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第45話 乖離大陸へのみちじ

聖皇歴517年月──冬季。



ガルシアの大森林を抜けて港町ナテンに到着した。

何もない順路であった。

1度通った道だからな、知っている分は苦労しない。


しかし2人旅というのは新鮮で少し戸惑った。

なんだかんだリーシアとの2人旅は初めてだ。

冒険者生活は常に3人以上であったからな。もう初心者を卒業した僕たちは1人前だ。

2人でも何とかなった。


それに2人だと人目を気にしなくていい。

うーん、最高だ。

2人旅ってこんなにいいものなんだな。苦労に見合った対価がある。

実に有意義な旅であった。


ナテンから乖離大陸行きへの船はあと1週間ほどで出航するという。

時機はバッチリ。こういう何気ない運の良さは我ながら褒められて良いだろう。


路銀には余裕がある。

船代を払って、1週間を適当に時間をつぶす。

まずは勉強だ。


魔神語は古世語とはまた違った発音で、意外と難しかった。

しかしそこは魔族であるリーシアの助けもあり何とか日常会話ができる程度には治められた。

魔族の言葉だから、リーシアは発音しやそうだ。

というか耳に馴染んでいるのか簡単に覚えてしまった。魔神語の練習をしていれば彼女の故郷もわかったのかもな……ヒントはあったのにちゃんと調べてこなかった僕の怠慢だ。



1週間という時間は何かするには十分すぎる時間だ。

南方文化に堪能できる。


まず言おう、南方は食が美味い。

衣食住、眠性食。何処を見ても食がある。人間に食とは切っで切り離せない物だ。

食事では栄養も重要視されるがやはり1番の醍醐味は味だろう。


料理の味とは人類が積み重ねた文化の極み。

何代にも受け継がれ、研鑽を重ねる形は人類の歴史そのものと言っても過言ではない。


南方大陸でまず目を引いたのは、アゲモノという食文化だ。

お肉などに小麦粉や卵に麵麭(パン)の粉と言った物をつけて、高温の油で加熱した食べ物である。

屋台から漂う香ばしい匂いにハマってしまった僕たちは買わざるを得ず、露店で買い食いをした。


カリッとしているのに中はジュワッと。

計算され尽くした味というのだろう、丁度良い塩梅によって叩き出された旨味だ。

これが露店で買えるという事実に驚いたね。値段は560ゴルとややお高め。

まあ肉のみならず様々な材料を要し、高価な油を使用するのだからこの値段は頷けるな。


リーシアは値段と共に女性的な体型問題を気にして、2度目は遠慮していた。

料理工程は見えたが油へも豪快につけていたからな相当お腹に来るだろうな。


まあそういは言っても旨味に勝てるほど人は抑制できる生き物ではない。

別の露店で売っていたアゲモノを作る際に油の中に残ったアゲカスというツマミを購入した。

肉と違い味はないに等しいがカリッとした食感は似ている。ツマミとして売りに出されている理由も分かる。きっと酒の肴にしたら美味いんだろう。

可能性は感じられる物であった。


味付けをしたら多少なりとも変わるのではないか、という事で万能調味料の代名詞となりつつある醤油につけて食べてみました。

するとあら不思議、かなりいけるのです。

リーシア先生曰く、下味としてつけると濃ゆ味になって美味しくなるのではと仰っていた。今度試してみようと思う。

不満があるとするなら醤油が底をつきそうな事くらい。豆が、豆が足りないんだ。

豆を買い溜めしておくんだったと後悔する日が来るとは思わなんだ。

備えあれば憂いなし、実感しました。


リーシアはガッツリとしたアゲモノよりも果実類に気を取られていた。

南方大陸は果実の生産も多い。

新鮮な状態でお届けされ、買ってすぐに食せるという話だ。でも水洗いはするべきじゃないかな。


中でもリーシアの目を引いたのは果物を扱った菓子だ。甘味だ。

リーシアも女の子、甘い物に気を取られるのは当然の理。

別腹という言葉を言い訳にして食べて食べて食べまくる。アゲモノは太るという理由で避けたとは思えなかったが僕は口に出さない。

女の子はこういう生き物だからだ。

否定じゃなくて肯定してほしいんだ。僕は頷くだけの存在になるべきである。


