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第56話 目的

聖皇歴518年──春季。



今日も生業をしっかりこなす。

稼がないと生きていけないからね。

世の中結局金なのさ。

世界に愛された聖人君子でも、魔王を倒せる大英雄でも、お金がなければ生きていけない。


世知辛いとは思わない。

貨幣制度は格差をより浮き彫りにするが、誰にだって平等にチャンスが与えられる。

聖人でも英雄でも金が稼げなければ今の時代で意味はない。

力の差で全てが決まるわけではない。

そういう点で見れば、平等と言えるのではないだろうか。


それでも安定した収入を得られるものは少数。

その中でも新たな稼業を成功させられるのはほんのひと握りだ。

事業とは古今東西、失敗の方が多い。

懐を肥やせる者は生まれ持った才能か身につけた努力で実現まで結んだ者だけだろう。


今の話で言うなら、テルネアは生まれ持った才能で成功させた。

そこまで期待していなかった冒険者のサポートが、まあ大盛況。

魔都リコスは冒険者の数は多いが、ほとんどが賭け事に集中しすぎているせいで鍛え上げられた猛者も少ない。なんなら依頼を受けなさすぎて訛ってしまった人もいる。

そういった連中を対象にした冒険者援助は見ていてニヤけるほど上手くいった。


普通に依頼を受けて達成した方が儲からないか?と思いもしたが、大事なのは人と人との繋がりであった。


成功記録が多ければ多いほど評価は上がり、耳の良い噂がどんどんと風によって広がった。

SやAランクのパーティからも声掛けを頂き、D〜Bが中心の団員だけでは受注できない高ランク依頼にも参加できるようにもなった。


このまま行けば、一大企業……といかずとも地元で名の通った中小企業くらいにはなれそうだ。


「ここらが潮時でしょう」


ウェストリンさんはピシッと言いきった。

ここ1ヶ月あまり、推移は一定から上がりはしないが下がりもせず平々としているが不可ではない。


利益も悪くない。

団員に対する給与や冒険者ギルドとの締結料なんかの支払いもあるが、それでも上向きだ。

ようやく地に足ついたところ。


なのに、ウェストリンさんはここがやめ時だと言い放った。


「えー!もう終わらせちゃうの?早くない。もっと稼ごーよー夢のマイホーム建てようよー!木造のさ、すっごいの!」


アミティエは抗議したが、彼女は豪邸に住みたいだけだった。

乖離大陸の木造建築は高いぞお。

もしかしたらもう建てられるだけの資金があるかもしれない。


「始めましたのも、慈善ではなく御金のため。もはや充分でありますし、日ならず魔王様の耳に届かれてもおかしくないかと」


事業拡大は稼ぎを増やせるが、それだけバレンステンの目に留まるかもしれない。

大手企業、(株)バレンステンコーポレーションに認知されるだけの小規模企業になっては困るということだ。

噂を耳にしてしまうと魔王バレンステンは「私の物になりなさい?」と圧をかけてくるに違いない。

その前に社長は柄を躱さなければならないわけだ。


「でも利用してくれた常連の皆はどうするのさ。急に消えても困るよー?」


至極真面目なアミティエの意義に、ウェストリンさんは笑顔で返した。


「相続の手筈は済ませております。1ヶ月もあれば経営手腕も身につかせられます」


身につく、ではなく、身につかせられる。

徹底的な訓練が行われていたのだろう。

想像もしたくない。


「ウェスは優秀だけど、相手に押しつけた理想を本気で現実にしようとするから怖いよね」


覚えたての魔神語でテルネアは言い放ち、エインスさんも同意したように頷く。

ウェストリンさんは相も変わらず笑顔で大人の余裕を見せる。

