第20話 遅めの返事
西方大陸。
四大陸の中で、最も美しく大きく自然豊かで多様で文化溢れる大陸。
五大国家に数えられ聖イリアを神と崇める一大宗教『聖峰教会』の総本山──神聖国ルーン。
大戦の英雄『剣帝』の名が残る剣士の聖地──剣王国デュラン。
かつて『覇神』が打倒した『王龍』アルマイザの遺体に建国された──王龍王国アルマ。
計55の種族が暮らし全種族が平等に国民とする──亜人国家ファムニア。
「魔神大戦』最前防衛線であり多くの英雄伝説が残る──リクリス都市同盟。
他大陸に比べても、人口や治安は唯一無二であり──他大陸にある亜人差別や魔族排斥などの不安要素がない。
まさしく、人間が暮らせる楽園である。
視るもの全てが荘厳と輝いて視える。
他大陸には決してない魅力──平和と豊穣の大地、みなさんも西方大陸をお気に入りになるでしょう。
*
こんなのが確か西方大陸観光名所一覧の目次だったはず。
他大陸に比べたらそうかもな。北方大陸は結構治安が悪かったし……貧民街とか、西方大陸だと見たことない。
北方大陸から西方大陸へ。
帰ってきた、とはあまり思わない。
商業連盟国コスタールには来たことないし同じ大陸でも国が違うから実感はあまり湧かない。
空気が美味い?……美味いかも……変わらないな。
やっとここまで来たか、とは思う。
2年……2年か。2年ぶりの西方大陸だもんな。ちょっとは思うことがある。
涼しい風が、なんだか暖かった。
そんなこんなで、西方大陸に入って1時間程度で街に到着した。
竜車は流石に早いな。これで小型竜の個体が多ければ、一角馬の立場が危うかったかもしれない。
一角馬には|一角馬《コーンにはの魅力があるし一概にどちらが良いかは決め難い。
「では、皆様。私はここらで」
カルド侯爵の従者であるラムルさんとはここでお別れだ。
彼女はここ2週間あまりなんの文句も言わずカルド侯爵の命を全うするため僕たちをここまで送り届けてくれた。
恩人だ。この人がいなければ西方大陸に辿り着くまでに2倍の時間かかっていたはず。
「ありがとうございました。縁がありましたら、またお会いしましょう」
「はい。その際は侯爵様やブランネお嬢様共々ご歓迎いたします」
ラムルさんもこう言うのだし寄れたら本当に寄りたいな。
ちょっとした縁が何処に繋がるか分からない。
レッゾとブランネの恋蓮花も気になる。
北方大陸にはあまり近づきたくないけど……クラシアウスだったかが、あれがどうにかなるまで近寄らないようにはしたい。
まあ数年後くらいなら問題あるまい。
お世話になったとはいえそこまで親しい仲でもなかった。会話もそこそこで切り上げる。
ラムルさんとて暇ではない。用が済めばカルド侯爵の従者としての仕事が待っている。
見えなくなるまで見送るだけ見送る。
おお、竜車……さようなら竜車。楽すぎて離れるのが悲しいが、別れはある。
じゃあね、トロン。トロンは僕が勝手につけただけの名前、本当はヴィチェルという名前だと聞いた。
*
気を取り直して、だ。
ここは商業連盟国コスタール。北方と西方を繋ぐ商業の国。
その中でも最も北方寄りの第五商業都市ホテン。
西方大陸と北方大陸の文化が行き交う地点。
流石は商業国家だ。
通りには多くの店があり、街ゆく人々が交易している。
扱うのは西方文化だけではない、北方文化や南方文化がコスタールに集まる。
北方大陸と西方大陸を知っている僕でも目移りしてしまう知らない物が沢山ある。
工芸品ひとつとっても文化の違いを感じる。
例えば木彫り。東方大陸の製法であり西方大陸では滅多にお目にかかれない。西方は鉱物などを使用した石堀がメジャーだ。
分かる人には分かる逸品といったところ。
じゃなくて、芸術に魅入られることは悪いことではないが目的としては間違っている。
「……いろんな人が、沢山……」
リーシアの呟きに、頷く。
沢山、色んな人種がいる。
露店にある装飾品を目利きする獣族。
武器や武具などの装備品を売りだす鉱鉄族。
物資の運搬作業をする2mほどの巨人族。
幸せそうに獣耳と尻尾が生えた子供と手を繋ぐ人族と獣人族の夫婦。
北方大陸では見られなかった西方大陸の光景。
