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第50話 暴走!脱出劇

テルネアも母胎(ぼたい)として一生を費やすのは忌避したのだろう。

先程とは打って変わってやる気だ。


なんなら扉をぶっ叩いている。叩いて叩いて、拳が赤くなるまで叩く。

全力で叩いているが扉はビクともしていない。

華奢(きゃしゃ)で細腕なテルネアでは壊すことはできないだろう。


そう説得しても、やめる気配はない。


「開けろーー!!人を家畜みたいに扱うなあ!誰が子壷(こつぼ)だあ!」


猪突猛進の一点集中攻撃。

扉を叩き破らんばかりの連続攻撃。

全て無傷。この扉はテルネアからすれば無敵に近い相手だろう。


「キュ……」


「言ってあげないでください。テルネアさんだって頑張ってるんですから」


頑張る方向性がちょっと脳筋すぎるだけで頑張っているのは事実、見守っておこう。


テルネアが頑張っているのだ。僕も頑張らなければな。

木製の椅子に体重を預け銀獣(仮称)を撫でながら、作戦を組み立てる。


まずテルネアの特攻で分かったことだが、あの扉は物理耐性が付与されているようだ。

物理的な破壊は困難を極めるというわけだ。

崩牙のような魔剣クラスがあれば話は別だろうが、生憎と取られてしまい手持ちにはない。

せっかく習得した『閃光闘気』での脱出はできない。

世知辛いね、世の中って。ここぞという時に成果が出せないのなら練習も意味ないじゃないか。


当然ながら普通に開けることもできない。

鍵でも掛かっているのか、ドアノブは固定されている。

しかし外から見た時は鍵などなかった……こちらも魔法的なものだろう。


「ふう……はあ、まあ高そうなのでこのくらいで済ませてあげます。時には余裕も肝心、大公グラキリムは余裕がなくて死にましたからね。はあ、つっかれたー!」


スっと拳を下ろし、そのままベッドへ寝転がるテルネア。肩から息を吸い出し、疲労を口いっぱいにかみ締めている。

ちなみに大公グラキリムは南方大陸の大国ロゼルスに貢献した偉人。政権を正し、ロゼルス王国を大国にした立派な人だ。

しかし50前後になるまで色恋に関わらず婚期を逃したと焦った結果、恋愛関係で足元をすくわれ死んだ可哀想な人でもある。


「手ごたえはありました」


「あったんですか……?」


「うん、あった。多分あと500回は叩けば開きます」


謎の手ごたえを感じていた。


「というか、ムートはなんでサボってるんですか!しっかり働いてください。一生わたしみたいなうるさいのと屋根の下でいいんですか!?」


「それはそれでアリではありますね。それにサボっていたのではなくどうやって抜け出すか考えていたんです。無駄に体力を消耗して脱出できなくなるなんて馬鹿な真似はしません」


「あっれえ、もしかしてわたし馬鹿って言われてる?」


もしかしなくても馬鹿と言っている。

壊せない扉を叩き続けるのは脳が筋肉だ。

素手で黒曜石を掘るようなものである。

つまりは不可能。


「ならどうやって破壊するんですか?」


そこでまず破壊が出てくるところが脳筋すぎる。

開けるではなく壊す。

障害物は潜るのではなくこじ開けるのは選択肢のひとつとしては間違ってはいない。

選択肢の中でもやや強引というだけで。


扉なのだから開ければいい。

単純だが、開かない扉は扉と言わない。

扉は開けるためにある!


