第25話 レッドウルフVS吸血鬼 後編
2行開けてましたが今回から1行にします。他の話も時間がある時に修正いたします。
それは、数分前の出来事。
ミッテルが吸血鬼エデッセを請け負ってから、約30秒ほど。
ムートたちの戦いの邪魔にならぬよう、戦闘場所を離すことに成功していた。
ミッテルには戦場全体が見えていた。誰が誰を相手して、どのように立ち回れば良いか、全て把握している。
「さっさと、千切れちまえ!教会の犬があ!聖水の臭いんだよお!」
『大喰らい』のエデッセ。
頑丈な顎と特殊な胃袋を保有し、目にする全てを喰らう吸血鬼。
騎士の位を持ち、もう数十年すれば貴族位を得られるであろう存在だ。
知性は低くも、凶暴性は他の吸血鬼よりも鋭い。
食欲のままに動く奴は、獣のような独特な挙動で敵を殲滅する。
上位だが、その危険性を加味した場合は最上位に至るやもしれない怪物だ。
「私そこまで聖水好きじゃないですよ?」
そのような人ならざる者を相手にしているとは思えない小馬鹿にした態度で攻撃全てを回避する。
岩をも噛み砕く剛顎は一撃で獲物を仕留めるだろうが……当たらなければ意味がないとはこの事だ。
エデッセの猛攻は1回たりともミッテルを捉えることはなかった。
不規則的な動きではあるが、攻撃自体は単調。故に回避も容易。
とはいえ、まだ30秒程度。
戦闘はここから激化するに違いない。
「惜しい」
からかうように極限まで引き付けてからの回避した結果、エデッセは止まることができず民家へと頭から突っ込んだ。
ミッテルの眼は冴えている。どのような状況下でもただしく判断できるだけの頭もある。
だが、
「ぺっ!!」
見誤ることは誰にでもある。
口に含んだ岩石を勢いよく吐き出した。
砲弾の如き豪速球。
受けるどころか躱すことすら適わないような一撃。
ミッテルの眼前に迫った砲弾は、彼の顔面を粉砕する……
「フン」
縦蹴り。
地上から天へと押し上げるほどの蹴撃で、岩の砲弾を天高く打ち上げる。
「は……………?」
次の瞬間、エデッセの顔面に拳が突き刺さる。
強烈すぎる打撃にエデッセは何も出来ず民家へ激突した。
「失礼。一撃で潰したつもりだったのですが。騎士位の吸血鬼、流石に硬いですね」
わざとらしく手首に力を抜いた手を振る。
全く心が籠っていない賞賛は、敵をイラつかせるだけの言葉だ。
先刻と同様、大砲に瓦礫を詰めて撃ったと言われても信用されるであろう、瓦礫の塊がミッテルを襲う。
常人ならこれで終わりだろう。
「まあ、よくある魔法掴みのようなものです」
だがミッテルは凄まじい弾速の瓦礫を腕1本で掴み取り、地面に落とす。
魔法掴みなど適当を言っているが、そんなものはない。
「貴方のような吸血鬼は如何様にも存在します。対処、処理、破壊、消滅、殲滅こそ聖峰教会が成すべき使命」
「お前!逃げるだけの、獲物の癖して!僕を殴ったな!」
「殴らなければ倒せませんからね。それに逃げていたわけではありませんよ?ただ単に祈りをしていただけです。我々聖峰教会は戦闘前に祈りをするのが決まりとなっています……まあ、守らない人が大半ですけど、私はちゃんとやりますよ。いくら主の大敵であろうとも、死したあとはひとつの魂として浄化されるべき……これが聖峰教会の教え、ですからね」
「意味わかんないこと言うなあ!」
猪突猛進な突進を避け、蹴りを首筋に打ち込む。
一撃で意識を刈り取るほどの威力だが……エデッセは吸血鬼の耐久力で押し留まり、逆にミッテルの首目掛け牙を突き立てる。
「要は余生が増えたということです」
真正面から行ったエデッセは顔面に再度強烈な打撃を貰う。
衝撃で吹き飛ばんとする吸血鬼に、追撃の蹴りを鳩尾に殴打させた。
吸血鬼は人族に酷似しているが鳩尾が弱点ではない。痛みはあるが、人族ほどではなく、すぐに復帰できる程度のものだ。
「おぐっえ……!」
であるはずが、エデッセは痛みに嘔吐き食べてきた物の代わりに血液を吐き出す。
腹の中身を直接焼かれたような激痛の中で無理矢理意識を保った結果、生命の源たる血を大量に消費した。
聖なる加護。神聖魔法による対魔特攻とでも言うべき効力がミッテルの攻撃全てに上乗せされる。
吸血鬼であれば攻撃箇所に聖水を掛けられたような爪痕と激痛を与える。
「おや?初めてでしたか、受けるのは。さぞ痛いでしょうね。何故なら我が毛の1本に至るまで主の祝福ありし、聖の塊なのですから。貴方がたが触れて良いものではありませんよ」
