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第21話 ルーンの聖都

神聖国ルーン。

その歴史は西方大陸、ひいては世界でも有数の深さを持っている。

始まりは800年前まで遡り、『魔神大戦』においては四大陸でも東方大陸の統一帝国に並んで()()での国土防衛の実績も納めている。

現在までその姿を変えず西方大陸の2割以上の土地を占める大国である。



何故ここまで歴史深く、国力に溢れているのか。

それこそ始まりは800年前……聖イリアの導きにより成された奇跡によるもの。



800年前当時、大戦といかずとも戦争。

人族と吸血族(ヴァンプ)の戦い……それを収めたのが、イリアと名乗る神であった。

普通なら神を名乗る存在に胡散臭さを感じるものだが、イリア神は吸血族(ヴァンプ)の力の源である紅月(ブラッドムーン)を破壊した。

文献によれば月並みの大きさである紅月(ブラッドムーン)を神の奇跡で浄化したという。

嘘か誠か不明なれど、それが決定打になり戦いは人族の勝利に終わった。



それからというもの、イリア神を崇め奉る者が聖イリアを一神と崇める一大宗教……『聖峰教会』を開いた。



主たる聖イリアの恵ある神聖国ルーンは『魔神大戦』においても主の御力を用いて魔族の軍勢を撃退。

『魔神大戦』の勝利に一役買った国家である。



聖イリアの加護あらば、神聖国ルーンに綻びは生まれぬ。





聖皇歴517年──春季。



美しい。

その一言が頭をよぎる。

僕は1度見たことがあるが、2度目でもその感想は変わらない。

これを見るために屋根付きではない馬車に乗ったのだよ。



太陽光によって光輝くラグラス湖に囲まれた白亜の街。

翳りという言葉を使う事すら憚られる白銀の世界。

その最奥、シルバーパレスと呼ぶものもいる世界有数の巨大建築、純正なる銀の教会、イリアスの大聖堂が輝いている。

世界の「聖峰教会』、その総本山たる聖イリアの加護と祝福ありし聖なる都。聖都ムーン。



リーシアとランスは迫力に圧倒され口が空きっぱなし。

2度目の僕ですら魅入ってしまうのだ、初見の2人には銀が金に見えていてもおかしくない。

リーシアは目を見開いて驚き、ランスは何度か「すげえ」と呟いている。それ以外の言葉は忘れてしまったようにオウム返しの連続。



「どうですか?これが西方大陸が誇る世界一美しい都市、聖都ムーンです!」



大手を広げて主張する。

馬車に揺られこけそうになったのは秘密。



「凄いけど、なんでムートが自慢げなんだよ」


「主の加護ある街なので」


「アンタ聖峰教徒かよ!?」



どこからどうみても神の従僕でしょう?