まあ南方の甘味は美味しかった。仕方ないね。


聞く話によると乖離大陸の食は味、見栄え、栄養素をかなぐり捨てた食えるものは何でも食うのスタンスらしい。

主食が魔物なんて言われる事もある。

美味しい食事は当分食べられないかもしれない。食い納めだと思って沢山食べようと思う。



1週間の間に冒険者ギルドにも寄った。

依頼を受けるわけではなく、ミッテルをパーティから離脱させるためだ。

別れたパーティメンバーをずっとパーティ欄に入れてしまっては依頼が受けられない。

ちゃっちゃと手続きを終わらせて、レッドウルフは正式に2人パーティとなった。

パーティメンバーが減るというのは寂しいな。


悲しいことだけじゃない、レッドウルフはいつの間にかCランクに昇級しようとしていた。

初心者期間が終わってから随分と早くランクが上がるものだ。成果に応じてランクは随時上がる。

次はBランクか。

やっとここまで来たぞ。目指せSランク冒険者。


あとは乖離大陸の地図なんか売ってるかと探してみたが、めぼしい物は見当たらなかった。

そういうのは現地でしか売ってなさそうだ。

魔界と比喩される場所だから情報が欲しかった。何とかなるとは思うけど、万策は用意しておいた方が良いだろう。


情報屋を使ってもいいが金がない。

船代でまあまあ消費した。これ以上の出費はいただけない。

無銭無料のアルフィリム様に聞いておけばよかった。

後悔したとしても遅すぎる。


どうせ乖離大陸に入りは港町だ。

そこで地図なり土地の情報なりを集めればいい。





そんなこんなで1週間はあっという間に過ぎた。

船は西方から南方に向かうために僕たちが乗った物とは違った。

あまり大きくない。

貨物線と言うには小さい。人を乗せる事に特化したような船だ。

まあサイズはそこまで気にしない。安全な旅路ができるのならそれで良いのだ。


例の如く魚人族(マーマン)の護衛が優秀なせいで冒険者の出番なんてものはない。

船旅に稼ぎなし、ただただ楽な旅ができる。

用意された楽は使うべきだ。

(くつろ)がさせてもらう。


「海って綺麗だよね」


君の方が綺麗だよ、なんてキザったらしい台詞を言うつもりはない。

言わなくても伝わるからだ。


甲板で目を輝かせ、雄大な海を視るリーシア。

リーシアはまた船に乗ってみたいと言っていたからな。

楽しそうだ。

リーシアが喜ぶと僕も喜べる。


何だがリーシアの顔色がいい気がするぞ。

気のせいではない。

だって今から故郷に帰れるのだから嬉しいに決まってる。


リーシアの故郷か。

メルアストラン……どういった種族なんだろうか。

妖精族(エルフ)のように耳が長いのは確かだ。リーシアがそうだし、アルフィリム様は『魔神』が生み出した妖精族(エルフ)と言っていた。

外見特徴が似ていて当然だ。


しかしどうしたものか……リーシアのご両親になんて説明しよう。

急に娘が帰ってきたら男を連れて来た。

うーん、ここは伝統的なお義父さん娘さんをくださいとでも言ってみるかな。

どうなるか検討もつかない、いやここはいっそ聞いてみるか。


「ねえ、リーシア。リーシアの親ってどんな人?」


「どんな人、か。優しいよ?」


優しいか。

娘には優しいかもしれない。

知らない男が来たら、顔を真っ赤にして殺しにかかってくるかもしれない。

て、なんで僕はリーシアのお義父さんにこんな想像してるんだ。でもリーシアって怒ったら怖いし、あの怖さは親から引き継いでるかもしれない。

両親のどちらかが激怒して僕を受け入れない事も無きにしも非ず。


「本当に?うちの娘は誰にもやらん!娘が欲しければ俺を越えろ!なんて言ってこない?」


「そんなこと言わないと思うよ」


でもやっぱり娘って可愛いものじゃん。

いざ目の前にすると僕みたいななよっちい男子は受け入れられないんじゃなかろうか。

面が良ければなあ。印象も良くなるんだろうな。


今のうちに人の良い笑顔を研究しておくか。

ランガルさん宅で修行した営業スマイルで信用を勝ち取ってみせる。


「それにそんな事を言っても、わたしはムートの事が大好きだよ」


「リーシア……」


最高です。

お義父さん、本当に貰っても良いでしょうか?

