある。



「あ、ここイメージでやったところだ」



さながら勉強講座が役に立った瞬間である。

んまあ、興味が湧いたので『闘気』の次に習得を試みただけなんだけどさ。



「覚えててよかった。……まあ、部屋に近づいてくるお母さんとお父さんに気づくために覚えただけだけどさ」



意識を集中させる。

生命力(オーラ)を頭部分に一点集中……駆け巡る血管が熱くなっていく、そんなに幻想を抱く。

人間が無意識的に感じているであろう肌感覚が嫌に繊細となる。ピリピリとざらつく空気が地肌を擦る。

研ぎ澄まされる感覚、五感全てが一段階上の段階へと行き、有り得ざる第六感の扉が開く。



()()()()()()()()

こちら『闘気』の次に習える基礎のひとつ。

脳神経を生命力(オーラ)で刺激し普段は感じられない生命力(オーラ)を鮮明に感じとる技法。



とは言えど、練度はいまいち。壁1枚挟んでは曇りガラス越しで分かる何人がどこに居るか程度。

上等、敵の数と配置さえ把握できれば抜け出すこともできる。



「運がいい。天の神様は僕に味方しているようだ」



幸いにも壁越しに人の気配はない。

安全を確認して、さあ開けてしまおう。

オープンザドアー!

