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第38話 獣族生活・平安な2週間目

死にかけた。


全身を切り裂かれ、血がなくなるほど流し、1時間で瀕死となった。

生き残れたのは、徒手戦は苦手ではない事とラリアス様が多大に手加減してくれた事、あとはリーシアが全力で治癒魔法を回してくれた事。


素手での戦闘技術自体は覇神剣術にある。

かの『覇神』は魔剣を失った時、嘘八丁を並べながら目潰しや金的を狙ったという。

それが現在まで受け継がれ、よく分からない武術になっている。

獣族(ライカン)戦闘法にも獲物なしの戦闘技術は存在するし、素手の戦いは案外好きだ。


とはいえ、メインは剣。

これでも剣士なのだ。

素手より獲物があった方が強い。昨日に優るボコされ具合で終わった。


なんだかんだラリアス様は優しいから、殺しては来ない……と思う。

リーシアが居なければ出血死していたかもしれないけど。


今日も何とか乗り越えた。

強くなった感触はある。本当に欠片ほどだけど、ないよりはマシ程度の差でも積み上げていけば塵も山となる。

地道な努力が成果をあげるのだ。


「ありがとうございました」


今日の訓練はおしまい。

終始ラリアス様に(しか)め面を最後まで見ながら、獣神の間を後にした。





帰り道を歩いていると知った顔が正面に映った。

ランガルさん似の獣族(ライカン)……リュカスさんだ。


渋い顔をして、仁王立ちだ。

なんだろう。

昨日の事だろう。

カニスをよくも!じゃなくて、カニスが迷惑をかけましたのはずだ。

まさかリュカスさんに限って、恨み言を言ってくるなんて事ないだろう。


「申し訳なかった、ムート殿」


ほら、ちゃんと謝罪できる。

カニスも見習って欲しいものだ。こんなにいいお父さんなのに何故ああもイジメっ子気質の野獣になってしまったのか。


「カニスが色々な迷惑をかけたようで、俺の謝意だけで済まされないだろうがどうか許してほしい。カニスにも然るべき罰を与える」


喧嘩を売った事にされて、ボコボコにされたのはそうだけど、その後泣き喚きながら小便まで漏らしたというあまりにも酷すぎる噂を流された僕の気持ちは治まらない……なんて事はない。

謝罪をもらえればまあ良し。


戦士長であるリュカスさんが間違いであると認めるのならいつかは噂も自然消滅してくれるはずだ。

出来るだけ早くして欲しいがな。される方はたまったもんじゃない。

人々が話しているだけで、自分の事なんじゃないかと思う毎日はきっと地獄だ。


「僕はそこまで気にしてません。やる事をしてくだされば、それでいいです」


「感謝する」


礼をしながら横を通り過ぎようとしたところで……


「それから」


まだ何かあるのか、とリュカスさんの顔を覗くと頭を下げていた。


「捕縛の件も申し訳なかった。本来なら言葉を尽くして連れてくるのが道理なのだが……崩牙を見たカニスが突っ走ってしまい、ああするしかなかった。俺の責任だ、ムート殿はもっと丁寧に扱うべき客人だというのに……」


