第27話 神聖国での冒険
『戦光闘気』から『閃光闘気』に名称変更しました。
聖皇歴517年──春季。
吸血鬼事件から2週間の月日が流れた。
聖峰教会の支援品を待つ間に復興作業の手伝いや避難民への炊き出し、あとはリーシアの機嫌取りなどを行って時間を潰した。
失った備品一式が届いたのは1日前。
遅い気もしたが聖峰教会もドタバタしているらしいから仕方ない。
吸血鬼のせいで亜人排斥がどうこう……関わりたくないので聞き流した。
聖峰教会のいざこざは僕には関係のない話だ。
貰うものを貰うだけだ。
ということで、お待ちの衣装切り替え!
トリロさんから頂いた物を新調するのは少し申し訳ないが、僕の身長もどんどん伸びてきている。
150cmはあるはずだから。
それに北方仕様の服は西方では暑い。
残念ながらここでお別れだ。1年ありがとう。
衣装自体はそこまで変化はないが……なんと言うか、全体的に白い。
上も下も全部白。氷雪熊のマントも相まって白一色の人間だ。
赤髪が目立って仕方ない。
生地が薄くかなり動きやすい。
何かの魔法具の可能性もある。
ちなみに眼帯も教会からの支給品だ。
一応魔眼封じの効果がある。僕の眼は魔眼じゃないんだけど……相手の視線も狂らせられるらしい。
魔眼持ちとはあったことがないがこれで魔眼持ちを相手にしても不利にはならないだろう。
ランスも変わりなし。
白い上着に茶色のコート。
まあ似合っているな。ランスだしね。顔が良いからな。何着ても似合うんだよ。
さ、ランスはこれくらいでいいか。
大本命のリーシアは……天使として磨きがかかった。
西方大陸になってから全面的に押し出されていた素顔を包み隠さないフードを取り払った太もも辺りまで落とした白いローブ。
自然と太もも辺りに目を寄せてしまう。
要望通りのミニスカートなんだよなあ。完璧です。
西方仕様ということでタイツはなし。あれはあれで良いが、やはりリーシアの美しい御御足は晒してなんぼだ。
ついでにミッテルは修道服。
あのパーカーと短パンではない。
一応任務なので、と言っていたが……地下の時は修道服着てませんでしたよね?
問うのは野暮か。
ミッテルが仲間になった。
満場一致で、リーシアからも拒否は出ず歓迎することが出来た。
彼がやった強制加入のやばさはパーティをかなりの顰め面にしたが、まあチェスタ戦での奮闘を見ている分だけ絆は強い。
ミッテルは頼れる男だということが認知されている。
リーシアからの信用も思いのほか厚かった。
恋敵かもしれない。
要注意人物だ。いざと言う時は早めの処理が必要になるかもな。
一応近づくなと警告しておいた。
先約があるんでな、リーシアを取ろうなんて僕が死ぬまで早いんだよ。
しかし彼はそんな気はないとハッキリ言った。
信じたいが、いつやはり好きだと言い出してもおかしくない。
リーシアの魔力は淫魔を凌駕する。
釘刺しは何度も行うのが効果的だ。
「いえ。私には婚約者がおりますので」
13歳で既に妻持ちだと!?
進んでるなあ、神聖国。新生国だ。
これはミッテルがお偉いさんの息子だからかもしれない。
許嫁だろう。
「馴れ初めを聞いても……?」
ちょっと気になってミッテルに聞いてみた。
人の色恋沙汰に首を突っ込むつもりはないけど、パーティリーダーとしてメンバーのそういった話は気になるじゃん?
ミッテルの恋愛が想像できない。
ミッテルなら語ってくれる……そう思っていたが、あまり表情は浮いていない。
なんというか、哀れみのような目で空を見上げていた。
聞いては不味かったと謝ろうとしたが、彼は淡々と話し出す。
「孤児院で少しありましてね。聖峰教会が経営している孤児院でして、皆が聖イリアへ一生を捧げるために育て上げられた聖職者の卵でした。父上からこの中から選べ、と仰られたので……」
そしてミッテルは孤児院を徘徊することなく、即答で1人決めたという。
初めて見た時から、その人に決めていた。
これが10歳の時のこと。
3年前、生涯のパートナーを見つけた。
そこからは夫婦円満……とはいかず、ミッテルはこうして各地を駆け回っているので、初対面を合わせてもまだ5回しか顔合わせをしていないらしい。
もったいない……奥さんは大事にしろよ。
半ば強制的な婚約とはいえ仲良くした方が良いんじゃないだろうか。
もちろん、まだお子様の僕が恋愛事情を全て分かりきれていないため、ミッテルがその子をどう想っているかは定かじゃない。
「可愛い?」
「貴方の可愛いは、恐らく顔でしょうね。顔は良い方だと思います。リーシアを天使と呼んでいるムートからすれば、彼女もきっと天使でしょう」
ほう、大きくでたものだ。
リーシアの他に天使がいるわけない。
そもそもこっちは顔だけで天使認定しているわけじゃないんだぞ!
