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第33話 大巳蛇行

「───ッ!」


全身を殴打されたような衝撃が駆け抜ける。

破壊に伴った衝撃の暴風が手網を握っているのに身体を外に出さんと押し込んでくる。

大地が揺れ動き、逃さまいと絡み付く……。

視認する余裕はない、神の怒りを彷彿とさせん大自然の暴威を任意で巻き起こす災害の根源。


恐らく、天高く延ばされていた首が地面へと打ちつけられた衝撃がこだましている。

それのみで、超規模な地盤破壊を行うなど、この怪物以外に出来ようか。


何処までも延び続ける蛇の首が腹板を大地に擦り合わせ蛇行を開始する。

刃のように尖った鱗が土地を削り取り、世界に2度と消えぬ竜の爪痕を残しながら進行する。

巨大物体の全身が唐突に動き出した結果、大地はまたも衝撃を受けきれず周辺地帯を変動させ、地と地が擦り合わさる轟音はまるで世界の悲鳴。


「相変わらず運が悪いですね」


掻き消される事のないミッテルの叫び声。

結界でも張ったのか、外から来る大音量を遮断する防音空間が生まれる。

遮断されるのは音のみ。吹き荒れる砂埃の大群のせいで目を開けることすら困難。口を開こうものなら口内を砂利と土に侵略されん勢いがある。

なのに、ミッテルは平然も喋っている。


聴覚以外の感覚を塞がれ、位置把握など困難の所業。

『五命感知』をするが、怪物から放たれる生命力(オーラ)によりあらゆる生命が押し潰され、感じる事が不可能。

何とか手網だけは離さないと握りしめる。この手網は命綱、離せば次に訪れるのは落馬による死の宣告。


「いや、すみませんね。アレに束縛の魔眼がある事を忘れて視てしまいました」


ミッテルらしからぬ凡ミスだな。

だが魔眼持ちなのは知らなかった。ただ目線を合わせるのは危険だと思って2人の視線を切っただけだし、僕は効かなか……いや、そういえば左眼につけている眼帯は魔眼封じだ。

相手からの魔眼も封じられるという触れ込みだったはず、それでか。こんなところで功を奏するとはな。


「リーシアは押さえつけているので安心してください、吹っ飛びませんので」


正直そこは凄く不安だったから助かる。

彼女の身体は羽のように軽い、あれだけの衝撃なら吹っ飛んでいてもおかしくなかった。

大丈夫と思いつつもやはり心配になるもの。その心労が無駄であったのは良い事だ。

状況は全然良くないが。


「風を塞げ、門を閉じよ!出でる路に壁を!」


ミッテルの詠唱で世界が彼の生命力(オーラ)で溢れかえる。

押し寄せる振動と暴風、風に塗れた土埃が消えた……否、まるで壁に遮られたかのように僕たちには届いてこない。


「……ぷはっ!」


そこで初めて口を開く。

口に砂が入らぬよう息を止めていたから、息を吸う許可が降りた瞬間に肺が空気を求め口をパクパク開かせる。

傍から見れば無様だが、水を得た魚のように必死に外の空気を吸い寄せる。


それに乗じて眼も開く……直後、



()()



