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第51話 天の月

刃の幅を勘取らせない漆黒の長剣。

速い、なのに軽さを感じさせない強者の斬撃。速いのに重い理不尽さに嫌気がさしながらも、テルネアを庇い下がる。


「っ」


チクリと胸を刺す鈍痛。

躱したはずが胸より赤い鮮血が垂れていた。


暗黒色の武器は間合いを測らせはしない。

更に目を見張る剣速。

丈が不明瞭な長剣に加えた速さ。命を斬るための最適解。

裏の社会だと有名な殺し屋かもしれない。

そう思わせるほど強い。


「また躱した。流石にまぐれが2度も続かれては困りますし。相当な手練れ、と認識したほうが良いのかもしれませんね」


上辺だけの敬語に宿る殺意は本物だ。

そんなに買いかぶらないでほしいな。僕なんて弱々しい子鼠なのに。

窮鼠猫を噛む、とも言うが、鼠の如き鋭き歯を持ちえていない。武器と言える武器が少ない現状で、腕利きの暗殺者からテルネアを守りながら倒さないといけない。

縛りが大きすぎる。


テルネアは……動くことを期待はできないだろう。

恐怖に縛り付けられた人間は行動はおろか思考すらもまともには行えない。

逃がそうとも逃げられそうにない。

無理か。

腰が引けて立てそうにない。


「名乗りもせずにいきなり命を狙う……不条理(ふじょうり)だとは思いませんか?」


「殺し屋に道理を求めない方が懸命と思いますよ」


能面に張りつけられた笑みは勘違いどころか全身を寒気で覆う。

殺し屋に道理を問うな、全くその通りすぎて逆に笑ってしまう。

人を殺すことを生業とする相手の生死の理路など狂っているに決まっている。


「……一応お聞きしたいのですが、逃がしてくれるという展開はあったりしないでしょうか……?」


刃を向けられる。

ですよねー。

見られた時点で生かす必要性はない。

殺し屋の対処法は……逆に殺し返すことだけ。

命を取るのを躊躇(ちゅうちょ)すれば永遠と危機に晒し続ける。


「テルネア……もしあればでいいけど切り札とかあったりは」


「あればとうに使ってる」


うん、そうだな。その通りだ。命狙われた時点で使うよな。

しかし、彼女はでもと1泊置いて……


「もしかしたら助かるかもしれないけど……やっていいですか?いえ、やりますね。やりたいです。もうどうなってもいいのでやります」


人の話を聞こうね。

まあ助かるためならどうなっても仕方ない。

いや、リスクくらい聞いておくべきだったかもしれない。まだ間に合う、聞こう……


「えい……!」


遅かった。

直進で撃ち上がった魔法。夜闇であるからそれに目立つ赤色の光。

攻撃としての意味はない。空中で散布し、地上を焼き焦がす劫火が降り注ぐわけではない。

ただの光。

しかし光とは古来より、迷い人の(しるべ)

更に赤。危険を意味する警告色の象徴。


仲間に知らせるための合図……それならもっと早くに使うべきだったが、決して良いことだけではない。

上へ撃ち上げるという性質上、不特定多数の者に位置を知らせてしまう。

騒ぎになって兵士が来てしまえば魔王城へと逆戻りだ。

報酬はあるかもしれないが、その分だけ危険もある。


何より、この場においては……



敵が容赦をなくす要因を作り上げてしまう。


「『流土』……!」


土に水を混ぜ込ませ、粘性にし相手へと押しつける。

足止めひとつが通用する相手ではない。

足を取らせる沼の対処はスピードで足が埋まる前に駆け抜けるという荒業。やってのける黒い影。

迫る土流は『逆光』で切り裂かれる。

魔術師の肩身はやはり狭い。


服の中から赤い魔石(ませき)を取り出す。

女の速度は異常値だが、負けてはいない。

その他諸々を上回る戦闘強者は知っている。


「……テルネア!物陰に!」


庇いきれはしない。

ちょっと離れてくれた方がやりやすい。


魔石(ませき)を投げる。投擲術(とうてきじゅつ)もだいぶ様になってきた。

正確にそして速い。

投球の体勢をせず、腕だけを使った投擲だが、闘気が纏われば威力と速度は補える。

何より宝石の魔法に投擲技術を介入させる必要はない。


起爆剤は自身の生命力(オーラ)

