表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/69

間話 交わった縁

魔都リコスは今日も魔族たちで盛り上がる。

街には絶対的な強者、魔王バレンステンが在中しているため争いごとは少なく比較的平和に近い。

魔王の御前である城下町で揉め事を起こそうという気になるものはいない。

しかしそれでは気性が荒い魔族たちは鬱憤(うっぷん)は溜まり続け、いつしか争いの火種となるだろう。

日々のストレスを発散させる娯楽が必要となる。


そうして取られた対策手段──賭け事場。

『愛楽の魔王』は他者の心を掴む手腕に長けており、経営者としての腕は超一流と噂されている要因。

V(ヴァスト)V(ヴォルト)』──乖離大陸唯一の遊戯場である。


賭けの内容は実にシンプル。

カードを使った読み合い(ポーカー)、奥深き度胸試し(ロシアンルーレット)、運を味方につける予測不能(ルーレット)と様々。

荒くれ者が競い合う試合すら賭けの対象とする。


心を抑圧するだけでは人は着いてこない。

刺激が行き来する賭けの場は、臣民の欲望を上手いこと解き放ち、魔王バレンステンの立場を磐石(ばんじゃく)なものとする。

また賭けに使用するコインは冒険者ギルドで貨幣と交換できるようになっており、その際に冒険者の資格が必要となる。

必然的に冒険者の数は増え、冒険者ギルドは儲かり、紹介料や利用料として魔王バレンステンへと還元される。

そのため魔王バレンステンは世界有数の金持ちでも知られ、やろうものなら世界の経済を変えうるほどの莫大な資産を有している……なんて噂もあるほどだ。

一部界隈では『財貨の女神』と畏怖されているとかいないとか。


これも全ては世界の美を集約するため……とは一般利用者はいざ知らず、今日も『V(ヴァスト)V(ヴォールト)』は賑わい、関節的に魔都リコスに活気をもたらす。



「はあ……」


そんな活気溢れる街で重い吐息の少女が1人……厳密に言うなら、連れられた馬も数に入れなければ拗ねるので少々1人と女性1人になる。

つい先程、仲間の1人を魔王城に連行されたため少女の気持ちは下落している。


年若くも苦労を重ねたのだろうと判る魔族の少女(リーシア)は、魔族の街で何をするでもなく彷徨う。


「ねえ、トゥール。こういう時どうすればいいかな」


馬に問うても話は通じない。

トゥールは賢く言葉を理解しているだろうが、リーシアの方が動物の言葉を理解できていないため会話に発展することはない。

それでも1人は寂しいリーシアは預け小屋に入れずトゥールを連れ歩いていた。

窃盗に会おうともトゥールは自力で突破するので連れ歩いてもわけはないので、リーシアが落ち込んでいても平気だ。


リーシアは考える。

今までムートに頼っていたため、考えることは少なかったが、1年ほど前からは考えることが多くなった。

それは良い傾向だと自分自身も認識している。

へこみはするが取り乱さないだけ、昔よりもだいぶマシと言える。

ムートが見れば成長だと我がことのように喜んだろう。


大切な人が連れて行かれて黙っていられるほど、安っぽい感情ではない。

さりとてすぐ戻ると言われ自分はそれを信じてしまった反面、約束を反故(ほご)にはできない。

ここがムートのズルいところと言える。

リーシアが傷つかないために即座に約束を取りつける。

結果としてリーシアは約束を破ろうとは思わず、悶々とした感情をどこにも吐き出せずにいた。


「でも待っててって言われたんだし、ちゃんと待ってないとね。その間にわたしができることをしないと」


トゥールの返答を聞くことなく自分でやるべきことを定めた。

時の方は既に昼の陽が沈みにかかっている。

今からできることは少ないが、まずはトゥールを預け小屋に入れるべく魔都を探索する。


「あ……そういえば、預け小屋ってどこにあるんだろ」


