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第28話 カールの悪魔

聖皇歴517年──シウムの街での出来事。



僕たちはとんでもない光景を目にした。

目の前の光景は穏やかだ。

髪を揺らす春風は、あまりにも涼やかで心地よい。


耳の中に無遠慮にも入ってこようとする侵入者はいない。

何処からも音がない。

だから穏やかに感じる。

無音の平穏が自然の中ならば心も穏やかにできただろう。


しかし、それは異常だ。

ここは街で、人々で賑わうはずの場所だ。



この街には、人がいない。



人族だけではない。

亜人とされる存在もいない。

いや、それだけじゃない街に居るはずの小動物すらもいない。

普通なら路地裏で廃棄された食料を頬張る(ネズミ)の1匹でもいるものだ。

牧場があるのだから飼い慣らされた馬や牛がいてもいいはずだ。


なのに、それすらもいない。

この街には生命がいない。


つい先日まで存在していた痕跡はある。

露店に並ぶ果実や野菜類はまだ腐っていない。

ありえないが街全体で夜逃げしたということも有り得たが……それにしては、露店にはお金が残っている。

それも石貨や鉄貨のような小銭ではなく銀貨や金貨が取り残されている。

夜逃げにしては危機感がなさすぎる。


突如として消えたとしか言いようがない。

先日まで存在していた街の生物が突如消えた。

有り得ないが、そうとしか言いようがない。


奇妙で恐ろしい光景が広がっている。

穏やかなのに肌に晒される風はなんだか冷たい。

体が勝手にそう感じているだけで、決してそのようなものでないはずなのに……体の芯まで凍えつかせる恐怖が全身に行き渡る。


「……………っ」


リーシアがくっついてくれたお陰で割と精神は正常に保てている。

ランスも震えながら僕の右肩を掴んでくる。

フッ、モテる男は大変だな。

それから逃げないのでもっと力を弱めて欲しいなランス。


一方でミッテルは平然としていた。

他の者たちが動けない代わりに率先して捜索してくれている。

状況に慣れている感が半端ではない。

流石は聖職者ミッテル。聖峰教会の叩き上げなだけはある。

これでも歳はランスより下なんだよな。


「な、なんか気味悪いな……冗談になんねえ悪戯だな」


「僕たちへの悪戯だけで住人どころか動物もいなくなるって……余程の僕たちは悪辣な集団と認識されてるんですね」


「だよなあ……」


「なんだか、嫌な感じ……。ねえ、早く行こう……?」


覚悟が座ってき始めたリーシアがこういうのだから長居は厳禁だな。

よし、回れ右して次の街へ向かいましょう。

僕たちじゃどうにもできない問題でした。


見るからに街全体を覆い尽くすほどの脅威があった後だ。

チェスタなんて比ではない。4対1でもどうにもならない。

いや、相手が1とは限らないな。

1000の魔物が生物だけを食らった可能性もある。

どちらにしても、僕たちがどうにかできるわけがない。


「そうだね。人がいないか探して早めにここを去ろう」


「……いえ。人はいませんよ。人どころか、小動物や虫の1匹すら、外から入ってきた物以外は街から消えました。これは、カールラウハイルの亡霊の仕業ですね」


「カールラウハイル……それってカールの悪魔のこと……?」


カールの悪魔。

カールの悪魔とは世界中で親しまれている話だ。

早く寝ない子はカールの悪魔に食べられるぞ、とは良く言われた。

当時の僕はそこまでビビらなかった。なんならカールの悪魔が来たら退治してやると思いながら寝たものだ。


「マジかよ!?カールの悪魔なんて本当に居んのか!?」


ランスがいつにもなくうるさい。

彼も小さい時にカールの悪魔に食われそうになった被害者なのだろう。

実際僕も少し怖い。現実で見てみると、やはり妄想とはかけ離れて違う。


「カールの悪魔って何?」


リーシアはキョトン顔だ。彼女はカールの悪魔の話を知らないらしい。

それはさぞ安眠できたでしょうね。


「カールの悪魔を知らねえのかよ!昔、母さんに「夜眠らないとカールの悪魔に頭からバリバリと食べられるわよ」って、そんなこと言われて怖すぎて全然眠れなかったわ!あの恐怖を知らねえとか、羨ましい!」