馬車と並走して映る蛇の魔眼。

家が収まらんと言ったが、小屋程はある巨大な瞳。

舞い上がった大地の欠片が吹き荒れる中でも、確かに目線があった。

肉体が硬直する。

魔眼などではない。ただ単に強大な存在を前にして身体が強ばっている。

全身の筋肉が震え、奥の奥、心臓を鷲掴みにされたような逃げ場のない感覚。


今までにも死線は潜ってきた……潜ってきたつもりだった。

だが、今回は以前とは根本から違う。


戦いが成立する相手ではない。


有り余る巨体に押し潰されひとひねりで終わってしまう。

刃物を凌駕する鋭利な鱗……大地を削り取るソレは、巨体を寄せこちらを切り尽くさんと襲い躍る。


「右です!」


張り詰めたミッテルの声。

巨体から逃れんため手網を引き上げ、トゥールに旋回の指示を出す。

急旋回した際に引き起こった力で振り回され御者台から落ちかける。

落ちたら死ぬ、それを分かっているから必死にしがみついて耐え凌ぐ。今までで1番握力が発揮されたかもしれない、床板が軋むほどの力だった。

火事場の馬鹿力というやつか、いつも出せたらいいのに何て思う暇があった事に驚いた。


「何が、起こったの……!?」


リーシアが荷台から頭を出して視る。

辺りの様子、ミッテル、最後に僕……僕を視認できた彼女は安堵から息を吐いた。

そこまで心配されてたのか……僕がリーシアを心配するのと同じくらい、リーシアも僕を心配してくれていたんだろう。


何が起こった。

その質問に返せる言葉は咄嗟に出てこない。

1分足らずで起こった事を僕も整理しきれていない。


「地面の揺れ、束縛の魔眼、そしてアレだけの巨体。もはや相手の正体はひとつしかないでしょう!」


ミッテルは冷静で、顔に焦りの彩は伺えない。

だが言葉の端々にある力強さがこの事態がどれほどの緊急事態かを示している。

衝撃の嵐にも負けない声をミッテルは張り上げる。


()()()()!ベルク・ヴェーゲン!」





──ベルク・ヴェーゲン。


冒険者なら、いやある程度魔物の知識があるものなら知って然るべき魔物。

魔物は『魔神』が生み出した知恵なき生命。

魔族とは異なる、知性なき怪物。

しかしその中でも、最も凶悪な12の獣がいる。


()()()()

『魔神』によって産み出された最期の魔物。

その力は、魔の神の子に相応しき怪物の王達。


鼠の冠を持つ獣は、万病の原として腐敗をもたらす。

虎の冠を持つ獣は、霧と共に幻想を恵む白銀の王。

羊の冠を持つ獣は、暗澹の詩にて永久の眠を誘う。

鳥の冠を持つ獣は、飛翔するだけで雷雲を引き連れる。


個々が人類圏を脅かす災禍の化身であり、誕生から500年余り潰れた主を失った冠は僅か3つのみ。


『地進』のベルク・ヴェーゲン。

蛇の冠を持つ魔物。人類が確認してきた種の中で最も大きな魔物。

普段は世界の底を潜航しているが、浅い地面を進行する事がある。

その際、真上にある地上は揺れ、大地の怒りを呼び覚ます。


そして思い至る。

エースクラン公爵のSSS(ダブルオーバー)ランクの依頼内容を。


「こいつが居るから国道を封鎖していたんだ……」


十二屍獣(じゅうにしじゅう)は活動範囲が限られていない。

どの生態系にも適応して現れる。

火山だろうが氷河だろうが密林だろうが……十二屍獣(じゅうにししじゅう)の縄張りは世界全土と言っていい。

十二屍獣(じゅうにししじゅう)の恐ろしさは強さのみならず、その上で神出鬼没、どの大陸に現れるか分からず討伐しようにも討伐隊を派遣した頃には痕跡だけを残して霧隠れしている事だ。