「いえ。まあ知らない人が自分たちの大切な物を持っていたら突っ走りたくなりますよ」


僕も氷雪熊(サーベルベア)のマントをなくして他人が持っていたら、返せ泥棒と怒りそうだ。

カニスにとってはそれが崩牙だっただけ。まあ弁明は聞いて欲しかったけどね。


「事情がある事は分かっていますので、僕たちは全然大丈夫です。今は手厚くもてなされていますしね」


今度こそ1礼をして横を通り過ぎる。

リュカス戦士長も暇はないだろう。ここは僕が大人になって、穏便に済ませさっさと終わらせるのがいい。

人を許せる寛大な心は持っているべきものだ。11歳にして何を悟っているのかと言われるかもしれないが……しっかりしなければならないという責任感がある。

これくらいなんてことはない。


「……感謝する」


リュカスさんも別の方向に……僕たちが来た道だ。

獣神様に用事があるのかもしれない。僕には関係ないな。

カニスの教育話をするなら一案くらい出したいが、


リュカスさんとは悪い関係にはしたくない。

なんなら是非とも良い関係を築きたいとすら思っている。

なんせ獣族(ライカン)の戦士長。

誇り高き戦士の長。

獣族(ライカン)の戦士として学べることが多い。

機会があれば師事を仰ぎたい。


まあそんな時間があれば、の話だけどな。

獣族(ライカン)の戦士は基本的に忙しい。余裕がある時間なんてない。

そんな中に時間を取ってくださる獣神様に感謝する。


自主トレーニングに励むため、ベランの家に一日中こもった。





獣神の里に来てから、1週間が経った。

今日もひたすらに訓練に励む。


男子、三日会わざれば刮目して見よ。

なんて言葉はあるが、3日で変われるほど人生は甘くない。

打ち込んでいく拳に()が籠っていない。


鉄と肉の打ち合いなど勝負が決まっている。

人族の肌は鉄を打ち破れるほど強くはないのだ。

更に言えば相手は魔剣。

直撃すれば即死。

眼前に迫り来る凶刃を思うがままに回避し続け、隙がある時に拳をねじ込む。


ラリアス様に隙があれば、の話だけどな。


全身に目がついているかのような感覚の鋭さで、全方位からの攻撃を完璧に対応してくる。

正しく神速。

音を凌駕せし神の領域にて切りつける斬撃は逃れる事でしか脅威を排除できない。


「アホらしい、まだ何も掴めてねえのか」


『闘気』は自由自在。

自分の体であるなら好きにできる。

手足に闘気を込めて獣族(ライカン)さながらの四足歩行で攻めるも、お気に召さない様子。

指先に闘気を集中させ獣族(ライカン)の鋭さを表現するも、お気に召さない様子。

もうヤケで歯に闘気を纏わせ噛み付いたりしても、お気に召さない様子。


獣族(ライカン)らしさを出しても、獣神様の顔が綻ぶ事はなかった。


ラリアス様は決して納得していない。

妥協も半端も許さず。ただ求める物を導き出すまで、剣を握らせてはくれなかった。

それが分かるまで、崩牙を握る資格はお前にはない、と。



彼が納得する力とは。

それをまだ掴めていない。



無駄な時間の浪費だ。

早いところ、求める答えを出さなければならない。

そしてその先にある、『獣神』に傷をつける事。

1歩でも早く、辿り着かなければならない。


「ん?お前、崩牙はどこやった」


授業終わりにラリアス様が訝しげな表情で質問してきた。

確かに僕の腰に崩牙はない。

剣を使えないのに剣を持ってきても意味がないからだ。ベランの家に置いてきた。


その事を説明するとラリアス様は眉を寄せた。


「まあいいが。だからお前は半人前なんだよ」


何故か文句を言われた。

何が気に入らなかったのだろうか。

剣を使うなと言ったのはお前だろ!と文句は口に出さず心の中で、静かに言う。

ラリアス様はたまに読心術でもしているのか考えている事を読まれる。


思い返せばランガルさんにもそういう事をされた。

鼻を極めれば些細な体の変化から読み取れるとか何とか……獣族(ライカン)は凄い。

人族との差は残酷だ。

それに人族ができる事はほとんど獣族(ライカン)もできる。

ズルいな。



「失礼しました」


さて、今日の朝訓練も終わり。

強者との訓練はやはり1番身になる。

ランガルさんにラリアス様、我ながら師匠に恵まれたな。


リーシアと帰路につき、里を気兼ねなく歩く。

ここ数日は僕たちを見ても何も噂を聞かなくなった。