豪快には開けないよ。いないと言っても物音1つ逃さないアサシネイトが潜んでいる可能性もある。

闘法の中には気配を消す『()()()』や音を無くす『()()()()』などがある。油断は禁物。



扉を開ければ左右に別れた通路、そして前にまた扉。通路に置かれた樽荷物類からも倉庫替わりに使われているのがわかる。

衛生面は終わっているが……樽の中は麺麭(パン)か。少し分捕っておこう。



ビンゴ。いつも出される固い麺麭(パン)だ。この際埃が被っているなど気にしないのが吉だ。抜け出せてもその後のことも考えておかないと。



「長居は厳禁、皆さん休憩中でしょうしお静かに」



すぐさま移動する。

やはり外は夜なのだろう。良い子は寝る時間、いくら人でなしでも健康には気をつけたい。そういうことだ。


前の扉には入らない。そこは最初に目が覚めたあの部屋だ。出入口はあるが、中央入口で目立ちやすい。

左の通路に移動する。



目覚めた部屋から入ってきた太陽の光……布越しだが、光の量は誤魔化しきれない。

まず中央が1番明るかった。

まず左側の窓が少々明るかった。

そして右側。明らかに遮られたような暗み加減。

太陽の昇り降りする方角、逆算した時間から目覚めた時は朝であると仮定、西と東の測定こそ方位磁針がないので分かりようもないが、勘だ。



行き当たりばったりと言ったはずだ。なんの証拠もない、浅知恵で導き出した小さな答え合わせ。

そもそも計画というのなら、少女1人同行させている時点でご破綻だ。



「我ながら素は意気地無しめ……」



忘れかけていた恐れ……心臓が煩い。

別に僕は強いわけじゃない。理想の自分を被っているだけで、素は大した度胸もない。7日間耐え続けていた不安が一気に押し寄せてくる。



うじうじするな、ムート。

ここで躊躇いから足を止めればこの子が死ぬ。そんな当たり前のことから目を背けるな、恐れるな、立ち向かっていけ意気地無し。



「そろそろ部屋の1つでもあるかな。足、大丈夫?辛かったら少しペースを……」


「……………」



首を横に振る少女。

というか言葉は通じていそうか。最初は無反応だったが、いまはでは言葉に応じてくれる。

まあ、そこのところもまた今度。



「そっか、よかった、じゃあ、このまま……」



ピクリと動く長耳………………その所作を、見逃しはしない。

少女の腕を強く引き……銀閃を回避させる。

少々乱暴だが、位置を入れ替えるように少女を前に放り投げる。



「奥の部屋!早く入って、急いで!」



長く、暗い通路の終わりとなる壁につけられた扉。



「……!」



ここまで必死に言葉を投げかけていてよかった。

僕の言葉ひとつで状況を理解して扉に向かい少女は走り出す。

よし……ここは何とか、僕1人の犠牲で済みそうだ。



銀の刃……いや、明かりもないので鉄鉄しい鋼色の剣だ。銀閃に見えたのは目の錯覚、あるいは『闘気』によってそう見えたのか。

どっちでもいいな。

どうせ躱せるわけがない。



死を纏った鉄の塊がこちらに向けられる。

全身から溢れ出す怒気と切れてしまいそうな冷たさ、殺気とはこういうことを言うのだろう。

容赦はない。ただ殺すことを生業とした剣士は僕を殺すために、必殺を繰り出すだろう。



「反応がいいな。『()()()」を使って確実に殺すつもりだったんだがな」


「噂の『霧隠れ』を見れてよかった。本当に気配がないんですね?『五命感知』にも引っかからなかった。それはそうと……どこかで会いましたか?特に、僕を攫った時とか」


「……覚えていないな」



青の短髪、黒の切れ目、凍えるような声。

容姿は見ちゃいないが、絶対そうだよ、声とか!

恨みは忘れないからな僕!