顔も良いけど、全て良いからリーシアは天使なんだ。
しかしミッテルからのお墨付きか……さぞ可愛らしい人なのだろう。
年齢は、ミッテルと同い歳くらいかな。
聖都で見ておけばよかった。
その時はまだミッテルのことは変な人くらいにしか思っていなかったけど。
少ししか聞かなかったが、ミッテルの顔を見れば何となくわかる。
愛しているが愛していない。
そんな気がした。
彼の顔には、珍しく彩がなかった。
笑うなり照れたり普段の彼なら本心として出していたものが、その人のことを語る時だけなかった。
「挨拶していかなくていいの?」
「構いません。互いに、悔いのない関係を築いていますので」
あまり言及してはいけない関係性のようだ。
僕が立ち入るのもあれだし、ミッテルの恋物語の進展はまたの機会にでも。
ミッテルの話はこのくらいで良いだろう。
特に目立ったことはないが、強いて言えば手紙を出したことくらいだ。
今までの事に付け加えてカメリの街での吸血鬼事件。
神聖国ルーンから出してサミエント王国までは1ヶ月以内に届くだろう。
第1目標がもうすぐ達成されそうだ。
次の目的地も手紙に書いておいた。
時が会えば手紙の返信が来るかもしれない。
淡い期待だが、期待は抱く方が楽だからね。
それにこんなに近いんだ。道中配達員が事故でもしない限り無事届けられるだろう。
さて、長話もなんだ。
僕たちはなんの障害もなくカメリの街を後にする。
復興作業をもう少しばかり手伝ってもよいが……あれほどの被害を直すには相当の年月がかかるはずだ。
僕たちの手が加わっても、そこまで早くなるわけじゃない。
子供はさっさとおさらば。
神聖国から寄贈品として頂いた馬を走らせ、4人パーティとなったレッドウルフは新たな旅路を目指す。
*
馬車を走らせる。
乗馬の仕方は一通りランガルさんに習っているためお手の物。
ランガルさん曰く馬は使えるようにしておいた方が便利との事。彼なら走って目的地まで行った方が早そうな気もするけど、体力温存などを考えれば馬を利用するのは効果的なんだろう。
陽光によって色味を増す白い鬣に天を衝く角。
やはり一角馬は良い。顔つきが頼もしい。
ミッテルから聞いたが、この子は神聖国の聖騎士団が乗るレベルの白馬である。
やはり神聖国の色。白が好きすぎるだろ。
僕は彼に『トゥール』の名を与えた。
かつて伝説の英雄と駆け回った天馬トゥルースから取った。
光のように駆け、戦場を閃光に染め上げたという。
やはり名前は大きく、目指すものと似ていた方が良い。
トゥールと呼んだ際、若干ええ嘘だろと横目で見られた気がしたが……たぶん気のせいだ。
そんなに感情豊かなというか口答えする性格じゃないはず。
そうでなくては聖騎士団が乗る最上の馬にはなれないからだ。
最上の馬というだけあり、山道もへっちゃらだ。
トゥールは竜車に匹敵する速度と機動性で一躍みんなの人気者となった。
僕の操縦が良いとかではなく、トゥールの走りが良いと褒められていた。
解せぬ。
馬に嫉妬する日が来ようとは思わなかった。
リーシアが頭を撫でた時は少し殺意を覚えたよ。初めてだ、リーシアが取られるかもしれないという感覚に陥ったのは。
……と、馬に何を思っているのか僕は。
所詮は馬。馬なのだ。
伝説の馬志望かなんだか知らんが、トゥルースに見合う名になってから来るんだな。
え?名前は僕がつけた?