母が聖イリアを信仰していたので自然と僕も身についた。そこまで敬虔な信徒ってわけじゃないけどね。



「あの建物、すっごく大きいね……宝石みたいにキラキラしてる」


「イリアスの大聖堂だね。結晶銀石っていう特殊な金属を使っていて世界が滅びるまで輝きが曇ることがないとされているんだ」


「お、それは知ってるかも。作られたから700年経つけど一回も崩れたことがないんだろ?」


「それは聖域結界でまた別の話だよ」


「あっそう」



自信あるときに外すと恥ずかしいよな。わかるぞランス。

学校で自信満々に手を挙げて間違いを言った時、皆に嘲笑われた屈辱、忘れはせん。笑ったやつの顔、覚えてるからな。

僕は君を笑ったりしないぜランス。もちろん、リーシアもそんなことする子じゃない。



というか聖都の感動に比べたらそんなもの雑事。些事として投げてやろう。

美しい物は人の心を美しくしてくれる。ねえ、天使(マイエンジェル)。いつも心を清らかにさせてくれてありがとう。



「でも一回も崩れたことがないのは事実だよ。聖都の護り、災害や疫病、あらゆる死を弾く聖イリアの力。……まさしく、神の奇跡さ!」





せっかくなので真正面から大橋を渡って入ることにした。

聖都へは四方の門全てから出入り可能。まあせっかくだし正門を使わせてもらった。

やはり堂々と正面から入る方が気分がいい。



大橋を渡る際に見えるラグラス湖の美しさと言えば……湖の精霊でも居られるかと思わせるほど清流なる水の輝きを発していた。



しかし、聖都の本番はここから。

正門から聖都へたち言った瞬間、知覚機能に入ってきたのは雑多の騒音。

これが、聖都ムーン。

西方大陸最大国家の首都。人の数は、今まで見てきた何処よりも多く、商業連盟国コスタールを上回る。

ふと、リーシアのことが心配になり視線を送るが、平気そうだ。

馬車から身を乗り出すまではいかずとも、人の喧騒など気にせず街を観察していた。

良い傾向だ。僕も安心して眺められる。



分かっていたが人が多い。亜人も当たり前のようにいる。

歩きだと雑多に押し潰されていたかもな。馬車で入場できてよかった。



人の多さにも驚くが、街並みにも驚きがある。

見渡す限り、白。

白にも種類があるが、一般的に白と言える色で建築された建物しかない。

もちろん、それ以外の色もあるが白の多さのせいで浮いている。

白は純粋の現れ、聖イリアの色だからな。使われるのて当たり前。

……全体白で思い出しかけた吟遊詩人は、即座に脳内から記憶を消した……あんな人を思い出す必要はない。また何処かで会いそうな気がするし、無理に思い出す必要はない。



「やっぱりでけえ……」



ランスが見上げるのは、イリアスの大聖堂。

遠くから見ても迫力がある物だ。近くから見たら更に迫力満点だろう。

建築された敷地が高いので、さらに大きく映る。



聖都ムーンは円形状都市で中心部に行けば行くほど敷地が高くなって行く。

これは聖イリアの領域に近づくことを表しているらしく、高さで区画が分かれている。



第1層『市街区』。

最下層に位置し、今僕たちがいるのも『市街区』だ。

住宅街、商業街、冒険者街、宿屋街。街にあるべき物がある場所、平民は基本この区画で生活することになる。

ちなみに教会の数は計136箇所もある。流石にそこまでいらない気がする。

広いと土地を無駄にしたくなるものなのかな?