キョロキョロと周囲を見るが預け小屋のような場所はなく、輓獣(ばんじゅう)を連れている冒険者や商人の類も見当たらない。

この手のことはいつもムートがやっていたため、リーシアは不慣れであった。


預け小屋は通常は街の入口付近にある。

ここは既に街の中枢(ちゅうすう)に入り込んでいるため、近場にはないことくらい簡単にわかる。

もちろん、街によって違うが基本は入口付近にあることが多い。

言ってしまえばどこにあるか分からない。

初めて来る街は地図がなければそれこそ迷路のように難解さだ。


こういった場合は、


「古き良き人海戦術。聞き込めば、いいんだよね」


知識は力。

だが最初から知識を持つ人間はいない。

誰かから学びを得ねば、人は完璧になれず、誰かに寄り添われている時点で完璧ではない。

人間なんてそんなものだ。


聞く人を探す……1番は冒険者ギルド。

冒険者ギルドの場所だけは看板のおかげでわかりやすい。とりあえずはそこを目指せば確実だ。

その間のトゥールだが……まあ彼女なら並の窃盗犯は蹴り飛ばせるだろう。

体力と馬力、馬鹿とは言えない知力があるトゥールなら、そこらのCランク冒険者でも油断していれば倒せるレベルで強い。

よくできた一角馬(コーンス)だとリーシアも感心する。





魔都は栄えている方なのだろうが、人大陸の街に比べると発展はしていない。

魔王バレンステンの財産は彼女の娯楽のためだけに使われる。魔王は魔都を統治しているわけではなく、ただ君臨しているだけ。

決して臣民に対して使われることはない。

賭け場の目的も莫大な金品の流れを支配するために過ぎない。


乖離大陸最大級の都市と言っても、人族からしたらこんなものかと落胆するだけだ。

人大陸に慣れきったリーシアも豊かという言葉を魔都リコスに使うことはできなかった。

それでも不思議と心地よい空気は、この土地にしかないもの。


「じゃあトゥール、ここで待っててね」


冒険者ギルドの前に一角馬(コーンス)を放置するなど盗んでくださいと言っているようなものだ。

リーシアは全く危機感を持っていない。どころかトゥールも自信に満ち溢れた表情で冒険者ギルドの前に陣どる。それがとても自然だと言わんばかりに。


リーシアの体躯では大きすぎるスイングドアに体重をかけ開ける。

ドア自体に重みはなく、彼女の微力でも楽々だ。


冒険者ギルド内の喧騒はどこも変わらないが、少しだけ雰囲気が広がっていた。

賭けに勝ったものが場の空気を作りだしているのだろう。

賭けの対象であるヴィクトリアス硬貨は冒険者ギルドで貨幣に買い取ってもらえるため、勝った者が大半を占め負けた者が冒険者ギルドに訪れる必要性はない。


通常の冒険者ギルドと異なり、話の半分以上が賭け事で埋まっている。

冒険の話を真面目にしている者は少ない。

冒険者の憩いの場、というよりも渡世人(とせいにん)の溜まり場と化していた。


「それで大勝!運は俺の方に来たみたいだな!」


「はっ、イカサマしておいてよく言うよ。魔王様にバレたら終わりだぜ?」


「バレたらそんときだろ。いつ楽を味わえなくなるかわかんねえからな!」


どこからどう見ても子供であるリーシアには見向きもせず、自分たちの世界に入り込んでいる大人たち。

話を聞くだけなら受付嬢でいい。

関わり合う必要がない相手。

そう思い通り過ぎようとした……


「あのお、よろしいでしょうか方々。お聞きしたいのですが、ここらで16歳ほどの金髪の人族をお見かけされたでしょうか?」


賭けの話で盛り上がる彼らに、無粋にも話しかける人物がいた。

話の腰折られ表情を歪めた魔族たちに……一切の悪びれもせず、その人物は乾いた笑いを向けた。


「知らねえな。人族なんて滅多に見やしねえからな。ま、大抵がバレンステン様のところだろ。あの方は人族をとっ捕まえてるからな」


