第60話 黒の影
聖皇歴520年──冬季終盤。
移動すると言ってからの行動は迅速であった。
行動力は有り余っている。
路銀の心配や足並みを揃えるのも要らないわけで、俺の裁量ですべて行える。
ソロの数少ない利点だ。
ただ冬季の真っ最中であるため多少の足止めはくらった。
活発にならないはずの魔物が活発になって人手が足りないんだとか。
おそらくはスノウドロップが誘引したものだろう。
スノウドロップの生態系に対する影響力は凄まじい。
南方大陸の気候を北方大陸に変えると言っても過言ではない。
そんなことをしてしまえば生態系は乱れに乱れ、大混乱待ったナシなのは分かりきっている。
本来は出てこないはずの白尾獣が街道に現れ冒険者が対策に追われていた。
白尾獣は発達した後腿で二足歩行するふわふわしたタヌキみたいなやつだ。寒い地域を好み北方大陸でよく見る魔物だ。
南方大陸ではお目にかかることはまずない。
ふわふわしていて俺は好きだ。エルンには勝ち目がないけどな。
危険度はDランクと高くないのだが……白尾獣の特徴はずる賢いところだ。
常に群れで行動し、敵わないと分かれば即座に撤退する。
そして執念深く進行方向の木を倒してあからさまな妨害をしてくる。
非常に不愉快。
ここまでコケにしてくる魔物もそういませんよ。
白尾獣のせいで街道はめちゃくちゃ。
防壁代わりと言わんばかりの丸太軍団で通行止め。
南方大陸に現れないため初見の冒険者も多いようで、それで逃げ出した白尾獣の復讐劇が勃発しているというわけ。
丸太を除去しつつ白尾獣に遭遇しても逃げる。
自分より弱いと分かれば襲ってはくるが再度妨害はしてこない。
白尾獣が鉢合わせたら、逃げか殲滅かの二択だ。
毛皮は防寒としてとても重宝するため数が多いのに高値で取引される。まあすぐ逃げるからな。
実質経験値ウハウハな銀色のスライム、色合いも似てる。
そんなこんなで白尾獣の妨害をくらいながらも、ロゼルス王国東部に辿り着いた。
*
今更だが、ロゼルス王国とは五大国家のひとつ、南方の大国である。
世界でも多大な影響力を及ぼすほどの国力を持った国家が5つの名に数えられる。
北の聖皇国。
西の神聖国。
東の黄金帝国。
南の魔導天国、そしてロゼルス王国。
2000年以上の歴史があるロゼルス王国は五大国家の中でも『武』に長けているとよく言われる。
魔神大戦では王が前線に出て常に戦火を突っ切っていた様から狂戦士しかいない国なんて比喩されていた。
それに、かの『剣帝』の一族がロゼルス王国に忠義を誓っている。
剣帝の家系、ローレン。
魔神大戦において最強と謳われた『剣帝』エディ・グラディウス・ローレンの子孫がいて、今も『究極』と呼ばれた技術は健在で『剣帝』の称号は代々引き継がれている。
英雄一家を抱えているわけだ。
強いに決まっている。
更には闘法、魔法どちらの研究も進めている先進国。
飢えを知らぬ肥満の大地。
ガルシアの大森林と隣接するため自然豊か。
魔族を擁護し、人の括りとして受け入れている。
よい国だ。
しかし危うい面も多々にある。
たとえば血みどろの政権争い。
王宮内での暗殺は当たり前、王族すら安寧が約束されない現世の地獄。
陰謀潜めく伏魔殿。
老獪なる怪人が糸引く魔境。
テルネストア第三王女様が愚痴っていた、1ヶ月に1回は貴族が死ぬと。
王族でも気に食わねば一貴族が暗殺者を送り込んでくるという。
国として成り立つのが不思議なレベルだ。
理由としては、邪魔だからである。
実に単純。
邪魔だから消す。
後先なんて考えないのだ。
王宮は法の中心地のはずなのに、俗名は無法地帯だとか。
王権を争うのもすべてが命懸け。
テルネアが逃げ出すのも頷ける。
未だ、兆しは小さいが、近い未来に波乱が起きるのは確定された事項だろう。
*
ロゼルス王国メーア領。
東部に位置する貴族パールドメイアが治めている領土。
テルネアの派閥ではないは知っている。
それ以外は知らないとも言える。
そのメーア領にある街、都市リューテに足を踏み入れた。
メーア領は魔導天国から近いからか魔法が盛んである。
魔法を利用した大道芸が往路で披露されていた。
見ものだ、参考になる。
魔法の使い方は千差万別、人によって全く異なるから大道芸だろうと唯一無二。
応用に活かせるかもしれない。
その前にトゥールを馬小屋に預けないとな。
こんなところで立ち止まんなよと陰口が聞こえた。
実際俺が悪いので言い返しはしない。
魔法への探究心は尽きないが、優先事項というのがある。
魔法の研鑽はこの街でやるべき事が終わってからにしよう。
その暁には是非とも魔法の訓練に励みたい。
リーシアに負けてはいらないからな。
再会時にはかっこいいところをみせたいからね。
聖位の魔法を容易く扱う魔剣士となった俺と再会したリーシア。
反応など目に見えている。
かっこいい!結婚して!の2秒も経つまい。
そしたら西方の実家で暮らして、行ってらっしゃいとおかえりなさいのベーゼはしたい、帰ってきたら彼女の胸に飛び込んで毎日愛を育み、子供は最低でも3人は欲しい、すくすくと育って困難にぶつからないよう障害物は排除して、俺のような人生ではなく人並みの幸せを得られるよう努力して、家族に囲まれながら天寿をまっとうしたい。
と思うのは強欲だろうか?