「何か扉を開けるために役立ちそうな物とか持っていますか?」


外に付けていた武器類は取られたが服の内側に仕舞っている武器なんかは取られていない。

僕が持っているのは、生命力(オーラ)を流せば刀身が顕れる持ち手だけの短剣、可燃性の液体瓶、リーシアの魔法を籠めた魔石、衝撃を与えたら中身が炸裂するゴケの実(食用でもいける)、ミッテルから調合を教えてもらった聖水、このくらいしかない。

創意工夫をすれば扉ひとつ壊せないことはないだろうが……破壊は最終手段にしたい。


だって壊したらあとが怖いじゃん。

魔王様に見つかりでもしたら、地獄の果まで追いかけてくるかもしれない。

扉は扉なのだから開けるべきだ。


「いえ、持ってないですね。何もありません」


「全部取られたんですか?」


「いえ、そもそも持ってません」


無一文ならぬ無一物。

そんなのでよく乖離大陸を生きてこれたな。


「まあ管理はウェス──仲間がしてくれるのでわたしは何も持ってませんというか持ちません」


堂々としたお荷物発言。逆にそういう立場なのかもな。

恰好は少々薄汚れているが布の質は良い。滲み出る生命力(オーラ)からも窺える。

お偉いさんのご令嬢だったりも……まあ何が起きるかは誰にも分からない、有り得ないこともないか。


少なくとも、守ってくれる頼もしい人が仲間なのは事実。

相当強いだろう。

なんせ乖離大陸。魔界と揶揄(やゆ)される過酷な土地で人ひとりを守り切る余裕があるほどだ。

よほど頼もしい仲間なんだろうな。

心強い仲間はいいよな。僕も一時期はレッドウルフのお荷物だったから分かる。


「その仲間は一緒に捕まったりしましたか?もしそうなら、その人たちも連れて行かないとなりませんから難しくなりますね」


「うーん、ない。クソほど強いので捕まらないと思いますよ。まあ捕まっても助けなくていいですよ。どうせ自分で抜け出すので」


それくらい強い人なのか。

ならテルネアを助けに来ないのか?そもそも強い人が近くにいるのにテルネアは捕まったんだ?

