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第39話 獣族生活・怒涛の3週間目

聖皇歴517年──秋季。



与えられた猶予は1週間。

1週間以内にラリアス様が納得する力をつけなければ、恐らく殺される。

本気で斬る。

本気で斬ると言っていたが、死なない程度に済ませてくれる可能性も……なくはない。

万に一つ、やっぱりムートは殺せないとなる事を願いながら1週間で答えを得る方向に舵を切る。


「どうやったら、ラリアス様が納得してくれるかな。1週間以内に納得させられないと多分死ぬよね?」


「そうかな?獣神様はムートの事が気に入ってるみたいだし、殺したりはしないんじゃない。半殺しはあるかもしれないけど」


リーシアから見ても半殺しはあるのか。

そうだよな。ラリアス様は発言を簡単に曲げたりはしない。

本気で斬ると言えばそれは本気中の本気。山なんか斬ってしまう斬撃を落としてきそうだ。


万に一つは期待しない方が良さそうだ。


どうしたものかと頭を悩ませていた……



まさにその時、獣神の里に事件が起きた。





僕たちが帰るために里を歩いていた時、横目で広場的な場所が見えた。

民家はなく本当に広場という言葉が似合い、正面には木と木が枝を曲げ合い門のような形を作られていた。

そういえば来る時もここを通った気がする。もしかしたら里の入口なのかもしれない。


あの門を潜れば外か……出ようとしたらどうなるんだろう。

見つかって里に逆戻りかな。


見たところ警備員代わりの戦士なんかはいない。

容易に脱出できそうだ。

もちろん、逃げたりなんかしない。

かっこ悪いし、こんな機会は二度とない。まあ本当に死にそうになったら逃げるかもしれないけど、今のところは逃げる気はない。

真正面から立ち向かうつもりだ。


本当にさっと横目で見ただけ。

特に注目もせず通り過ぎようとした時……横からマントを引っ張られた。


「ムート、あれ見て」


天使(マイエンジェル)に導かれ、どれどれと目を向ける。

まず目に入ったのが広場で遊ぶ子供の獣族(ライカン)だ。まるで子犬。立派に生え揃っていない毛並みを靡かせ、みんなで遊ぶ姿は見ているだけで癒される。

いいなあ、子供の獣族(ライカン)。素直に抱きつきたいです。


と、リーシアが見せたかったのはこれなのかと早とちりしかけたが、何を見せたかったのか分かった。


自然と出来た門の傍らで倒れている人影……ならぬ獣影!

子供はともかく何故親御さんは気づかないのか……そういえば大人はいない。

不用心な、可愛い子供が攫われても良いのだろうか。


じゃない、今は倒れている人の救助だ。

レッドウルフは一日一善、出来れば十善。

正しい行いは見逃さない。それで人の命を助けられるのなら以上はない。


獣族(ライカン)の動きを真似した物を利用した立体的移動法ですぐに駆け寄り、安否を確認する。

しかし傍まで来て漂ってくる獣臭さに混じった、()()()

最悪の問題が頭をよぎる。

そんな想定は頭を振ってかき消す。

本当にそうとは限らないからだ。


「大丈夫で、す……か……」


声は徐々に弱くなっていった。

息はしている。荒いが息遣いはしっかりとある。

だがこの獣族(ライカン)の症状は生きているか生きていないかなど関係ない。

どちらも()()なのだ。


「腐敗病……」


それ以外の可能性がない症状の現れからするりと出てくる病名。

世界に蔓延る最悪の病魔に、肌のみならず毛を犯され茶色く変色した犬耳(スキロス)獣族(ライカン)



()()()

