第59話 一匹の赤狼
聖皇歴520年──冬季中盤。
異変が起こったのは今よりちょうど1ヶ月前──南方大陸、五大国家に数えられるロゼルス王国、北部アザレアの街。
南方に位置するロゼルス王国は雪が降ることは滅多にない。
しかし、この年の冬季は珍しくも異様に雪が積もった。
それが短期なら珍しいなの一言で済ませられるのだが、継続的かつ局所的な気候なら異常だろう。
冒険者ギルドは問題の対処にあたるためすぐさま調査依頼を出した。
調査に派遣されたのはAランクパーティ『カイザークラブ』。
『カイザークラブ』は異常気象の元凶であるスノウドロップを発見した。
スノウドロップ、通称『博愛の死神』。
昆虫型の魔物であり成体なら体長は3mを超える。見る人が見れば発狂モノ。
住み着いた地に卵を吐き出し、孵化した幼虫が空に飛び立った際に鱗粉を撒き散らす。
その鱗粉が冷たく白いため雪と見間違えるという。
危険度はSランク。
冒険者ギルドは緊急依頼を出した。
冒険者たちは久々のSランク依頼ということで眼の色を変えた。
Sランクとなれば危険度は高いが報酬も割高。
大規模な討伐隊を組んでも全員が儲かるほどだ。
そんなスノウドロップだがSランクの魔物ということだけあり強い。
虫だからと甘く見ていると痛い目を見る。
スノウドロップを死神たらしめる要因として、全身を幼虫で纏い幼虫の鱗粉を扱い最上位魔法に劣らない氷結攻撃を行ってくる。
広範囲攻撃というだけで対策必須なのに、氷系統は複合魔法に分類され、対策が一般化されていない。
冒険者は名の通った冒険者と徒党を組み、多少の犠牲を覚悟でスノウドロップの討伐に向かった。
その内の1人に、『赤狼』と呼ばれる冒険者がいた。
狼と呼ばれているが獣族でも獣人族でもない。
単にパーティ名がレッドウルフだからと彼の燃え上がる頭髪と人外じみた素早さを持つため赤い狼となったよう。
実に単純である。
本人は「どこもセンスは同じなんですね」と苦笑していたが、気に入っているようで積極的に『赤狼』と名乗っている。
巷で有名ではないが、一定以上の名は通っている。
そのせいで名前より異名が独り歩きしていたり……。
え、赤狼って貴方のことなんですか!?と度々驚かれる事も。
『赤狼』は今年14歳という若き少年でありながらAランク冒険者としてソロで活動している。
14歳という若さでAランクというだけでも驚かれるのに、ソロで活動しても成り立つ実力。
一部地域の冒険者からは名の知れた男。
実力は確かで、悪名もなく仕事の受けも良い。
逆に評判が良すぎて怪しまれる事とてあったようだ。
だが居合わせているなら誘わないなどありえない相手であった。
『赤狼』もSランクは初めてということでノリノリであったため臨時パーティとして加入した。
そんな『赤狼』だが……彼はスノウドロップをほぼ一撃で倒した。
一手ではない。
仲間が魔法で気を引いたところで、斬撃の一振によって両断した。
被害をゼロに収めるという偉業を成し遂げた。
スノウドロップの1件以降、『赤狼』の名は南方大陸の北部大地に多少なりとも轟いた。
『赤き雪花の散乱』などというタイトルが題名がつけられた詩ができるくらいには……
俺の名は通った。
どうも、『赤狼』のムートです。
最近はちょっと有名になれてきたかな?と思っている。
冒険者をしてて南方でたまに名前を聞くレベル。
スノウドロップを討伐してからは結構耳にするようになった。
良い傾向だ。
知名度に反して戦闘力は、特に伸びてないんだけどな。
身体は成長したが技術面はてんで駄目。