……………一緒に伝説の英雄と伝説の白馬を目指そうな、トゥール。
トゥールは基本誰にでも平等な賢い子だ。
嫉妬していようがいまいが、彼は関係なく僕にも接してくれる。
男として負けたと思われたその時……ミッテルから衝撃の一言を頂いた。
雌であると。
彼ではく、彼女だったのです。
逞しいから雄だと勘違いしていたが、雌だったなんて。
道中で男扱いしたのに彼女は優しかった。僕が撫でると頬ずりまで付け加えてくれる。
人気者になるのは当然だ、いい子すぎる。
こうしてトゥールは旅をし始めたった3日でパーティメンバーから認められ、レッドウルフ5人目?の仲間となった。
*
ミッテルは強い。
それはこの旅でかなり実感した。
あの吸血鬼を相手してきた一流の戦闘者なのだ、弱いわけがない。
彼は基本後方支援に徹している。
範囲治癒魔法により傷ついた箇所からすぐに回復、神聖魔法による強化でこちらをサポートしていく。
しかし、必要とあらば彼も前線に出る。
打撃は重く速く卓越した技術で拳の一撃で戦士の一撃をも凌駕する。
前衛と後衛を使い分けられる万能僧侶。
その階位は若干聖位に片足突っ込んでいる。
神聖魔法は最上位。武術も最上位。治癒魔法も最上位。
解毒魔法だけ聖位。理由は不明、教えてはくれない。
治癒魔法の聖位を習得すれば、聖位治癒術士を名乗れる。
本当に頼もしい仲間だ。
試合形式で模擬戦をしたが翻弄されまくった。
悔しいが強いのはわかっていたので、そこまで落ち込みもしない。
そもそも傍から天才に勝てるなんてそこまで思ってない。
僕より強い人は沢山いる。
鍛えても鍛えても到達できない次元がある。
僕の勝ち目は一発逆転、魔闘法だけだ。
とはいえ、魔闘法。
強力ではあるが如何せん弱点もわかりやすい。
燃費が悪く生命力が満タンの状態でも2回が限度だ。
強力な一撃ではあるんだが、やはり燃費は課題点となるだろう。
長期戦では負ける。
短期決戦でも良いが、最上位でも上の相手に1度で決めるのはほぼ不可能なことがわかった。
ルストは一撃で倒せたからよかった。
チェスタも長期戦に向かず仲間がいたからよかった。
しかしチェスタに魔闘法を使っても、一撃では仕留めきれなかった。
僕一人ならあそこで負けていた。
生命力の量を増やそうと特訓しているが、最近はかなり伸び悩んでいる。
ミッテルの話では今は生命力の成長期が緩やかになっていっているとのこと。
生命力の成長期……肉体の成長期に合わせて生命力の成長期も訪れるようだ。
20歳〜25歳あたりが生命力の成長期の終わり。そこからはどんどんと衰えていき、生命力が減っていくらしい。
そこで衰えぬよう『生命続法』で寿命を延ばし生命力の成長期間も延ばすのが主流のようだ。
また僕は才能がないのでそこまで延びませんけどね!
ミッテルからそんな風に言われた僕は終わりです。
生命力は訓練でも延ばせるがやはり肉体の才能が重要であるとの事。
例えば、ランスだな。
ランスは本番の成長期真っ最中であるためか、生命力の総量がえげつない。
常時闘気を纏っていても、生命力が足りてしまっている。消費速度よりも生産速度が早いとか……化け物だ。
『閃光闘気』もなんか出来たと言っていたし……才能の塊はこれだから怖い。
彼も聖位に片足突っ込んでいる気がする。
『閃光闘気』を使えている時点で最上位は確定だ。
僕も『閃光闘気』を使いたいんだけど、中々に難しい。
『闘気』を薄く厚く鋭くして刃のように、とは言うがあまり理解はできていない。
ランスはシュッとやってバーン、とか天才特有の曖昧な表現しかしなかった。
『閃光闘気』習得も今後の課題だ。
生命力と言えばリーシアもかなりのものだ。
最上位の魔法を20発撃ってもバテない生命力量。
前までは世界の生命力で構築された精霊と深い関係性がある妖精族だからと思っていたが、彼女は魔族。
魔族でも魔法が得意な一族なのか、それとも単なるリーシアの才能なのか、どっちにしろ凄いという事は変わらない。
流石は天使。
思い返せば、リーシアが魔族であるかもしれない部分はあった。
ランガルさんは妖精族?と言っていた。
それに馬車移動時ではよく眠っていた。
あれは魔物避けの効果で眠たくなっていたからだ。
聖都にいた時もそれで気分悪そうだったのかもしれない。
うーん、何故僕は気づけなかった。
リーシアだからな。リーシアの可愛いところしか見えていなかったぜ。
でも、あのとんがり耳はどこからどう見ても妖精族だ。
もしかしたら魔族と妖精族のハーフやクォーターの可能性もある。
その場合は種族名は半魔族になるのだったか……。