リュカスさんのお陰だ。彼が誠意をもって弁護してくれた結果、噂は緩和した。

獣神様に喧嘩売ってボコボコにされて泣き喚いて小便垂らしたから、獣神様に喧嘩売ってボコボコにされたに変わった。


とりあえず恥は減った。

まだ喧嘩を売ったところは直っていないが、重要な泣き喚いて小便垂らしたはなくなった。

まあ良しとしよう。


噂を流したのはやはりカニスであった。

戦士なのにいやらしく陰湿な事をするものだ。親の顔が見てみたい……ねえ、リュカスさん。


そのカニスは現在謹慎で家に閉じ込められているらしい。

これで変わればいいんだが……期待できなさそう。何度も同じ事を繰り返して、謹慎も今回が初めてというわけじゃない。

その度に反省せず、また問題を起こす。


リュカス戦士長唯一の恥なんて言われていた。


擁護をするつもりではないが、彼女はプライドが高い。

獣族(ライカン)としての誇りが強い。

イメージしていた獣族(ライカン)の戦士そのものだ。理想はもっと孤高な感じだけど、今まで会ってきた中では1番近い。

だからかあまり嫌いな相手ではない。

もちろん、他人をイジメるのは駄目だ。あれは擁護しようのない、最低な行為だ。


今回で治るなんて高望みはしないが、もう少しマシになってくれる事を願う。

リュカスさんに同情するよ。

まあ駄目な子供の代表である僕が言っても説得力がない。

勝手に誰かの手を取って、今生の別れをする子供とか、我ながら最悪な息子だ。


いや、今生の別れになんてさせない。

全治の知識をもって必ず再会する。

お別れもない最期なんて、絶対に嫌だ。


と我ながら暗い考えをしてしまった。

反省だ。

心を暗くしてはやる気も起きない。

元気いっぱいであるべきだ。

気持ちを落としているとリーシアに気を使わせてしまうからな。


切り替えよう。


この里は意外と広い。

民家と倉庫、戦士舍、武器屋防具屋道具屋宿屋その他諸々の娯楽施設もない、必要最低限の家しかなく、人をもてなすなんて事を考えてはいないのだろう。

住処としては完璧だ。


田舎で人の賑わいもそこまであるわけではないが、ガルシアの大森林では最も大きな里だ。

端から端まで行くなら30分もかかるまい。


ではどう広いのか。

木々の間にかかる橋に繋がれた家と家。

生活圏は木の上にまで広がっているため、立体的な広さがある。上に登って見上げても更に上があるという。

これは人族の街では滅多に……いや、存在しえない光景だ。

1周するためにはそれなりの時間を要する。

獣族(ライカン)は木登りも得意なので高低差があっても面倒はないようだ。


木の方を見れば表面にしがみつき、爪を突き立て登っている獣族(ライカン)が何人か散見できる。

本場の獣族(ライカン)は凄い。木を走り抜けるように登るのだ。

よくあんなに早くできるなと尊敬する。


ガルシアの大森林に住む種族の里はみな種族に合った地形をしているらしい。

天翼族(ハーピィ)はもっと高くに里を置くし、鉱鉄族(ドワーフ)は洞窟や地中に里を築く。

見てみたいが現在僕はラリアス様より外出禁止を言い渡されている。

行けるのは当分先になりそうだ。

ラリアス様に傷をつけられるのは、いつになる事やら。





参考程度に獣族(ライカン)の事を幾つか調べた、もとい聞いた。ベランに。


獣族(ライカン)は『獣神』ガルシアによって誕生した十種族のひとつ。

実は十種族の中では古参な部類であるとされる。

その歴史は人族よりも長く、優れた身体能力と獰猛でありながら群れで暮らす獣の特性を持っていたため、かつては頂点に立っていた種族であったらしい。

獣族(ライカン)の誇り高さはここから来るのだろうと勝手な考察を付け加える。


以前から存在していたのは協調性がない龍人族と特定範囲でしか活動できなかった魚人族(マーマン)吸血族(ヴァンプ)であるのもあるが、頂点に立ったのは事実だ。


それも爆発的な繁殖力と知恵と狡猾さを兼ね備えた人族の誕生で天下を終えることになるのだが……。



獣族(ライカン)にはいくつかの種類がある。

僕たちが知っている狼型の獣族(ライカン)は『獣神』ガルシアの写し身であり、狼牙族(リュコス)と呼称される。

その中でも『獣神』ガルシアの直系にあたる種には()()()()の銘を与えられる。