ランスがいつにもなく激しい。

彼にとってカールの悪魔は余程恐ろしい存在なのだろう。

まあ頭からバリバリは想像するだけで怖いわな。それは母親側の失態だ。


しかしランスの反応も分からないこともない。

相手がリーシアでなければ同じ反応をしていたはずだ。

あの話は割と怖い。

どこからともなく現れ食べてしまうなど躾にしては怖すぎる話だ。


「あれ怖いですよねえ、私もよく躾として使われました。お祈りをしなければカールの悪魔が近寄って来るぞと何度も脅されました。まあ実態はそんなに優しいものじゃないんですが」


「カールの悪魔の実態……」


その実態がこの街の有様と関係しているのは明白だろう。

カールの悪魔は人を食べる霊。

シウムの街に生物がいないのだから、カールの悪魔が街の生物全てを()()()ということになる。


「民間で伝わっているカールの悪魔は皆様ご存知の悪い事をしたら食べに来るというものですね。ですが、本来はまた別の話です。躾話の元ネタ、ですかね。400年前ほど突如として街から生物が消え去ったことがありました」


今のように、とは言わない。

そこは分かり切っていることであるからか。

ミッテルは無造作に歩みを進める。1人にするのは駄目だ、人がいないからトゥールも進みやすい。

皆でミッテルの後ろを追う。


「当時は分かりませんでした。原因は愚か何が起こったのかすら分からなかった。聖峰教会すらもお手上げでした。そのまま何も分からずじまいで、捜索も打ち切られた頃です。……約30年ほど後でしたか。とある街から生物が消えたのです。そして偶然にも、その光景を目のあたりにした人物がいた。彼はしがない冒険者でして1人で冒険していた時……見たのです、見てしまったのです」


「何を……?」


貯めるので、聞いた。


「黒いモヤが街を包む光景を!」


「ひぃ!」


脅かすような唐突な振り向きと大声。

実際ランスはビビり散らかす。片側から握る力が強くなりバランスが崩れそうになるところを持ちこらえる。


ランスの反応に手応えを得たのかミッテルはにんまりとした顔を隠そうともせず前方に向き直る。

こいつは本当に、聖職者らしからぬ趣味の悪さだよ。


「と、まあ最初は信じられていませんでしたが、同じような事例が数十年周期で起こり、通りかかった者が同じような証言をしたそうです。流石に虚言と言いきれず、これをひとつの存在による犯行だと結論づけました」


「それが……『街喰』カールラウハイル?」


「はい。我々聖峰教会及びに冒険者ギルドは死霊(アンデット)系の魔物であると認定し、カールラウハイルの亡霊という名になったのです。そこから時が経ち、『街喰』の話がカールの悪魔として転じたのでしょう」


「そのカールの悪魔は死霊(アンデット)系の魔物なんだ……。じゃあ魔法で倒せるの?」


死霊(アンデット)。個を持たぬ生命力(オーラ)だけの存在。

霊体生命とも言える存在で物理が効かない……とは嘘だ。

生命力(オーラ)を用いた攻撃なら基本全ての攻撃が通る。

闘法でも魔法でも通じるので案外怖い相手でもない。


そのカールラウハイルとやらも倒せる存在なのではないか……そうリーシアは問う。

概要を聞く限り、数百年間存在しているんだから出来たとしても相当な練度が必要になるんじゃないだろうか。


街ひとつを呑み込むとなると……天位はないと勝てるか怪しい。

レッドウルフのメンバーはかなりレベルが高いが、それでも無理な気がする。


「うーん……無理です。この世に存在するあらゆる手段を用いても滅ぼすのは無理かと」


しかし、ミッテルは到底聞き入れられないようなことをサラッと言った。


「撃退は出来ますし、逃げることも出来ます。しかし『滅ぼす』。この1点に関しては到底不可能でしょう。狙われた街は、それで最期となる。聖峰教会も頑張ったのですがこれが中々に……成果が見込めず」