亜人と目される種が人族と分け隔てなく接すしている。
それがリーシアの目にどう映ってくれたのかはわからない。でも悪いようには見えていないはず、そう信じている。
「これが西方大陸か……案外南方大陸と似てるんだな」
「南方大陸と似てるとは?」
「南方も亜人が多いんだよ。獣族が同じくらいで、うちは妖精族と魔族が多かったな。巨人は初めて見たぜ、意外と小せえんだな」
獣族と妖精族が多いのはガルシアの大森林があるからだろう。
亜人差別がある北方大陸には行けないし必然的に大森林から出た亜人種は南方大陸に集まる。
南方は一番初めに魔族の受け入れを始めた大陸だから多いのは当然だ。
西方大陸にも魔族はいるが南方大陸ほどではない。
神聖国ルーンが魔族をそこまで公に認めているわけではない、睨み合いが続いているような感じだ。
コスタールで探せばちらほらいるかもしれない程度だろう。南方大陸ほどではない。
「ちなみに巨人族は戦闘になるとあの5倍は大きくなるよ」
「本気?」
「本気です」
戦闘時の巨人族は超大迫力との話だ。
万力の握力と大地すらも仲間にする精としての在り方、弱い個体でも上位並の戦闘力がある獣族に匹敵する戦闘種族。
かと、ランガルさんに聞いたら否定された。
強いが獣族には勝てない。鈍く大きいだけの的、獣族に負ける要素はないと自慢してきた。
ランガルさんにしては珍しいのでよく覚えている。
確かにランガルさんのスピードなら巨人族を翻弄して圧倒できそうだとは思った。十中八九できる、したことありそうな顔だった。
いつまでも立ちっぱなしもあれだ。まずは宿屋を取ろう。
竜車の座り心地は最高級のベッドかと思うほどおしりが沈んだので痛くはない。
ほぼ休みなく爆速で行っても疲れはほとんどない。でも、休息はできる時にしておいた方が良い。
「行こう。ラムルさんのオススメは聞いてるからそこが空いてるといいな」
「おう。やっぱ聞いてたらそこ行きたくなるよな。……………リーシア?」
「……あとちょっと」
余程感激したのか、リーシアは簡単には動いてくれなさそうだ。
この風景が明日に壊れるなんてことはない。
西方大陸ではいつでも見れるのだ。
急いで目に焼き付ける必要もない。今日1日、しっかり見ておけば良い。
*
ラムルさんから聞いたいくつかのオススメのひとつである『水牢の墓』という宿屋に泊まることにした。
名前が物騒すぎるが宿泊料はお1人あたり2000ゴル程度とお手軽で冒険者として欲しいサービスは充実しているので名前の割に悪くない。
冒険ギルドから徒歩8分というのも良い。
悪いのは名前だけ。名前さえどうにかすれば繁盛しそうなものだ。
『水牢の墓』て……こんなの誰も来たくないよ。
そして嬉しい誤算がひとつ。
リーシアの宿代が人族と同じであった。
北方大陸では亜人は宿泊料が通常の5倍、酷いところで10倍なんてぼったくりの宿もあった。
亜人差別が酷くない宿探しだけで1日使うことだってあったし、女の子だからと別部屋にしようとしただけで倍の金額を請求されたこともあった。
宿が見つからず結局10倍ぼったくり宿に1日の依頼料を分捕られることも、何度かあった。
その度にリーシアの顔はへこんでしまっていた。自分のせいで……と。
しかし西方大陸ではそんなことはない!リーシアも列記とした人として数えられている。
嬉しいことだ。自分のことではないが内心で大喜びしたとも。
リーシアが笑顔になる確率が少しでも増えてくれるだけでありがたい。
しかし流石は商業都市と言ったところか、宿屋の量が多い。
宿屋街とでと言うべきか、前も左右も後ろも全てが宿屋の地元民から『宿の道』と呼ばれている区画が存在していた。
宿屋だけで100件はあるのではないか?と思わせる量であった。
それでも儲かるのだから宿が沢山あるということだ。
荷物を置いて、皆が皆自分のやることに移る。時間は有限だからね。
レルシアム王国ではできなかったこと……装備点検のお時間だ。
商業連盟国コスタールであればレルシアム王国以上に物を揃えられるはず。
ランスは武器の点検に。彼の持ち物は武器しかない。