まあ、と付け加えミッテルは腹を抱えて蹲るエデッセに近づく。
「私は主とか信じてないんですけどね」
聖職者としてあるまじき発言を堂々と言い放った。
聖峰教会のものに聞かれたら常識を疑われる言葉だが、エデッセには教会の事情だとか神だとかは関係ない。
どれだけの失言でも気に留めることはない。
獲物は喰らう、ただそれだけだ。
「聖イリアはいるとは思いますよ?神の存在も信じております。ですが、私の力が主の御力などとは思いません」
「があ……!」
起き上がり後ろ足を跳ね上げたエデッセが地面に支えを失い倒れる。
吸血鬼は倒れた原因を探るべく足に注視する。
原因など一目瞭然、右にあるはずの両手足が切り落ちていた。
「主は平等なのです。平等に、何も与えない。誰にも関与しない、誰にも微笑まない、誰にも目を向けない」
上空から風を切る刃が、ミッテルの手の内に収まる。
満月のように綺麗な丸を切り取った輪っか……彼の色でもある緑色を鉄の刃に宿したその武器は、円月輪という名の投擲武器。
直径20cmほどの輪は、月の光によって輝きを増す。
まるで満月かのように輝く刃こそ、聖峰教会が所有する武装の証。
一歩、踏み出す。
円月輪をまるで近接武器かのように構えたミッテルは、エデッセに完全なる最期の祈りを与えた。
「我ら聖峰教会に主の加護あらず。聖峰教会の力とは即ち、主を信ずる為に研鑽したものである。主の為に築き上げた力を以て、主の敵を打倒すのが、聖峰教会の在り方である!」
「僕は、お前らのことなんでどうでもいい!飢えたくないから、食わせろお!」
吸血鬼の再生能力は異常だ。
例え切断された手足でも即座に再生できる。
それはエデッセも例外ではなく、右両手足を肉の付け根から生やし……ミッテルを襲う。
ミッテルはあまりにも冷静に、円月輪を投げる。
速度はある。しかし、感知できないほどではない。
技能はあるが、力が足りず……エデッセは爪を鋭くし簡単に弾いて見せた。
それでもなお、ミッテルの余裕は消えない。
「お前……鬱陶しいからもう食べちゃうよお!!」
エデッセが飛び上がる、と同時に大口を開けた。
全てを呑み込む、暗黒の穴。
食欲だけが存在し、満たされない空腹。
人間時代の苦労、貧困で苦しんだ過去が吸血鬼になっても影響し彼に飽くなき食の器を与えた。
『地に穢れあり、天に灰ありき』
『悪食』の血力。吸血鬼の異能は、自らに利をもたらすだけではなく、自らの魂をも蝕む呪詛。
『聖堂の歯車の名において、御身の十身を八の死罪に分けよう』
彼も一重に、被害者であり解放されるべき魂。
主がお救いにならないのならば、救わざるは聖職者の役目。
「いただき……まああああっす!!」
満たされぬ食欲を満たすため、彼は今日も誰かを喰らう。
紅月の呪いは永遠なり、天地の栄冠が終わろうとも……。
「は……………」
瞬間……吸血鬼の意識が死んだ。
それは、彼の魂が宿った血石が破局したことを意味する。
『断罪・聖典神書第四節』
死の感触はない。
切り離された頭と首……食道に植え付けられた血石は今の一撃で破損し、二度とは何処にも血を送り出すことはない。
痛みはない。苦しみはない。ある意味で、救い。
ミッテルは聖イリアを信仰していない。
その在り方の尊さは理解するが、崇拝することはない。
……されど、主の従僕として迷える魂を救うことは厭う事はない。
ミッテル・ニニア・カードナーは主を信仰するが、主を信ずることはない。
「主よ、彼等が魂を救い給え……」
飛翔する、月の刃。
吸血鬼の首を跳ねながら、吸血鬼の血は一滴たりとも刃に染み込まない。
円を成す輪の全てが吸血鬼を切り裂く物でありながら、ミッテルは刃を遠慮なく握る。
彼の手に、傷はない。
何故なら、彼が扱う武器は対魔に特化した教会の武装であるからだ。
「ありがとうございます、ベル。また貴女に助けられてしまいましたね」
それは人ではなく、眼下の円月輪に語りかけたもの。
『百人姉妹』。
シスターズ・NO.68。
聖峰教会が所有する神秘の武装……シスターズと呼称される、聖なる加護が宿る主に仇なす悪を殲滅する為に作られた天と罰の祝福で形成された武装。
シスターズにはそれぞれに固有の神秘が宿っている。
NO.68の効果は至ってシンプルでありながら強力なモノ……
断罪の概念を詰め込んだ、対象の罪の数に応じた強制的な天罰の執行である。