腕を上にしてお手上げと示す……彼がここまで言うのなら、そうなのだろう。


滅ぼす事は不可能。

あらゆる手段を用いても滅ぼせない。

避けようのない、死の顕れ。


死霊(アンデット)ならば、どれほど強くても神聖魔法を用いれば対抗は出来る。

聖峰教会なら尚更……神聖魔法の大御所とでも言うべき組織すら諦めなければならない理由がない。


「カールラウハイルが死霊(アンデット)ならば、どれほど楽だったことでしょうか」


ミッテルの言い方は……まるでカールの悪魔が死霊(アンデット)ではないと言っているようだった。

しかし一々区切るな……もう簡潔に言ってほしいよ。


「もったいぶらず言いいなさい。そういうところ貴方の悪い癖ですよ」


「リーダーの命令ならば。言ってしまえば、カールラウハイルとは()()()()なのですよ」


分からない。

概念存在……分からなさすぎる。

簡潔に言いすぎて逆に分からなくなるいい例だ。


「じゃあ、そのカールラウハイルは概念体……何かの概念の具現化ってこと?」


「正解です。流石ですね、リーシア」


素人質問で恐縮なのですが、と言わんばかりにリーシアは答えを掻っ攫っていった。

概念の具現化……ほう、まだ分からない。

ランスも分かってなさそう。僕もさっぱりだ。


流石はリーシア。

天使(マイエンジェル)としての格の違いを見せてくれた。

概念体?だとかよく知ってますね。


「カールラウハイルは一言で済ませるとすれば『飢餓』の概念の具現化です。世界から生物や植物が減り生命力(オーラ)が枯渇した際に……世界は飢えるんです。世界生命論はご存知でしょう?」


「知らないです」


「結構、そこまで期待していませんでした。世界にも魂があり生きている……と仮定した際の理論の事です。仮定の理論に仮定を組み合わせただけの、不完全な存在証明ではありますが……世界の飢えこそカールラウハイルの正体。世界が内包する生命力(オーラ)が減少した時、世界もまた植えて生命力(オーラ)を喰らう。それがカールラウハイルである……と、聖峰教会は仮説を立てました」


あくまで仮説。

そうでない可能性が高い。

ただの虐殺であるはずが、世界の手によって引き起こされるとすると……正当な物であるかのように見えてしまう。


カールラウハイルの名前に意味はない。

カールは第一発見者の名であり、ラウハイルは第一の被害にあったウルイの街から取られたもの。


名を付けるだけ、無意味なのだ。

世界に名前はいらない。

神が無慈悲に命を奪うことがあるように、世界も無惨に命を消し去ることがある。


街に狙いを定めた理由も、それなら単純で分かりやすい。

生命力(オーラ)を減らす要因である人類が多く、人類は生命力(オーラ)を多く内包している。


世界にとって街ひとつ消すということは()()()()()んだ。


人がいない道を歩いて数分。

本当に誰もおらず、静寂しかない。

リーシアが近い分彼女の鼓動が何よりも大きい音として伝わるほど静かだ。


ミッテルが向かった先はでかでかとした看板で目立つ木造建築……冒険者ギルドだ。

何の変哲もない、何処にでもある冒険者ギルド。

しかし活気がない。沈黙が悲しい。

真夜中の冒険者ギルドですら恋しくなる静けさだ。

酔っ払った冒険者たちの宴会は案外楽しい。しかし、賑わいはここにはない。


普段あるはずのものがないというのは本当に寂しい。


「冒険者ギルドで何すんだ?」


中には誰もいない。

依頼の受けようもないはず……。


「近隣に連絡するのですよ」


そう言ってミッテルは扉を開けて冒険者ギルドに入った。

トゥールに待つよう命令して僕たちも入店する。

中は、まだ明るい。

光源石で出来た明かりが灯っているのだから、本当に数日前の出来事だったのだろう。

食べ残しの料理はまだ腐っていないが、嫌な匂いを漂わせている……。

壁に立てかけられた剣は2度と同じ主に使われることはない。

冒険者なら生き残っているかも、なんて安直な考えは簡単に打ち砕かれる静寂。


やはり人がいない冒険者ギルドほど寂しいものはない。

しかし連絡を取るとはどういうことだろうか……手紙でも送るのか?