スノウドロップを倒したからと言って調子に乗れるくらいの強さはない。
奥の手の魔闘法を使ってしまった時点で負けと言えよう。
「なあ、エルン。俺この先やっていけるかな」
皿上にある肉を貪る毛玉に話しかける。
俺の食事なんだけど……。
「キュイ、ルキューキャンキュユ」
特別翻訳『いじけてる暇があるならボクの餌代くらい稼いで来い』
「辛辣……」
非道だ。
銀色の毛の下にあるのは獣の本性。
なんなら毛にも滲み出ている。
2年経とうがエルンの態度は変わらない。
唯一の癒し。
「と、いうわけで若き赤狼は雪原の狂花を倒したのでしたぁ、はい拍手ー!」
酒場で夕食を摂っていれば、吟遊詩人の演奏は付き物。
丁度よく、否、計って俺の事を語っている。
褒められるのは耳がいい。
それなりに反響は良かった。
酒場に屯っている冒険者やゴロツキも楽しんでいた。
歌風かと思えば、劇のような口言葉に変調し、リュートの音色を上手いこと使い場面を盛り上げる。
誰だって単調なものを永遠と聞かされ続けるのは苦だ。ひとつの物語に様々な色を付け足せるかは詩人の技量と直結する。
その点、『赤狼』の担当詩人は実に腕がいい。
自然と耳に届くが、そよ風のように心地よく気にもならない。
詩人の腕がよく、題材が俺でも英雄譚と幻聴させられる。
その詩人が、苦手な相手でなければ良かったのだが。
今しがた台上で演奏をしていた詩人は拍手喝采に見舞われながらこちらに近づいてきた。
そこでようやく噂の『赤狼』が居たのだと皆が気づく。
どうも噂の『赤狼』です。
「やぁやぁ、風の噂に視されし赤狼くん。実に大盛況だったねぇ。一躍有名、時の人と言った御様子。英雄道の助けになったかな?」
時の人では駄目だろう。
「できれば北方や西方でやってほしいですね」
「それもいいけど、新たな叙事詩を更新していきたい質でね。君につきまとうのが最も効率的でボクの心を湧かせてくれる」
全身を白衣に包んだ吟遊詩人。
度々俺に接触してきてはファンを名乗る謎の人。
飄々としていて掴みどころがない相手ということであまり好きではない。
交流を深めすぎるといつか足元を掬われそう、なんて考えるのは俺の意地が悪いだけかもしれない。
「ギュウウゥゥゥゥ……」
エルンも唸っている。
エルンもそうだそうだと言っています。
「おっと、そのま飼い犬をボクに近づけないでくれよぉ。鼻のひとつも食いちぎられそうだ」
警戒しながら指を近づけるも強烈なお手で迎撃される。
いいぞ、もっとやれ。
「それで俺に用事があるんですよね」
この詩人が俺に接触してくる時は大抵なにかがある時だ。
なにか。
厄介事や大きな依頼の先日などに決まって現れては、事の顛末を詳しく聞いて詩にしてくる。
周期的には3ヶ月に1回程度。
詩人は首のみならず体全体を傾げた。
「いや……?転換期にちょっと来たくなっただけだとも。移り変わりの時期というのは重要だろう?立ち会いくらいはしたいと思ってね」
言っている意味は分からないが、なにかはあるそうだ。
じゃあなんで否定的なんだか。
「いい顔してるみたいだし、気にかける必要もないね」
1人でうんうんと頷き詩人は舞いのような軽やかな足取りで舞台上に戻って行った。
新たに演奏しようという吟遊詩人が居なかった。
騒がしき酒場にバックミュージックがないのはいささか寂しい。
リュートを片手に、野原でステップを踏む幼子の足取りで舞い戻る。
散っていた観客の視線が再び詩人に向けられた。
今度はどんな詩を聴かせてくれるのか?さっきの『赤狼』の話なんかより面白いの頼むぞ、なんて声も聞こえてきた。
嫌味か?