「赤髪って結構目立ちません?」


「さあな。印象には残っていない。



そうですかそうですか、一方的に暴力振ってそれで知りませんか。

嫌な大人だな、全く。



人生初の対人戦。

相手の獲物は……剣。長剣ではない、細剣ではない。ナイフに近いが、刃が分厚い。ロングナイフというやつか。



僕のようなど素人じゃない。

確実に何人か殺している、殺人剣の使い手。



「今まで何人殺してきたんですか?その剣、1人も殺してないなんて言えませんよ」


「……………」



会話する気はないってことか。まる見えの時間稼ぎだから当然か。

僕の手札は少ない。初撃を躱せる気はしない。

やるならこちらから先に仕掛ける他ない。



「これでも喰らえ!」



会話途中で手にかけていたボトルを投げる。

速度などない。投擲武器として使うにはあまりにも不十分。

鉄をも切り裂く剣技が炸裂し、真っ二つになってしまったではないか。闘法『斬鉄』か……あれくらい『闘気』纏えばどうにでもなるか。



しかしわざわざ切ってくれて有り難い。

蓋を開けて撒き散らしていたが、その手間を一気に消してくれた。



「水……」



見回りから分捕ったお湯の残り……少し残しておいた。時間が経ち、外の空気を含んだそれは既に凍える空気によって冷水となっている。



「『火炎(フレイム)』!」



着火(イグニ)』から派生する攻撃魔法……下位の攻撃手段だ。

しかし……凍える空気によって温度低下した水は魔法の影響で急激な温度上昇によって、予想を超える蒸気の圧を生み出す。肌に触れればさぞ熱いだろうさ。



「その歳で魔法使いか。だが、小細工。三流、魔術師にもなれはしない」


「でしょうね。小細工ですから」



闘法『風切』。速さに特化した斬撃により風すらも断ち切る闘法。此度は飛び散った火炎の蒸気を切り払う。

その一瞬で逃げ失せる。まともにやりあって勝てないのなら、逃げるが勝ち。



「……ん」



動こうとした男がつっかえる……石造りの床が僅かに膨れ上がり、本当に一瞬だけ踏み込みの安定性をなくさせた。

魔法『石場』。地属性は生命力(オーラ)による()()()()を基本とした属性。『石場』は既に存在する物質から同素材の物質を生成する簡易物質創造をする下位魔法。



目的は時間稼ぎじゃない。

時間をかければかけるほど不利になる。はたして僕の生命力(オーラ)であと何回魔法が使えるだろうか……長引かせるのは悪手でしかない。

デカめの一手で逆転逃亡。

これだ。



相手が踏み込む前にこちらは下がる。

近づかれた時点で速度で負ける。最初躱せたのはまぐれ……あの子がいたから勘で切り抜けられた。

だが今は1人。知恵を絞り、逃げ勝て。



下がった後に視界に入り込んできた固い麺麭(パン)しか入っていない木箱。丁度いい。

食べ物を粗末にするのは悪いが、もう少し固くなってくれ。



「『火炎(フレイム)』!」



木箱に炎を与える。着火(イグニ)でもいいが、何度も言うが時間がない。

今は多くの、自分が生成できる以上の火が欲しい。



待ってくれるほど甘い相手ではない。

剣閃の速さは素人目では高速……音を置き去りにしているのではないかと錯覚するスピード。

距離を詰める動作ひとつがムートという人間を遥かに凌駕する域。



「っ……!『小風(ウィンド)』!」



自棄っぱち気味に放った風魔法……炎を煽った風は吹く方角に従い奴を覆い尽くす。火の量多めになっておりますとも。



その隙に逃げる。

後ろは振り返らない……恐らくというか十中八九、通用していない。奴と僕とでは差がある。

簡単に殺さないのは……まだ僕に価値を見出しているから。

奴に割が合わないと思われ、剣に殺意全てを乗せる前に逃げ切る。



逃げる、逃げる逃げる逃げる……!!