俺はすごく幸せに飢えている。
人並みの幸福が欲しい。
理想に向けて頑張ろうと思う。
そもそもリーシアならどんな俺でも良いと言ってくれるか。
イマジナリーリーシアもそう言ってくれている。
思い返せば記憶のすべてが鮮明に思い出せる。
早く会いたい。
リーシアは何してるのかな。
笑ってるのかな……俺は笑ってないのに彼女は笑ってるのか。
それはそれでいい。
リーシアが幸せならとりあえずは満足だ。
その後に俺にも幸せをください。
14歳でほぼ鬱だ。
悲しいね。
そんなこんな考えていると馬小屋が見つかったのでトゥールを預けた。
彼女も2年で変わりなし。
相も変わらず一定以上は懐いてくれない。
悲しい。
俺に愛をくれる人はいないのかい?
「キュウイン」
エルンは食べ物をくれる人が好き。
現金な奴め。
トゥールを預け終え、冒険者ギルドに寄る。
鉄板である。
黒の影の情報があるとすれば最有力候補は冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドの中などどこも同じ。
受付嬢に聞くべきか冒険者に聞くべきか。
……冒険者に聞こう。
仲を深められて一石二鳥だ。
「あの、少々よろしいでしょうか」
依頼掲示板の傍らにいる如何にもパーティな人たちに声をかける。
こちらへ一斉に視線が向けられる。
男、男、男、男、男。
花がないパーティ。
戦士4人、魔術師1人のフルアタックパーティ。
「なんだ坊主。うちのパーティに入りたいのか?そりゃあそうだよな、なんせいま噂の『武人の斧』だからな」
ガタイのいいリーダー風の男がドヤ顔で聞いてきた。
噂は知らん。
まあガタイがいいしパーティ名的に斧使いかな?
「いえ、ここらに来るのは初めてなので、お聞きしていことがありまして」
「さすらいの冒険者か。若いのによくやってんな。名前は」
「ムートです」
「ムート……?スノウドロップを討伐したって言う『赤狼』か?」
お、噂になっている。
耳が心地よいね。
周りのメンバーもざわついている。
そうですとも、噂の『赤狼』です。
スノウドロップを一撃で倒した『赤狼』ですとも。
名前が売れるよう努力してよかった。
良い評判だと信頼も勝ち取りやすい。
何より嬉しい。
「はい、『赤狼』のムートと呼ばれています」
しかしクールにだ。
ここで自慢したら印象が悪くなる可能性がある。
ひけらかさずに、謙虚に。
「『赤狼』は確かソロだったよな……なるほど、それで『赤狼』がうちのパーティに入ってんくれんのか?」
違うって否定したよな。
「い、いえ。歓迎してくれるのは嬉しいのですが、今は別件がありまして、そのためにリューテに来たんです。少し聞きたいことがありまして、お時間よろしいでしょうか?」
「聞きたいこと……?」
拒否しないということは聞いてもよいということだろう。
「黒の影という者の情報を耳にしたのですが、何か知っている事はありませんか?」
「黒の影……っていうと、『アシッドポイズン』のやつだったよな?」
ガタイのいい男は後ろの仲間に視線を送る。
若い青年風の魔術師だ。
『武人の斧』なのに斧を持てなさそう体格である。
彼が情報担当なのか、リーダーに変わって説明し始めた。
「黒の影は数ヶ月前から現れた人型の魔物のことだな。捜査に向かったSランクパーティ『アシッドポイズン』が返り討ちにあったってことで噂になってる奴だ」
そこまでは知ってる。
ん?でも魔物?