関係性がよく分からない。


「参考までに聞きますが、どう言った状況で捕まったのでしょう。もしかしたらテルネアさんの仲間が助けに来る可能性だってあります」


僕の疑問にテルネアはげっと分かりやすい感情表現をした。

ああ、言いたくないほど恥ずかしい捕まり方だったのか。


「そういうのは個人のことなのでやめておいた方がいいですね。うん、本当に、やめてください」


相当な恥だったのがひしひしと感じる。

言いたくないのなら言わなくても良い。誰にだってそういうことはあるよ。うん、僕にもある。

恥ずかしいことなんていくらでもね。


「それはそうと場所が分かれば助けには来ると思いますが、そもそもはぐれてから捕まったのでわたしの居場所は把握していないでしょうね。助けは期待できません、しません」


おそらく捕まっていない。

助けには来ないかもしれない。

その2つが分かっていれば余計なことを心配せずに済む。


どういうはぐれ方をしたかは明瞭(めいりょう)ではないが、街にいるのなら合流もしやすいだろう。

脱出後のことも心配なさそうだ。


「そういうムートの仲間は捕まってないんですか?」


「おそらく、捕まってないですね。人族ではないので見逃された感じでした」


人族だけを()(ごの)んで捕まえる魔王。

なんの理由があり、魔王は人族を捕える……そこにどれほどの得がある。

言っては悪いが、戦力として見込むなら身近な魔族を私兵にする方が役に立つ。

魔族は協調性がなく兵には向かないとは言うが、魔王ほどの実力者ならば力で如何様にでも従えられるだろう。


なぜ人族だけを捕らえる。

この城にいる兵士は全員が人族だった。

魔王バレンステンがなぜ人族に固執(こしつ)するのか考えるが、答えは出てこない。


ただ単純に使いやすいという理由なのかもしれない。

柔軟な思考と発想力、互いを支え合う協調性、程よい生殖機能、秘めたる成長性。

他種族にはない力がある。魔王バレンステンはそこらに着目したのかもしれない。

と、考察してみたが本人に聞かなければ事実は分からない。

こんな狭い……とは言い難いが一室に閉じ込められていては魔王様への謁見も適わないだろう。

脱出はしなくてはな。


「どうやって抜け出します?」


破壊を我慢しただけ成長と言うべきだ。

テルネアは今にも出たくてムズムズしているのか体全体が小刻みに揺れている。

我慢という言葉に従うだけの忍耐力はないのだろう。


「そうですね……。まず、扉には魔法が掛けられていて内から開けるのは困難です。一方で外からであれば普通の扉のように開けられます」


「つまり兵士が開けた時に、ぶっ飛すか逆に部屋に閉じ込めると」


違う。

獣でももっとお淑やかだぞ。


今更だけど何歳くらいなんだろうこの人。

背丈は僕と同じくらい……女性で150ちょいと仮定するなら、15〜16辺りが無難だろうな。

そうは見えないけど、主に性格的な意味で。


「いえ。敵の戦力が未知数ですし、得策ではありません」


ほうほうと静かに聞くテルネアだが、理解しているかどうかはまた別の話である。


兵士の練度がどれほどのものかは計り知れないが、見た感じはフル装備なら勝てないことはないだろう。

しかし数の暴力と最奥に座す魔王のことを考えると強行突破は難しい。


特に魔王バレンステンは要注意だ。

大戦を勝ち抜いた魔王、戦うならば敗北と死が待っている。

いや相手が『愛楽の魔王(バレンステン)』なら隷属(れいぞく)の一歩だろう。

ともかく待っているのは旅路の終わり。英雄にはなれず、リーシアとの約束を果たすこともできない。


たとえ魔王に()と見られても、やり遂げなくてはならない。


「ではそこのお肉泥棒に外から開けてもらいましょう」


「キュウン!?」


ベッドでくるまっていた銀獣は急な名指しに驚いた。

獣らしからぬ表情の豊かさである。驚きの表情と声がすぐわかる。

銀獣……名前は後で考えるとして、その作戦も考えた。

なんか賢そうだしいけそうだとは思った。出入口が1枚の扉だけの部屋にどこからともなく入ってこれた実績はある。

外に出て開けてもらうのも不可能というわけではなさそうだ。


問題は本当にできるかだ。

賢そうだからと言って所詮は小さな獣。

体格は小動物に見紛うほどで肩乗りだってできるくらいちっこい。

力がとてもあるようには見えない。


もちろん偏見だ。

小さいからと弱いと限らないのが乖離大陸、ひいては魔物という生物。

ミニマムデストロイヤー。

愛らしい小動物だなと手をだしたら指を食われていた。なんて事例もないことはない。

鼠の王(廃鼠)だってサイズは普通の(ネズミ)と相違ないのに十二屍獣(じゅうにしじゅう)だ。


人を見かけだけで判断するのは失礼なように、魔物や獣を見た目だけで判断しては命を落とす。

この獣も実は、人類殺戮暴走魔犬の可能性も万に一つだが有り得るというわけだ。


「行けそうですか?行けそうですね。お肉泥棒の大金星を期待しますね。あ、わたしのお肉を分捕ったので拒否権とかないですよ、無理とか嘘つきの言葉ですから」


「キュゥイ!キャンキャス、キュン」


「なにが不満なんですかお肉泥棒」


「キュゥゥウ!!」


その名前である。

お肉泥棒が嫌なんだよテルネア。

しかも泥棒ではなくテルネアから貰ったと言っている。

どちらが正しいかは判らないが、まあお肉泥棒から卒業したいそうだ。


名前はあとで決めてやるとして。


「内からは開かない扉、逆に言えば外からなら魔法の錠も開けられる。現状は外に行けるのがあなただけでして……行けたりしませんかね?」


「キュウ、キュン」


「魔法の錠……」


2つ返事で承諾。

兵士しか開けられないような特別な術式が施されているかもしれないが物は試しだ。

物事は基本、挑戦と失敗の繰り返し。

1度目で運良く成功するとは思っていない。

1度目の反省点を2度目以降で直していく。そうしていくうちに突破口が……


「あ、開いた」


ガチャという木が擦れる音、そして外からの新しい空気。


「はい……?」


呆然と立ち尽くす僕と銀獣、何故か扉を開けられたテルネア。

あ、やばい。次に何が起こるのか容易に想像できてしまった。

テルネアは、


「よっし脱獄だあああ!!」


大きい声を出さないでください!お城ではお静かに!