シスターズの中でも、これ以上ないほど単純で強力な武装……それこそNO.68。
扱いの難度こそ高いものの、ミッテルは最高峰のシスターズを手にするだけの資格を得ている。
ミッテル・ニニア・カードナー。
13という歳でありながら、彼が降した吸血鬼の数は100の位に達していてもおかしくないとされるほどの実力者。
聖峰教会が編み出した武術も、
主の光を用いる神聖魔法も、
他者を癒す為の治癒魔法も、
主への信仰心、聖峰教会の教義の内を伝道するに足る聖職者として手腕……全てが最高峰の練度にある。
神童ミッテル。
「……では。エデッセ……いえ、ピウス。主のお許しが得られるのならば、貴方の今後に幸福を」
ミッテルとエデッセの戦いは、神童ミッテルの圧倒的な力を以て事が終わる。
残るものはないが……決して吸血鬼の魂が囚われのままでは終わらず、命運の流れはいつしか正道に戻ることを、ただ願う。
*
エデッセが血の呪いから解放された頃……
二振りの黒剣の斬撃が家という家を切り崩し、眼前の敵を切り伏せんとしていた。
「……っ!」
建物をも両断する過剰威力の剣撃を回避するランス。
当たれば終わりの剣を受ける気にもなれず、敵から逃げ惑い時間を浪費し続ける。
そもそもランスの目的は勝利ではなく、敵一体をこの場に留めることで仲間たちが戦いやすくするためであり、戦闘にさしたる意味はない。
だから逃げ続ける。
吸血鬼の剣士から逃げ続ける。
「ちょこまかと。貴様も戦士ならば、正々堂々勝負したらどうだ」
『切り裂き』ロガン。
単純な剣技ならば上位剣士のそれと同格だ。
それだけに飽き足らず、ロガンの血力は『剣』にある。
自らの血で剣を生成することが出来る力。
1度見かけただけでは、強さを感じられないがその真意は剣に秘められた効果にある。
硬度無視。
ロガンの手で作り出した剣は、あらゆる物体の硬度を無視して切り裂く。
例えそれが鉄であろうとも紙のように切り裂く事が出来る。
実際にランスとの戦闘で大岩を凌駕する大きさの民家を容易に切断している。
ランスは警戒する。
ランスは本気でビビり、逃げることしか出来ない。
あの剣が当たれば、自分は即死する。
そんな当然の考えをして必死に逃げる。
「……………」
ロガンの表には見せないが、焦っていた。
同胞たるエデッセの死を感じ取っていたからだ。
ロガンとエデッセは同時期に同じ主の眷属として吸血鬼に変じたためか、力の一部を分け持っていた。
ロガンの鼻は特別製。
嗅覚で相手の人生を感じ取ることが出来る。
本来ならエデッセの力の一部であるが、こうしてロガンの手に渡ってしまい、返却する手段もないのでロガンの血と溶け合いロガンの物となった。
優れた嗅覚から敵味方両方の位置を完全把握できている。
無論、エデッセの死もだ。
その事については特に感情を抱くことはない。仲間意識はあるが、目の前の事柄よりも優先するものではない。
エデッセがやられた事で、聖峰教会の聖職者がチェスタと対峙するのは不味い。
その場合いくらチェスタでも不利に陥るからだ。
迅速に逃げ惑うだけの敵を仕留め、チェスタの元に戻り加勢する。
ロガンとてランスの目的が時間稼ぎなのは理解している。
通常ならロガンはランスを無視してチェスタの元に向かうのが先決だ。普段のロガンならそうした。
しかし彼の本能がそれを阻止する。
優れた嗅覚から来る危険の察知……ロガンの嗅覚が、ランスは不味いと傾国していた。
故に、ロガンは確実にランスを仕留める選択を取り、こうして対峙を続けている。
(逃げてばかり……思い違い?いや、俺の鼻は一切間違えたことはない。こいつは放置するべき相手ではない。俺が確実に仕留める)
「『烈双』……!」
「っ……!」
2つの黒剣が十字を描き、交わった剣閃が『闘気』の帯び斬撃が飛んだ。
ランスは危険性を感じ取り、しゃがみ込む事で斬撃を回避した。
敵を切り裂けなかった斬撃は、刀身そのものでないにも関わらず民家を見事に切り開いた。
「お……マジか……」
とにかくランスは震えていた。
今の攻撃を受けていたら自分は死んでいたのではないかと心の中で思った瞬間、下のあたりから生暖かい感触を得た。
考えたくはないが、そういうことだ。
ビビり過ぎて、少し、ほんの少し、名誉のために言うが本当に少し出た。
(あんな化け物にどうやって勝てばいいんだよ!?)