広がる爆炎は大きすぎる光源となり夜景色では強く感じる。

投じられた勢いも合わさり凄まじい速度を引き出された炎の威力は、数多の魔術師を殺してきた女でも目を見張る威力であった。


そもそもが最上位の火魔法。

そして天才リーシアの『火烈爆炎(エクスイグニス)』をぶち込んだ魔石。

並ならばこの一撃で終わる。

事実、素人目のテルネアからすれば魔法は爆撃のような破壊を彷彿とさせる熾烈(しれつ)さ。

この一撃で終わると本気で思えるほど……。


しかし当の本人らの視点は全く違った。


「逞しく育て上げた肉体。でありながら、魔法の練度も上。どっちつかず、など侮れませんね」


肺を塵に変えん火力でも、口から言葉を紡ぐ。

吸い込んだ火の粉は喉に悪影響を及ぼしだしている。

されど悠然(ゆうぜん)とし他態度に揺るぎない。この程度の苦境は幾度も経験しているのだろう。


広がる炎を縦に裂いた──。

縦に裂いたことで炎が左右に割れた──。

左右を潰したことで必然的に正面からしか乗り出せない──。


戦いの運びが上手い。

普通の剣士なら、この場面は『逆光』を選択する。それが最も安全だからだ。

しかし目の前の女は安全策ではなく『風切』を選んだ。

魔法を打ち消さず残すことで動きを誘う……。最上位の魔法を相手にそんなことをすれば魔法を直に喰らう可能性とてある。

そんな危険性をものともせずに賭ける姿勢……確実な殺害だけが彼女の眼に想定されている。



だが、正面以外の選択肢はハナからない。

最速の道があるなら突っ込むのが獣族(ライカン)の戦士。


「『瞬動蹴(しゅんどうきゃく)』」


脚に闘気を集中させ瞬間速度を高める『瞬動速』の応用技。

『瞬動速』のスピードで蹴る、シンプルだが強力。


「おや」


だが、突き当たったのは硬い物。

すんでのところで剣で防御された。反応速度も申し分ない。

更に技術も。衝撃を殺され流される、神業と言える領域。

俊敏(しゅんびん)さに加えた卓越(たくえつ)した技量。


「女だから手加減されているのでしょうか」


手加減なんてしたらすぐに殺される。

着地の間に斬撃が飛ぶ……しゃがんで回避し、足払いで体勢を崩す。


直感。

身をかがめた不安定な体勢から『瞬動速』を発動し間合いから出る。


しかし直線的な傷が目の間を走り抜ける……。

片足だけをついたまるで曲芸のような不安定な体勢から剣を落とす、それも予備動作なしで。

獣神の里で鍛えていた獣族(ライカン)としての第六感がなければ避けられなかった。

武器がない、というのがあまりにもハンデすぎる。


「すご……」


崩れかけた建物からチラチラと金髪を出して様子を伺うテルネア。

正しい判断だ。

離れすぎると暗闇の中では女を見失い、テルネアがやれるかもしれない。

なるべく近くにいてくれた方がずっといい。


「名前くらい教えてくれてもいいんですよ?」


「お喋りは嫌いではないですが、殺す相手の身の上を聞いても虚しくなるだけですので」


つまり会話による時間稼ぎは無意味と言いたいわけだ。

次無駄口を叩いたら斬る、という警告でもある。


「あ、脚斬りですよ!脚斬って上半身だけ持ってく変態、『暗黙』のミリド・カリアーナ……!ひい!?」


勇気を出して情報を伝えるも、返答は暗鉄のナイフが頭部をかすめるのみ。

『暗黙』のミリド──知らない名前です。有名な暗殺者だったりするのだろうか。

清く誠実に生きているものですから、暗殺者の名前とかさっぱり。

誠実に生きているつもりが何故か狙われるのだけれど。


脚斬り……ああ、兵士の言っていた脚斬り事件ってこいつの仕業か。

時期的にも合うし特徴的すぎるから絶対にそうだろう。


「噂になっているのは暗殺者冥利に尽きますが、子供にまで知られるのは避けたいですね」


まるで散歩のような軽やかな足取り……闘法『遊歩(ゆうほ)』。相手に動きを悟らせぬ独特な歩法……間合いを把握するために、目線が下に重点する。


それが狙いだった。