暴走気味のテルネアを押えながら、扉をほんの少し開いた状態まで閉める。

無意味かもしれないがやらないよりマシだ。


「何するんですか!?まさか貴方は魔王の手先であったと!?捕まったフリしてわたしを騙したんですね!……あれ?それになんの意味が?」


「しーしー!静かにしてください、バレますよ。あとそれほぼ意味ない行動ですね。外で見張っているだけでいいので」


あ、そっかと言わんばかりのキョトン顔で静かになった。

後からそっかになるのなら最初からしないでほしい、というのはテルネアには難しいのだろう。

目の前に餌が吊るされていたらたとえ罠でも取りに行くのがテルネアだ。自制ができないから他人が制御するしかない。

上手く手網を握らなければこの人はすぐにどっか行く。


ではなくて、どうやって開けたんだ?


「ムートがヒントを出してくれたので。ほら、魔法の錠と言ったでしょう?なら鍵開けの魔法でちょちょいと。魔法は()()()()()。奇跡を現実のものにするために必要な理論。本物の鍵でなくとも、鍵と見立てることで理論を成立させる想像性。このふたつがあって成り立つのが魔法というものです」


なるほど。

理論を補強する想像、別の物を合致する物に見立てる。

鍵でなくとも鍵開けの魔法でこじ開ける。

つくづく思うが魔法は便利で奥が深い。


テルネアはよくそんなことできるな。

猪の擬人化のような彼女が……いや、逆に単純な頭をしているからこそ想像力豊かなのかも。


全く異なるを正解へ変える。

参考になるな。

魔法を教えてくれる人がいないから、あまり目立った成長が見られない。

習得しているのも魔術本に載っているような攻撃魔法ばっかりだし……こういう小技系もあると便利なんだろうな。

鍵開けとか侵入し放題になるじゃん。


「鍵開けなんて知名度の低い魔法をどこで覚えたんですか?」


「魔法の師匠が教えてくれたものです。攻撃魔法が苦手ならばサポートに徹しなさい、と。まあわたし、サポートもしないんですが。魔法も護身術程度で習うつもりのものが、何故か盗賊業じみた魔法を習ってしまったんですけどね」


魔法の師匠かー 。師匠というより先生だな。

こっちの方が響きがいいしありがちだ。

欲しいな魔法の先生。

剣の師匠──というより戦い全般の師はいるが、その方々からは魔法を教わっていない。

魔法をおろそかにするつもりはないし、そろそろ魔法の先生に恵まれる機会があってもいいのではないか!


「実際役立っているので師匠には感謝しています。魔法の学校で学んだことを教えているだけだ、と言っていましたが個人授業万歳。学校とか勘弁な身からするとありがたい限りでした」