ほんわかとした仮面の裏に隠された女の本性が、僕には牙に見えて怖いよ。


「ボクの団員が賢く!?こんなのボクが馬鹿みたいじゃーん!どうしよーウェスに全員取られたー!」


「落ち着いてください、アミティエさん。いいことですよ」


泣きついてくるアミティエ。

女の涙をどれだけ受容できるかで男の度量は決まる。僕は抵抗せず受け入れます。

ここにリーシアがいたらヤキモチを妬いてくれるだろう。それがまたいいんだよな。


僕の胸に飛び込んできたアミティエはすぐさま離れていった。

時間にして2秒もなかった。

寂しい。


「ま、それもそっか!みんな幸せそうならいいけどね。ボクはテルネアを応援し続けるだけだから、皆が成長してくれたのならボクも心置きなく団長を降りられる!」


それはつまり、という前に彼女は握り拳を胸に叩きつけてやった。

正しい礼節ではないが、その行動は己が心臓を主君に捧げると示したもの。


「このボク!アミティエ・クロースベルトは正式にテルネアの護衛になることが決まったよ!さようならー!そしてありがとー、応援よろしくねー!」


堂々と、彼女は宣言してみせた。

第三王女の剣になることを。

テルネアは驚いた顔をしているが、他2人は特段変わりない。

テルネアだけ聞かされていなかったようだ。かく言う僕も聞いてなかった。どこまで行こうが部外者だから当然だけど。


そして、アミティエの宣言に合わせたのか、本番に対応した謎の変態集団が扉から押し入ってきた。

仮面にバニー耳、久しぶりに見た仲良死の証だ。

多分一生目に焼き付く濃い光景だ。


「「「団長、卒業おめでとーう!!悲しー!けど全員応援してます!これからも輝くしく人に笑顔を与える団長であり続けること願ってます!アミティエ団長、サイコー!!!」」」


「ありがとー!ボクも君たちのこと一生忘れず頑張るねー!!」


涙無しは有り得ぬ別れ。

普段なら、うるっときていただろう。涙腺が崩壊していたかもしれない。

でも格好が、涙を抑えてくる。

格好さえ、格好さえもうちょっとどうにかしていたら……泣けたのに……。


感動シーンが台無しだ。

そもそも感動があまりない。

当人方には思い出が沢山あるんだろうけど、アミティエ以外あまり思い入れがない。

すれ違ったらお辞儀する程度の関係性だ。

そこまで感動しないな。


「じゃ、みんな仕事に戻ってー?お給金減らすよ?」


「おーう……団長サイアクー……しかも団長にその権限はなーい」


顔を下にしながらとぼとぼと帰っていく団員たち。

茶番だな。

どうせまたお別れ会とかしそう。


「キューン」


エルンもアホらしくなったのか、肩から胸ポケットへ消えていった。



それら一部始終の状況を掴めなかったテルネアは腑に落ちないような顔をした。


「えーっと、ちょっと待って。つまりアミティエはウェスやエインみたいになるってこと?どうして……いえ、嬉しいのは嬉しいのですが……」


「意味なんていらなくない。頑張ってる子を応援したいのは誰だってそうでしょ?それに友達が困ってるなら助け合わないとね」


「……………そっか。そうだよね!友達、だもんね」


友達。

簡単に言うが、真心が籠った言葉。

嘘偽りのない本音がテルネアの心に大きく響いたのだろう。


これまでで1番美しい笑顔が、空色の瞳に宿った。





テルネア陣営の旅路に華やかな彩りが咲いた。

嬉しいことだが、ちょっと待たれよ。


僕はなぜ呼び出されたのでしょうか?

社長引退と副社長脱退は確かに他人事ではなかった。僕も事業参加してちょっとだけお金を徴収していたから。

でもそれならリーシアも呼んでもいいと思うんだ。

僕だけなのはなぜなのか?