第2層『公卿(くぎょう)区』。

貴族や聖峰教会のお偉いさん方の住居がある区画。

まあ言ってしまえば貴族街だ。

また聖騎士団や神殿騎士団といった神聖国の剣と盾の本部もあり、犯罪率は脅威の0%。

そもそも『公卿(くぎょう)区』で犯罪を犯そうなんて馬鹿はいないだろうしな。


第3層『神聖区』。

イリアスの大聖堂を中心とした僅かな範囲の区画。

聖イリアの加護が最も濃い、神域にして聖域。

聖なる者のみ入ることが許される聖地である。

とは言うが、イリアスの大聖堂は玄関部分だけなら一般市民も入場できる。聖イリアを信仰していなくても問題は全然ない。



イリアスの大聖堂には行きたいな。

僕は1度お母さんに連れられて入ったことがあるが、あの時の感動は今も鮮明に覚えている。

是非とも、2人にもその感動を味わってもらいたい。イリアスの大聖堂を見せてあげたいがために聖都ムーンに来たと言っても過言ではない。



僕たちは『市街区』にある宿屋街へ回った。

馬車を預ける馬屋もあるので馬車とはここでお別れだ。

御者さんに運賃を支払って今回の縁は終了。最後におすすめの宿を聞いてお別れする。



次は、おすすめの宿とやらを探す。

旅疲れを癒せるのはやはり休息。

新しい街に着いてから1日は休みを入れる。それがレッドウルフの行動。

休みは取れるときに取るのが重要だ。疲労が溜まっていては戦は出来ぬ。



15分ほどさ迷って御者さんのおすすめ『夏風の青空亭』という宿に辿り着いた。

爽やかだ。今は春季だから夏風は来ない。

まあそんなことはどうでもいい。



宿泊料は1泊6600ゴル。リーシアも同額。

都会の価格だ。コスタールの安さを知ってしまっては泊まるのが躊躇されてしまうほど高い。

食い繋いでいけるか、心配だ。

とはいえ、もうすぐ僕たちも初心者期間が終わるし最近ではCランク依頼も順調にこなせるようになった。

稼げるようになったのだし贅沢も大敵ではない。

パーティメンバーからの拒否もないので『夏風の青空亭』に満場一致だ。



入室したら即休み。

明日は明日に考えて、ふかふかのベッドの上で微睡む。

1日目は大体がこんな感じ。

路銀が足りないという非常事態以外は休息して過ごす。

最近だとリーシアとのスキンシップが増えたくらいで、10歳にして至高の安らぎを得られる喜びで日課を書き換える。



戦いは、翌日からだ。

寝過ぎて多少凝り固まった体を治癒魔法で治してもらいつつ、冒険者ギルドへ赴く。

聖都の冒険者ギルドは他と作りが違った。



木造ではなく石造り。やはり白。

どんだけ白が好きなんだよ。

これも主の趣味ってか?……………つまらない。鼻で笑いとばされた気がする。



外観は白だが、内観は他と変わらないな。

ちょっと広いくらい。

しかし、西方大陸の冒険者ギルドはいいなあ。普通に亜人が冒険者をしているところを見ると冒険感が出てくる。

北方大陸も過去の因縁を忘れてくれればいいんだけどな。



向かう先は一直線、依頼掲示板。

今日も今日とて冒険者としての責務を果たすとしよう。



「今日もCランク依頼か?」



珍しくランスが乗り気だ。

いつもはCなんて無理だ、DにしようぜDとか言うのに……成長かな。ランスも成長かあ、まだ16歳だしするよね。



「あればそうするつもり」


「Cランクなんてどこにでもあるだろ」



依頼以外のパーティ募集や騎士団加入応募などは無視して、掲示板の隅から隅まで見る。

E、E、D、E、E、E、E、E、D、D、E、E、D、E。

Cの文字はない。

何となくわかっていたが、やはりD以上のものはないか。

……一応、Aランクの隣町に出た季節外れの極寒蜥蜴(ブリザード)の討伐依頼はあるけど、初心者では受けられないので数には数えない。



「Dランク以上のものはないね」


「まあ、何となくわかってたけどね」


「なんでないんだ?春季だけど魔物もいるだろ」


「強い魔物ほど聖都の近くでは出ないんですよ」



聖都ムーンに張られた聖域結界。

あらゆる死を拒む聖イリアの御加護の賜物。

死に直結する悪は、聖域結界に侵入できない。それどころか結界を忌避する。

強い魔物ほど、濃厚なる死だ。

死の具現である魔物たちは聖域結界に近づかず、このように死の濃度が薄いDランク級の魔物しか聖都近辺に生息しない。



聖都ムーンは確かに普通に暮らす分には良い街だが、冒険者は稼ぎにくく冒険者の人口は多くないとの事。

この話はコスタールの受付嬢さんに聞いた。

情報収集は大事。旅をしていて本当に実感したのが情報は力、だからな。



「どうする?」



どうする、ったって一旦はDランク依頼を受けるつもりだ。

金は稼がなければ生きていけない。貯金はあるけどそれは今後のためのものだし収入を得ないといつしか尽きる。



聖都に長居はしないつもりだ。

精々が1週間程度。

いい街だし長く居たい気持ちはあるが、収入が少ないのは懐に厳しい。そして宿代もまあ高い。1日で3万ゴルほど消費しそうな勢いだ。

これが都会の洗礼……恐ろしや、早く田舎(ロサの街)に帰りたい。



掲示板からDランク依頼をひっぺがす。

花牛(フロースキャトル)の討伐だ。

花牛(フロースキャトル)は鮮やかな黄緑色をした1m80cmくらいの牛型の魔物。

基本温厚かつ草食で花の蜜なんか吸って生活している。傍から見ればとても魔物とは思えない。

しかし春季になると花牛(フロースキャトル)は凶暴化する。

原因は春季になると花々が咲いたことにより散らされた花粉。

その花粉が花牛(フロースキャトル)の本能をくすぐり強制的に常時空腹状態にさせてしまい、見境なく暴れるという。

ある意味で被害に合っているだけの悲しき魔物。だが、暴れて生態系を壊す危険性もあるため討伐するしかないのだ。



依頼紙を受付嬢さんのところに持って行って依頼受注完了。

さあ、レッドウルフ聖都に進出だ!





「その前に、イリアスの大聖堂に行かない?」



冒険者ギルドを出て僕は2人に提案する。

仕事成就祈願というやつだ。神様にお祈りしておいた方が気持ち的にも楽になるだろうし、何より僕がイリアスの大聖堂に行きたい!