「誰も高座に立たないのなら、ボクが今再臨してみせましょう。さぁ、皆さん!前菜後の主菜を取りたくなったのではありませんか?分かります分かります、やはり口直しは必要かと」
本人の前で前菜扱いである。
精神を逆撫でするのが上手い。
人類の歴史に名を刻んだ英雄英傑に適わないのは百も承知、当人の俺が1番解っていることなんだが。
「やはり主菜となれば全世界5000万部も売れたベストセラー賞を博した、世界一有名な英雄譚が良いでしょう。では、次曲『聖皇英雄譚』より──」
さすがに『聖皇英雄譚』を相手にしては前菜扱いもやむなし。天と地の差。
『魔神』を打倒した七聖傑の1人、「聖皇』アスタル・リスタの英雄譚。
世界一有名というのも比喩でも表現でもなく事実。
5000万部発行されたかは知らないが、新編集版なんかも合わせると有り得ないということもないかもしれない。
序章を語る弦楽器の音色が弾かれた。
群衆の視線が吟遊詩人へと集まり、詩人は口を開いた。
舌を滑った言葉が、文となりて弦楽とハモる。
吟遊詩人としての姿は様になっているんだけどなと思いつつ席を立ち上がる。
『聖皇』の物語は幾度も読んだ。朗読できるくらい頭に入っているから今さら聞くに及ぶ必要もない。
それにあの吟遊詩人は時間も気にせず喋りに没頭してくる。いつも逃げようとしたら何かと理由をつけて帰らせてくれない。
シュウデン逃しちゃったからね〜!などと訳の分からないことばかり言って、引き止めてくる姿は全く好き好まない。
腕を差し出すとエルンは飛び乗り、服に爪をひっかけながら定位置である肩に到達した。
鋭い爪は服を駄目にする。
リーシアがいたら怒られていただろう。
いたら、ね。
俺はエルンに食われた夕食の会計を済ませ、出入口から外に出る。
肌寒い。
南方といえど冬季はそれなりに寒い。
スノウドロップの影響も多少残っているのかもしれない。
出る途中、吟遊詩人は前語りを行っていたが、長すぎて観衆からヤジが飛び始めていた。
それをまあまあと諌める吟遊詩人。
分かる。前語りって結構いらない、早く本編にいってほしい気持ちはすごく分かる。
扉を閉めれば中から漏れていた騒音がピタリと止む。
耳をすませば聞こえるけど迷惑ってほどではない。
俺は気にせず取っていた宿舎の帰路へと足を伸ばす。
寒空の下、1人で……。
*
「これより語るはかの『聖皇』の物語の1幕。みんな知っている内容じゃつまらないと思うから、ボクの独断と偏見で付け足したオリジナル版……興味があるもののみ、歩みを止めて耳をすませ。祝福と出会い、そして終わりのない英雄譚。今も広がる壮大な世界の話さ!『魔神大戦』から幾百年、継がれてきたヒトの在り処を聴いてくれたまえ!」
*
2年。
早いもの、リーシアと別れてから2年が経過した。
正確には2年半。
2年という期間は修行編丸々1本入れられるくらいには長い。
なのに俺は成長しない。
無論、日々のトレーニングは欠かしていない。
体調が悪い日はもちろん休んでいるが、それ以外の日は基本筋肉トレーニングは行う。
俗に言う腕立て伏せ、しゃがみこみ運動、上体起こしを100回早朝に行い、街なら走り込みを10km行う。
基礎体力の向上は生命力の増加にも繋がる重要な要素である。
サボるなどもってのほか、天才的な剣士でも当然のように実施するトレーニングメニューだ。
剣を振るのも忘れていないし、魔法学も独学と教本の力を借りて心身に憶えさせる。
だが一向に成長の気配がないのだ。
強いてあげれば火魔法の上位を習得した。
それ以外は特に……生命力の量が増えたくらいしかない。それも身体の成長に伴った万人に起こる範疇だ。
実戦だってしっかり積んでいる。
冒険者業はこなしているし、魔物相手なら無双……とはいかずとも大抵の魔物の動きは予測がたつようになってきた。
対人戦だって悪くないと思う。
現在の俺はソロか臨時パーティメンバーとして参加するかの二択だ。
臨時での加入によって、様々な人の戦闘法も学べた。
転々として種族問わず千差万別な動きを見てきた。
咄嗟に戦いとなっても対応できるくらいには。
それに名も売れる、一石二鳥とはこのことだ。
それでも、胸を張って宣言できる成果はない。
両親は?