「やはりそうですよね……ありがとうございました」


ハハハと笑いながら立ち去ろうとする人物に、魔族たちは立ち塞がる。

愉悦に満ちた時間を邪魔された者たちはそう簡単に許しはしない。

ただ少しの問いかけでも、柄の悪い連中というの気に食わないから言いがかりをつけてくる。


「おい、人族の姉ちゃんよ。せっかく答えてやったんだからやることあるよな?時間も取ってやったんだしよ、俺たちに時間を使ってくれてもいいだろ」


ニヤニヤと笑う魔族、その面相もあり邪悪だ。

答えてやったと言える情報を渡していない。

しかも人族ということで足元を見てくる。人族は金を持っていると思っているのだろう。


冒険者同士のいざこざには手を出すな、とムートから注意されているが、危険になるようならちょっとした魔法で牽制する準備をはじめるリーシア……。


「やること、とは……なんでしょう?申し訳ありません、なにぶん乖離大陸に来てから日は浅いもので」


「そりゃな、姉ちゃんよ。俺たちが求めるもんなんて分かりきってるだろ」


「昼間っからこんなところでたまってる賭け狂いがやる事といえば分かるだろ」


下卑た笑みを浮かべる魔族に、リーシアは少しずつ魔法の準備を進める……


「酒だろ、酒!人族はいいツマミを持ってんだ!ちょっくら秘伝のツマミとやらを出してくれよ!」


気さくな魔族に面食らい、集めていた生命力(オーラ)が消えていく。

こういった場合は大抵が金や節操のない輩は体を要求するものだと思っていたが、案外平和的な要求に驚いた。


酒という言葉で合点がいったのか人族の女性も顔を綻ばせた。


「なるほど、お酒のツマミですね。はい、持っています。魔族の方々は人族の料理を大変好まれると勉強しましたので」


人族の女性は笑顔で袋を取りだし、魔族たちに手渡した。


「これだよこれ!なんだっけ……あげもの?このカリッとした噛みごたえと塩辛さがいいんだよな」


子供のように大はしゃぎ。

子供は知らない賭けの世界に没頭していた彼らとは思えない変わりように呆然と立ち尽くす。


「いえいえ。適正な情報代としてはお安いものでしかないこと大変恥ずかしいのですが」


「そう言うなって。せっかくだ、姉ちゃんも一緒に飲まねえか?」


「大変恐縮なのですが私はまだやるべきことが残っていますので、皆様にお酌を共にできず申し訳ありません」


ほんわかとした雰囲気の女性にここまで言われてしまえば、魔族たちも食い下がるほかない。

心底から残念がりながら魔族たちは女性に礼を言い酒の席に戻った。


リーシアはその光景を呆然と眺めていた。

自分が突っ張ることもなく、平和的解決をした現場に立ち尽くすしかなった。


丸メガネに薄茶色の長髪と、優しいが自信のない表情をした人族の女。

この場においては異質そのもの。


同時に、あんな人がわざわざ乖離大陸に来る必要がないと直感が囁く。

何らかの理由がありここにいる。

そして困っている。自分と同じような状況で。

リーダーが決めた『レッドウルフ』としての心構え……レッドウルフの掟その1『困っている人は助けるべし』、だ。


「あの……少しいいですか?」


声をかけると、長い髪をたなびかせ振り返る。

人族の中で突出したと言わずとも中々に整った顔つき、何より穏やかさを感じさせるその顔は怒ろうなんて気を起こさせない。

声をかけてきた正体が子供だとわかるやいなや、眉を開き全開の笑顔を見せてくれるところからも人の良さが伺える。


美徳(びとく)であるが、乖離大陸で使う武器としては物足りないと思われるかもしれないが、人心を上手く掴むという利点はある。

即座の対応で争いを避け、無益な暴力沙汰を回避できるのなら力の一端といえる。


「おや、乖離大陸には珍しいですね。羨ましいほど白髪がお美しい、詩人が詠う雪のような子──この地でお会いできたこと光栄に思います。美しい貴女、何か御用でしょうか?」