まあこの問題の整理はまた今度にお預けしよう。
リーシアと目が合う度に、もう少しだけを繰り返してしまいそうだ。
言い出す勇気というのは、あんまり持てない。
*
「おお……」
誰かが感動したような声を出した。
森を抜けた先は大きな湖でした。
冒険らしさに思わず声が出てしまう。
近くに川も滝もない、湧き水。
陽光が反射するほど澄んだ青色だ。輝いて見える、いや輝いている。
「レイル湖ですね。西方大陸ではよく見られる光景ですがこの湖は生命力の溜まり場なんてす」
「そうなの?」
「はい。西方大陸は『魔神大戦』の最前線でしたのでその影響で生命力が濃いんですよ。その中でも大きな戦いがあった場所はこのように生命力の受け皿として湖が形成されるんです」
聖都を囲むラグラス湖も同じとの事だ。
あちらは800年前の吸血鬼との戦いで、このレイル湖は500年前の『魔神大戦』で出来たもの。
何かの逸話があるのだろうか……調べてくればよかった。
近辺の街なら資料とかあるだろうしそれを見よう。
しかし、綺麗だ。
大自然の神秘をみていると心が澄み渡る。
空気も美味い。やはり自然というのはいいな。
人の手によって作られた美しさも良いが、自然が生み出した美しさというのも素晴らしい。
「休憩がてら、今日はここで野営でもしようか」
僕の一言で迅速に準備は進められる。
焚き火用の枝木集め、眠り場の石の除去など、みんな手際が良い。手馴れている。
トゥールは賢いから逃げはしないだろうが木に手綱を巻き付ける。
不安ありげな顔をされたが我慢してください。
準備が出来たなら次は今日の献立だ。
革鞄の中を掻き分ける……整理されていないから食材を入れている袋を探すのも一苦労だ。
リーシアには整理しろと言われるけど、なんだかんだといつも後回しにする。
整理してもすぐ汚くなるし別にいい気がするけど……。
買い溜めも底が見え始めてきたため、探すのが少し手間だった。
次の街までは何とか持つだろうが。
冷凍保存している食材で作れそうなもの……定番のスープかな。
そういえば、キノコがあるな。
きのこのスープにしよう。
うん、定番すぎる。もっと何かないものかね。
森の山菜を集めてもいいが、ここら辺の食べれるものが分からない。
そういうのも調べないといけないのは分かるが、少し疎かにしてしまっている。
なんせ最悪は解毒魔法があるからな。毒があっても致死のものでなければセーフ判定を出せる。
何が食べれるかミッテルが分かるだろうか……って、何してるんだあの人たち。
「何してるんですか?」
湖のほとりでコートを脱いで準備運動をするランスに何らかの魔法をかけるミッテル。
準備が終わったからって湖で遊ぶつもりか?
「折角なのでランスくんに魚でも取ってもらおうと思いまして」
「魚取りは得意だぜ。昔、何度か兄貴と何匹捕れるか勝負をしたからな」
ランスにもそんな時期が……というか兄いるんだ。
全然聞かないからいないと思っていた。
1年以上共にしてるんだけどなあ、僕はパーティメンバーの事をほとんど知らないらしい。
なんだか悲しい……これから知っていこう。時間は少ないが、その分を濃密に。
さて、ランスは魚を獲るつもりのようだ。
スープだけでは味気ないから有り難い。
ランスなら魚くらい楽勝だろうしな。
10匹くらい期待しておこう。
「よし、行ってきなさい、ランスくん!この湖の魚を全て狩り尽くすのです!」
「おう!」
なんか仲良くなってる……。なんで?
ミッテルは誰とでも波長を合わせられる天才だからか。
それが真で偽ということをランスは見抜けていないんだ。
だからランス目線はただただ気の合う友達ってことだろう。
ランスの泳ぎは見事の一言であった。
力強さがあるおかげで水飛沫が飛ぶに飛ぶ……その分の速さもある。
彼って魚人族だったかと思うほど速い。
槍を持っているとは思えない推進力だ。
彼は湖の真ん中辺りまで辿り着くと潜行を開始した。
……待つか。今のうちのトゥールの毛並みでも整えてあげるか。
「実はこの湖、かなり特殊でしてね」
唐突にミッテルがそんなことを言い出した。
彼は悪い顔をしていた。
嫌の予感がする。ミッテルはこういうことを心の底から楽しむ手合いだ。
ランスが心配になり湖の方を向いた……その瞬間には遅かった。
全長10mはあろう巨大な魚がランスが潜っていた地点の水面から飛び出してきた。
ランスは……食われた?
というかなんだあのバカでかい魚は!?
「生命力の溜まり場と言ったでしょう。そこで育った生物も生命力が高いのは必然ですよ」
だからってあんなに大きくなるものか!?