聖都に来てイリアスの大聖堂に行かないなんて邪道だ。

邪教徒と間違われてもおかしくない。最悪の場合は極刑、火あぶりの刑に処されても文句は言えまい。



まあリーシアとランスは邪教徒とは程遠い無宗教だが、愚痴愚痴言われることはない。

聖イリアは寛大なる御方、例え信仰していなくても平等に祝福を授けてくださる。



「俺はどっちでもいいぜ」


「わたしも、どっちでもいいかな」



どっちでもいいが1番困るんだよな。考えることを放棄しないでくれ。

判断が僕に委ねられたのなら、即決して行くぞ。



「じゃあ行こうか」



少し微妙そうだけど……いざ目の前にしたらそんな感想も出てこないはずだ。

目にもの見せてやる。君たちの驚いた顔が今から楽しみで仕方ない。





豪勢。

遠くから見る、イリアスの大聖堂にはない真の輝き。

白銀である外壁には汚れひとつない。完全なる純潔。

真正面から見た迫力は、もはや大怪獣を思わせる。見上げても上が見切れない……超巨大建築としての姿が見て取れる。



「すげえ……」



ランスの語彙はすげえで固定されるしかない。

彼は南方大陸の王城も見たことあると言っていたが、それを凌駕する荘厳さがイリアスの大聖堂にはあるということだろう。

ちょっと勝った気分だ。



歩きで約40分。

公卿(くぎょう)区』に入らぬようにした一般通過道は整備されていたが『神聖区』までは長く遠い道のりだった。しかも坂道。

今日の依頼は明日に持ち越そうかな?と思うくらいには疲れた。

華奢なリーシアには辛そうだったので、途中おぶった結果、僕もくたくたになった。

ランスは元気そう。帰りはランスに背負ってもらおうと思う。

しかし、その努力に見合う成果だろう。



大聖堂だが王城と言っても通るレベル。シルバーパレスと呼ばれるだけはある。

全面銀世界。

匠なる技術の結晶体、人類最高峰の建造物。

聖なる都にありし聖域の神髄だ。



入ることが(はばか)られる豪華さだが、門番もおらず一般人も入場可能になっている。今も何人かが行き交いしている。

主は平等、神を信じる者に序列はなく、正しく平等なのだ。

イリアスの大聖堂において王や貴族すらも、等しく神の祝福を受ける教徒の1人に過ぎない。



神の従属に待てはできん。

そこに主の祝福あれば噛み付いてしまう。

1秒でも早く入りたい……が、僕たちは道の端で休憩している。

心配なことがひとつある。



「……………」



リーシアの体調が優れない。

先程までは何ともなかったのに、急激に疲れでもきたのか顔色が悪くなった。

小さいが息が荒く、鼓動が早い。感覚を鍛えたからわかる、今のリーシアは異常だ。

熱でもあるんじゃないかと思ったが、熱はそこまでない。

リーシアの異常はもっと別のなにかだ。



イリアスの大聖堂は楽しみであるが、それはリーシア以上に優先することではない。

僕の優先順位1位はリーシアだ。

リーシアが行きたくないと言えば行かないし、リーシアが結婚してと言えば結婚するし、リーシアが死ねと言えば喜んで死んであげよう。

従順なる奴隷であり続ける。

まああくまでも比喩表現のための嘘だが、それでもリーシアの体調が優れないのならランスに抱えて爆速で戻るだけだ。



「やばそうだったら戻るけど……」


「……全然大丈夫だよ?」



はにかんだ笑いでそう応えるが、誰から見ても無理をしているのは一目瞭然。



「それにここまで来たんだし、見ていかないと損でしょ?」



リーシアが大丈夫と言うのならば、僕はそれを信じよう。