見目麗しき高嶺の花。

言葉の端々から伝わる淑やかさ。

安堵の微笑から出る偽りなき賞賛。詩人が(つづ)る詩のように美しき。


彼女なりの処世術だろう。

誰もこんな人に敵愾心(てきがいしん)を覚えはしない。

魔物には通用しないが知性ある者には有効な手札だ。


流されかねない自然な安らぎを覚えさせられる。

敵対の意志が全く感じられないからこそ信頼ができる。

心とは波長で分かる。流れの速度で

この女性は流水の如く常に穏やかな流れ

この女性が心から信頼できる存在だと、リーシア


「さっきの話、わたしも手伝っていいですか?」





「いい子ですね。貴女のような健気な一角馬(コーンス)はそう居ませんよ」


おっとりとした雰囲気をした不思議な女性……ウェストリンの協力もあり何とかリーシアはトゥールを馬小屋に預けることに成功した。

料金は1日銅貨1枚と鉄貨6枚、人大陸基準だと160ゴルは大変破格だ。


預け小屋は預けた日数に応じた後払い制。

旅をするものは常になんらかの危険が伴うもの。絶対の日数計算はまず不可能なため利用者に適した後払い制が主流となっている。

それは乖離大陸でも変わらない。

最大2ヶ月間預けることができて、最大料金は10000ゴル程度。人大陸では見られない破格の安さ。


注意事項として期限から1週間すぎると輓獣(ばんじゅう)の持ち主が小屋の経営主に移行する。預ける際に契約されるため2ヶ月以内に必ず連れ出すか延長するかはしよう。

また迷宮など時間がかかる場合は、先んじて申請しておけば期間を伸ばすことも可能だ。

その分少しばかり値は張るが。



トゥールも預けたところで、当初の目的に切り替えるべくリーシアは気合を入れ直す。

ウェストリンと名乗った女性の困り事……仲間である人族の捜索。

リーシアからしても他人事ではない事態である。


人族を見つけては攫う兵士……この街でそんな事をできる者は疎いリーシアにも分かる。


『愛楽の魔王』バレンステン。

乖離大陸に君臨する魔王の一角。

穏健派として知られているが魔王は魔王。己の快を優先し、他人を簡単に踏みにじるような存在なのだろう。


「私の仲間と合流したいと思っています。魔王、となると私一人ではどうにもならないので」


ウェストリンの言葉を聞きリーシアは黒鉄の城へと顔を向ける。

魔都の中ではもっとも大きな建物なため、どこからでもその威容は伺える。

ムートから聞き及んだ話だが、魔王ルークスタットが一夜で造った城だとか……しかし遠目から見た迫力だけでも、とても一夜で作りだしたとは思えない。


外から見ても頑強。難攻不落と言わざるを得ない重厚感。

突破は不可能だとリーシアは考える。

実際は内観だけが凝られた防衛性に乏しい城なのだが、それを中に入ったことのないリーシアが知る由もなかった。


「ウェストリンさんの仲間というのは……」


そこまで問いかけると、周囲の空気が一変した。

ここらは人通りの少ない言わば路地裏……というわけでもなく、普通に人が行き交う道だ。

住居が立ち並びちょっとした露店があったりと普通の往来だ。


しかし、そんな普通とは全く異なる装いのものたちが建物の隙間から飛び出してきた。


「ヘイヘイヘーイ!ここに居る君ら、出すもん出して楽になりな!さもないと俺ら、野生の本能だしまくりで何するか分からねえぜ?」


なんとも滑稽。チンピラですと宣言しているような自己紹介で現れたのは複数人の仮面を被った魔族たち。

しかし目を引くのはそこではない、仮面の上……つまり頭部に飾り付けられた立派な耳飾り。

賭け場の代名詞なりつつある所謂バニーと呼称される物。

それを往来でひけらかす謎の集団の登場に住人たちは脅える……


なんてことはなく、見て見ぬふりで通り過ぎる者が多数だ。

異常者とわざわざ関わりたくないのは誰だって同じだ。

目を合わせず、ずっと横道を通って逃げる。


1部の逃げ遅れた者……つまり、この光景を初めて目の当たりにして呆然としているリーシアのような者だけが残った。


「ここは天下無双も小便垂らす乖離大陸。そんな怖い場所で咄嗟の判断が出来ない奴らは危機感ゼロのアホンダラ、学もない原始人扱いされても文句は言えない。つまりそんな原始人に金はいらないわけだ。物々交換、それか狩りで自然の厳しさ教えてみな!……まあ、有り金置いていきな!」


魔都リコスは他の街とは違うと思っていたが、色々な意味で違った。

おかしいと言ってもいい。

こんな顔を覆いたくなる恥ずかしい格好をした馬鹿が往来で金を巻き上げる。他の街では見られない光景だ。

あっても馬鹿な格好はしない。

バニーなど正気の沙汰ではないのだ。


ふざけた格好をした奴らから漏れ出す気迫は本物。

決してただのチンピラではないと告げている。


「へへ!俺たち『ハッピー・オブ・ラッキーズ』のラックの礎になりな!今度こそ勝つためのな!当たるまでやれば当たる、もう少し金があれば当たる!」


典型的な駄目なめり込み方だ。

確かに勝てるまでやれば勝てるが、そこまでに出た損失を振り返ればはたして勝ちと言えるだろうか。

心はほんの一瞬ハッピーでラッキーになるだろうが、そのあと自暴自棄気味に全てを投げ出したくなるはずだ。


おそらく『ハッピー・オブ・ラッキーズ』と名乗った集団は失う物をなくした無敵の人であることが伺える。

そうでなくては、バニーなど往交の場でやっていけるわけがない。


魔王バレンステンの賭けという対策は上手くできたシステムではあるが、同時に真の化け物も生み出してしまうことになってしまっていた。


「恥も外聞もない人というのは本当に恐ろしいですね」


「だろお、姉ちゃん。俺ら泣く子も金払う『ハッピー・オブ・ラッキーズ』だぜ。ママから頂いたお小遣いで社会貢献すりゃお子様もハッピーで俺たちもラッキーにありつけるって寸法よ!」