黒衣の袖から現れた凶器が迅速に投げ飛ばされる。

動作は見えたが、凶器自体が視認できない。

暗鉄鋼の暗器だろう。夜闇に紛れてしまえば姿形を捉えるなど不可能。

軌道が分からない以上、下手に魔法で相殺してしまうと己の首を絞めかねない。


頭部をずらし右に通った風切りを回避する。

視覚を奪われたとしても、聴覚で風の音は聞こえる。

空気を擦切る騒音を聞き分ければ、どこまで近づいてきているかくらいは把握できて当然。

できなければ獣族(ライカン)の笑いものだ。


「少しでも意識を外せば、それは死も同義」


暗器に気を取られた合間にミリドはすぐ側まで接近していた。

首目掛け振られた刃は氷のように冷たい。


だが読める。首、人体の急所を的確に斬り打つ氷刃だからこそ読める。

絶対に殺す一撃であれば、どこに刃を入れ込んでくるか見抜ける。


僕は通り過ぎる氷刃を伏せ外す。

剣速は賞賛に値する。

殺しの技術一点だけなら確かに強敵だ。

だが速さならばもっと上を知っているし、狂気ならばもっと上を知っている。

だから対応もできる……


「そう、来ると思った」


右の斬撃を放った瞬間、女の左手には湾曲(わんきょく)を描く独特なナイフが握られていた。

黒衣の下には、いったいどれほどの殺意が内包されているのか……それを見抜けなかったのは完全な誤算だ。


「『影落とし』」


地を這うような低い斬撃……彼女の代名詞である脚斬り。

刃渡り30cmほどのナイフでも骨と骨の隙間にある僅かな関節腔(かんせつくう)に通せば切断は容易だ。

無論、肉に差し込めるだけ技術があればの話だが……この女は人体というものを熟知していた。

治癒魔法があるからと医療技術が疎かになっている現代においては、殺しを生業とする者の方が医師よりも人体の隅々まで心得ている。


後退しながら、脛まわりに走る痛みを耐える。

強引に足を狙ってきたというのに瞬きひとつの合間に黒刃の先端が眼前にまであった。


牙を取られて戦える相手ではない。

次に来る一手をどうにか掻い潜り続けるしか生存の道はない。


殺意が込められた鋭利な刃。

猛獣の歯のように鋭い、獲物を食らうためだけに用意され刃物。

濃厚な殺意が凝縮された黒い剣は、胸目掛けて蜂の針にも似た素早さを秘めていた。


だが回避できないほどではない。

眼で見えているのなら、胴体も追いつく。そう鍛えてきた。

狙いは心臓だと分かっていれば、どれだけ早かろうと刹那で躱せる。


「は……?」


その読みが外れでなければ。


全身全霊の殺気が篭められた刃はするりと女の手から落ちた。

背筋を凍らせるほどの悪寒(おかん)を感じさせていた刃が、次の瞬間には命を奪う凶器ではなくなっていた。



コポリ。


そんな何でもない音で何かが飛び出した。

何が落ちたのか、確認するために眼だけを下に向けた。顔を動かすだけの力はなかった。


腹部に突き刺さったナイフ……先程と同様に刃渡りは30cmほどもあるナイフが深々と突き刺さる。


「瞬間に殺気を出し入れするのは、当然の技法ですよ」


耳元で囁かれたと惑わされるほど大きな音。

他の音が入ってこないだけで、女との距離はまだある。

ナイフは引き抜かれ、腹部から垂れ下がる血が臓腑(ぞうふ)も排出した。

そこで思い至った、コポリなんて可愛らしい音は自分の内蔵が落ちる音なんだと。


支える力を失った足が、背もたれもない地面に転がる。

零れだす鮮血から、生命力(オーラ)も大量に消費されていく。

何とか身体を治そうと総動員するも、全ては徒労に過ぎない。


霞む眼の端々に映る赤色は血溜まりとなっている。

明らかな出血多量、治癒魔法で造血しても無意味なほど。


「……楽しめました。ありがとうございます」


それは心からの感謝で、恍惚(こうこつ)が混じった悪魔の戯言だった。


わざとトドメをさすことはなかった。

歯を1本ずつ折るかのように、焦らしに焦らし、蝋燭(ろうそく)の灯火が自然に消えるまで遺棄(いき)する。