だが今回は違ったのだろう。

エースクラン公爵が準備できるだけの時間があった。

()()()()ベルク・ヴェーゲンがこの一帯で留まっていた。


素直に忠告を聞いておけばよかった。

こんな化け物と対峙するなら遅くなった方が幾分か……いや、何百分もマシ。


吟遊詩人の言葉を思い出した。

確かに、これを倒せれば英雄になれるだろう。

世界を脅かしてきた怪物のうちの1体を仕留める事に勝る武功は早々ない。

ここでやるべきか、やれるか、勝てなくても逃げ切れる保証があるだろうか……仲良し少年チームには荷が重すぎる。


「聞くけどミッテル!勝ち目はあると思う!?」


結界のお陰で喋る事は出来る。

そして何よりベルク・ヴェーゲンの姿が消えて余裕が出来た。

()いた……わけではない。

周囲が揺れているのを感じる。結界の効果で衝撃が来ないだけで外は地獄の有様だ。

巻き上がる砂嵐で上手く視認できないが先程よりかは遠くなった、はずだ。

全てが希望的観測、2秒後には裏返っているかもしれない。


「なくはないくらいですかね」


なくはない。

可能性はあるが確率は低い。

真面目にやり合うだけ無駄だという事だ。


「参考程度に聞くけど十二屍獣(じゅうにししじゅう)との戦闘経験は?僕とリーシアはもちろん0」


リーシアも肯定からぶんぶんと頷く。


「期待されているかもしれませんが、私もないですね。ああ、でも私とは相性の悪いシスターが犬と出会ってましたよ。無様に負けたようでした」


シスターが負けたと聞いたらそこまで強そうに聞こえないが……そのシスターもミッテル並なんだろうな。


「で、どうしますか?撃退ですか?逃走ですか?それとも、討伐ですか?」


そんなお風呂にする?ご飯にする?それとも私?みたいなテンションで言われてもな……。

討伐するにしてもせめてランスが居てくれたら良かったよ。彼なら強固であろう鱗をバッキバキにへし折ってくれたはずだ。

無い物ねだりをしても仕方あるまい。出来る範囲で、やれるだけの事を。


「もちろん、逃走!」


というかそれ以外がない。

討伐なんて夢のまた夢、撃退は出来るかもしれないが労力と被害が割に合わない。


ベルク・ヴェーゲン討伐作戦の逸話の内容は知っている。

奴が現れたのはとある国の王都付近。

それもあってか討伐隊の編成も早く真正面から討伐作戦に挑めた。

その結果は……王都の崩壊。近場であったのも災いであった。

戦闘中にも関わらず常に移動し続ける蛇の王は街を蹂躙し、100を優に超える討伐隊をたった1体で滅ぼした。


そんな相手と戦う?

冗談じゃない。身の程を弁えてから発言してくれって話だ。

弱者は逃げるしかない。

これと戦うには不足もいいところだ。


「リーシアとミッテルが迎撃してくれ。僕の魔法が通用するとは思えないし、トゥールを操縦しておくからよろしく!」


「迎撃してくれって言われても……何処に……」


(すさ)ぶ流砂の嵐は止むことを知らず。

大地が振動すれば合わせて動き続ける地面の欠片たち。

眼が良い人でもこれは視認不可能……


「視えました」


漏れ出た声に僅かな愉快さがあった。

ん?ミッテルは今、視えたって言ったのか?

まさか、そんな……流石のミッテルでもそんな馬鹿げた事は……こんな視界が封じられた状況で視れるわけ……。


直後、彼の手に持つは50cmほどの鉄の塊。

剣ではない、槍でも弓でも杖でも斧でも盾でもない。

アレは何だ。

黒色に塗られ、全体的に丸みを帯びたデザインの()()()

強いて言うなら大砲だが、あんなに小いさくはない。

じゃあ、あの武器は1体……


NO.23(アデール)、行きますよ」


左斜めに向けてアデールと呼称された鉄の筒を傾けるミッテル。

アレから何が出るのか?