魔法のことを話す時のテルネアは明るい。

テルネアには明朗が似合うな。

あの暴走気味も明るいと言えば明るいけど……テルネアは美人だけど可愛げのある感じ。

クラスのマドンナというより人気者と言った印象だ。


しかしテルネアの話は有り難くも悲しく想像をかきたててくれる。

彼女の話にもあった学校。そう、学校という手もあるのだ。

昔は嫌いだったが今の僕は他者から教わる大切さが身に染みている。

何かを教わるにあたって学校以上の機関は存在しない。


落ち着いたら通ってみるのもありかもしれない。

秀才は学で生まれるもの。

天才は生で生まれるもの。

天才が無理なら秀才を目指すために学校に行くのもいいかもな。


有名な学校だと魔導天国の魔術公校かな。

僕でも知っているくらい、あそこは数多の優秀な魔法使いを排出する名門校。

魔法を学ぶなら魔術公校以上の学び舎はないだろう。



……と、先の話をするのもいいが、まずは目の前の問題から対処しなければな。

扉は開いた。

早く脱出しなければ見つかってしまう。


「キュウ……」


出番を奪われた銀獣は不貞腐(ふてくさ)れているが……僕の服の中に潜り込ませ共に脱出を図る。

なんだかんだと成り行きでペット化が決まってしまった。

まあ良い毛並みだし、魔物というわけでもなさそうだから平気だろう。


「周囲に人はいないな」


扉の隙間から見渡し、気配を探り確認する。

余程の腕利きでない限り生命力(オーラ)や息遣いに足音は消せない。

感覚を研ぎ澄ませば、そういったものも感じとれる。

獣族(ライカン)流である。


「敵はいませんね!よし、脱出しましょう!」


テルネアは静かにしようか。





幸いにも来た道は覚えている。

テルネアはすごいすごいと仕切りに言うが、脱出するなら逃走経路を把握していて当然だ。


城内はとにかく豪勢。

外観の黒さからは想像できない成金城だ。

お陰、と言えるか怪しいが物の多さから隠れる場所には事欠かない。

誰かが近づいてきてもすぐに隠れてやり過ごせる。


真正面から行くのは愚策かもしれないが、生憎と出入口の類は正面玄関以外しらない。

どこかに窓でもあればいいなと思ったが、この城に窓はない。


内装はバレンステンの好みだろうが、構造はルークスタットのものだろう。

窓がないのは侵入対策か脱出対策だろうな。

それか魔王ルークスタットが日光に弱い系の魔族なのか。

まあ既に死した魔王に問いかけもできないし一夜城の構造については考察止まりだ。


「順調に進んでますね。魔王というのも案外たいしたことないですね」


不安だ。

調子に乗ると自分に跳ね返ってくるのが世の常。

唐突に廊下で出現する魔王とか……あるかもしれない。そんな雑魚敵みたいな魔王はいないと思いたいけど。


出てくるとしたら隊長格の中ボスくらいにしてほしい。

まあ遭遇しないのが1番だけど。


テルネアが調子に乗る理由もわかる。

警備がずさんなのか兵士たちはこちらに気づくことがない。

地下から地上に繋がる一本道の階段にも見張りが居ない。普通は脱出を想定して1人くらい配置するものだろう。

魔法は絶対に突破されないという自信からのサボりなのか。

脱出すら側からしたら楽でいいんだが、どうにも胸騒ぎがする。


本当に、こんなに容易なのか?

いや簡単ではある。

しかし、陥弄(かんせい)に導かれているのではないか、そんな不安もある。


考えすぎだとは思うけど、不安というのは案外当たってしまうのが常套(じょうとう)だ。





魔王城。

難攻不落の象徴。数多の兵士が駐屯し、戦いのためだけに用意された城塞。


そんなイメージをぶち壊すしたのは、魔王バレンステンの居城。

脱出簡単、内観綺麗、兵士は人族。

妄想とはしょせん幻想でしかないと思い知らされる。


なんで正門に1人も見張りが居なくて堂々と出られるのだろう。

不安とかそういうのは杞憂であった。



流石に城の前で佇むのは馬鹿なので移動する。

空模様は既に暗く、夜の月が天辺まで登っていた。

そろそろ夕飯の時間らしくバレる可能性があるらしい。

ちなみに料理は王都の最高峰シェフに負けないほどとか、一回は食べてみればよかった。


「うーん、やっぱり外の解放感はサイコー!狭い部屋じゃ体も動かせないもんね。……それで何処に行くんですか?行き先の(あて)とかあったり?」


「とりあえず城から離れようと思ってます」


宛はないがとにかく離れる。

人探しなら冒険者ギルドだが魔王の手が介入していない保証はできない。

また夜ということでリーシアやテルネアの仲間が活動しているかも定かではない。

追手が来るかもしれないことも考慮すれば、なるべく遠くかつ街の中で比較的人目が少ないところに行きたいところだ。


金があるのなら宿で一晩すごすくらいの贅沢はできた。

しかし所持金は馬車の上。物を金に換えるとしても剣を魔王城に置いてきてしまった反面、護身の手段を失いたくない。

崩牙と王鱗剣(スネークソード)を手放すのは本当に!したくないけど背に腹は代えられない。ごめんなさい、ランガルさんとラリアス様。あと知られたらカニスに殺されそうだな。