大丈夫じゃないと判断した場合の打ち合わせはランスとしてある。

無理しない程度に、少し大聖堂の中を見るだけだ。そこまで不安はない。



そう思い、僕たちは端の方を歩く。リーシアは僕にくっついて離れようとはしない。

今のリーシアは、弱々しい。以前のリーシアに戻ったみたいだ。

何もかも恐れて、頼れるものにしがみついていた昔の彼女だ。



覚悟はした、決意も固めた、しかしまだ足りなかった。

綻びができてしまうと、昔の彼女に逆戻りしてしまう。

……ちょっとだけ、不安になる。

やはり守ってあげないとなという気持ちが湧いてくる。



せめて手を繋ごう。少しは気も楽になってくれるはずだ。



リーシアの不調は心配だが……イリアスの大聖堂はそんなことを吹き飛ばしてしまいそうになるほど立派であった。

リーシアも少し顔が和らいだ。



外が圧巻ならば、中も圧巻。

内装も穢れなし。白銀に包まれながら、上部につけられたステンドグラスから入る光は神秘的なほど神々しく大聖堂内部を照らす。

大聖堂の玄関部分は礼拝堂として設計されているため奥には主祭壇があり、チャーチチェアの数は大聖堂の広さに合わせて約300個ほど置かれている。

これならば、住民を内包しても足る量だ。



「……すごいね」



リーシアがそんな感想を言えるくらいには回復した。

やはり美しいものは心を健やかにしてくれる。

ランスは情報処理できず固まる。彼はいつもこうだ。



とりあえず人混みを避けるべく端の端のチャーチチェアにリーシアを座らせる。ランス?彼は適当に座ってくれ。

ここで少し落ち着いたら帰ろう。

リーシアも一息つく、ゆっくり休むことがいい。



熱とかは治癒魔法じゃ治らないからな……。

解毒魔法なら病原菌を撲滅して病気を治せるけど、効果がなかったのでただの不調だ。

ゆっくりしていれば治るはずだ。



しかし、イリアスの大聖堂は変わらないな。

前来たのが5年ほど前だから記憶は曖昧だが……それでも、僕が知っているイリアスの大聖堂と変わらない。



強いて言えば、ちょっと特典が着いてきている。

主祭壇に立つ司祭平服を見に纏った神父らしき男が訪れる人に何らかのお解きをして何かを施している。

神聖魔法か……?あんなの前はなかった。



まあそんなもの要らない。

こっちには天使(マイエンジェル)の神聖魔法がある。神父様に頂く必要はない。

神父様のお言葉よりも、天使(マイエンジェル)のお言葉の方が価値を見いだせる。



「おお……びっくりしすぎて止まってた」



遅いなあ。

ランスの脳みそはどんな作りになってるんだ。

脳が筋肉だったりして。ランスはそこまで脳筋じゃない……いや、真正面からぶち壊しが得意だしやっぱり脳筋か。



「……あー、俺あの列に並んでくるわ」



暇だし、と付け加えて神父待ちの長蛇の列に並びに行くランス。

ランスらしからぬ行動だ。普段なら面倒臭いからやらないって言いそうなもんだが……気をつかっているのかな。

リーシアと僕を二人きりにする作戦だとか。



……そういうことなら、甘んじて受け入れよう。



……………………………。





















暇、だ。

何分経ったか……カチン、と指針が動く音が聴こえる。

それのみならず、リーシアの寝息も聴こえる。

単純な疲れ。人の多さに疲れたのだろう。無理もない、彼女はそういう性質だからな。



僕も眠ってしまいそうなほど、静かだ。

人々はいる。

喋り声もする。