微妙に食い違ってる。
俺の聞いた話だと人だって話だった。
人型とは言っているが魔物という話ではなかった。
「魔物?自分は人と聞いたのですが……」
「襲われたから『アシッドポイズン』が魔物認定しているだけだ。実際は野党の類かもしれんがな」
なるほど。
恨みから魔物認定。
人型の魔物もいるにはいるし絶対にないとは言いきれない。
魔物だった場合、殺さない理由がない。
野党であってもわざわざ見逃す意味がない。
ちゃんと理性ある人の行為だと考えればわかるだろう。
恨み辛みというのは怖いな。
人を魔物に仕立て上げるのだから。
いやまあ話を聞く感じ魔物にしたいのはわかる。
それだけの強さと恐ろしさを刻みつけられたのだろう。
「おい『赤狼』……まさかだが、行くんじゃないだろうな?やめとけ、Sランクパーティですら全滅したんだぞ。南にあるカメリアの森にはもう誰も近寄ってなくて魔物も大量だ。いや……黒の影に倒されてるかもしれんがな」
「……そうですね。行こうとは思いません。命は惜しいので」
積極的に行こうとはならない。
行かざるを得ないので行くしかないけど。
そこでリーダー風のガタイのいい男がわざとらしく咳払いした。
「……それでよ『赤狼』。俺たちちょうど新しいパーティメンバーが欲しくてな」
どうだ?と誘ってくる。
悪い話ではないけどランクも知らないしな。
何より、俺の趣味じゃない。
一匹狼は群れないから一匹狼なのさ。
ここは素直な気持ちで断ろう。
「すみません。花がないパーティには入りたくないんです」
世の中女。
最近の俺は愛に飢えている。
男色じゃないんだ俺。
『武人の斧』の皆さんも分かるという顔で頷いていた。
やっぱり女なんだな。
冒険に花がないのは辛いのである。
旅に花が欲しいのは全世界共通認識だということを改めて実感したよ。
*
あれから色んな人に聞き回って情報は集まった。
とはいえどれもが似たり寄ったり。
強い、怖い、恐ろしい、まあこの3点が主だった。
さぞやおぞましい怪物のような存在なのだろう。
黒フードの下に隠されているのは案外アンデッド系の魔物かもな。
拙者、死人になろうと無益な殺生はしないでござる。と言った感じのアンデッドという幻想も有り得る。
まず南方に侍はいないだろという突っ込みはやめよう。
万全の準備をして気合を入れる。
待ってろよ、魔の手!
お前に怯える日も今日までだ!
覚悟の準備をしておくんだな。俺にやられる覚悟を!
黒の影が出ると噂のカメリアの森までは徒歩で5日。
トゥールなら2日……いや、1日もあれば事足りる。
そうだろうトゥール?
だがトゥールは機嫌が悪い。
何故だろう。
女心は分からん。
何が気に触ったんだ。
一刻も早く解決したい。
だから頼むトゥール、お前の力を貸してくれ。
俺が本気で頼み込むと「やれやれ、仕方ないな」と言った様子で従ってくれる。
賢すぎる馬も考えもの。
でも、なんだかんだずっと助けてくれている。
間違いなく癒しのひとつだよトゥールは。
だから機嫌を治してくれないかな?