僕もテルネアも一文無し。

なら利用できる宿はひとつ──野宿しかない。





魔都(まと)リコス郊外。

そこは充実した都心と異なり廃墟が立ち並ぶ廃街。

だが人の気配はない。人為的な破壊の跡は古び、経年劣化と合わさり形を保っている建物の方が少ない。

都心をぐるっと周るように進んだ先にはあったのは丁度良い隠れ(みの)


「どこで一夜を超しましょうか。崩れそうなのばっか、朝起きたら屋根の下敷きとか嫌ですよ」


テルネアの適応力は半端ではない。

先程までは「ええー野宿う?ならわたしはお城に戻っていいですか?パートナー(ムート)もいないですし、まだ免除されますよね?」と言っていたのに。

今は元気よく寝床を探している。

こういうところは是非とも見習いたい。


魔王城の一室を我が物顔で寛ぐ鋼のハート。

裏を返せば何事にも物怖(ものおじ)じしない精神力の持ち主だという事。

ハートが強いと諦めが悪い。戦闘だとそういう相手は下手な強者よりも厄介。

一発逆転が起こりえるかもしれないからだ。


「屋根は地魔法で補強すればいいでしょう。ちょっとした壁や屋根くらいなら作れますし」


「えムート天才?」


よせよせ、僕なんかよりも優れた天才は沢山いる。

あまり僕を(おだ)てるな。僕は調子に乗るぞ。調子に乗るといいことないからさ。


「いえ、僕なんててんで駄目ですよ。僕の仲間なら家の補修くらいできますよ」


隙あらばリーシア語り。隙を与えたテルネアが悪い。

なにより僕が調子に乗らないようにする調整だ。

僕よりも凄い人の例を出して、ムートって凄くないんだと思わせる。

お褒めの言葉は嬉しいけど、言われすぎると鼻を高くしてしまいそうだからね。


あと普通にリーシアの自慢したい。

天使(マイエンジェル)は可愛くて最強だって認知してほしい。

だって本当だからだ!本当のこと言ってないが悪いんだ!


まあその結果、『熾天』という異名がついてリーシアは迷惑しているのだが。


「リーシアさん、でしたよね。いい仲間もってて羨ましいなあ。あ、なんだったらわたしもムートの旅に着いていこっかなあ。その方が絶対に楽しいし、わたしも()できるよね」


おっふ。思わずドキッとしてしまう笑顔が夜闇でもはっきりしていた。

乱されそうだ。

だが、テルネアが想像するような生温い道ではない。

数多の困難に突き当たる。

楽なんて言葉は易々とつかえない。

例えドキドキしても、一途な僕は(なび)かないからな。


しかしこの笑顔を消すのも、なんかな。もう少し見ていたい。

優しく否定しよう。それで納得いかないのなら要検討ということでパーティメンバーと相談だ。


「そんなに楽な旅ではないですよ。わけもわからない奴にも狙われたりしますし」



「……それならわたしと同じですね」


嗚咽を吐き出すような、物悲しい呟き。


「厄介だからって、命を狙われる。逃げても逃げても狙われる。わたしが何したっていうんですかね。ただ生きてて、ちょっと他人よりも優れた点があったら邪魔だから殺す。本当に最悪ですよね」


すると、テルネアの眼が輝く。

宝石のような美しさは元からだが、今はもっと鮮明に。


「『審判の魔眼』。真偽を見定め、偽りならば相手に真実を強制する魔眼です。ほんと、これ(魔眼)のせいで苦労しました。わたしの前では嘘がつけない、嘘をついても発言を真に捻じ曲げちゃうんです」


テルネアに嘘はつけない。

どんな言葉を出そうとも、口は真実を語ってしまう。


強力な魔眼だ。

狙われる理由もわかる。

『審判の魔眼』はあらゆる場面で使える。

日常から戦闘、商談などの交渉。はてには権力争い。


真実しか話せない。

噓八百が立ち並ぶ泥沼の政界にはうってつけと言える力。

おそらくテルネアは、貴族など上流階級の人間。敵対する者からすると大敵。

わざわざ乖離大陸まで逃げなればならないほど追われるのも必至。


「優しい嘘ですら耳にできない、これってすっごく辛いんですよ。本当の黒い内面を知り続けた。そんな女の子がただしく従順に育つとか思ってるんですよ、本心で。なわけないじゃん、馬鹿で汚い人ばっかり」


自暴自棄気味な慟哭(どうこく)

何故、僕にここまで語るのかわからない。

誰でもよくて吐き捨てたかっただけなのか……


「……でも、ムートは嘘をつかなかった、一切です。そんな相手はじめてなんですよ」


嘘をつかなかった?僕が?