けれど、この神聖な空気の中でそれは簡単に掻き消されてしまう。

調和を乱すリズムは自然と耳から拒絶されている。



ここは不思議な場所だ。

現実に居るようで、ふわふわと浮かんでいるように現実味がない。

これもイリアスの大聖堂の効果、主の御加護かな……。



ただ、時間が無駄に過ぎる。

ステンドグラスから入りこむ光の位置がズレる。

時間が進んでいることを表して……指針が鳴る。

無作為な浪費は好きじゃないんだけどな。ランスが興味を持ってしまったばっかりに……彼も今日から聖峰教徒かな。一緒に主を讃えよう。



本当に暇だな。

リーシアと会話したくても、眠ってるんじゃそれも出来ない。

ランスを待つ間に訓練でも……指先だけの魔法特訓はいつもしてきた。こういう時こそ……



「大聖堂内での魔法使用許可が下されているのは大司教閣下より権利を頂いた方のみですよ。勝手なことをされると教会は何を言うか分かりませんからね」



僕たちが今座っているのは左端のチャーチチェアの更に左端。

声を出したのは、同じ椅子の右端に座っている少年。

いつから、居たっけ?

いや気が付かなかっただけでずっといた気がする。



肩ほどまで伸びた緑髪は整えられていて純白の肌色、顔つきは女性と言われれば一瞬信じかけるほど整い、翡翠のような瞳……一言で、幻想の塊だ。穢れの存在しない、肉体。

それでいてカジュアルな白いパーカーと短パンから浮世離れした感じを与えない。

あくまで、彼はここに居る人間であると主張している。


「何をしでかして神敵と断じられられるかわかりませんからね。教会はそこら辺、随分と臆病なので。誰が敵か味方か、主観で定め主のご意思と曲解する。たまったものではないですよ。しかも、いま教会は大変な時期でしてね。ちょっとした手違いで、刃を下ろしてしまうかもしれません」



全く、と肩を竦めている。

目線は、こちらにない。

彼はあくまで独り言の様に言葉を紡いでいた。



「善か悪か。そんなものどうでもいいんです。聖イリアに反するものに生かす価値はない。それが例え罪のない吸血族(ヴァンプ)や魔族、罪人の子供であろうと……易々と切り捨てる。罪の子は罪である、と」



何が言いたいのか……わからないが、彼が語る事柄の賛同はできない。

罪を抱えた者が産み落とした命は決して罪に囚われていない。

誰もが初めは無垢なのだ。最初から穢れた命なんてもの存在しない。

仮に、赤子が悪意を持っていたとしても、産まれた時は悪ではない。



「それは間違っている」


「ほう。言い返してきましたね。会話はないものかと思っていました」



依然。彼の顔どころか目は僕に向けれていない。

虚空に居る、存在しない僕に話しかけているかのようだ。



「私もそう思います。普通に馬鹿すぎますよね。妄信の末に盲目になり主の教えすら見えなくなる、ええ、とんだ愚かです。そりが合いますね、私たち」



声色は明るい。

しかし彼の顔には能面が張り付いている。

感情を悟らせない。何が真実であるか、定かではない。

感情はあるのに淡々としている。不気味だ。



「ですが、残念なことにこの考えを信じる方々が多くてですね。教皇陛下の半数が過去に囚われた、昔のことをわざわざ取り出してぐちぐち怒る彼女そのもの。馬鹿馬鹿しい意見に賛同した老害どもなんですよ」



凄い言葉を平然と吐く。

聖峰教会を頂点に君臨するのは主たる聖イリアだが、教会を統括するのは最高位権力者である七名の教皇。言わば聖峰教会における王だ。



それをこの少年はなんと?