「キュ、キュイキュウウ……」
特別翻訳『花がないなんて言うから……』
*
翌日。
カメリアの森。
カメリアの森はゴブリンなんかが出る普通の森だ。
強い魔物はそこまでいない。
精々がCランク止まり。
近場の街から街道がちゃんと整備されていて行きやすいのもポイントが高い。
初心者に嬉しい初級ダンジョンと言えよう。
そんな森にSランク冒険者も恐れる黒の影が現れたとなれば、人っ子一人も行きたがらない。
閑静としている。
逆に言わば邪魔は入らず誰かを巻き込むこともない。
歩みに合わせてトゥールの手網を引き、細心の注意をはらいながら森の中に入る。
カメリアの森の生息魔物は暗記してある。
特に注意すべき奴はいない。
黒の影に集中できる。
カメリアの森は高低差もなく非常に歩きやすかった。
たまにゴブリンは出るが相手にならない。
片手間で処理できてしまう。
強すぎてごめんね。
トゥールを狙おうとしたゴブリンも彼女の後ろ蹴りで吹き飛ばされていた。
さすがはトゥール。
逞しい限りである。
しかし魔物の量が少ない。
魔物である可能性も加味して魔物避けを使っていないのだが、魔物が巣窟である森にしては少なすぎる。
20分に1回遭遇するかどうか。
黒の影とやらも来ない。
既に森を2時間近く歩き、昼の陽も沈み出している。
野宿確定だな。
手頃な薪代わりになりそうな枝を拾いながら森の奥へ足を進める。
魔の手。
俺の命を狙った相手。
ランスのことも狙っているらしいが、連絡手段もないので現況はわからない。
剣王国にいるんだったな。
行けばよかったかも。
もしかしたらランスが魔の手を倒してるかもな。
吸血鬼チェスタを押しかけてきた事を考えると本人は別に強くないという線もある。
ランスの方に行ったら確実に倒せる。
いや、ないな。
それならSランクパーティを壊滅させられないだろう。
両親を唆したかもしれない真相を知る者である以上、俺の手で終わらせたい。
それに敵討ち、というわけではないが……………チェスタ・ラ・ソリューゾ、奴は確かに高潔だった。
吸血鬼としては異端でも、人としては真っ当であった。
狂ってしまっていたが深き魂の底まで怪物には成り果てていなかった。
そんな奴を誑かした魔の手には……多少、嫌悪にも似た怒りがある。
良い奴を悪い方向に持っていくなんて最低な行為だ。
なんの理由があって俺を狙っているかは知らないが、命を奪おうとするなら逆に奪われる覚悟があるということだ。
チェスタを利用して、無辜の人を手にかけた事は許されない。
悪だ。
英雄譚に出てくる悪役そのものだ。
英雄として正義に殉じるだではない、人として決して看過することはできないからこそ倒さなければならない。
大悪なら……手にかけることも、厭わなければならないだろう。
「キュウ……」
いつの間にか日が完全に沈みきっていた。
木々に阻まれもう光は入ってこない。
エルンもお腹がすいたみたいだし、一旦休憩しようか。
トゥールの手網を木に縛り付け動かないようにする。
なくても大人しいと思うけどな。
少し開けた場所に腰を下ろす。
2時間歩いた程度で疲れはないが、息を思いっきり吐ききる。
心音が、思ったよりも大きい。
緊張しているのだろう。
覚悟していてもすべてが固まるわけではない。
緩むところは緩んでしまう。
「ふう……」
深呼吸をして落ち着かせる。
瞑想は幾度もやってきた。
心身を平常に保たねば戦闘で足を引っ張ることになるのは明白だ。
まずは1度、落ち着く必要がある。
「『着火』」
集めていた薪に火をつける。
ふと、この行動はまずかったかもしれないと冷静になる。
これが狼煙となるかもしれない。
黒の影に位置を報せてしまう。
それならそれでいい。
来るならさっさと来い。
手早く終わる方が理想だ。
「はい、エルン。味わって食べるんだぞ」
「キュ、ニクキャーン」
荷物袋から干し肉を取りだしエルンにあげる。
文句を言っていたようだが静まれ。
俺はリーシアのような複合魔法は使えない。
冷凍保存できないから干し肉のような携帯食料しか上げられないの。
俺も備えていた干し肉を串に刺して焚き火の前で突き立てる。
暇だ。
焼けるまでの時間が、永遠に感じてしまう。
森が静かすぎて、世界が止まったと錯覚してしまう。
1秒……2秒……3秒……分単位で揺れ動く秒針。
喉元がかすかに震えた。
固唾を呑む。
これから起こる出来事は、どの方角に転がろうとムートの人生を大きく変えることだろう。
生か死かも曖昧な狭間。
表だった世界が裏返った幻惑が目に飛び込む。
吐き気がする。
緊張感からの吐き気などいつぶりだろう。
心細い手を、強く握りしめる。