武器以外を持たないザ・戦士だ。あとは血とか汚れを落とす用の拭き布くらい。
僕たちの荷物を持ってくれるので、まあ彼は荷物なんて要らんだろう。
意外にもリーシアが元気いっぱい、1人で出て行った。
ムートと行く!を期待していた身としては……………いや、成長が嬉しいから全然大丈夫。
誰でも時が経てば離れていくものさ。……ちょっと悲しいのは内緒にしたい。
悲しさあれどそれが人の成長というものなのだ。
僕も僕のやるべき事を、リーシアがしっかりしてるのだ、僕がシャキッとしないでどうする。
そんなこんなで街に出た。
やはり人の数が多い。地図を頭の中に入れておいても迷ってしまいそうな量だ。
人が少ない路地裏から行きたい……が、路地裏は凶、入ったら事件に巻き込まれる引き金。
小さな体を利用して人混みの中を掻い潜るしかない。
自分の用事も済ませながら、西方大陸の調査も並行する。調査と言っても何が得か、何が高いか、北方大陸に比べての価値の違いを記憶する。
知恵は力、知って初めて損得がハッキリする。
旅は常に浪費の世界。他大陸に渡る前に安いところで買い溜めをするのも冒険者として当然のスキルだ。
見た感じ、北方大陸に比べると段違いなほど安い。
物流が違うからな。なんせ交易の中心地、物が行き渡り必然的に価値は下がる。
買い物はコスタール利用が1番お得だな。お得と言っても冬季なので値段は張る。
買い溜めするならもう少し早めの季節にするのが良い。冬が開けるのを待つかの二択だな。
たった100ゴルでも無駄にはできない。
だが、今回はひと味違う。冬季だろうが買い溜めする。
なんせ今の僕たちはちょっとしたお金持ちだからだ。
皮袋は軽い。しかし中身は軽さとはかけ離れている。
中を見れば白く輝く貨幣が5つ、目に飛び込んできた。
白金貨が5枚。50万ゴルの大金を手持ち金として持ち歩いている。
本当ならこれほどの大金はパーティ全体の共通財産として扱われるが、この50万ゴルは僕の手持ちとなっている。
リーシアもランスも、等しく50万ゴル持っている。
スリからしたら格好の獲物だろう。簡単に取らせる気はないが。
これもカルド侯爵の計らいのお陰だ。
以前カルド侯爵から頂いた報酬金の額……約150万ゴルの大金であった。
100万ゴルの価値がある聖金貨を初めて拝んだ。
冒険者ギルドで聖金貨を白金貨10枚に両替して、白金貨15枚を平等に分け合った。
これで好きな物でも買いな。
本来ならそんな馬鹿げた使い方はしない。買い溜めだとか装備点検だとかでも、半分以上は残す方が良い。
が、そこに加えて僕たちはカルド侯爵から頂く前から既に100万ゴルを所持していた。
こちらは冒険者として汗水働いた成果であり、大陸通行許可証を発行するために使うはずであった路銀だ。
人族が10万ゴル、亜人が50万ゴル(北方価格)で大陸通行許可証を国家運営の役所で発行しなければ大陸を渡ることは出来ない。
大陸境界線にある大陸通過門を利用しなければ渡ること自体はできるが、その場合は密航者として逮捕される。
バレないバレないと思っていてもバレるのも。
大陸通過門の門番が手の甲に目に見えない特殊な紋様細工をするらしく、それで現在何処の大陸に居るかを示せるようだ。
ちなみに僕はいつの間にか北方大陸の紋様を刻まれていた。
裏の組織にはそういった特技を持ったものもいるということだろうか、手が込んでいて本当に怖いよ。
と、本来ならば70万ゴル必要なところ……カルド侯爵が大陸通行許可証を3枚発行してくださった。
カルド侯爵さまさま、頭が上がらないとはこの事だ。
つまり、所持金250万ゴルである僕たちはある程度の贅沢をしても許されるのだ。
ということで遠慮なくお金を消費してやる。まあ残るなら残る方が良いので考えて消費しようとは思う。
*
まず向かった先は仕立て屋。
仕立て屋ひとつでも数多く迷った末に、1番最初に出会った店に入ることにした。
内装は、古風な雰囲気を漂わせる老舗といったところか、木造であり明かりも必要最低限で暗め、秘密基地的な感じだ。
洋服掛けにズラっと並ぶ衣服類は華やかさはない。しかし機能性重視とわかる作りだ。冒険者用かな?