全世界に蔓延る最悪の病気。感染したものは肌が腐り、いつしか体の内側すら腐敗し命を落とす。

病原菌を死滅するには聖位の解毒魔法を要するため、ほぼ不治の病とされている。


腐敗病の恐ろしいところはそれのみならず、爆発的な感染力にもある。

肉が腐り落ちた際に発する臭いにも病原菌があり、風に乗って伝染する。


僕もアウトかもしれない。

今更遅いが、マントを取って服で口と鼻を覆う。

症状を確認するため屈んでなるべく目を近づける。


狼牙族(リュコス)に似ているが犬耳族(スキロス)だ。

狼と犬、似ていて当然。でもこっち(スキロス)の方が可愛い。非常に人懐っこそうな顔だ。

それも腐敗病のせいで失われているが。


状況的には犬耳族(スキロス)の里が腐敗病が蔓延っていると思っていい。

それで獣神様を頼って獣神の里に何とか辿り着いたところで力尽きた。

まあ大体こんな感じだろう。

腐敗病と判明したので感染する前に里を追い出された可能性もあるか……。


解毒魔法をつかうが、下位で太刀打ちできるものなど花粉症くらいだ。あると便利だけど本格的な病気を治せるほど強力ではない。


「はあ、はあ……本当に速いよね、ムートって……」


「これでも剣士だからね。口と鼻を布か何かで覆って、今すぐに」


少し息を切らしながらもリーシアが到着した。

感染症予防のため口と鼻を覆い、帰ったら手洗いうがいを徹底させる。

僕はいいけど、リーシアの肌が腐るなんて絶対に駄目だ。いや、僕もかからないように対策は徹底するつもりだ。

一応超高温でなら病原菌を焼き尽くせる。何かあったら火魔法に潜りながら治癒魔法を連続してかければ……地獄の苦しみを味わうが腐敗病を何とかできる。

一般的な対策法としてはこちらを推奨されている。血も涙もないが、聖位の治癒魔法なんてできるものがこの世に何人いるかという話だ。


近づいてきたリーシアもすぐに察したのか、表情が固くなる。

腐敗病は誰でも知っている恐ろしい病気だ。その危険性はリーシアもわかっていた。


「一応解毒魔法は使うけど、わたしのじゃ効かないと思うよ」


僕の返事を聞かずにリーシアは上位の解毒魔法を使った。

効かないからやらない、にはならない。効かなくてもやる。

炎に潜らせるよりも解毒魔法で治せるなら幾分もマシだ。


緊張した面持ちのリーシアをただ見ることしか出来ない。

ここでちょっとでも治癒魔法を掛けれるのができる気遣いなんだろうな。それにパッと思いつかない僕はまだまだだ。


魔法の手を止める彼女の顔は綻ばない。

成果はなかった……何も出来なかったリーシアは暗い顔で俯いた。

彼女のせいではない、精一杯やって、それでも無理なことなんていくらでもある。気に止む必要はないと肩に手を置いて、少しでも慰める。


「ありがとう、リーシア。とりあえずラリアス様を呼んでくれ。もしかしたら何か方法があるかもしれない」


僕の言葉でリーシアの目に力が篭もる。自分が出来る事を精一杯しようという顔つきに変化した。


「そうだね。……わかった!」


よし、いつものかっこいいリーシアだ。


「ラリアス様なら、もしかしたら聖位の解毒魔法を使える人を知っているかもしれない」


「獣神様ならきっと……ん?聖位の解毒魔法だよね?」


リーシアが疑問から首を傾げた。


「なら、ミッテルが使えるんじゃない?」


「あ……」


瞬間。僕の脳裏に緑髪で中性的なよく知った顔が映った。

誰であろう、ミッテル・二ニア・カードナーさんだ。

彼は治癒と解毒を合わせ使える最上位治癒術師でもある。

治癒魔法は最上位、そして解毒魔法は()()

解毒魔法の存在が薄いから忘れていたが、彼は聖位の解毒魔法が使えるのだ!


「リーシア!すぐにミッテルを連れてきてくれ!その後にラリアス様に報告を」


両者の顔が一斉に綻び、リーシアはきゅっと表情を整えてミッテルが居るであろう方向に駆け出して行った。


僕もできることは少ないが、応急処置くらいはやる。

あとはこの広場にいる獣族(ライカン)たちを遠ざけること。

やる事が多い、忙しい日になりそうだ。





腐敗病が発見されてから3日が経過した。



結論から言おう。

犬耳(スキロス)獣族(ライカン)は一命を取り留めた。

まだ茶色く変色した肌は戻っていないが、こちらは腐っただけなのでいずれ治る。

ミッテルが聖位の解毒魔法を持っていてよかった。

これで腐敗病の脅威は去った。


「いえ。腐敗病はそう簡単に死滅しません。解毒魔法で取り除いたとしても、僅かな漏れから繁殖する可能性もあります。完治より1ヶ月は潜伏期間として要観察しなければなりません」


