第2話 はじめての闘法と魔法
聖皇歴513年──冬季。
雪が積もり街並みは白一色の世界へと包み込まれ、陽射しに照らされれば白は銀となり輝いてみえる。
西方大陸の冬で雪が降ることは珍しいことではない。
毎年一定量は降るし、天の神様の裁量次第では大雪になることもある。
西方大陸でもわずかに北側に位置するサミエント王国ではそういったことも時々ある。
出来る限りの厚着をして、肌色の素肌は顔以外を覆い尽くす。
家の中なのに白い息が出てしまう寒さ……。
子どもは風の子、僕ならへっちゃら平気。
「お母さん、行ってきます!」
一冊の本と一本の木剣を持って外に駆け出す。
風を切って走る体はどんどん冷たくなる。
厚着しているからと寒いものは寒いけど、ここ一年あまり外に出ない日は雨や風が強く吹く日以外ない。 どれだけ強い太陽でも、どれほど冷たい冬風でも関係なく突っ走るのだ。
いつも赴く大樹の下……よし、と気合を入れて一発!
木剣を握る手に力を篭める。入れられるだけの腕力を、子供とはいえある程度鍛えてきた自分の手から湧き上がる力が木剣に力を宿す。
闘法『闘気』。
剣といった武器、身に纏う武具、はてには肉体にも纏わせ攻撃力や防御力を高める基本中の基本となる闘法。
「だいぶ安定したきた……。うんうん、半年間続けてきたからね、このくらいできなくちゃ」
木剣から力を抜いて持ってきた本の頁を開く。
というかずっとし続けると疲れる……僕がこれを継続させられるのは5秒か、無理しても10秒程度。
闘法。
内なる力を使い肉体を一時的強化またはそれらを用いた技術の事を指す戦闘技法。
内なる力とは、時に基本技術である『闘気』と呼ばれることもあるが……実際はまったくの別物だ。
内なる力とは生物が持って当たり前のもの、この世界に生きているのならば誰もが持ちえて当たり前なもの。
すなわち、生命力。
闘法とは命そのものを武器とし、秘めたる力を引き出す技術なのだ。
「これが闘法。僕はまだ子供だから、生命力の量も少ない。当然ちゃ当然だけど……でもかの剣帝は10歳の頃に2時間以上戦ったって話だし……」
本にはこう示されている。
【生命力の基本量は生まれつき、そして特訓による外付けの上昇以外で増えることはない】
つまり才能がないものはのその分訓練しなければいけない。
当然といえばそうなのだが……生命力の上昇は若い内でないといつしか失速していくもの。
歳若き頃より訓練しなければ上位に至ることは決してない、ましてや自分が英雄といわれるためにはもっと若い頃から剣を振り続けるべきだった。
改めて、自分には特別な才能がないのだと知った。
生命力に関する基本戦闘技術が載っているこの本を父から誕生日に貰って以来、実践して以来、才能のなさを実感させられた。
はじめは絶対できるという謎の自信とともに、実践した結果……1週間頑張っても何も出来ず挫折した。
次に父に頼った。
父は下位とはいえ冒険者で闘法の扱いもできたから、習う他の道はなかった……それでも、薄らとすら『闘気』を纏うことはできなかった。
母に作ってもらった木剣を愚直に振り続け、2ヶ月経ってようやく闘法『闘気』を扱えた。
それも薄らとだけだったが、着実な一歩である。
父はこれを成すのに2週間とかからなかったらしい。
その時の父よりも小さかったとはいえど、あまりにも悲惨な才能の欠陥……。
「一時期ぜんぶ投げ出しそうになりもしたけど、まあそんな時間があるなら特訓あるのみ、だよね」
けれど僕は持ち前の前向きさで乗り切る方法を取った。
才能がないのならその才能分他の人よりも努力を積み重ねればいい。
うじうじしている暇も惜しい。
何よりそんないじけている英雄はいないからね。
「……次は、よし」
腕に力を入れて掌を宙に掲げる。
生命力を腕の方へと集め、ひとつに固め、穴なき穴から外へと放出せんと極限まで集中した。
本当に小さな通り道、糸を針に通すような手先の作業……コンマのズレが、戦闘において隙を晒すことになる。
一発で通さねば、これを使っての戦闘は無理だ。
そう。
「……『着火』」
魔法だ。
初級も初級、下位も下位、E級魔法。
ただ火の玉を生み出すだけ、光源替わりになればいい方。
しかしこれでも努力して培った成果なのだ、自分を褒めてもバチはあたるまい。
というより、多分だけど闘法習得の遅さは魔法の影響もあったと思う。
同じ生命力を扱う点から同技術に見えなくもないが、実際やってみると驚くほど違う。
生命力を体内で操り、肉体に本来持つことのない力を宿すのが闘法。