「わたしよりムートから話した方が良いと思ったので。誰よりも努力した貴方からの言葉が、彼女には嬉しいと思いますよ」


真面目な王女モードに切り替わったテルネアは、淑やかな笑顔とともに真剣な面持ちを作った。

僕も真摯な顔を作る。

自分では分からないが、多分決まっていない。


「キャウキョウ」


胸ポケットの中からエルンがダメ出しを浴びせくる。

やっぱり作ろうとするとどうしても偽物っぽくなっちゃっのかな。


「聞いて驚いてくださいね。すごく驚いてください、わたしも頑張りました」


「テルネア様……ウェスが頑張りました、でしょう?」


ウェストリンさんを視る。

苦笑していた。

じゃあ頑張ったのはウェストリンさんか。

テルネアは何もしていないわけではないだろうが、ほとんどがウェストリンさんの手柄かな。


「エイン。部下の手柄はわたしの手柄です」


「じゃあボクの失態はテルネアの失態だねえ」


「失態は自分で背負ってください」


「まっさかあ!ボクとテルネアは一心同体な関係でしょ!全部背負ってよテルネア様!」


掛け合い漫才だ。

話が進まない。


「テルネア様」


咳払いでウェストリンさんが収める。

この人は、本当に苦労人だ。

気苦労してそうというかしてる。


本題に戻すためにテルネアの表情は先程の真面目なものに変わった。


しかしここまでもったいぶられると、かなり期待してしまう。

なんだろう……僕も護衛に勧誘とかされるのかな。

王になるために手伝って、とか。


テルネアが本気で王座を狙っているとは聞いていない。

狙っているのなら人手は欲しいはずだ。

手伝ってほしいというのなら、僕も協力しよう。

もちろん、第一優先事項はリーシアを故郷へ帰すことだ。


その他の目標はその後でもいい。

両親の捜索もロゼルス王国の力を借りることができる。

魔の手というのも不透明でまだ詳細を掴めていない。


協力を要請してくれれば快く引き受ける。

僕程度がどこまで力になれるか分からないけど、多少の戦力増強くらいは見込めるはずだ。


「実は……」


テルネアはもしかしたらそう言いたかったかもしれない。

しかし、その本音を押しとどめて、僕たちのために口を横に広げ言葉を出した。



「ムートとリーシアが向かう先、ナークライ森林の場所が解りました」





早速、僕たちは旅の準備に取り掛かった。

子供の成長というのは実に早い。

すぐに背が伸びて前まで着れた服が着れなくなる。


南方大陸で買った軽装もキツくなり始め、過酷な旅でできたほつれは所々にあった。

リーシアの縫ってもらうが直すのも限界がある。

布もくたびれていて購入当初の新品の輝きはとうにない。


衣替えの時期だ。



訪れたのは洋服屋。

冒険者なら防具屋だろう?となるが、僕たちはあまり行かない。

僕とリーシアはどちらもスピードに重きを置く。

重っ苦しい服はスピードを落とすだけだ。

軽装備が合う。


乖離大陸の魔物相手にするには不足だと言われそうだが、剣士は闘気さえあれば鎧は飾りみたいなものだ。

闘気を纏えば、攻撃は半減以下に抑えられる。

リーシアには怒られるが動きを遅くするよりよっぽどいい。


僕はいい。

ワンサイズ大きめのものを買うだけだ。

ちょっとした防刃や魔法耐性なんかがある服にする。これでもお値段はかさまない。