老害といい好き放題にやじった。大聖堂の中で、命知らずにも。



「おっと、これでも形式上は最高位の聖職者でした。今のはなしで」



無理だろう。

聞かれていれば侮辱罪で逮捕もありえたぞ。

僕より少し年上だろうけど、ランスよりは若い印象だ。身長なんかを見れば一目瞭然。

そんな年なのに、教皇に対して堂々たる悪口を言うこの少年……何者なんだ。



「その少女にも貴方にも、黒きものは一片もない。私が保障してあげましょう、よかったですね」



小生意気に発せられた言葉に嬉しさがわいてこない。



「ですが、それでは気に食わないものもいるので気を付けてくださいね。罪の子は罪。本当にこんな暴論を信じている方が居るので」



何か問いたかった。

この少年は、僕が知らない何かを知っている。僕とは違う視界を視ている。



問いたかった、問いたかった……が、



「おや、こんなところに居ましたか」



声が僕の問いを邪魔した。



「またお忍びかですか?」


「忍ぶ必要はありません。この格好こそ私の礼服ですよ」



現れた、謎の美青年。

亜麻色の髪を靡かせ、少年に優る顔の良さで殴りつけてくる。まさしく、イケメン。

ここが大聖堂でなければ黄色い歓声が響いただろう。



そんなことどうでもよい。彼が着ている服が問題だ。

白のサーコートと白のマント。この聖都でそれを着ている存在などひとつしかない。



聖騎士。

聖峰教会が誇る最強の武装集団。別国における近衛騎士のような存在だが、人類の生存圏を護り、時に魔王にすら脅威と思わせたという西方大陸の守護者。

それが聖峰教会における聖騎士という存在。



一目見たいと思っていた。

聖都の治安維持をする神殿騎士ならチラホラ街で見たが、聖騎士を見るのは初だ。



ていうか、流石というべきか……佇まいからわかる。



別格だ。

まるでランガルさんを見ているようだ。

体の作り、息使い、生命力、体軸、どれをとっても隙がない。瞬間に戦闘へ切り替わり敵の首は跳ねる気迫。

聖騎士とはここまでの強さなのか。



「ん……」



聖騎士がこちらに眼光を突き刺す。

見すぎていたのがバレた。すぐ目線を逸らしてたが意味はない。

静かに、遠目から見て……前髪をかきあげるイケメンにしか似合わないポーズをした。あのポーズ現実でやる人いるんだ。



「彼は……」


「ああ、珍しいですよね妖精族(エルフ)。私は初めて見ました」


妖精族(エルフ)……確かに、珍しいですね」


「でしょう?話しかけたく見ていたのですが、お楽しみ中のようなので遠慮しておきましょう」



助け舟のごとき少年の言葉で緊張状態は解ける。

「左様ですか」と言い去っていく聖騎士に付いていく少年。最後にこれらを向いて完璧なウィンクをしたのは……まあどうでもいいや。

何だったんだ……?



「ん、ふぁぁ……ムート……?」



そんな矢先にリーシアが起きた。

見計らったようなタイミングでの起床。



「何かあったの?」


「いいや、何も」



顔色は少し良くなった、かな?

まだ本調子には程遠そうである。

そしてこちらもタイミングを見計らったのかランスが戻ってきた。



「どうだった?」


「おう。よく分からなかったぜ」



どうやら宗教には嵌まらなかったらしい。

勧誘失敗か。ランスは家庭事情以外闇がなさそうだからな。信じられる神は必要ないんだろうさ。



こうして聖都ムーンでの全く進展のない2日目は終了。

リーシアの体調を見て依頼はまた明日に持ち越しとなった。

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