腕は確かなようだ。
「いらっしゃい」
店主の愛想は良いとは言えない。
ちっ、子供かよと幻聴が聞こえた。幻聴である。
絶対仕立て屋が天職ではない強面でゴツイ男性。
まあ人は見た目じゃない。見た目じゃないんだ。
目を引く服は沢山あるが、残念なことに僕に合うものはない。
小人族用なら丁度よいかもしれないけど、すぐ着られなくなるし却下だ。
仕立て屋に来た目的は2つ。
「これを直せませんかね?」
綺麗に折りたたんだ白い布。
畳んでいるから破れた箇所は見えないが、着てもかっこつかないほどボロボロになったマント。
ルストとの戦いで切り裂かれたが、リーシアからのプレゼントだ。何としても直したい。
「氷雪熊の毛皮か」
一目見ただけで看破するとは、この人できる!?
これは期待できる。期待していいってことだよな。
店主はマントを広げて全体を見渡す。
左側がバッサリといかれておりマントとしては機能しない。もうその効力は失われているも同然。
寒さ耐性があるしちょっとした掛け布団として、使えないことはないかもしれない程度。
そんな状態のマントを、店主は鼻で笑う……なんてことはなく、強面から出てこない穏やかな眼差しでマントを見る。
「よく手入れがされているな。経年劣化じゃなく、上位の剣士の斬撃か。それなら破損も仕方ない。……大切に扱ってたんだな、坊主」
「はい……それはもう……」
「3日だ。3日あれば直せる」
3日でいいのか。
氷雪熊の毛皮のストックでもあるのか?それとも今から仕入れに?
うーん、どちらも有り得るか。ここは商業連盟国コスタール、そして今は冬季。
氷雪熊の毛皮も入手しやすいのだろう。
直すことが出来そうでよかった。
リーシアは気にしないって言ってくれたけど、僕が気にするんだ。せっかくのプレゼントを台無しにするわけにはいかない。
「ありがとうございます。……あと、眼帯のオーダーメイドって出来ますか?」
眼帯の方もルストとの戦闘で千切れた。
今は予備の1つを付けているが、本革仕様じゃない安物だ。いつ壊れてもおかしくない。早めに変えの眼帯が欲しい。
「サイズは今つけているのと同じでいいのか?」
「いえ、少し大きめに」
そう言うと店主はわかった、と言ってマントを持って店の奥に消えていった。
採寸とかしなくていいのか。見ただけでわかる能力者……それか、熟練ゆえの目利きの良さ。
後者な気はする。
「3日後また来い」
3日後……マントも眼帯も3日後でいいのか。思っていた以上に早い。
愛想は良くないが、良い店だとは思う。
僕がここに暮らすなら常連になっていたかもしれないな。
*
1歩1歩着実に、やるべきことをこなしていく。
結局は堅実が1番。下手に急がば損するぞと言うしね。
僕は損はしたくない。常に最高でいたいのだ。
損をした、と思わなければ良いが損した後にあれは間違いだったと判明した時のショックを味わいたくない。
やはり得を求めたいものだ。
ここらの地理を理解していない僕が、本当に得をしているのか……それは神様しか分からないけどね。
まあやるべき事はすんだ。
装備品の新調に、服の中に仕込み品の買い足し、冒険に必須な食料品の購入。
手で何とか持ちきれるかどうかの量だ。
ランスあたり連れてこれば良かったと後悔先に立たず。
まあこれも筋肉に負荷をかけられる訓練だと思えばいい。
何事も積極的な得をした、という考えが必要なのだ。
「今日の僕は運が良かったってことにするのが1番まとまりがよいよね」
「そうそう!運命が良かったって思うのが大事なんだよぉ!」