今まで戦ってきた相手はまだマシだった。
Cランクと言っても精々が中位程度……だが、眼前にいる怪物は違う。
ランスを殺す為だけに刃を持ち、剣を振るう狂人。
何よりランスが身構えても怯えず、相手より強く見せる事で優位を取れという教えは意味がない。
どん詰まりの行き詰まり。
ランスは戦う前から敗北を確信していた。
振りかざされる刃を見ては、ランスに勝ち目はない。
「では、恐怖の対象を視界から無くせばよろしい」
「アンタは……」
「教会の犬め」
声の参入では戦闘は止まらない。
ロガンの剣は鋭さを失われず、ランスもまた躱し続ける。
増援の登場で顔が綻ぶ……のも束の間、声を鳴らした本人は屋根の上で聖書を読んでいるではないか。
「何やってんのお前!?」
「祈りの時間です。30秒ほどお待ちください」
「長えな!」
会話を挟みながらもランスは的確に回避している。
父に愛のムチとも言える拳の数々は彼に軌道を読める良き眼を授けた。
とはいえ、眼が良いが故に更に刃の鋭さを実感してしまうため、ランスからすれば良いとは言えない代物であった。
「視界から刃物を無くしなさい。そうすれば怖くないでしょう?」
「目を瞑れってことか?逆に怖えだろ!」
「瞑らなくても視界から無くせば良いだけです。貴方の勘が鋭い眼があれば、刃の引き付けくらい苦ではないはずです」
「いや、それはそれで怖いだろ!」
「恐怖を抱くことは間違いではありませんよ、ランスくん。貴方は剣の鋭さを知っている、だから怖い。それは正しい、人として当たり前です。怖いものは見なければ良い……それも克服のひとつです」
言っている意味がわからない……が、ランスとて漢の端くれの覚悟はある。
一人前の戦士になれなければ家には帰れない。
主の代行を担う司祭に耳を傾けるのも、少しはありかもしれない。
(でも、怖いものは怖いって……)
「『剣血』」
突き……が伸びた。
ロガンの血によって生成されている刃、吸血鬼からすれば血を操るなど基本中の基本。
血液で形作られた刀剣を操れぬ道理はない。
「……え」
突然の事に絶句しながらも、躱す。
戦闘勘が異様に優れているランスは刀身10mにもなる刃を躱しながら、踏み込んだ。
この戦闘で初めて、ランスから攻勢を仕掛けた。
ロガンは最大限の警戒をする。
接近した際は残りの左刃で切り刻むと、確信をもって刃を振る。
斬らなければ生きていけない。
目の前の全てが、ロガンには悪意として映る。
斬らなければ、斬らなければ……ロガンに先はない。
そんな事はありえない。
呪詛が見せている妄想だ。
しかして、吸血鬼が視る現実だ。
間合いにして、1mもない。
50cm、30cm……距離は縮まり、互いの顔が隣接する。
未だ、ランスに攻撃の手は見られない。
狙いは正確、当たれば即死……どれだけ頑丈な『闘気』を纏おうとも、硬度を無視する斬剣に意味もなし。
ロガンは勝ちを目前とし……上げられた右脚という脅威に直前まできづけなかった。
「な!?」
振い落されるは雷霆の如き立ち踏み。
ランスの右脚が跳ね上がったと同時にロガンの刃が踏み付けられ、地面にめり込んだ。
拘束から逃れようとも不可能。
驚異的な脚力から繰り出された足踏みは、ロガンが引き抜こうとも取れはしない。
ロガンは冷静だ。
即座に剣を手放し、身を引いた。
剣は血。血がある限り、何度でも生成できる。
封じられたところで多少の時間を無駄にするだけ。
その多少の時間が、ランスほどの戦士の相手には命取りになるというのに……。
(剣は見えねえけど……顔が怖え!!)