足音は聞こえない……が、近づいていないなどとは思ってもいない。足音消すくらい簡単にできるだろう。



あの子が入った扉を勢いよく開けて閉める。

稼げるのは0秒とちょっと……しかしそれが生死を分けるのが戦闘だ。



「木製……なら、『火炎(フレイム)』!」



木製の扉に火をつけるなど何たる暴挙か……うるさい、うるさい!そんなこと言ってる暇ない、人生は常に突っ走り言い訳する時間が惜しい。



「……………」



少女がいることを目視で確認……倉庫か、必要があるのかないのか分からない物が無造作に置かれた廃倉庫、窓がある、逃げられる。



「……逃げるよ」



手を取る。

小さく冷たい手から、震えが少し感じられた。寒いからなどと鈍感気取る気はない。

なるべく相手のことは理解したい派だ。



「ごめん。離さないって言ったのに簡単に離しちゃって、でももう離さない。だからしっかり、手を握っていて」



通じただろうか……通じたはずだ。

弱い力で握ってくれる手。

冷たいはずが暖かい。少々温もり忘れたこの身体には丁度いい温かさ。でもちょっと元気が湧いてきた気がする。

もしかしたら暖かいのは後ろの扉のせいかな……なわけないと信じたいところ。



「……っ!」



燃える扉を斬撃が切り開いた。

消えゆく炎……剣士の足を止めるには不十分と言わんばかりに、炎すらも切られてしまう。



青髪の剣士……今更ながら強さで言えば上位に位置するレベルだ。

帰り道の道場で見た剣士と同じような剣。『剣帝』が扱った()()()()()というやつだ。



今の僕では天地がひっくり返ろうとも勝てやしない。



「行くぞ!」



だから手を引いて逃げる。

窓の高さは背伸びしてようやく手が届くかどうか……土台を積み重ねる無駄はできない。

そんな間にあの剣士は突入して、どちらか一方を斬り殺す。最短で最速で状況を抜け切るには走り続けるしかない。



「『風撃(ウィンドショック)』!!」



体が風に押し上げられて浮き上がる。高さにして自分の身長ほどだろうか、子供なのが幸いした。思ったより飛んだ。

手を繋いで2人分の体重であるため、飛翔距離も短い。

これで十分。このくらいで丁度いい。



扉を蹴破る音……同時に硝子が割れる音。

硝子の破片が突き刺さる……血が流れる、なるべく多く自分の体で受けて少女に晒さまいと努力する。それも多少マシになるかどうか程度だが。



空中にある体が目の前の壁に激突する。壁を背に激突させ、骨が軋む痛みに苦悶を訴えながら……庇うようにした少女の体も激突してきた。

普通に痛い。



硝子を突き破って目の前の建物にぶつかったようだ。

飛び出した先は路地裏……建物と建物の間隔が狭いからな、こういうことも想定していた。



壁に衝突した体が重力に従い下に落ちていく。

頭が下にある体勢……これでは頭を打って死ぬ可能性もある。それはダサいな、嫌だ。



衝撃を緩和しながら立ち直る。これだ。



「『風撃(ウィンドショック)』……!!」



真上か真下か、頭部が下を向いているのだから自分的には床が真上なのだろう。

真上に撃った風の層は僕と地面に挟まれて行き場を失う……風の衝撃が左右に発散される。その衝撃を利用して、自分も左右のどちらかに転がる。



転がりながら硬い地面に激しく体を擦る。

大量にかすり傷ができただろうが、何とか体勢をよいようにして立ち上がらせる。



「よし……!」



脱出した喜びはあるが、まだ油断はならない。

窓からこちらを追いかけるように向けられた目……どんだけしつこいんだ、あの少年少女趣味のド変態青髪剣士は。



窓を乗り出してきた剣士……路地裏を出るために走る。

今更ながら夜だ。当たっていた。7日目かは、わかりようがないけど。それより寒い、春季の夜でこんなことはない。じゃあ今はなんの季節だ?

て、そんなこと考えてる暇はない。



路地裏を抜けて、その後は?その後は……右?左?人がいるところに助けを求める?生き残る方法を考えろ。



「あれだ!」



目に入ってきた2頭の一角馬(コーンス)に繋がれた雨避けと布で中が見えないようになった荷台、連結された2つの荷台。

荷車、荷物を運ぶために存在している。何処まで?

ここじゃない何処か、違う街。逃げきれたところでこの街にいてはいつか見つかる。

遠くに逃げるしかない。



出発するために手網を打ったのか……荷車が僅かに揺れる。間に合うか、間に合わないか、ギリギリの瀬戸際。

もうどうなってもいい。最後までぶっぱなしてやる。



「『風撃(ウィンドショック)』ッ!」



風撃(ウィンドショック)』による加速で何とか間に合わせる。

路地裏を抜けた……!夜月すら明るいと錯覚してしまう。

今宵は月が綺麗ですね!とこの子に言ってやりたい気持ちはグッと抑える。



一角馬(コーンス)たちが(いなな)きと共に動き出す荷車……。

間に合わない。子供の足で行けるところは少ない……いや、躊躇いなんてない。届かないなら何をしても届かせる。



「……っ、はぁ!『風撃(ウィンドショック)』!」



本日何度目だろうか、お世話になっております風魔法さん。

風を纏ったジャンプ。想像よりも飛んだ気がする。何回もやったおかげで慣れたのだろうか。

そこは感謝か?いや、感謝なんてないなこんな連中に。子供1人にすら逃げられるなんてざまぁみやがれ!



「っ!」



力を込めて左腕を前へと突き出す。それに合わせて少女が自分の前に躍りでた。

先に乗るのはこの子だ。まずはこの子の安全。次に僕。

既に発進しかけの荷車には追いつけまい。

勝利を確信して、背後を見る。何をしてくるか分からない、何かしてきてもある程度は魔法で散らせる。



僕に油断はなかった。

多分、出来るだけの事はした。

自分の力を過信して馬鹿なことをやってのけたわけではない。出来ることを精一杯やって、ここまで辿り着いた。

上位剣士を相手して逃げたのだ、凄い事だ。



「あ、れ……………?」



しかし、反動はでかい。



目の前の視界がボヤけて歪んで何度か消えかかる。

閉じていた赤い眼も……動揺と共に開けて、おかしな光景を目の当たりにする。

先程まで勢いよく回転していた頭が嘘のように、何も考えられなくなる。言い表せようのない倦怠感。吐き気は熱を呼び覚まし、芯の芯は急速に冷やされていく。



覚えがある。

これは……生命力(オーラ)の枯渇。



今までにないほど魔法を使った。闘法だって多少扱った。その代償として訪れる生命のお終い。

それを報せるために体が休ませようと必死に訴えかけてきている。



だけど、大丈夫。生命力(オーラ)が枯渇しても、もう逃げ切れるところなんだ。

休息も取れる。なんの心配もない。



安堵した……心に舞い降りる恐れ。



後ろを向いた顔……ボヤけた視界で映る、殺意の塊。

近くまで来ている。あれはなんだ?

なんだろうか……剣?

剣?何故ここに?追いついたとでも?そんな事は、ない。

では、何故?