「そうそう……って、聞き覚えがる声!?」
言葉が聞こえた方を見る。
忘れるものか、忘れられるか、あんな印象深い存在を簡単に忘れるか。
速攻で左を向いた目が捉えたのは、白。
やはり白。白と白、金髪とリュートがやはり浮いている。
困惑で思考の海に飛び立つ。
……運命の巡り合わせとは恐ろしい。もう2度と合わんだろうと思った存在に簡単に遭遇させてしまうのだから。
「あの時の吟遊詩人さん?」
「あの時の吟遊詩人です!」
レッゾとブランネに会う前に遭遇した白い吟遊詩人……まさか、同じ目的地で同じタイミング。
運命のイタズラが過ぎる。
運命ならもうちょっとマシな運命を用意してくれないかな、神様?
でも、考えてみればこの人のおかげでレッゾとブランネに会えたのか。
この人の詩を聞かなければあのまま通り過ぎてレッゾとブランネを助けることはなかっただろう。
そこは感謝か……一応感謝だけはしておこう。心の中で。
「……奇遇ですね。まさかコスタールで会うなんて思ってませんでしよ」
「奇遇じゃないさ、少年。ボクと君の運命が丁度重なったから起こった偶然さ!そう流れる久遠の中、ボクたちは風によって再会したのさ」
それを世間一般的には奇遇と言うんじゃないのかな。
偶然ってことは奇遇だ。
言っていることがちょっと分からない。最後の方もちょっと詩的な感じで分かりにくいし……。
別に好き嫌いはないけど、この人は苦手なタイプ。
やりにくいというか、生理的に受け付けない?……そこまでじゃないな、近くにいるとゾワゾワする。
背中に虫が這っているのかと思うくらい、背中に嫌な気持ち悪さが残る。
「しかし君……かなり早いね、どうしてかなぁ?」
「それは竜車に乗ってきて……ん?」
そう、僕は竜車を使い最速で来た。
しかしこの詩人はそれに追いついている。どうやって……?
竜車以上のスピードを出せる移動手段があるのか?
「はーん、竜車か、竜車。それはすごいなぁ、ボクも乗ってみたい……あーあ、あの時ボクが見捨てずレッゾくんとブランネちゃんを助ければよかった」
聞き捨てならない言葉があった。
見捨てずブランネを助ける……だと?それはつまり、あの現場を知っていて呑気に詩を弾いていたとでも言うのか。
流石に聞き捨てならない。
僕の顔が険しくなっていくのを感じとれる。
怒りと侮蔑が混じった、感情が押し出されていく感覚だ。
しかし、詩人の顔は変わらない。
いや、半分以上隠れていて分からない……けれど、薄笑いを浮かべて余裕さを見せつけてくる。
「いやぁ、弱弱のボクじゃどうしようもなかったしぃ?衛兵を呼んだらレッゾくんとブランネちゃんがどうなっていたか分からなかったしぃ?誰かの気を引くために詩を利してただけで、助けたくないなんてことは思ってなかったよ?ただ、運命が誰を選択してその結果がどう転ぶか、それを見るのも一興。結果としてよかったじゃないか」
意味がわからない……と言いたいが、確かに結果としては良かった。
結果だけを見るならな。
しかしそこに至るまでの過程で、僅かにでも苦労を減らせたのではないかと思ってしまう。
この人はこの人なりの行動をしていた。それが功を奏して、僕に辿り着いた。
運命は、都合よく転がった。
だが、早く事が進めばもっといい展開に持って行けたのではないの……
「あ、アイツだ!」
「んにゃ?」
「はい?」
こちらに向けられたであろう言葉で思考を中断され振り返る。
スキンヘッドの男とその後ろにいる衛兵数人。
え、僕何かやらかした……?