生命力を体外に放出し、イメージによって新たな力を生み出すのが魔法。
一見すると体内と体外の違いでしかないが、これがかけ離れている。
喩えの話だけど、切り傷をつけて出た血は自分の手で掬うことや凝固なり蒸発なりさせられる。
しかし体内にあれば自分の手ではどうにもならずただ体全体に行き渡らせることしができない。
逆もまた然り。
体内で血液を循環できたとしても外に出ては自分自身という肉体の主導権から外れることになる。
掬うことひとつすら適わない。
同じものでもまったく別。
これが闘法と魔法の関係性。
……と、本に書いてあることに少しだけアレンジを加えて僕は読んだだけ。
闘法と魔法が扱う力は同一なれど、扱い方はまったく異なる。
そのせいもあり、こんがらがったのだろう……。
闘法も魔法の扱いもごっちゃになり、結局時間をかけることになってしまったわけだ。
「でも闘法と魔法、どっちもかっこいいから仕方ないよね。どっちか一方なんてもったいない!僕は両方使ってこそ、英雄だと思う!『聖皇』様が自由自在に扱っていたように、僕も頑張らないとな!」
もう一度本に向き直って、特訓という名の反復練習を繰り返す。少しづつ、懸命に、何度でも、同じことを繰り返す。いつか成果が実ることを信じて、実直に続けるしかない。
*
闘法、魔法には等級がある。
いや、あって然るべき事柄だ。なければ盛り上がりに欠ける。
下位。
中位。
上位。
最上位。
ここまでが下級階位に属される等級であり、基本的に一般人で到達できるランクであり、最上位の技術をみにつけた冒険者であれば尊敬されるにしかるレベル。
名の通ったパーティのほとんどが最上位な場合が多い。
のらりくらりと旅をする冒険者にとっては最高ランクに位置づけられる。
しかし最上位冒険者がいたとしても、上級階位の冒険者は稀にいるかいないか……いたとしてもその人は物好きのレッテルを貼られるだろう。
なぜなら、上級階位は歴史に名を残すような大人物に付けられる称号で最上位と上級階位では天と地の差がある。
聖位。
天位。
神位。
全位。
これが上級階位。最上位と聖位では天と地の差があるのだ。
聖位の剣士は個人で国の戦力を担う大戦士……聖位の魔術師は個人で軍隊を相手取れる大規模魔法の使い手であるという話だ。
聖位ですらこのレベルの話であり、神位や全位となればそれはもはや伝説の英雄……『聖皇』アスタル・リスタのような存在しか該当しない。
神位ほどになると襲名制?……らしく一分野に一人しかいない、これが原則として存在している。
全位はこの世界には一人もいない。
何故居ないかと言うと……偉い人に聞いてみないと分からない。
色々理由があるようだ。
僕?僕はもちろん下位剣士、下位魔術師、闘法も魔法も基礎レベルでしかない弱小だ。
下位魔法「着火」。
正直言うとショボイ。
ただ火種を生み出すだけ、攻撃に転用できるものではなく便利魔法の類。
魔法としては下位の中でも下位の下位に位置するもの。
扱えない時点で弱っちいのはわかっている。
剣を打つ音……帰り道にある道場から聞こえる掛け声と竹刀で打たれる打撃の唸り。
冒険者だったという上位剣士が教えている道場……竹刀の振りを外から視る。
速く、ブレがない切っ先は相手の命を奪うことに特化した、まさしく必殺。
上位剣士でも自分から見たら天上のように思えた。
同じ動きをしようにも筋肉量が足りず、大幅な劣化でしか再現できないだろう。
今の僕にはなにもかもが足りない。
「いつかアレになれたらな」
時間のほど門限に近い。
母の雷が家に落ちてしまう前に急がなければ……こんなところで四苦八苦してる時点で、僕はまだ子供だ。
理想があってもそれに届くだけの長い手は持っていない。
必死に腕の伸ばしたところで届く物はあまりに少ない。
子供の手は短いながら遠い夢に向けて伸ばしてしまうもの……本気で、届かないなど思わず手を伸ばすのだ。
愚かだな、なんて思うことあれ自分自身も当てはまるため、そういうものなどだと納得した。
誰もが理想を語る大言家、大言を現実にするのは難しい。わかっていても諦められない。
そう、僕みたいにね!
昼の陽が沈み、黄昏色の夕陽も徐々に消えつつ夜の月が出始める。
稽古も終わり道場から出ていく人たちと、街を照らす魔石に明かりが灯され始めた。
うん。これ門限に間に合わない。
帰った後、酷いほど叱られ7日間外出禁止を言い渡されたのは……まあ諦めも必要だと悟らせてくれるいい機会だった。
闘法と魔法の説明が難しかった……ありきたりな設定ですけど受け入れてくれるとありがたいです。