ミッテルが頼もしい限りだ。

犬耳族(スキロス)獣族(ライカン)はとりあえず空き家で寝かせている。

ラリアス様の計らいによって。


ラリアス様の指示の元、犬耳族(スキロス)とその周辺にある部族の里を巡るようリュカスさんが派遣された。

腐敗病がどれほど伝染しているのかを調べるために、彼は感染するリスクを恐れずただ1人で突き進んだ。

戦士長の名に恥じぬ男だ。


なんでもこういう事は1度や2度ではないとの事。

腐敗病自体は何回も経験しているので、迅速に対応ができた。

腐敗病も全世界で見られる流行病。

その度に大森林全ての部族を見て回り、感染した者を治していたようだ。


誰が?治していたのか……その人こそ、僕の目的の人物であった。


全知全能のアルフィリム。

ラリアス様が頼り、1日で腐敗病を解決した伝説の賢人。


とはいえ彼に頼るのは完全な貸しを作ってしまい何を要求されるか分からないので、ラリアス様的には頼りたくない相手のようだ。

100年後になって貸しを掘り返して無理難題を要求してくるらしい。金融業者もびっくりの根の深さを見せつけてくれるようだ。


意外と嫌な人、なのかもしれない。

会う時は身構えておこう。


獣族(ライカン)の迅速な対応をもって、腐敗病は大森林から消えるだろう。

そう思っていたが、自体はまだまだ深刻らしい。


病原が発見されたのなら、その根元を叩く他ない。

そうしなければ被害が増す、とラリアス様は戦士を森中に解き放った。

病気を根絶すると言っているが、剣で病は倒せない。どこかの物語で見た武道家も心臓の病気でやられかけていた。

どれだけ強い戦士でも病魔には勝てないのだ。


それをラリアス様は倒すと仰っている。

無謀なのか勇敢なのか、しかし無策にも思えない不思議さがある。

一体何がしたいのか……


「獣神様は鼠を叩くおつもりなのでしょう」


不思議がっていた僕にミッテルはそう言った。


「鼠を叩くって……?」


「廃鼠はご存知ですか?」


「灰鼠?」


「廃鼠です、灰ではなく廃です」


灰鼠は知っている。

世界中に何処にでも現れるその名の通り灰色の鼠だ。

特段強さもなくて小さく逃げ足が早いのであまり狩らないEランク相当の魔物だ。


「灰鼠はよくある間違いです、そいつ(灰鼠)は十二屍獣ですよ」


しかしミッテルは何気ない顔で否定しながら、とんでもない事を言い出した。



十二屍獣・廃鼠。

鼠の冠を持ちし、病魔の源。奴らは腐敗の呪いを内包しており、それを他者に擦り付ける。

それが腐敗病である。


戦闘能力は十二屍獣最弱と言っていい。

実際にEランクの魔物と誤認されているほど弱い。なんなら子供でも踏み潰しで倒せるほどだ。

しかしその実態はEランクの魔物・灰鼠とは程遠い、SSS(ダブルオーバー)ランクの魔物だ。


廃鼠の恐ろしさは、莫大な繁殖力と無差別な腐敗の呪い。


まずもって腐敗病が強力かつ感染力が強い病気であり、世界全土で病魔に蝕まれている人が絶えない死病だ。

廃鼠に触れるだけで感染するし、廃鼠が通った場所には菌が残る。

聖位の解毒魔法か高温の炎でしか消しえない病の元。


そして腐敗病をさらに凶悪にするのが、繁殖能力にある。

全世界に腐敗病が流行っているのだから、その数も尋常ではないのは確かだ。

それを支える要因は……


()()()()