次の瞬間……鉄の筒の先端が光った。

光が到達し、音が到達し、撃ち出された物が到達する。

それが絶え間なく続く。一瞬の合間なく継続される。


何が起こっているのか分からない。

僕もリーシアも口を開けて、思考を停止してしまった。


魔法?……いや、下位の魔法ですらあれほど連発できはしない。

不可能に近い所業をたったひとつの道具でミッテルはなしている。

あの筒には生命力(オーラ)を増幅させる杖のような役割があるのだろうか……。


火葬噴弾(かそうふんだん)では効いている気がしませんね。並の吸血鬼(アスターヴァンプ)なら3秒で火葬完了するんですがね」


効いてないのか……。


ミッテルは筒の上部をずらし、中身の赤い棒状の物を取り出し代わりに灰色の棒状の物を差し込み、形を元に戻す。

即座にベルク・ヴェーゲンがいるであろう所に筒を向け、またも何かを撃ち出した。


一見同じだが、撃ち出される音が違う。

まるで鉄と鉄が擦れ合った金属音。

直後、鉄板が割れたような金切り声が響き、結界を破って黒色の刃が溢れ落ちる。

ベルク・ヴェーゲンの鱗………。


「少しばかり効きましたか、それも体表の1部でしかないでしょうがね。アンチマテリアルに特化した徹甲穿弾(てっこうせんだん)でこれとは何たる化け物」


ミッテルは肩を落としているが、通用しただけで御の字。

地中にいても押し潰れない怪物に傷をつけたのだ。ミッテルは十分に誇っていい。


もしかしたら……ミッテルならば勝てるのではないか、そう思ってしまうほどの頼もしさがある。


「リーシア、前側に」


ミッテルはリーシアを荷台の前側に寄せる。つまり御者台に近い位置に。

彼女に合わせてミッテルも去がり、修道服の内側から5本の短剣を手にした。

アレは知っている。シエラとか言った凄い武器だ。


それを荷台の後方に4本突き刺す。

5本揃えば架空質量?だかが生物に掛かると言っていた。

恐らく緊急時に刺してベルク・ヴェーゲンに付与する作戦なのだろう。

効くかどうかは不明だが対策は無駄でもした方がいい。


と、ミッテルに頼りっぱなしじゃ駄目だ。


「リーシア、魔法いける!?」


「出来るけど……ミッテルみたいに当てられるか分からないよ!?」


「じゃあ道を作ってくれ。地鳴りで……足場が悪い!引き離そうにも引き離せない!」


両腕をガッツポーズして気合いを入れている。

可愛い……じゃなかった、可愛いのは可愛いけど、うんうん、後にしよう!

地魔法による足場を安定させ続け逃げ切る。

リーシアの生命力(オーラ)が尽きて追いつかれるか、ミッテルが抑え込めずに押しつぶされるか、逃げ切れるか。

完全な賭け……少ない可能性を潜り抜ける。



ベルク・ヴェーゲンには単調な突進や踏み潰し等の攻撃しか持たない。

目線を合わせれば、束縛の魔眼の餌食にはなるが、遠距離への攻撃手段を持ち合わせていない。

岩盤のように分厚く硬い鱗を掻き分けながら、本体にダメージを与える。これが基本の攻略法だろう。


問題は相手が巨大である事。

山を彷彿とさせん超巨大生物の肉を剣1本で削ぎ落としたところで大したダメージにはならない。蚊に刺されたと同義。

地道に体力を減らしていくか、対巨大魔法などで消し飛ばすしかないだろう。

残念ながら僕たちの中にそれをなせる者はいない。

数が足りない。火力が足りない。


だから逃亡するしかない。


「駄目ですね」


ミッテルがぼそりと呟いた。

駄目とは、何が駄目なんだ。倒せなって意味ならもう分かりきってる。

それとも逃げ切れないって意味じゃないだろうな。自業自得とは言えそんなのごめんだぞ。


途端、ミッテルが攻撃の手を納めた。

勝てないからと諦めた……わけではない。


先程と同じように筒の上部をずらし、また新たな棒を入れる。

推測にはなるがアレで撃ち出す物を決めているんだろう。此度は白、透明に近しい聖峰教会が好きそうは色だ。


それを進行方向の空に撃ち込んだ。

当たったようには見えない。砂埃のせいで本当にそうかは断言できないが、少なくとも飛沫のように鱗が飛び散るといった事はなかった。


「ムート、全速力でお願いします。少しでも位置関係をミスると終わりなので」


了解代わりにトゥールの手網を打ち付ける。

何と言うか、彼の方がリーダーに向いている気がする。指示とか色々と的確だし……何より経験値が違う。

常に死地に立っている彼と僕では圧倒的な差があるのは至極当然だ。


「奥の手を使います。あまり使用したくないのですが、緊急事態ですので教会も特別に良しと言ってくれるでしょう。我々の法など守らない者ばかり。するなするなと言われているのに毎回新規武装を持っていく借りパク司教が居るくらいですし、私のも許されるでしょう」