最後の気力を振り絞って、女の脚を止めようとするが……腕が鉛のように重たく地に伏せるしかなかった。

全身が暑く、なのに寒い。

生気を帯びた血は温もりが残っていて、倒れているから半身が暖かい。

だが血が失われていくにつれ全身に喪失(そうしつ)の寒気がよぎり寒くなる。


無念だが、運命なのかもしれない。

運が足りず、ここで尽きるしかなかった命。

その運命を受け入れ……



「あら──足掻(あが)かないの、意外と退屈なのね、あなた」



声。

声とは、ここまで魂を鷲掴みにするものなのだろう。

命も心も釘付けになる、心地よさ。

止まった心臓すら見惚れてしまうほどに──



「は!?」


死んだ!?いや生きている。だって生きているのだから。

生きているから生きている。哲学かな?


致命傷だった腹の傷が治っていた。

治癒魔法……いや、それだけでは説明がつかない。

基本的に治癒魔法では痛みは取れない。だというのに僕の体は全身を廻る灼熱感を訴えてはいない。

体は、ちょっと火照ってる?


まず理解不能な状況を整理だ。

確実に死んだと思ったら生きていた。

テルネアの治癒魔法?治癒魔法なんて使えたのだろうか、いやそれより奴は──



「これ、忘れ物。置いても要らないしね。何より美しくないわ。献上品のつもりだろうけど、犬と蛇の抜け殻とか興味はないの」


閉じかけた目に、転がる崩牙と王鱗剣(スネークソード)

魔王城にあるべき武器が、何故ここにあるのか……そんな思考は無意味とかす。



誰も彼もが()()に釘付けとなる。


天女。

息を呑むほどの美しさ、白月に背にした天性の美貌。

月よりも輝く銀髪が、夜風に乗せられ揺らめく……。

そんな些細な動きひとつすら、息遣いまで美しいと感じてしまう異様さ。

白の刺繍が彫られた躑躅(つつじ)色の余所行きがために仕立てられたドレスを靡かせ、威風堂々たる態度でその場に立つ。


知性あるものならわかるだろう、この存在に逆らってはならないと。

だから誰も口答えはできない。

たとえ神が眼前に控えようとも、女は同様の態度を示すだろう。


近くにいるのに遠い。

誰の眼にも留まりながら届かざる。

まるで月。宙の海で夜の象徴と描かれる月の如き女。


空気が震える。

世界の生命力(オーラ)が乱れている証拠。

多少なりとも知見を得た魔術師ならばその異常事態が理解できるだろう。

魔法とは己の生命力(オーラ)を以て世界を上書きする奇跡……………であるはずが、眼前の女がやっているのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「1度は私の()()になったのだから、逃げられるなんて思わない事ね」


軽口を叩く彼女の表情(かお)には、常に不敵な笑みが張り付いていた。


「貴女、は……」


「……?分かりきった質問をするのね。そんなの自分で考えたらどう。派手な合図まで送ってくれて気分が優れてるから許すけど──次に名を聞くならそちらから名乗りなさいな」


ね?という頼み事。

頼みという名の強制。

全身の毛1本に至るまで、彼女の指示に従い抗う気が失せる。


「初対面なのだし、名乗りを上げるのは礼儀だものね。たまには私から名乗るのも悪くないのかも」


自信に満ちた笑顔で、誰に宣言することなく独り言のように呟く。



「『愛楽の魔王』バレンステン・ヘインデン」


人の都合も気も心もお構いなし。

全てを平等に踏み潰して行く理不尽の権化。

気まぐれに過ぎ去る災害と変わらぬ。

神のような絶対さを掲げる姿は、正しく魔王。


「これでも貴方たち(人族)の味方だから、安心なさい」


魔王の気まぐれは世界を変える──


彼女が魔王として立ちはだかるか、救世主となるか、天運すら懐疑する。

全ては魔王──バレンステンの思うがままに。

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