「冒険者ギルドは全国に情報を共有できる魔法具(マジックアイテム)を保有しているんですよ。それを扱えば、大陸間での情報共有も可能です。王国が冒険者ギルドに支援を与える理由の一つでもありますね。支援していると、冒険者ギルドが仕入れる他国からの情報も入ってくる」


ミッテルはこれまた慣れた手足で普段受付嬢が立っているカウンターの方へと乗り込み、中で何やら魔法具(マジックアイテム)を弄っている。

こういうのもやったことあるんだろうな……。

ミッテルは多彩というか本当に万能僧侶だ。

もう彼1人いれば何でもこなせるのではないだろうか……聖峰教会の任務を1人でこなせているらしいし、冒険者くらい余裕か。


「ねえ、それって簡単に使えるやつなの?」


「ある程度の地位を持った者しか使えない仕様です」


「ミッテルは使ってるじゃん」


「マスターキー、というものがありましてね」


やはり聖峰教会は黒だ。

白が好きなくせに内情は黒すぎる。

全国に情報共有できる魔法具(マジックアイテム)のマスターキーを持っているって、まともな組織のなさが異常だ。

それを隠そうともせずにミッテルは大っぴらに見せびらかしているのがまた恐ろしい。

僕たちが公表しても揉み消す自信があるんだろう。


「終わりましたよ。数日もすれば近場の街の冒険者がこの街に押し寄せてくることでしょう」


相も変わらず手際が良い。

ミッテルを仲間にしておいて本当に良かったと思う。


「……………」


さて、早く出るか。

リーシアが先程から、耳を尖らせ警戒を露わにしている。

可愛いが、耳を触ると本気の軽蔑をぶつけられるので理性の我慢を要求される。

それにこういう時は本当にリーシアの神経が逆立っている。下手に触ると爆発する恐れがある。


「最善の選択をありがとう、ミッテル。異論はあるかもしれないけどシウムの街を離れよう」


「賢明です。このまま居座ると後から来た冒険者に質問攻めで時間を取られますからね」


いや、それはいいけどリーシア的な問題での話だ。

全てにおいてリーシアは優先される。今回とリーシアが嫌というのなら早めに切り上げるのが1番だ。


僕たちは冒険者ギルドを出て、トゥールの体調を見ながらシウムの街を後にする準備をする。

準備と言っても来たばっかりだからそれほどすることはない。


やはり静かだ。

まだ昼の陽が頂点に来た頃だから、そこまで恐怖はないが……夜の暗闇でこの静けさは世界が終わったと錯覚してしまう暗黒になるのだろう。


本来ならこの街に返信の手紙が来るかもしれないが……それを待つ時間もない。

どうせサミエント王国にはすぐ辿り着く、1ヶ月安否を確かめるのが早くなるだけでそこまで変わるようなことじゃない。

3年と半年も経っているのだから、今更1ヶ月くらいなんてことはない。


出来ることは……ない。

助けることは不可能だった。

曇ることはない、無理だったのだから仕方ない。

誰が居ても同じだった。

胸に、後悔を浮かべる理由もない。


カールラウハイル。

『飢餓』の概念。世界の飢えの具現化。

言っている意味は、あまり分からなかったが……ただひとつ、僕たちにはどうしようもない事だったということは分かる。

それは災害で変わりようのない運命だった。


世界にはそういったものが沢山あるのだろう。


例外はない。

誰かは特別だからそうはならない、なんて事はない。

平等に振りかざされる不幸がある。

理不尽だ。



この世界は……

本当に、命が軽く、壊れてしまう。

今回のカールの悪魔ですが、概念存在もいる世界観であることを説明したかったからです。

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