ミッテルの奥の手……響きが最高じゃないか、期待できる。

しかし聖峰教会は統制が取れてなさすぎないか……普通に考えて世界最大の宗教組織がそれで良いわけないんだけど……知らない者が口出しできる次元じゃないのだろう。


彼は準備に取り掛かったのか、鉄の筒を下ろしまた新しい棒を入れている。

果たして何個あるのか、不明だが、強力なのはわかる。

そしてセンスが抜群だ。あとで貸してくれないかな、あの武器。

純粋にかっこいい、男心がくすぐられる代物だ。


「準備に数十秒かかるので足止めをお願いします」


「え?」


足止めお願いします……その言葉が酷く遠くから聴こえる幻聴に思えた。

あの巨体の足止めをしろと本気で言っているのか?

そんな無茶な、できるわけないだろ。僕の剣はあくまで対人特化で対怪物はあまり想定していない。

明らかに威力不足だ。



その時……


世界に影がまとわりついた。


この視覚は知っている。先も経験したからだ。

戸惑いの息を吐き捨てながら、頭を上にあげる。


巨大。

馬車の上を走る巨大な敵影。

このまま下に降りてこられては押し潰される。

どうにかしてあの巨体をずらさなければいけない。それだけの力が必要になる。


いや、無理じゃん。


「『氷晶切柱(フロストレイジング)』!


すぐ近くから詠唱の掛け声が入ってきた。

直後、巨体の左側に突き刺さる2本の氷柱。黒曜石のような鱗と結晶のような氷。

対比する2つの物質が激突した事で、互いが衝撃を受ける。

黒き蛇は軌道を変え、右前方の地面に落ちた。一方の氷はその場で砕け、馬の走りに置いていかれすぐに見えなくなった。


誰がこんな事を……なんて分かりきっている。

天使(マイエンジェル)の愛の力だ。


「流石は天使(マイエンジェル)!これは勝負あったと言っても過言じゃないよ!」


「まだ。全然効いてない!」


全然は嘘だろと思いたいが、本当に全然効いてなさそうだ。

ベルク・ヴェーゲンは横から事故の如き氷塊を受けたというのに地鳴りを止ませず蛇行を続ける。


「1発で並の火魔法を凌駕する火葬噴弾(かそうふんだん)ですら効果が薄かった。あの鱗が生命力(オーラ)を散らしていますね」


「そうだよね……わたしの氷が簡単に砕けたのもそのせいかも」


なるほど、生命力(オーラ)耐性の鱗か。

それくらい持っているだろうな。

物理にも魔法にも対応する攻撃と防御の鱗、ベルク・ヴェーゲンを蛇王たらしめるひとつの要因。


「鱗を落として、その下の肌肉を狙う……単純、とどのつまり蛇や竜系の魔物にありがちな戦い方が最善ってわけだ」


今回の情報は冒険者ギルドで高く売れるぞ。

十二屍獣(じゅうにしじゅう)と遭遇する確率は低く、その強さや能力も名前の割にはあまり知られていない。

単純に、出会った者は奴らに惨殺されるからだ。

命あっての物種、生きてから考えるでいい。


「それでも出来るだけぶち込んくれ!」


「分かった!……『山岳壁(ロックグラウンド)』!


地魔法で道を作りながらの最上位魔法の使用。

膨大な生命力(オーラ)を保有するリーシアだからこそ出来る贅沢な使い方だ。

僕……いや、並の魔術師ならもうへばっているはずだ。

だがリーシアは息も切らさず魔法を使い続ける。


最上位地魔法により大地が盛り上がった。

と思った直後、大岩の如く地面が奴を打ち止めた。

地面の一角では大地の怒りは止められない。真っ向から蛇の頭部が破壊し迫り来る。


「リーシア!」


「うわっ!?」


服の内部に入れていた無色の魔石数個を投げる。

馬車の揺れで取ってくれるか心配だったが、彼女はしっかりと全部掴み取った。

最上位魔法に耐えられるかどうかは分からないが、魔法を封じ込める宝石魔法が出来る。

何かの足しに……


「ふん!!」


って、リーシア!?