1個体で完結した生殖能力。

単独で新たな生命を生み出す行為。

廃鼠が1匹でも存在すれば、そこから新たな廃鼠が産まれるのだ。

更に凶悪なのはその頻度。

1匹の個体が1日で産む廃鼠の数は1万にも及ぶ。


1匹の廃鼠から1万匹の廃鼠の出産風景…………想像するだけで鳥肌が立つ。


幸いなのは、多くの廃鼠が自身の呪いで自滅する事だ。

死体は10分ほどでなくなるのでそこらが1面鼠にはならない。

だが、ここがまた厄介。


廃鼠の死骸はもちろん腐敗病の菌を放っている。

あらゆる生き物を腐食させる疾病──腐敗病。

あらゆる生き物とは言ったが、例外はある。

唯一腐敗病に掛からない存在は廃鼠と同じ、魔物だ。


10分という限られた時間で魔物が廃鼠の死骸を食べた時……魔物は凶悪化する。

十二屍獣の呪いを受けた魔物はその脅威を大幅に上昇させ、EランクならCランクにCランクならAランクにする。

以前に腐敗病が流行った際は凶暴化した魔物によって獣族(ライカン)は大打撃を受けた。

ラリアス様としては早急に潜り込んだ廃鼠を始末したいのだろう、とミッテルは語ってくれた。


蛇の次は鼠。

次々と十二屍獣が……いや、廃鼠自体は何回か遭遇していた。

遭遇していたが無視していただけだ。


十二屍獣についてちゃんと調べていた方が良さそう。

どこにどんな形で脅威が潜んでいるかなんて誰にも分からない。

知識も力のひとつ。

敵になり得るものを洗い出して対策するのもまた力の在り方だ。


それが出来なければ唐突に訪れる厄災に押し潰されるだけだ。

守れるものも守れはしない。


案外ラリアス様が求めている答えは知恵だったりしてな。

……………ないな。ラリアス様はそんな知性派ではない。

ラリアス様との特訓は継続してある。僕の死へのタイムリミットも近づいているのだ。





腐敗病が発生してから4日目の事。

リュカスさんが家に突撃してきた。

突撃と言っても急いで来ただけで、戦闘態勢だとかそういうのではない。


ガルシアの大森林に住む部族の調査が終わり、ここに用事があったので来ただけだ。


「ムート殿。ミッテル殿を同行させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


ミッテルの同行。

当然と言えば当然。

腐敗病を唯一治せるのがミッテルだからな。

そしてミッテルはその手の話は断らない。


「了解しました、リュカス殿。聖イリアの名を持って呪われし魂を解放いたしましょう」


ここ最近……ミッテルが本当に大きな存在に見える。

見えるではない、本当に大きい。

何でもこなせる万能超人。

色々と彼に頼りっぱなしになってしまっている節がある。

今回も彼がいたおかげで何とか治まっている。

僕は何も出来ていない。


「迷える子羊そのもののような表情をしていますがどうさしましたか?」


ミッテルから指摘されたがどんな表情だ。

僕の想像ではプルプルと足が震えた耳が垂れた羊が思い浮かんだ。

そんな表情してるかなあ。


「そんな時はリーシアを頼るとよろしい。彼女は貴方にとっての癒しですからね」


「む、ムート殿とリーシア殿はそのような関係であったのか」


そのような関係ではないんだけどな。

清く正しい関係だとも。決して不純はない。


「ええ。一生を共にすると誓い合った身のようです」


「その歳でそこまで?……いや、確かに、発情の臭いがあった、ような……勘違いではなかった……?」


何だか冤罪をかけられている気がする。

リュカスさんも面白いもの、ランガルさんと同じ事を言うのだな。

ルシアン一族はそこらへん敏感なのかもしれない。


でもベランは何も言わないぞ。ルシアンなのに。

やはりそんな臭いしていない……と胸を張れるかは微妙だ。

ベランの事だ、気を使っていたのかもしれない。ベランなら充分有り得る話である。


まあ僕も十分な歳だからちょっとそういう事もあるんだよ。

仕方ない。生理現象。旅はご無沙汰になるものです。

え、何で知ってるかって?あっち系のは英雄譚で見た事あるからな。

昔の書物は今のと比べて過激である。


「誰かわたしのこと呼んだ?」


とんでもないタイミングで奥の部屋から出てきた天使(マイエンジェル)!?


「む……この臭いは……」


してねえよ!

してねえよ?

してないよね?