魔の手は?
ソロになってからは多少金に余裕ができて、捜索依頼を出したが成果なし。
地道な聞き込みも知らないの一点張り。
頼れる全知全能は同席拒否。
北方に行ったら狙われそうで、仕方なく南方にいる現況。
最近はリーシアと別れなければなんて思っている。
2年前の俺め、一生恨んでやる。
両親は見つからないし、魔の手とやらの影もない。
2年も無駄となったのなら結論付けるべきだろうか……いや、まだ諦めにしては早すぎる。
と、奮起と失念を繰り返す日々。
用もないがぶらりと冒険者ギルドに立ち寄る。
日銭稼ぎもする必要ないんだよな。
日々ソロでAランク依頼をこなしていたら自然と貯金は数百に万をつけた値に及んだ。
それにスノウドロップの報酬は目が眩むほどの聖金貨であった。30人弱で挑んでも1人あたり約50万ゴル。
更にスノウドロップの素材は装備、装飾品、衣服、日常用品と幅広い用途が存在して頭から足の先っぽまで純金にも等しい価値がある。
活躍貢献度に応じて取り分分配ということで、ソロにしては破格の3割を頂いた。
一撃で仕留めてよかったと心の底から思ったとも。
まあ他メンバーがいなければ隙を作れなかった。
貢献度で言えば、アタッカーの俺が仕留めるのは当然であって、身を挺して前線で引き付けた戦士らの方が高い。
当人が納得していたから貰う物は貰った。
そんなこんなで貯金は千を越した。
1000じゃない、10000000だ。
1年は冒険者業をしなくても過ごせてしまいそう。
乖離大陸の物価なら遊んで暮らせる余裕すらある。
それでも冒険者業はやめないんだけどね。
お金なんていつどれだけの量が必要になるか分からない。
貯めれる時に貯めるべき。
貯金は大事なのだ。
目指せ億り人。
まずは手近な投資先を………。
「こんにちは」
「よお赤狼!今から砲台熊の討伐に向かうんだが一緒にどうだ?報酬は弾むぜ?」
「お誘いは嬉しいのですが近頃街を離れますので」
「残念だ、また会ったら組んでくれよ」
「その時は是非」
微笑みを張り付け礼をしながら横切る。
挨拶は基本中の基本。
今の人はAランク冒険者のクルムさん。
スノウドロップ討伐にも参加した顔見知り。
顔見知りなら挨拶しないとね。
とりあえず情報収集がてら来たけど、受付嬢さんは対応に追われている。
ちょっと待つか。
「お、赤狼、久々に顔だしたなお前。今日は何の用だ、依頼か?人数指定がある依頼なら付き合うぜ」
気のいい兄ちゃん風の冒険者、ペルゾーンさんが話しかけてきた。
Aランク冒険者で10年以上冒険者稼業を続けているベテラン。
俺が若いからかなにかと目をかけてくれる、頼もしい先輩といった感じの人。
「いえ。そろそろ移動しようかと思いまして、その情報収集にと」
ペルゾーンさんはあからさまに落胆の表情をしたが、すぐに表情を取り戻した。
「ま、仕方ねえな。あんまり留まれるような手合じゃねえしなお前。両親探し頑張れよ。今生の別れは間に合うとは限らねえからな」
そうだな。
間に合うかわからない、だから急がないとならない。
時間を無駄にはできない。
「それでどこ向かうんだ?南方で行ってない国なんてもうないだろ」
「ファルシオンにはまだ行ってませんよ。さすがに最南端にいるとは思いませんが、物は試しなのでまずロゼルスの東部を探索してみます」
今後の計画を話すとペルゾーンさんの顔が険しいものへと変わる。
「東部?そりゃちっとまずいんじゃないのか?」
「まずい?」
「なんだ知らねえのか。情報の入りが遅いのは冒険者にとって痛手だぜ」
仕方ないだろ。
ソロのぼっちなんだから。
積極的に関わろうとしなければ情報を耳にすることも少ない。
「東部のあたりでな、最近よからぬことが起きてんだとよ」