言うことなすこと全て最低な大人の言動に呆れながらも、杖をそっと握りしめるリーシア。

何かあればすぐにでも魔法を放つ準備をする、というか今にもぶっぱなしたい気持ちを何とか抑えていた。

いい歳した大人が子供からお小遣いを巻き上げるなど最悪と言わざるを得ない。


「さて俺たちの幸せの糧になり……へぶわ!?」


だが、リーシアが何かする間もなく、バニー集団の1人が背後からの衝撃で倒れ込んだ。

それを見た仲間は仮面の上からでも顔を引き()らせたのが分かるほどのゲッという声を漏らした。


驚いたのはバニー集団だけではない、リーシアもまた同様に驚きの表情を見せた。

彼らの背後から突如として現れたように見えた男。

音も気配もなく、無音の歩法を完璧に扱ってみせた強者の登場にわずかなりとも身構える。


「公共の場で数度の蛮行、いくら喚起してもやめる気がない。僕は次見かけたら斬る、と忠告したはずだけどね」


腰に下げられた黄金の長剣、刀身の一端が白日の元に晒さられた。

単なる長剣ならざる意を示す黄金の輝きは集団の目は色を変えさせるが、刃まで見えては怯えと共に泳ぎだす。


端正な顔立ちからはとても覇気など見当たらない。

しかし事実として、チンピラが気圧されるほどの迫力が残されていた。


「お、お前!1日に7回も邪魔するなんて、正気の沙汰じゃないぜ!暇かよ、それとも俺たちを付け狙う愉快犯なのか!?」


「愉快犯は君たちの方じゃないかな」


全くもって正論である。

だが、目の前にいる者たちは正論が通じるほどまともな集団と言えるだろうか。

答えは否。

正しさで更生するならとうの昔に身を洗い流し潔白になっているだろう。


「馬鹿野郎!俺たちは正義の集団だ!一時の快楽のみならず、継続的な運用で社会貢献も兼ねる良心的愉快犯だ!」


堂々とした態度に騙されそうになるが、言っていることは犯罪者に変わりない。

どうあれ真っ向から対立し続けるなら、黄金の刃が引き抜かれるのは時間の問題だろう。

互いに……というのはバニー集団が思っただけで、数の差あれど息を飲んだのは彼らのみだった。


「……と、言いたいが、もうすぐ団長のお昼寝時間が終わる。俺たちは帰らせてもらうぜ!一昨日来てやる!」


言い訳地味た言葉を吐きながら、男とは真逆の方向へと散り散りに逃げていく『ハッピー・オブ・ラッキーズ』。

騒動が無事に収束した街並みは元に戻り、人の通りが徐々に戻りだした。

つい先程まであった出来事が何処吹く風と消えて行く。


「お互い成果はなかったようだね、ウェス」


事態が完全に収束したことを見計らい男がリーシアたちに……ウェストリンを微笑を向けた。


「乏しくも見つかるものは見つかるものです。エイン様、頼もしき供がいれば可能も広がるものです。同様の困難に差障ったのは私共だけでありません」


エインと呼ばれた男の目線がウェストリンの後ろ、つまりリーシアに志向した。

濃褐色の双眸が突き刺さる。

まるで値踏みしているかのように、じっくりとゆっくりと。


「あの……」


耐えかねてリーシアが声を上げた瞬間、エインは片膝をついて小柄な少女と同じ目線となった。

その姿は様になっており、本の中にでてくるお手本のような騎士にも見えるほど整っていた。


「初めまして、勇敢な少女。僕はエインス・アデル・チャークリヌ。テルネストア様の騎士として、ウェス共々君の協力に感謝する。そして誓おう、君の友を助けることを」


爽やかながら力強く、切り捨てられない信頼を感じさせる声にリーシアは少しばかり自信が湧いていた。

頼もしい味方の登場に暗雲が晴れたような思いを抱く。

僅かなりとも希望が見えたのなら、そこに突き進むのがムート……レッドウルフのやり方である。



しかし知らなかった──魔王を相手にするという意味が、どれだけ命知らずなことかということを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