いや、そんな事どうだっていい。まずはランスの救出だ。
しかし次の瞬間……湖面から小さなものが飛んだ。
魚と比べれば小さいソレは、圧倒的なパワーで魚を湖のほとりまでぶっ飛ばした。
僕とミッテルは避ける。
一緒に舞い飛んできた水滴がかかる。
大地に面した魚は飛び跳ねることもなく、今の一撃で完全に絶命した。
だ、誰がこんなことを……と犯人は分かりきっている。
「でけえな、ここの魚」
ランスだ。
でけえなの一言で済ませてよいのだろうか……ランスはビビりではあるが恐怖の線引きが分からない。
あんなの水中で遭遇したらビビり散らかすぞ僕。
オリーブ色の10mはあろう大物。
10匹も要らなそうだ。この1匹でお腹いっぱいになる量だ。
「大物ですね。丸焼きにして食べましょう」
「丸焼き……大丈夫?内蔵とか食べていい種類の魚なの?」
「魚なんて焼けばだいたい食えるだろ」
「そうですね。どんなものでも焼けばだいたい食べれます」
本当かよ……。
信じるけど、内蔵とかは君たちが食べてください。
ちゃんとした身の部分はリーシアに分配しよう。
「切り分けましょう。食べきれない分は冷凍保存でもすればよいでしょう、数日は安泰ですね」
そう言うとミッテルは懐から黒い箱を取りだした。
中に入っているのは複数の瓶。
白や茶色、赤色の粉や濁った茶色の液体などがある。
見た感じ白と茶色の粉は塩と胡椒だろうか……。
「調味料セットなんて、よく持ち歩いてますね」
「任務先は過酷ですので少しでも気を紛らわせたいのですよ。鼠を食べるだけでも味付けひとつでお腹の方は変わりませんが心が満たされます」
「鼠を食べたの?」
「はい。『生命続法』を使っていましたので1週間は飲まず食わずで済むのですが、その任務は1ヶ月ほど潜入調査でして。その際は食料に困りましたので鼠や虫でやり過ごしていました」
聖峰教会の任務は、色々と過酷だ。
人の生き死には当たり前、自分の死すらも隣り合わせ。
それは冒険者も同じだが、彼らの場合その頻度は計り知れない。
ミッテルはそれにずっと耐えてきた。強いわけだ。
「塩もよいですが……焼き魚の醤油漬けにしましょう」
するとミッテルはひとつの瓶に手をやった。
濁った茶色の液体が入った瓶……僕もそれは気になっていた。
主に食べられるのかどうかで。
色がとにかくやばい。
パッと見ただけで口にして良いものではないものがわかる。
「……なあ、それ大丈夫なヤツだよな?」
「飲みすぎると体に悪いですね」
ランスの質問にミッテルは駄目な解答をした。
体に悪いって、駄目じゃないか。
何でもの持ち歩いんでるんだこの人……もしや毒か?
標的と信頼関係を築いたところでその毒を使って殺す。
聖峰教会が黒すぎて有り得ないこともない。
「適量であれば問題ありませんよ」
不安は残る。
本当にミッテルを信用していいのかどうか……。
*
翌日。
醤油。
大豆と小麦と塩でできた不思議な調味料。
見ただけだとどす黒い毒のような液体。
しかし口にすればそのような感想を抱くことはない。
香りから感じる酸味は食材本来の風味を際立たせる。
早速作り方を聞いた。
少し手間はかかるようだが、それでも旅道中に作って保管するのはありだ。
本来は東方大陸由来の物らしいが、豆がよく取れる西方大陸では作りやすい。
ミッテルはこういう調味料を自作しているみたいだ。
やはり聖峰教会の任務とは厳しいのだろう。
食ひとつすら至高の喜びとして昇華できるほど辛い。
泣けてきた。ミッテルは相当苦労してるんだな。ちょっとでも幸せになってほしいものだ。
「主に縋れる時点で私は幸せですよ」
宗教とは恐ろしい。
神がいるから自分は幸福であると思い込んでしまう。
誰かミッテルの奴を救ってやってほしいと切実に思う。
特に名も知らぬ奥さん、うちのミッテルを頼みます。
そんなこんな旅にはなんの苦労もなく目的地に到達しようとしていた。
シウムの街。
遠目から見る分にはその有り様が分かる。
広がる畑と牧場、近辺にある生命力の大皿であるムラニア湖の輝きが平穏であると教えてくれる。
神聖国ルーンの街は聖都ムーン以外は何処ものどかだ。
手紙には次の目的地はシウムの街であることは書いた。
手紙が届いてくれるといいなと思いながら、帰路への1歩を僕は進める。