僕は貴方を越えて、リーシアを勝ち取ります。


周りの視線が少し刺さる。

人目がつくところでイチャイチャするんだ、突き落とされかねないぞ。

でも、そこまで人はいないんだよな。


乖離大陸行きの船だから人が少ないのは当然だ。

誰もあんなところに行きたくはない。

冒険好きの僕でも好き好んで行くような場所ではない。それでもリーシアの故郷に行くために、全ての危険を排除する。


絶対に、リーシアは故郷に帰してやるんだ。

それが3年前から変わらぬひとつの目標なのだから。





3日が経った頃だろうか、海の景色に変化が現れた。


簡単に言うと綺麗だった海が濁り出したのだ。

通称──間海と呼ばれる乖離大陸ならではの海模様である。

濁っているが魚人族(マーマン)は平気そうに泳いでいる。なんなら気持ちよさそうだ。

泳ぐ分には何の心配もないという話ではあった。


魔海と呼ばれる由縁はやはり魔物の多さと脅威度だ。

EやDなんて出てこない。Cランク以上の魔物が群れをなして襲ってくる。

普通なら強敵だ。

Cランクと言えど群れならば危険度は上がる。

更には海中という事もあり動きを制限される。

相手をするには苦労する。


しかしそこは魚人族(マーマン)

乖離大陸のイカれた生態系にも打ち勝つ。

海は彼らの縄張り。海中最強種族は伊達ではないのだ。


魔海の致命的な問題点は、リーシアが海をあまり見なくなった事だろう。

濁った海と透き通った海。どちらがいいかは一目瞭然。

リーシアの笑顔が減った事が悔やまれるばかりだ。





5日目、昼の陽が頂点を通り過ぎた頃……


……2度目の航路に何もなし。

2度目というのは何もないのがお決まりだ。

物足りなさはあるものの、早く行けるのならそれはそれで良し。



おかげで、大陸が見えてきた。



()()()()


3代目『魔神』レグヌが古に分かたれた魔界より土地の一部を人界に招き入れたという逸話を持つ大陸。

そして500年前の魔神大戦では『魔神エオルゼア』が万軍を率いていた魔族の領地。

それらが影響し、現在でも魔族の土地として四大陸とは別に固有の大陸として数えられる地。


遠くから見える大陸に緑はない。

あるのは赤黄色の荒野と黒い岩石の山。

痩せこけた大地は栄えを見させてはくれない。

人大陸ならざる変遷(へんせん)された世界。


道を往くだけでも一苦労……否、道など生易しいものはない。

作ろうものなら蹂躙され、廃と化す。

示された道はなく、広大な大地に顕れた山岳は行く手を阻む。


天然自然の障碍のみならず、魔の存在による脅威もある。

『魔神』の生命力(オーラ)が濃い乖離大陸の魔物は強い。

上位の強者でも自殺行為と喩えられるほどだ。

Bランクは当たり前。Aなんて探せば何処にでもいる。

船から見えたが、大地を闊歩する20m越えの巨大蜥蜴(トカゲ)なんて竜かと思った。

そんな蜥蜴(トカゲ)が5mサイズの子分を連れていたのは衝撃的であった。

あんのがわんさかいるとなると気が気ではない。


乖離大陸も攻略できるくらい強いと自負するが、それはそうと長い旅になる予感がある。



恐らく苦難の連続だろう。

今まで以上に苦しい旅になるに違いない。

頼れる仲間はおらず、2人旅は過酷を呼ぶ。


それでも道を選んだのは、誰であろう僕……そしてリーシアだ。

選んだ道だけは踏み外してはならない。

自分自身の選択を偽りにして、これまでの覚悟を終わらせてしまうからだ。


僕たちの旅は続く……進み続け、終着点を目ざし続けるだけ。



そして、人界と根本から縁遠い大陸……

乖離大陸に足を踏み入れた。

第3章〜完〜

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