乖離大陸の服はほとんどが魔物由来だから取れやすいし、物価が安いおかげでお手軽価格だ。

全身買い換えたとしても10万ゴルもしない。


「そろそろマントを買い換えた方がいいんじゃない?」


そういうとリーシアは僕のマントを手摘みした。

白い毛皮マントでありながら薄布のようなさわり心地。

僕が愛用している氷雪熊(サーベルベア)のマントだ。


汚れはあるが目立つほどではない。

今年で3年目だが、意外に綺麗だ。

手入れしているからな当然である。

サイズはもう合わなくなり始めているが、その度にリーシアに新調してもらっているので問題はない。


「買い換えなくていいよ。動きやすいし、耐性も優れてる。何より誕生日のプレゼントだからやっぱり着ててたいかな」


炎と水系統に高い耐性があり丈夫。

寒暖差の影響を寄せ付けないこのマントは年中つけていられる。

何よりリーシアから頂いたただひとつだけのマントだ。

これを手放す手はないとも。


「それよりリーシアの選ぼうよ。テルネア様のところでお金は沢山稼いだし、なんだって買えるよ。ドレスだって買えるぜ、どうだい?」


「ドレスはいいかな……」


リーシアに似合うと思うのになあ。



リーシアは中々に時間をかけて好みの服を選んでいった。

見る限りセンスがいい。リーシアに似合いそうな服ばかり。というかリーシアに似合わない服なんてない。


その中に、ミニスカートがあるのが目に入ったが、紳士として見て見ぬふりをした。

僕の趣味に染まりつつあることに底知れない興奮を覚えたのは秘密裏に発散します。





服を新調して気分も心機一転したというわけで、次は旅に必要なものを買い揃える。


基本は食材類。

ここから先の街はお金を持っていてもさほど得がない。なんせ貨幣が浸透していない。

お金を出しても、そんなの食い物の足しにもならないと突っぱねられるらしい。


物々交換が主流である。

交換できなくても自分たちで食べて消費できる食材が良いだろうということで露店市場に足を寄った。


とりあえず買えるものは買う。

種族ごとに好みが違うのでどれかひとつならこれ!というものはない。

袋パンパンになるまで食材を詰め込んでいこう。



「リーシアの両親になにかお土産とかあった方がいいよね」


菓子折り。

リーシアのご両親だ、手土産のひとつでもないと申し訳が立たない。


ことによって、娘さんをください案件になり修羅場とかす可能性もある。

菓子のひとつでも持っていかないと礼儀知らずとして追い出される、なんてことあるはずだ。


「そういうのは人族の文化だから要らないと思うよ?」


「でもあったら印象はいいよね。もし気に入られなくて、リーシアとの関係を断ち切られたら寂しくて死んじゃうよ!」


「じゃあ買ったらいいんじゃない?」


うん、正論だ。


「いや、リーシアはどんなのがいいのかなって。メルアストランの味覚とか感性からしたら、どんな品がいいのか分からなくて……」


「うーん……」


腕を組んで唸りながら考え込む。

リーシアが言葉もままならない時の話だもんな。

あんまり覚えてないのかも。


「リーシアの両親ってどんな人?」


「優しい人だよ。言葉は、まだ覚束ない時だったから会話はあんまりしなかったけど、ムートも絶対に受け入れてくれる安心して」


でも心配じゃん!