獣族(ライカン)の鼻は恐ろしい。

それを再確認させてくれるいい機会だった。


「では、おふたりとも今晩は楽しんでくださいね」


それをニヤニヤ顔で煽る聖職者の恥。似非神父。

ミッテルは優秀だが、たまに無性に殴りたくなる。

一言でウザイ。





腐敗病発見から5日目。


腐敗病が出たからとラリアス様が動くことはない。

基本的にずっと座っている。

徹底した神様の姿勢だ。

獣の長ではあるが過干渉すること無く、基本は傍観に徹している。


それもあり暇なのだろう。

訓練は変わらず毎日する。

森が大変だと言うのに、ラリアス様は「やらないわけがない」と訓練を続行した。



ラリアス様に小細工は通用しない。

真正面から行く。

振りかざされる強靭……魔剣・白牙を体を反ることで回避し、足払いで体勢を崩さんとする。


獣神の不動を崩す事は出来ず、足は毛の力によって止まる。


直後に降ってくる雷霆のような袈裟斬りを間一髪でサイドに移動し外しながら、腕に『闘気』を纏わせる。

手刀。

刃のように鋭くされた闘気は刃物同然の鋭さを発揮するのだが……またも毛によって止まる。


一旦態勢を立て直さんと下がりを選択した……瞬間、峰の刃が総身に降りかかり、勢いよく吹き飛ばされた。


お決まりとなった締めの一撃。

受け身をとることが出来ず、吹き飛ばされた僕を掴んだのは風のクッション。

リーシアも慣れて、僕が吹っ飛んだところに緩急材を用意する準備をずっとしていた。


治癒魔法で治してもらい、動ける程度に回復したら、ラリアス様に頭を下げる。


「今日もありがとうございました」


「ああ、よくやった。2日後が楽しみだ」


僕は全然楽しくないんだけど。

苦笑いを隠しながら、神の間を後にした。





帰ってもミッテルもベランもいない。

ミッテルは早々帰ってこれないし、ベランも戦士としての義務を果たしている。

だから必然的にほぼリーシアと2人きりなのだ。


何もないわけもなくもなく……何もないのだ。

強いて言うなら、普段よりも近くにいる割合が多い。

人目を気にせず、撫でたりぎゅっとしたり、いつもする事が多いくらい。

特別な事なんてない。


まあこんな緊急事態に手を出す奴なんて、そうそう居ない。


まあベッドで添い寝くらいならありよりのあり。

寂しそうに一緒に寝よと言えば、なあなあと了承してくれる。

お姉ちゃん風を吹かせて。

確かに歳上になる時はあるけど、同い歳の時もあるから歳上ではないんだが、まあリーシアが良いなら良いし僕も良いと思っているので互いに得しかない関係だ。


一応ベッドメイキングしておこう。


そう思い、与えられた部屋の中に入った僕なのだが……何か物足りなさがある。

一望して確認してみよう。

そこまで広くない部屋。

物寂しいベッド。

持ってきた荷物。

壁に立て掛けている崩牙……がない。


もう1度確認しよう。

そこまで広くない部屋。

物寂しいベッド。

持ってきた荷物。

壁に立て掛けている崩牙……………がない。


途端に汗が吹き出してきた。

流石にアレを無くすのはまずい。

持って行っても使えないからと最近は置いて出ていたのが裏目に出たと思いながらありそうなところを徹底的に見る。


荷物の中……ない。

布団の中……ない。

ベッドの下……ない。

他に物はない。

ないと分かっていても、全て2度見3度見の確認、流石に4度目となると諦めがつく。


崩牙がないのだ。


「どうしよう……」


頭に出てくるのはしょうもない事。

どうやって言い訳しようかという考えが出てくる。

言い訳しようとしている時点で最低だ。自分がなくしたのに。


でもどうやって説明しよう。

部屋に置いていたら、無くなりました?

そんなアホな。それこそ言い訳にしかならないぞ。


やばい、何か言い訳はないか……て、崩牙を探すことよりも言い訳を探してしまっている。

まずは探して、なかった時の言い訳だ。

まだ本当になくしたとは限らない。

家のどこかに置いて忘れていた、なんてことあるあるだからな。

うん、きっとそうだ、そうに違いない。


まずは隣の部屋を……と、扉を開けたところで耳に会話が入ってきた。


「そうか、ベランはやはりいないか……」


声の聞こえた方向は玄関と言うには物足りず板1枚で仕切られた出入口。

そこで話しているのはリーシアと見た事のない男の獣族(ライカン)。見た事ないと言ったが、横目でくらいなら見た事あるかもしれない。

顔が似ているから覚えていないだけで。


獣族(ライカン)はこちらに気づき、一瞥した後顔を(しか)めた。

例の噂の効果だろうか。

1度染み付いた汚名は早々消えてくれない。カニス許すまじ。


「あ、ムート」


だがそのおかげで僕に気がついたリーシアで一気に浄化された。

プラスマイナスゼロだ。


獣族(ライカン)は苦い顔をしていたが、すぐに改めてこちらに向き直った。


「アンタ、カニスに喧嘩ふっかけた人族だろ?」


「そ、そうですね」


そういう噂になっているのか。

まあふっかけたのは僕たちの方か。イジメの現場を止めただけなんだけどな。


「なら無関係じゃないな。忠告しておく……」


神妙な面持ちで彼は口を開いた。



「謹慎中のカニスが逃げ出した。報復に来る、かは分からないが注意しろよ。ベランにも伝えておいてくれ。俺はラリアス様に謁見できる立場じゃないからこれしか伝えられないが、ちゃんとベランに伝えくれよ」


そう言って彼は早足で去っていった。

この件にあまり首を突っ込みたくないという姿勢を見せながら。


「ムート……」


カニスが逃げ出した。

恐らく廃鼠の対処のせいで見張りの人員を割けなかったのだろう。

その隙を突いてカニスは抜け出した。


そしてそのタイミングで起こった崩牙無くしてしまった事件。

誇り高き彼女は牙剣を持っている僕が気に入らず、崩牙を誰よりも奪還に注視していた。

偶然ではあるまい。



考えられる推理はひとつ!

崩牙を盗み出したのは、カニス・ルシアン!

犯人はお前だ!

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