まあ少しはマシになったか。
黒鉄が打ち出され、剣から槍へと変わる。
鉱鉄族の名工によって作られた黒鉄の刃……握りの強さによって、刃の形が変化する特注品。
槍は速度と射程に長けた武器。
ここからの回避は不可能。胸にある血石を砕かれぬよう血を一点に集中させ『闘気』のように身に纏う。
血石が健在で、血が残っていれば再生できる。
ロガンの決断に間違いはない。
しかし、この戦闘自体が間違いである場合……正しい選択は一瞬で意味をなくす。
「は」
ランスが両手で槍を掴んだ……と思った刹那、黒鉄が光を上げた。
『閃光闘気』。最上位以上の剣士にしか許されない、最上の闘気。
威力、速度と共に爆発的に上昇するその闘法は……
「『断斬・掌』!」
ロガンが貫かれたことに気がつけぬほど、速く命を奪い去った。
圧倒的な衝撃が全身に巡り、刺突の威力がロガンの身体を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた先にあった民家の瓦礫に横渡るロガン、その胸には無数の刺傷。
刹那にて5連撃全てがロガンを刺し貫いた。
防御など無力に過ぎず。ランスを相手するには心許ない足掻きでしかなかった。
大穴5つ。
胸にある血石の半分は削り取られ、死は間近に迫っている。
逃れる術はないことを知っている……故に、ロガンは最後に忠誠心を見せた。
放たれるのは、剣。
残った血を凝縮させた刃が、無情にも勝者たるランスに目掛け投擲された。
硬度を無視する絶殺の刃。
己の死が早く訪れ、もはや機能するのは鼻のみ。
だがそれでもランスと相打ちにまで持っていかんとした。
「いた……!?」
最後の一擲は、呆気ない声一つで終わる。
目は見えない。耳は聞こえない。しかし鼻が機能しているロガンは何が起こったのか理解できていた。
硬度無視の剣はランスの薄皮1枚を切り裂くのみで終わったことを……。
それは単純に……硬度無視の効果を無視するほどランスの闘気が硬かった、という話。
理不尽だ……と思いながらも、最期に打ち合ったのが武の極地のような戦士であることに感謝し、死を受け入れる。
「痛え……めっちゃ痛えよお!」
横腹の本当に薄皮1枚。
致命傷にはなりえず、血は落ちるが下位の治癒魔法でどうにかできる程度のもの。
無敵のような強さでありながら、かすり傷で狼狽える強敵を感じ取って……
(なんだこいつ……)
ロガンは困惑のまま、血の呪いから開放された。
見る人から見れば……最期の思考が、馬鹿げた事であった事が救いだと言うだろう。
*
そして、現在に。
ロガンと視界を共有したチェスタは両名の死を知る。
そこにはもう何の感情も湧かない。
敵が増える、全力で眼前の敵を倒す。
左眼を紅く染めた人族。
小さくとも、決して油断ならぬ相手。
技の練度や身体能力ではない。底知れぬ、魂の深さを右眼に宿した男。
既に、曖昧なりつつある記憶。
血を消費し続け、生きるだけで心身を焼却しつつある状況で……最後に聞いた、言葉がある。
『私とて大公爵の復権は興味がある。吸血鬼、王族を除けば最上格の存在。どれほどまで高潔な魂をしているのか、好奇心で震えてしまいそうだ』
『しかし、惜しいな。吸血鬼。主から離すれば、多少の階位を上げられただろう。……何。真実を述べたのみ、君にはそれだけの力があると言っているのだよ』
『半端者の吸血鬼。君ならば、主のために成せると信じているよ。……永遠。『神祖』が課した吸血の命題を、今代で果たす時なのだよ』
『その代わりの条件も……無論、私は課させてもらうがね』
『そうか……奴が、私の障害……魔の手の言っていた、ムート・メルアストラン、か』
吸血鬼は最期になるであろう難敵を今この時、視認した。
己の身が焼け果てようとも……例え、レナトゥスの丘に至れずとも……ムートという男を、この場で殺す。
*
火力が上がる。
肌で熱の強さを感じ取る。
爛々と燃えていた民家の跡が、一瞬で灰と変わる。
人族だけではない、亜人や魔族でも例外ではない皮膚を燃やす火力。
周囲の熱量が急激に活性化し、入り込んだ熱さが体温を上昇させ続ける。