それと同時に……左眼が痛んだ。
急激に動きだした世界は風を吹かせ森全体をひとつの生き物のように揺らめかせる。
「あ……もう焼けてた」
いつの間にか干し肉は焼け、焦げ目すら付き始めていた。
それだけ緊張していたわけだ。
飯でも食って落ち着こう。
「いただきます」
……………うん。味はなんとも言い難い。
臭みはないが食感は固く塩っけが強すぎる。
リーシアならもっと美味くできたのだろう。
そんなことを考えながら口に含んだ肉を呑み込んだ。
塩気が強すぎたせきで喉が渇いた。
潤すために水筒に入った水を一気飲みする。
あるいは緊張を解すための行動だったか。
しかし潤したはずの喉が、すぐに渇いてしまう。
「落ち着け俺。常にクールであれ」
冷静さを欠いてしまった者の末路は想像に易い。
敵の接近にすら気づかず、哀れなまでに食い殺される獲物に落とされる。
「……っ」
茂みが激しく揺れた。
合わせ、俺は腰にかけた魔剣を抜き取る。
接敵と接触は同時。
魔剣であるロングナイフは敵を真っ二つに左右に両断した。
「なんだ、猟犬か」
猟犬。
世界全土に生息するEランクの魔物。
狼のように見えるが凶暴性と体格が足りず犬止まりとなっている。
それでも魔物、目に入った生き物は襲うため倒さなければならない。
おそらくだが肉が焼ける匂いに釣られたのだろう。
80cmほどの身体が左右に倒れる。
持ち帰ってもあまり素材はよくない。
ここで死骸は焼くか。
下位魔法で事足り……
瞬間──
奔る閃光。
黒色の極光を抱した命の塊が通り過ぎた。
「……あ?」
渇いた口内から疑問が漏れる。
現実離れした光景。
まるで竜の爪に抉り取られた大地。
光の通り道に存在していた木々が焼け飛んだ。
一瞬で世界の一部が消えた。
誰がこんな事を……という疑問に思い至るまでそう遠い話ではなかったはずが、頭の整理のために想像以上の時間を要していた。
だが、あらゆる思考を停止させる鈴音が響き渡った。
「──まったく、逃げなければ手間も省けたものを。逃げ惑う恐怖を持って死ぬ方が苦しいだろう」
消し飛んだ世界を歩く人影……黒。
ひと目でわかる、黒で覆った外見。
黒の影と呼ばれていたものだ。
つい先程まで、俺の敵……………になるはずだった存在。
しかしそんな思考は遠の昔にしまわれた。
あるいは、今の光景を見た瞬間から、戦意も消え去ってしまった。
「……………」
その存在が、俺の存在に気がつく。
視線を向けた。
俺も眼があった。
風が吹いた。
森を動かすだけの風。
風の強い日だったのか、黒の影からフードを落とす。
月光に愛され輝く翡翠色の瞳。
感情は伺えない。
相手がどう思っているのか、表面から感じてることは難しい。
たなびく髪は1本1本が月明かりに照らされ、白銀の色を発するが……色素が薄いだけで、美しき金色だ。
それは魔の手ではない。
さりとて、黒の影などと呼ばれる強大な怪物でもない。
ただの少女。
魅入ってしまうほど美しい女であった。
何度目だろう。
月夜で女に見惚れるのは……刹那にしか顕れない世界に愛された光景は、儚くも綺麗だ。
「おい」
そんな美しい彼女から出たのは、力の籠った言葉。
「あれは、私が仕留めたでいいな」
あれ、とはと彼女が見ている方を見る。
俺が倒した猟犬だが……体の半分が世界ごと消滅している。
それを自分が倒したのだと言いたいらしい。
「えっと……まあ、最後のトドメは貴女が刺したわもしれませんね」
真っ二つにされて生きている生物の方が少ないけど……オーバーキルって言葉もあるしな。
更なる死を与えたかもしれない。
少女は納得したのか、視線をずらし焚き火の方へ向けた。
「そこの焚き火を使う。いいな」
先程から思っていたが、いいな?ではなくいいな。
問ではない、命令である。
「いいですけど、何に使うんでしょう……?」
「無論焼いて食べる。それ以外にあるのか?」
死体処理だけならさっきみたいに消し飛ばせばいいからね。
でも、今すぐ焼くの?
「食べるのはわかりましたけど……臭みを取ったりとか、血抜きとかしないんですか?それに食べられない部位とかも……」
「関係ない。焼けばすべて同じだ。焼けばどれも炭となる」
「すごい極論!!そんなことしてたら体を壊しますよ。できないのなら俺がやりますから、少し待っててください。食事は美味しく食べた方がいいですしね」
「腹に入ればすべて同じだ。最後には栄養となり肉を形成する」
「だから極論!!」
なんとも、奇想天外な運命に巡り会ったものだ。
しかし──星の巡りに無意味なものはない。
すべてが必要で、その人物の関係を表す星座となる。
──それが狂いであっても、すべてが必要なのだ──