魔石全てを潰さん勢いで握り、全てを赤に染色する。

最上位火魔法だろうか……強めの魔法は間違えると魔石を破壊してしまう事がある。

僕はそれで何十個も割ってきた功績持ちだ。

魔石に魔法を込めるのも少しコツがいるんだが、1発成功か。

まあリーシアだしな。

そして魔法を込めた魔石を全部投げつけた。

ああ、高いのに……そんな簡単に……。


魔石が地面に転がり、宝石がヒビ割れる。

中より出るは赤色の生命力(オーラ)

ひとつが着火剤になり、全ての導火線に火がついた。


大爆発だ。

最上位魔法の連打。

火炎は平原どころか土壌すらも焼き尽くし、隙間のない鱗を蒸発させ肉を焦がす。

熱が浸透し、蛇は器官から熱された酸素を放り出し新たな空気を吸い込んだ。蛇の呼吸は大きさ故に独特な風切り音を出していた。

これで正面の鱗は砕け散った……。

ふと、思った。今なら通じるのではないか。


「もう1発大きいのを頼む!」


心にいけるという余裕が生まれる。

少なくとも今の一撃はダメージを蓄積させるだけの火力を秘めていた。弾け飛んだ銀鱗からそれが見て取れた。


欲張りかもしれないが、ここで追撃をしておく事で、奴に割に合わないと思わせれば逃げ切る事が出来る。



はずだった。



「なっ!?」


奴の顔が風塵から顕になる。

そこに在るのはビッシリと生え揃った、溶かしたはずの()

更なる黒色を蓄えた鉱石となりて暗黒の光沢を発している。


「再生……!?」


1から10まで鬼畜難易度だ。

触るだけで切れる鋭利性、生命力(オーラ)を弾く性質、そこに加えての恐るべき再生能力。

通常手段での攻略など不可能だと知らしめる。


5()0()0()()……その年月の大きさを改めて理解させられる。500年以上、人類を脅かした最悪の魔獣の1匹なのだと、心髄(しんずい)に教えこまされている気分だ。



蛇が口を開いた。

内部から視えるのは赤黒い舌。蛇特有の細さだが、そもそもが巨大であるから舌のサイズも超特大。

人1人を絡めとる事なんてわけないだろう。


それが、()()()

鞭のようにしなる赤き肉の塊、遠距離攻撃として襲い来る舌。


「リーシア、交代!」


手網を投げ渡し、僕は剣を引き抜いた。

ええ!?と驚愕した表情だが大丈夫、トゥールなら誰の言う事でも聞いてくれる。

ただ声を出して手網を引くだけでいい。それはリーシアも分かっているはずだ。


鞭のような超速に対応するにはリーシアでは不足。

反応速度はやはり剣士の十八番(おはこ)

衝突する銀と肉、剣を使っているというのに切り裂けない。どころか剣が腐食し始める。

舌から滴り落ちる粘液は垂れた場所から強烈な臭いを押し付けるのみならず、蒸気を上げて溶かしている。

どれだけ性能を盛れば気が済むのか、神のイタズラと言いたくなるほどの理不尽。


舌鞭の連撃を防ぎ続けるが、それにも限度がある。

散っていく唾液が徐々に剣を溶かしている。剣どころか、荷台にも穴が開き始めている。

長期戦はまずい。


と感じた瞬間、ミッテルが立ち上がった。


やっとか!?さあ、どんな奥の手が……。


「トゥール、止まってください。そして皆さん、衝撃の備えを」


言葉を上げる余裕もなかった。



直後……天が落ちてきた。

眩い光が視界を覆い尽くした光景は、天罰のようにも映った。


回避は許されなかった。

主はその結果を許さんがために蛇王を大地に打ち付けた。

絶え間なく照射される光の断線。それは地になきもの、即ち宙に浮かぶは太陽の恩寵(おんちょう)