こちらはラリアス様やランガルさん、ベランとリュカスさんにカニスが該当する。

やはり神の直系。他の狼牙族(リュコス)と一線を画す力を持つ。

カニスがあそこまで横暴を繰り返しても戦士の座を降ろされていないのはルシアンであるからだろう。


狼牙族(リュコス)の他にも犬耳族(スキロス)猫耳族(アイル)馬脚族(アロゴ)牛角族(アゲラダ)獅子族(リョダリ)熊毛族(アルクダ)等、上げるだけでもキリがない。

獣族(ライカン)と一括りにしているが種類は豊富だ。


ここ獣神の里は狼牙族(リュコス)の里。

別の獣族(ライカン)は、いないわけではないが少ない。

実は狼牙族(リュコス)の男女同士で夫婦のものは意外と少なく、他種類の獣族(ライカン)と番にある者が多い。

獣神の里の獣族(ライカン)と結婚できるだけでステータスになるのだろう。


ベランの母も狼牙族(リュコス)ではないと聞いた。

ベランの母という事はランガルさんの義娘だ。普段お世話になっている分、会いたかったが両親の存在を全く聞かないところから……そういう事なのだろう。


そこらへんの事情は僕も無関係とは言い難い。

互いの傷口をえぐり合う事は不毛だ。


まあベランは明るい。傷心を感じさせない強さがある。

聞いた事は何でも話すし、僕にも優しいし、モフらせてくれる最高の獣族(ライカン)だ。


彼との話で獣族(ライカン)の事をよく理解できた。

敏捷性や牙と爪の鋭さは狼牙族(リュコス)特有の性質であるが、

力強さ、第六感、生命力(オーラ)の塊……この3つは全獣族(ライカン)に共通する種族的な力のようだ。


獣族(ライカン)らしさを求めるなら、ラリアス様の望む答えははこの3つのどれかなのだろう。

パッと見で力に関係して自分でも真似できそうなのは、獣の力強さだろう。

人族にない、骨と筋肉の作りから繰り出される野生の力は抜群だ。

力という1点においてこれ以上ない回答と言える。


しかしそれにどう近づけるかが問題となる。

答えは分かるが解き方が分からない状態。

この課題の回答の仕方は1週間経っても分からずじまいであった。


ラリアス様は期限を儲けなかったが、真剣と素手。

いつなんの拍子で致命傷を負うか分からない。

早いところ成功させたいところだ。




里に来てから、2週間が経過した。

大森林の模様は秋季でもあまり変わらない。

緑が赤に染ったりはしない。僕としては森は緑の方が好きなので嬉しくある。

代わり映えしないというのは逆に言えば不変の証。

平安であるという事だ。


そんな日に朝の恒例となったラリアス様との訓練。

なのだが、今日は少し違った。

変わらない里の風景とは違い、ラリアス様の表情はなかった。

いつもは笑ったり怒ったりと色々な表情を浮かべながら喋る彼が、無表情かつ黙っていた。


正直に言うと怖く冷徹な刃が震えを誘き出す。

慣れてきたはずの『獣神』の覇気が再び身震いさせてくる。

一言で機嫌が悪いとわかる。


話しかけにくい。

話した方が良いのだろうか、機嫌取りできるかな、なんて考える時間もなく連撃をいなしボロボロになり今日の訓練は終了。

そして同時に、ラリアス様は口を開いた。


「あと1週間で何も変わらなかったら本気で斬る」


殺害宣言をしてきた。

冗談ではない事を僕も後ろにいたリーシアも感じ取っていた。

本気で僕に成長がないから極限まで追い込もうとしている。


口答えはできない。

したらその瞬間、即刻打首となるだろう。

黙って受け入れるしかなかった。


ラリアス様の機嫌が悪かったのは僕が一切変わらなかったからと分かるまでに時間はかからなかった。


頑張って研鑽を積んでいたが、それはラリアス様にとっては停滞と同じ。

少しずつ強くなっても、『獣神』から見たら止まっているほど弱々しい。


「頑張らせていただきます」


突然の期限指定に戸惑いを見せず、リーシアに治癒魔法をされながら外に出る。

里は変わらなくても、人は変わる。

変わらざるを得ない。


本気のラリアス様の言葉に嘘はない。

言い訳を考える暇はない。答えを導き出さなければ死ぬだけだ。ならばこちらもいつも以上の本気を出さねばなるまい。

休みの時間……あるかな。



ここから代わり映えのない獣神の里に怒涛の1週間が始まりを告げた……。

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