リーシアに見合う男だと思われたいじゃん。

かっこつけたくなるものなんだよ男ってのは。

父親に認められたいし、母親に子相応に扱ってもらいたい。

ちゃんとリーシアの家族になりたいんだよ僕は。


……僕か。

娘を預けるなら強い男がいいよな。

そろそろ一人称を『俺』とかにするべきだろうか。


僕はなんか子供らしいし。似合うのはエインスさんのような爽やかイケメンだけだ。

成長した僕が使っても痛い男にしか見えん。


思い切って、俺にしてみよう。


「俺……決めたよリーシア。もっと強くなってリーシアの両親に認められる男になる」


「……?充分強いよ?」


覚悟みたいなものだ。

どんな脅威が来ても、リーシアの両親が彼女を安心して預けられるような強い男になるんだ。


それこそ英雄のような、誰でも守れるような存在に。





3日後。

魔都リコスを出るためには、門を潜らなければならない。

門の見張りをしている兵士をどう切り抜ける……かだが、対策済みだ。


(株)バレンステンコーポレーションは超ホワイト企業。

休憩時間が沢山設けられていてなんだかんだ門番が居ない事が多い。

実は脱出も容易だ。


テルネアたちもそれで魔都に入ったらしい。

俺の時は運悪く、休憩時間ではなかったようだ。


「門番はいませんね。よし、脱出です」


テルネアも声を落として慎重。

内なる暴走猪を制御しなんとか人としての尊厳を守っている。


「門番がいても倒せばよくなーい?」


しかしテルネア以上に危険な暴走猪が加わった。

名をアミティエ・クロースベルト。知性と理性をどこかへぶん投げた無邪気な獣。


「駄目だよ。魔王バレンステンと挟み撃ちされたら、どうしようもないんだから」


優しく諭すような声でアミティエを抑えたのはエインスさん。

彼の強さがアミティエを抑え込めるのか、それがテルネア陣営今後の課題だろう。



トゥールの手網を弾き、走らせる。

激走、門を通り抜けどんどん遠ざかる。

乖離大陸随一の速さだ。


しかし、そんなトゥールに追いつく影があった。

テルネア陣営の荷車を引いているのは一角馬(コーンス)ではなく小型竜。

いわゆる竜車と呼ばれる上流階級の者が乗る最上級の移動手段だ。


乖離大陸で愛用されている蜥蜴に似ているのであんまり不思議な目で見られないようだ。

アミティエも「これトカゲじゃないの?」と言っていたくらいには似ている。

小型竜と大型蜥蜴を初見で見分けろと言われてもちょっと迷うレベルで似ている。

小型竜の方が牙や爪が鋭く体表がゴツゴツしているので触れば解る。



しばらく並走すると、トゥールを急転換させた。

向いた方向は西。

テルネアたちは南。


俺たちはナークライ森林を目指すが、テルネアたちは次の魔都へ赴くようだ。

ここから南にある魔都プロアへと。


理由としては攪乱(かくらん)

万が一にも魔王バレンステンが追跡してくるかもしれないので二手に分かれることで手を遅らせるという。


それに俺とテルネアでは目的が違う。

遅かれ早かれ、どこかの分かれ道を反対で通らねばならない。

なら互いにいち早く目的地に進むべきだ。


「それでは俺たちはこの辺で、良い旅路をテルネア様」


「友達だから様は必要ないけど……ムートもね。助けが必要になったら気兼ねなく呼ぶね」


「俺ができることでしたら是非」


その時は、王になる手伝いをしよう。


「リーシアもばいばい。魔神語教えてくれてありがとね!ちゃんとできてるか不安だけど……」


「ちゃんと伝わってるよテルネア!」


「それならよかった!本当にありがとうリーシア!」


笑い合う2つの花。

良きかな。

やはり別れは笑顔があった方が映える。


湿っぽいのも、それはそれで染み入り心に残るが……最期の記憶が笑顔なのは、幸せな事だ。


別れは決して、悲しみだけであってはならない。

そうはさせない。

手遅れになる前に、


リーシアに幸せを……。





でこぼこした岩肌を駆ける馬車はよく揺れる。

三半規管が弱いものは吐き出してしまいそうなほど激しい。上下左右どこへでも。


魔物の襲撃がある事を考慮して常に警戒は怠らない。

激しい揺れに揉まれても意識を乱さないのが一流だ。

つまり僕は一流ではないということ。


「っう……」


「大丈夫?」


酔いの気持ち悪さのせいで、喉元まで何かが来たが飲み込んで押さえつける。


「このくらい、平気ですとも」


いかんと想像以上にここらの地面がでこぼこしすぎている。

過去一かも。


気を紛らわすために荷物の中身を見る。

ルートの確認でもするか。

ちょっと狂って時間を浪費、なんてシャレにならないからな。

ちゃんと地図にも記入したし俺が行く道を間違えなければ、そこまで時間はかからない。


荷物袋に敷き詰められた物の中から地図を手探りで探す。

段処理が下手で何が何処に入っているのか把握できていない俺。

そろそろリーシアに怒られそう。

ちゃんと掃除しなさいとって。



「……?」


妙にサラッとした手触りの紙があった。

一発で高級紙とわかるほどの、触り心地である。

高級紙なんて買っていないので気のせいだと思うが、何気なくそれを取り出した。


それは、紙。

四角形に切られた紙で、文などを書く時に使われる薄紙よりカードに近い硬さの紙。


その紙に書かれた内容に、思わず絶句した。

背筋どころが体全体が凍りついたような悪寒に襲われながら、恐ろしいが内容を目に通し、何とか脳の中で復唱した。



『逃げられると思わない事ね。何処へだって追いかけてやるから、覚悟なさい?』



美しき筆跡に目線を奪われながら、恐怖がたちまち全身を駆け巡った。

分からないのに、それが誰からの贈り物か分かってしまった。

本能に刻みつけられた『愛』がたった一文で呼び覚まされる。


「……どうかしたの?」


「いいや、なんでもない」


諦め気味に紙を荷物の中に戻す。

とりあえず後で考えよう。

正直これ以外考えられないから、言わせてほしい。



「……………本当に、勘弁してくれ」


『愛楽の魔王』バレンステン・ヘインデンは、求める()()の品を手に収めるまで諦めない。


そんな意図が込められた、史上最大に重い恋文であった。

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