何が起こったのか、理解できなかった。

しかし唯一分かったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()という事。





ミッテルがシスターズ・NO.23(アデール)で撃ち出した弾丸は反鏡光弾(はんきょうこうだん)と呼ばれる物だ。


光を()ける事で銃弾内部で何億にも渡る()()を繰り返し、増幅し、収束し、絶滅の光をもたらす凶弾。

とはいえ、光を使ったとしても熱量や威力だけを見れば、火葬噴弾(かそうふんだん)徹甲穿弾(てっこうせんだん)に部がある。

精々が目眩しの類……それが()()()()ならば。


ミッテルが使った光は……()()

陽光を反射させ、絶大な光の線を生み出した。


シスターズ・NO.23(アデール)の能力は多種多様な銃弾ではなく、絶対に当たる弾丸という効果である。

撃ち出されたが最後、形式上敵に当たるまで止まらない。

弾道がズレれば、避けられもするが、弾丸の勢いは衰えず使用者の意思がなければ弾の強度に勝るものに当たるまで飛び続ける。


それは物理ではなく、止まらぬ弾丸の概念。

故に太陽の光をより収束できる雲の上まで届かせられる。

世界全体を照らす星の輝きを持った反鏡光弾(はんきょうこうだん)は、光の弾幕を可視化させるに十分だった。

光という物質に形を与えるだけの生命力(オーラ)を秘めた聖峰教会の武装だからこそ。


ミッテルが撃った弾丸は計22発。

フルオート射撃が可能であるNO.23(アデール)だからこそ出来る技。

弾丸の効果が切れるのは約1秒。光の速度があれば1秒で敵に当たるのだから、1秒だけ効果が続けばそれでいい。

ミッテルの指示に合わせ、連鎖的に発動される反鏡光弾(はんきょうこうだん)は約22秒もの時間をベルク・ヴェーゲンから奪う。


「更にダメ押しです」


荷台から引き抜いた4本の短剣を手にし、蛇王の周囲に投げ放つ。

そして最後の1本を眼前に突き刺せば、陣は完成する。


大聖堂(カセドラル・フォート)』。

数万tの質量を生命に押し付けるミッテルの固有神聖魔法。


それでも折れない。

ベルク・ヴェーゲンは圧倒的な重さに耐えている。

そもそも反鏡光弾(はんきょうこうだん)による太陽光の増幅に殺傷性は少ない。

結局は人の作りし兵器、耐えられる熱量に上限はある。

越えてしまえばオーバーヒートとして弾丸を破壊するだけだ。火力だけならばリーシアの最上位火魔法と同等ほどだろう。

曖昧な光の重さのみでは拘束から解き放たれるのは時間の問題……その対策として光の線を地盤深くまで貫通させる勢いで埋め込んでいた。

光から抜け出すという事は地面を動かすと同義の難航となる。



しかし……





ベルク・ヴェーゲンが拘束から脱した。

予想外の事態に驚きを隠せない。アレだけ自信満々だったというのに失敗するのかと呆れも生まれる余裕がなく、巨体が振り回される。


光に囚われた蛇は蛇眼を輝かせ、ただ首を延ばす。


リーシアが魔法を発動させようとしているが……間に合わない。

狙いなんてものはない。

全てが小粒、誰を狙うかなんて決める意味はない。

次の瞬間には誰かが狙われるのだ。

ミッテルの指示に従ったトゥールは止まっている。

走って逃げる事は出来ない。


ならば……剣を両腕で握り、『闘気』を篭める……安全かつ最速の技で決める。


「『旋擲(せんてき)』!」


一瞬……光り輝いた剣が蛇眼の左に突き刺さった。

どんな生物でも眼が弱点なのは変わらない。

力が緩んだ事で拘束が再び磐石(ばんじゃく)の物になる。

時間稼ぎは十分だ。



「今度こそ、衝撃に備えてくださいね」



アデールを引き上げるミッテル。

立ち止まった蛇の眼前に突きつけられた筒の先端……合図はなく、引きかけられた指が、合図の代わりに強力なる一撃を撃ち出した。



破錠装弾(はじょうそうだん)