ほう、詳しく。
あんまり厄介事に首を突っ込みたくないたちなので。
「なんでも動物や魔物の上半身やら下半身やらがない状態で見つかったらしい。まるで消えたかのように血痕も血肉の類も散らばってない、あっても少なすぎるんだと。現場は地面が抉られた跡や薙ぎ倒された木が散乱してて竜かなんかが暴れたような惨状らしい」
それはなんとも恐ろしい。
東部に行きたくない理由もわかる。
正体不明の危険存在が暴れているとなると誰だって近寄りがたい。
Sランクの魔物や失われた幻獣など様々な可能性がある。
しかし、この話は思わぬ方向に進む。
「それで重要なのがこっからなんだが………『アシッドポインズ』っていうパーティが捜査に向かったらしい」
『アシッドポイズン』………有名だ。
確かSランクパーティだったかな。
リーダーが最上位魔法を使えるとかなんとかで一時期名がよく通っていた。
他のメンバーも上位の技術を会得している実力派。
その『アシッドポイズン』が……
「遠足気分の鼻唄交じり、冒険を舐めてるとしか思えない態度で依頼を受けたんだと。まあSランクだ。そこらの相手じゃ敵にもならねえ。慢心するのも仕方なかったのかもしれないが、結果は全滅、死んじゃいないがボロ負けだとよ。そのうえ身ぐるみまで剥がされて大恥かいたって噂になってる」
Sランクパーティがボロ負け。
それは巷を騒がせるだろう。
なんで俺の耳には届かなかった。
情報は大事だ、情報は力に直結する。
今後は情報網を広げよう。
しかし今の話、少し気になるところがある。
『アシッドポイズン』は負けはしたが死傷者はいない。
そして身ぐるみを剥がされた。
こんなことを魔物はしない。
つまり正体……犯人は、
「人ですか?」
「そうみたいなんだよな。黒いフードで顔は見れなかったみたいだが、『アシッドポイズン』の証言から人なのは確定だ。夜に遭遇しちまったから黒フード姿でハッキリしなかったって話で、今じゃ黒の影なんて言われてる」
人ねえ。
それに黒の影。
なんとも14歳くらいの人が喜びそうな話だ。
黒の影。
既視感はあってないとも言える。
似たような言い回しが悩みの種のひとつとなっている。
万が一だが可能性はあるかもしれない。
「もしかしてですけど、その黒の影の髪色って白色だったりしますかね?」
「?そうだな、あんまりよくフードでよくは見えなったが白っぽい髪色だったらしい」
ビンゴ。
黒の影という呼び名がヒントになった。
こじつけ的な要素はあるが見て見ぬ振りはできない。
魔の手。
黒の影と魔の手、かなり似ている。
それに髪色も白と同じ。
確率は低い、他人の空似という場合もある。
それでもやっと掴んだかもしれない魔の手の情報だ。
黒の影は見逃すわけにはいかない。
それに被害がでているならそれはそれで見逃してはならない。
「情報ありがとうございました、ペルゾーンさん」
「……役に立ったんならいいんだが。どんな話をしようが止まらないのは知ってたぜ。死なない程度に頑張れよ、ムート」
ペルゾーンさんは手を振りながら掲示板の方に向かった。
彼のパーティはこれから仕事だろう。
死なない程度に頑張ってほしい。
俺の次の目標は定まった。
黒の影。
俺を狙った魔の手の正体に近づけるかもしれない。
そして魔の手は俺の両親のことを知っているかもしれない相手だ。
奇妙な確信がある。
魔の手……目的も理由も相知れずとも、対峙しなければならない敵である。
どのような形を取ろうが必ず雌雄を決す。
そのための覚悟をしなければならない。
戦いにすべてを消費する覚悟を。
そして運命は、幾万の線が複雑に絡まりあい、定まらぬ流転へと変じ──誰に悟られる事もなく、静かに兆しが対することとなる。