いや、そんなことは、ないと思う。

男なんて見え張ってなんぼの生き物だ。

何度かかっこつけて大丈夫と嘘をついたと思う。会話でも小さな嘘はあった、確実に。

人間なんてどれほど誠実な人でも多少の嘘はあってしまう。


テルネアは勘違いに救われている。

真実しか言っていないのではない。

魔眼殺しが真実を隠しているだけ。

本当の僕なんてテルネアが忌み嫌う者と同じ噓つきだ。


真実を話すべきなのか。

それとも隠し通すべきなのか。


「同年代で、嘘をつかなくて、顔もいい!惹かれちゃいますよこんなの!でもムートが辛いという真実は解っています。無意味なお荷物なんていらないでしょうし、立場を弁えて辞退します」


嘘をついてでも、多少の幸せを──感じてもいいんじゃないか。



「テルネアさん……僕はまだ11歳ですよ」


テルネアの顔色が笑いから驚きに変わる。

星のような輝きが失われたが、これは絶対に嘘をついては駄目だろう。


「本気!?」


「本気です」


「うわ、本当だ、嘘ついてない。ええ……6歳も年下なんだ。その割には、わたしよりも大人びてない?」


「色々と苦労したので」


「これも本当。ムートってわたしよりも辛い立場なのでは?わたしの不幸話とか鼻で笑ってたのでは……うん、すっごく恥ずかしい!」


「あの話を鼻で笑えるなら、その人は人の心が……」



──黒に紛れる一閃。


殺気は極限まで隠されていた。

警告する間もない、テルネアを抱き寄せ2人の体重に身を任せた結果、尻餅をつきながらも躱せた。


人体など容易に切り裂くであろう黒塗りの長剣。

闇に溶け込むには大きすぎる気もするが、黒色の鋼は闇夜を彩そのもの。常人には空を掲げているように見えるだろう。

そんな性質を持った鉱石の種類は絞られる。

暗鉄鋼。

光を完全に吸収する性質があり、闇の中では視認することが不可能な黒さ。

古代から暗器に加工され暗殺に用いられることが多い。


「……当たると確信があったのですが、まさか躱されるとは」


声に籠る熱は皆無だ。代わりに夜のような冷たさがある。

全身を黒で包んだ装束、ベールの様に伸ばされた黒髪、黒と黒でありながら洩れた素肌は日光を知らない白さ。

闇にありながら、月を連想させる──夜の擬人と言いたくなる麗人(れいじん)は温度のない刃を突き立てる。


その人影を視認したテルネアは僕の腕の中で震え上がる__


「なん、で……ここまで……」


「殺し屋は正確さが命。殺しを紛うことはない、獲物は必ず仕留める。殺し屋に許される失敗はひとつだけ──己の死、だけ」


恐怖に震える彼女の声から、この女がテルネアを狙っていた暗殺者だとわからされる。

向けられる刃は月明りすら寄せ付けない。

しかし、目で見えない黒の下には確かに殺気が隠されている。

腕利きだ。


女の黒い瞳が僕を視る。赤い唇を舌で半円を描くように舐める。

寒気がする。視られている箇所を舐められているような幻覚に襲われる。

まるで蛇の威圧。だが蛇の威圧ならもっと凄いのを知っている。

山岳が如き蛇眼の恐ろしさを──


「……鍛えられた身体。その歳で、そこまでの物を揃えるのは、相当な努力をしたでしょう。人の努力を踏みにじるのは好きではないのですが、庇うというのなら仕方ないですね。──次の生は私に狙われないよう祈りなさい」



眼の中が漆黒に染まる──それが、合図だった。

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