冷徹なる一言から放たれるは、蒼き閃光の軌跡。

凄まじい衝撃に呑み込まれないように、リーシアに抱きつきながらトゥールの手網を握りしめる。

これは命綱、絶対に離してはいけないものだ。


「トゥール!走ってください!」


閃光に伴う反響音でもミッテルの声はしっかりと届いたのか、トゥールは走り出したのを感じた。

手網を持っているからかその事が誰よりも理解できた。

同時に、馬車が進行と共に揺れていた。

それを上回る揺れがなく馬車だけが揺れていた。

周囲の砂塵は止まないが、後ろから感じていたピリつく気配がどんどんと遠ざかっている……そんな気がした。








10分後。


どうやら本当に逃げ切ったらしい。

度々揺れているが、それもどんどん遠ざかって行っている。

逃げれているのは肌で感じられる。

緊張が解けて、肩をおろしリーシアと肩を預け合えるくらいには落ち着いていた。


「疲れましたー過労死しそうですー」


とは、荷台で寝転がるミッテルの言だ。

今回の戦いで大いに活躍してくれたミッテルだが、生命力(オーラ)の消費で疲れたようだ。

何でもシスターズを持っているだけで生命力(オーラ)を使うらしい、呪いの武器?


彼の傍らには先端が溶け落ちたアデールとやらが置いてあった。

最後に撃った物は1発限りの切り札、使用後は使い物にならなくなるという話だ。本国で点検しなければいけないと言っていた。

制限付きの最強火力……ロマン砲だな。ミッテルだけ羨ましい、僕にもちょうだい。


「貴方が立派な司祭になれるなら貰えるかもしれませんよ」


うん、無理そうだな。

諦めよう。少し触るくらいは許してくれないだろうか?


「疲れました、寝ます」


ミッテルらしからぬ雑さだが、それほど疲れているという事は誰から見ても分かる。

ここはゆっくり寝かせておこう。



「あんな魔物もいるんだね」


「貴重な体験だったけど、もう2度と戦いたくないな」


少なくともあと5年は戦いたくない。

成長した後になら、いいかもしれないけどな。

……旗?まさか、立っていないさ。


「生きた心地がしない、ってこういうことなんだね。今も、心臓が爆発しそうなくらい動いてるよ」


「どれどれ……?」


「確認する必要はありません」


「はい……」


こんな事できるくらいにはゆとりが出来た。

ああ、本当に生きた心地がしなかった。

しかし今回も生きたんだ。それにアレだけの怪物相手にしても誰も欠けなかった。

誰が欠けても即死だった。遭遇運は悪いが、仲間運には恵まれているな。


さて、これからどうしよう。

このまま裏道を利用するとして……服も馬車もボロボロになってしまった。

シスルに行ったら新調……する余裕はないかもな。

南方大陸でそれらはすればいいだろう。


まずは近場の冒険者ギルドで情報共有。

これくらいしかできない。

僕たちが得た情報を使ってエースクラン公爵が勝利する事を祈る事しか出来ないな。



とりあえず……


リーシアの細い太腿(ふともも)に頭部を沈める。

相当な苦労だった。癒しが欲しい。

リーシアも疲れているだろうが、先に休ませてほしい、駄目だろうか?


「いいよ。ゆっくり休んでね、ムート」


天使(マイエンジェル)

昇天しそうな心地良さだ。

英雄らしい戦いは好きだが好きな事だけじゃなく、人には安らぎが必要だろう。


今は安眠を。

一難あった後にリーシアに癒してもらうのはもはや恒例行事である。



今回は本当に死ぬかと思ったし、仲間の1人くらい居なくなってもおかしくなかった。

無償で突破できた事に安堵しつつ、失われていない温かみに包まれ、一息の安息についた。

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― 新着の感想 ―
ん個人的ミッテルは助け人枠かな 主人公は努力で成長しないといけない ミッテルもしたかもしれないか、今の時点でこの物語だと彼は主人公にはならないかな 彼が主人公になる話なら数年前の彼の話から始まらないと…
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