目眩を起こす体……冷却しようと働く細胞は、熱気に押され死滅している。
息をするだけで喉が激痛を訴える。
幼い自分でも、体の中が滅茶苦茶になっていることが分かる。
何とかリーシアの方を確認する……彼女は魔法で熱をかき消しながら自らの身体を冷却していた。
リーシアと距離がある僕にその恩恵はないが、まずリーシアが無事であることが何よりも肝心だ。
世界にまで影響を与える火力……当の本人も無事ではない。
吐く息には黒煙が混じり、内部から骨と肉が燃焼され奴自身も動けていない。
燃えた傍から再生し続けているが、もはや肉を動かすだけの力はない。
このまま消耗させ続ければ、奴は自滅する。
しかし……………
そもそも奴は、自ら動く必要性がない。
蛍火が奴を囲んだ。
まさにその瞬間、増幅された灼熱が押し寄せる。
『突風』で相殺できるような火力じゃない。
1秒で生物を燃やし尽くす猛火。
死は受け入れない。無駄だろうが最大威力の魔闘法で掻き消す。
そうしようと生命力で発動させようとした瞬間……炎の海が暴風により相殺される。
やめだ。突撃。
リーシアのように魔法で身体の冷却など不可能。
出来て数秒、与えられて一撃。
業火の強襲はリーシアが何とかしてくれる。
炎の元を叩く。
激痛で左眼が潰れてしまいそうだ。
火炎が皮膚に染みて赤黒く変色させる。
こういう時小さいのが本当に邪魔で仕方ない。小さい=少しでも喰らえば致命。
早く大人になりたい……。
しかし大部分の火種はマントによって遮られ効果を発揮しない。
本当に、リーシア様々だ。
奴の軸がズレる。
あの体で、まだ動こうとしている。
絶え間なく命を消費し続けながら、まだ戦闘を続行せんとする精神。
視た。
奴の眼の奥にある、隠そうとも隠せない闘志の炎を。
奴は、僕だ。
戦闘を心より楽しんでいる。
楽しいから、燃えざるを得ない。
今こうして互いの生死を刃の上で転がす高揚に勝るものはないだろう。
動けないのは知っている。
だから?
それが戦いに手を抜く理由になるのか……否、ならない。
燃えるならば再生と燃焼を繰り返し、無理矢理にでも動かせば良い。
右手の槍の刺突は常軌を逸していた。
先程よりも遥かに速い。
奴は自分自身すらも焼き尽くす熱量を以て加速した。
炭を焚べた熱炉が強くなるように、炎の熱量を魂に焚べてその熱さを高める。
魂が燃えると同義でありながら意図にも返さない。
炎の槍の突刺しは、割って入った円月の輪により打ち払われる。
奴は、それに見覚えがあるのか……はたまたそれと同様の武装を見た事があるのか、眼を細め警戒する。
「ノーラ!?」
「No.35をご存知で?……なるほど、長く生きていれば溝に落ちることもあるでしょう、100年以上生きたのなら尚更」
ミッテルの声だ。
意識は割けないが彼の参戦には感謝しかない。
苦しい状況が覆るわけではないが、多少楽になる。
飛ぶ鳥の如き輪……円月輪は炎の槍を打ち消し、軌道に迷いなくチェスタの胸元を切り開いた。
飛び出る血はない。血など蒸発し、奴の中身を空っぽにする勢いで消費されている。
『熱』の呪いは、本人すらも焼き尽くす。
存在するのみで熱を浪費し炎を生成する。チェスタ自身に制御できるものではなく、彼の裡には常に炎が漂っている。
安寧はない。
何時いかなる時でも、腹の内を焼かれる激痛は測り知れない。耐え難い苦痛は治まりを知らず。
いっそ、命の灯を消す方が楽であっただろう。
自らで魂の炎を消すこととて出来たというのに……奴はそれをしなかった。
高潔だった。
主に尽くす事こそ、至上の悦びであるが故に。
誰からも賞賛されるべき精神の力があった。
今や、見る影もなくなった高潔な魂が、弱き宿敵を前にして再び滾る。
この一連が最期となるだろう。
どちらが勝とうが、死者は既に決まっている。
疾走し、近づくほどに熱気が増す。
氷雪熊の熱耐性などあってないようなもの。
細胞が燃えて、痛みの思考を訴えさせる。
しかし、破損した細胞は死に切る前に再生されている。
治癒魔法……それも遠隔から凄まじい練度で、ミッテルはやってのけていた。
死傷以外は致命傷にはなりえない。