「闘法『旋擲』」



()()()()()()()()()()()

この技は知っている。

剣士が魔術師に対抗するために作った遠距離攻撃。剣士の力に『闘気』が合わさった投擲、それは時に風をも破る最上位魔法をも上回る遠距離攻撃であると。

一時期このせいで三刀や四刀持ちが主流になったとされるほどの……対魔術師戦の切り札的存在。



「……、っぁあああ!!」



声を上げずにはいられない。

灼熱の痛みが全身を貫いた……本当の事を言うなら全身ではない。そう錯覚させるだけの痛みが、1箇所の断裂から引き起こされた。



荷台に乗る体。受身など取れず、ただ転がる。

揺れ具合から進み出し、最高速度に至らんため加速していくのが感じられた。



逃げ、られた。



「は、ぁ……」



詰まりかけた息を吐き出す。

荒れる息……今更、恥ずかしがる必要ないだろうと見てくる少女……違うな、そんな表情じゃない。

焦燥と恐怖に染った、良くない顔だ。あんまりしないで欲しいな。



「……ちょっと、つか……れ、た……」



自分の右足を視る。

これは、嫌な顔されてもしょうがない。



太腿辺りから流れ出る血。

体と足の付け根が切り裂かれ、足に力が入らない。半分以上の肉がそこにはない。あるはずの肉が削り取られ、代わりと言ってはなんだが健康的ではない濁り血が溢れ出す。

傷の割に血の量が少ないのは、血の生成が満足にできていないからだろうか。あんな食事と生活では無理もない。



痛みは鈍い。

刻まれた瞬間は何よりも鮮烈に遺ったが、今はそこまで。そもそも思考が消えかけている気がするので、同時にそういう器官も電源を切っているのかもしれない。



風前の灯のような状態の頭で止血しないと死ぬな、とぼんやり思いながら、手際よく服布を千切り固く締め上げる。

治癒魔法を覚えておけば、少しはマシだったのかな。



しかし……生命力(オーラ)切れ、全身に打撲と切り傷、致命的に大きな太腿の切り傷。

全部使い果たしてしまった気がする。

犠牲にして犠牲にして、己を棄てて……残ったのは、少女1人か。



結果としては悪くない。

1人でも救えたのなら万々歳。

英雄には程遠いけれど、まあ誰かが褒めてくれるだろう。



今は、寝たい。

少しでも、この体を休めたい。

眠ったらもう二度と目覚めれないのはわかっている、気を張りつめすぎたせいで限界まで到達しかけていた気力がごっそりと傷口から抜けていく。

そんな錯覚を言い訳に……寝てしまおう。



「ちょっと……寝る、ね……。いびきとか、うるさかったら起こして……」



瞼を、閉じて……安からかに……




















ん?

微睡みに堕ちるような喪失感がやってこない。

眠いのは眠いのだが、なんかそういう気もなくなってきた。



なんというか……あったかい。

この温かみを失くしたくないから、意識が必死に引っ張ってくる。

わかったよ。起きればいいんだろ、起きれば。

まあ僕も、あとちょっと(2時間くらい)はあの子の顔を見ていたかったしお互い利益ある関係ということで手を打とう、意識くん。



「……………あ、あぁ……」



奇跡を見た。



天のように可憐な少女が、傷元に触れる。

触れられた傷に痛みはない。あるのは安らかな光のみ。

とても暖かい。



「すごい……」



傷がどんどん治っていく。

くっつき、塞がり、失った血に代わり新しい血が充満される。

太腿の傷は最初のうちに完治していて、動かすだけの余裕すらあった。



あのレベルの傷を治せる治癒魔法。

上位か、最上位……もしくはそれ以上の。



流石は妖精族(エルフ)。魔法の扱いに長けている。この歳で、このレベルの治癒魔法。どれだけの才能があるんだろうか、羨ましい。

けど妬みはない。ただ、有り難いだけ。



心が休まったら、逆に眠気が襲ってきた。

こうして彼女の勇姿を見届けたい気持ちはある。

だが抗いようのない眠りへの誘いは払いのけようがない。



今は、全て忘れて、眠ってしまおう……。



生まれて初めて、この上ない安らぎに抱かれて眠りにつけた……。



そんな気がした。

ムートくんの心が太すぎる……子供なのに……心の強さこそ英雄の強さの本質ですからね(多分)。

次回はちょっと投稿遅くなりそうです……ごめんなさい。

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