炎槍が打ち消えたとしても、左手には炎剣がある。
奴の火力は消費した血の量によって左右する。実現性は皆無だがやろうとすれば際限のない火力すらも生み出せる。
赤色の炎は青く輝く。
皮膚には強い熱耐性があるチェスタでさえ、手に持つだけで骨がむき出しにならんとする温度。
最上位を超えた、聖位へと。
一時的なモノ、命を消費しきる覚悟において到達した上級階位。
威圧感に潰されそうだが、踏みとどまる。
そのレベルは既に知っている。
そして何より、
『主の御使い、天道の輪は一糸に束せよ』
ミッテルもまたその位にあるという事。
円月輪は焔の豪剣を相殺した。
総合力で言えば、この中でトップの聖職者は1人で前線と回復を受け持つ。
一度で諦めるなど断罪の刃には有り得ず、炎刃を打った後には罪人を処する。
しかし奴は螺旋状の火柱を発生させ、円月輪の軌道を上手いこと移し替えた。
時間は皆無。
奴の脚に地面が絡まり歩行能力を封じた。
人々が築き上げた建造物は燃やせても、世界の土台たる大地は燃やせない。
動けないが、動く可能性がある。
脚を動かす肉が燃やされていることをリーシアが解っているかは定かではない。
けれど、逃げの不安要素は消えた。
更に追撃。
逸らしたところで罪を裁く執行はその首に刃を立てる。
すると……奴の腕から炎の剣が消えた。
諦めた……など、あるわけがない。
奴の全身から熱気が発せられる。
最期の灯とでも言わん超火力。熱が風に攫われ、周辺一帯を火の海にした。
地面すら溶かす熱量の放出……自爆の切り札。
立っているが、皮膚は焼け焦げ血で形成した服は完全に燃え尽きた。
熱風で赤色に染まった大地には、生命の息吹はない。
勝ちの余韻はなく、すぐにでも血を補充しなければならない体……でありながら。
「……!」
炎の剣を構えた。
黒煙から飛び出す影……感知できなかったのは闘法『霧隠れ』でも使ったからか。
関係ない。
刹那の見切り。
「『疾風抜剣』」
奴の振りよりも、僕の振りの方が速かった。
剣を握っていた腕ごと、袈裟斬りにて命の灯を消す。
血を消費しすぎた再生ができるだけの余力はない。
黒き風に静寂が。
燻る形骸から漏れる芥は止まる。
停止。
もはや魂の一片すら、血を通わせることができない吸血鬼。
命の源を食すことすら適わなくなった怪物は、静かにすべての機能を停止していた。
「き……」
だが、
「貴様ッ……!!!!!」
この吸血鬼は攻撃を仕掛けてくる。
切断された左腕に変わる、炎の腕を振りかぶった。
何がそこまで奴を突き動かすのか……怨念というべき執念、亡者と成り果てようと尽きぬ精神。
感服した。敬意すら表した。僕なんかまだまだ弱いと教えられた。
精神力では決して負けないと思っていたんだが……完敗だ。
1人では勝ちようがなかった。
「フン!」
「教会の犬が……!」
ミッテルの蹴りが突き刺さり、奴の体を飛ばす。
中身が既に消失しすぎていた。
全身を焼く炎……内で盛る炎が肉を灰として漏れ出る。
人間の面影はとうにない。牙を晒し本能に支配されてしまった血に飢えた獣だ。
「魔の手が……魔の手が、殺せと……言った……」
「魔の手?」
「私は……わた、し……は……きさ……ま、を……………ムー、ト……………ラン……………貴様、を……」
もはや言葉はハッキリとせず、うわ言のように感情が定まってはいない。
だが、
「殺す!!!」
その言葉だけは、僕に向けられていた。
「ムート!」
氷塊が突き出し、奴の腹を串刺しにした。
誰であろうその暴力的な魔法の発端は天使。あの爆破でもリーシアはちゃんと生きていた。
よかったと安堵も束の間……
「あ、アアアアアアアアア!!血脈……血が、血が血が血が血が血が血血血血血血血血血血血血血血血血血……!!!」
氷塊は溶けて消える。
もはや、炎の怪物。吸血鬼かすら怪しい風体に成り果てた、哀れなる吸血の化け物。
こちらに飛び掛る吸血鬼を打ち上げた一撃……灰になりかけていた体を飛ばす黒鉄の斧は吸血鬼の半身を破損させる。
ランスの参戦……もはや勝ち目はない。
『一条の光は、抗原の丘にて再生す』
ミッテルが取りだしたのは5つの短剣。
等間隔に投げられた短剣は陣を描き、その内部を聖域とかす。
打ち上げられたチェスタに出来ることはない。
身を焦がす苦しみも、神から与えられた呪詛も時期消えうせる。
『主よ、天輪の光を刺したまえ……大聖堂』
シスターズ・NO.82。
5つの短剣型のシスターズであり、5つの短剣を突き刺した地点を起点とした円形上に展開させる聖域結界。
出入可能な結界だが、使用者の意思に応じて聖域の効果が発動される。
大聖堂の重さ。
架空質量の付与。
約数万トンにも及ぶ重量を敵対者に付与することが出来る聖域であり……聖域内に居る全ての生物に限定された重量付与。
吸血鬼の体であろうとも……そのような超絶重量に耐えられるはずもない。
打ち上げられた体は即座に地面へと這いずり付く血溜まりとかす……。
「……と、毎回取るの怖いんですよね。入ってしまいそうで」
危険度故に人に使うことを禁じられた武装を慣れた手つきで引き抜いていくミッテル。
こいつは絶対に今のやばい攻撃を何度かやっている……だって手馴れているのだから。
緊張感がドッと取れる。
戦いは終わった……長い戦い……いや、総戦闘時間は20分もなかった。
しかし今までにない達成感だ。
すごく成り行きで始まった激闘は終わった。
そう感じた瞬間、僕の脚は限界を訴え立つことをやめた。
生命力を消費しすぎた。リーシアも疲れからかその場にへたれこむ。
元気なのはランスとミッテルだけ。
ミッテルに関しては大金星の活躍をしながら平然としている。
というか、強すぎないかミッテル?
もしかしたらこの事件も1人で解決できたじゃないのか……できそうだなあ。
まあ、人助けになったのなら良いか。
焼け焦げた街並み……たった1つの存在がやったとは誰も思うまい。
吸血鬼。二度と戦いたくない相手だった。
チェスタ……10歳にしては荷が重すぎる難敵だった。
勝利を収めれたのは偶然による奇跡と、ミッテルのお陰……………
「な……」
「……………はあ……」
僕の眼は視た。
立ち上がる、奴の姿を。
まさかアレだけやってまだ立ち上がるというのか……吸血鬼はそんな常識外れの化け物なのか……と思ったが、立てているのが不思議なほどボロボロだ。
所々の部位が存在しない。
誰も身構えはしない。全員わかっている。
もう何も出来ないと。
すると、ミッテルが奴の前に立った。
何かしてきても、ミッテルならば安心だ。
「ご苦労様でした、チェスタ・ラ・ソリューゾ。私で申し訳ありませんが、大義、見届けさせていただきました」
彼の言葉には真実が混じっている。
いつもの感じで、全部が真実で全てが嘘だ。
僕が感激を受けることはない。
けれど、当人はどうか分からない。
救いがあったかは、誰にも分からない。
無念であっただろう。無念を抱え、奴は灰となり消えた。
無念であったが、それがサガだ。
少なくとも、最期には炎は尽きて魂は無垢なる彩をしていた。
「と、いうわけで!」
ハイテンション。
ミッテルの何を信じれば良いのか分からない。
「皆様のお陰で事件は解決。お見事です、レッドウルフの名は聖峰教会に瞬く間に広がるでしょう」
それは少し嬉しい。
けど、特典としては小さい気が……名誉信徒とかにしてくれるんなら、謹んでお受けするけど、2人ほど信徒じゃないんだよ。
「では、ここからは我々の管轄ですので皆様は教会にある待合室でお待ちください」
「ここまで頑張って終わったから、はいどっか行ってはありなの?」
「はは。そういう組織ですので」
聖峰教会が闇の組織に見えてきた。
今から色んなところに駆り出されても、だしな。
休めるのならば休ませてもらおう。
なんとも締りのない終わり方だが、僕たちが関与すべき所は終わったと見るべきだ。
そもそも子供に吸血鬼退治させるのってどうなんだ。
今宵は月が綺麗だ。
夜はこれから深けていくが……
地獄のような夜が、続くことは、もう永遠にない。
チェスタ・ラ・ソリューゾ……書いてて凄く楽しいと思えたキャラです。
本当はこの後に例の大公爵が出るはずだったんですが、チェスタがあまりにもボス感を出してくれたのでやめました。