思い出せ、思い出さ、何が悪かった……?何を間違えた?
まさか、僕が利用したお店が悪徳でそれの利用したから捕まえようってわけか!?
何たる不当……その場合僕も被害者なんだぞ。
「あの白いヤツだ!アイツが、俺の馬車の荷台に勝手に乗って密航しやがった!」
犯人はお前かよ。
密航か。1度僕もしたことあるから人のことは言えないが、捕まって当然の罪だな。
早くお縄についてください。
……ここで僕が捕まえれば一石二鳥か、と思いそこにあったはずの手を掴もうとした……が、既にそこに姿はない。
凄まじい逃げ足で、通りを爆走していた。
速い。速すぎた。逃げるまでの判断があまりにも早く、足も速い。
追いつけるはずもない。
僕は面食らって開いた口が塞がらなかった。
「あははっ!レッゾくんとブランネちゃんのことは本当に悪いと思ってるから、ごめんねぇ〜!アデュー、デスティニー!」
最後まで訳が分からず、路地裏へと入っていった。
それを追う衛兵。
路地裏は凶。明日には牢屋に入っている詩人の噂が流れるやもしれない。
捕まってくれると嬉しいな、なんて思えるほどには毒気が抜かれた。
自然と足は帰り道の方角へと変わる。
やる気がなくなったわけじゃないが帰ろう。
他のことは明日やればいい。そうしよう。何処かの誰かのせいでやる気が削がれたというわけでは決してない。
本当だとも。僕は他人のせいにするような人じゃないからね。
あの吟遊詩人が少しウザかったのは変わらないけど。
*
夜は皆が同じ食卓でご飯を食べる、これがレッドウルフの決まり。
喧嘩した日やその翌日では特別に相席しないことも出来る。
基本は一緒。
今日も一緒。
『水牢の墓』の1階にある食事処で夕食をとる。
酒場ほど賑わず、人はチラホラいる程度。まだ酒を飲める年齢ではないから酒場で食事をすることは少ない。
こういう宿の食堂か本格的な料理店、あとは冒険者ギルドの2階で食事をする。
酒場は余程のことがないと行かない。酒場だとある程度リーシアへの態度も緩和したりする店もあるのでその時は行くか、くらいのものだ。
「お、今日は豪華じゃん。金がありあまってるからか?」
ランスの言う通り豪華だ。
食卓に並ぶのはちょっとしたパーティセット並の量と飾り付けられた料理。
しかしだ、ランスくん。豪華なのは当たり前じゃないか?
「お金がありあまってるというより……ランスの誕生日会だからだよ?」
リーシアが疑問を疑問で返す。
「……本気?」
「本気」
ランスの誕生日だ。昨日ね。
ランスは祝われると思っていなかったのだろう、驚きと喜びで……真顔になっている。
どういう顔……ランスの顔は1つ以上の感情表現の処理ができないのか、真顔だ。
「いやあ、びっくりした……まさか誕生日なんて祝われるとは思わなかったぜ」
気を取り直してと言わんばかりにランスは席に着く。
平然と、誕生日が祝われないことが普通のように言う。
僕たちを仲良しパーティだぞ?誕生日は祝うに決まっている。
誕生日は何があって祝うべし、これがレッドウルフの掟その6だ。
「普通では?」
「いや俺1回しかねえぞ?」
なるほどな。ランスの家庭環境は過酷だったようだ。
誕生日を1回しか祝われない。
なんて寂しいんだ。誕生日はひとりぼっち、1人で祝っていたに違いない。可哀想に。
「15の時な。親父が初めて祝ってくれたんだ。お前はもう立派だから、最後の誕生日だ、出て行け……って。懐かしいな、もう1年か」
しかも誕生日に追い出されてる。
ランスが遠い目をしている。可哀想に……彼の目には光がない。ただ虚空を眺めている。
何を想うのか……家族の事、家の事、故郷の事。
しかしその目にはやはり光がない。
光が、ないのだ。
ランスのせいで雰囲気が下がっている。
主役が盛り上げなくてどうするんだ。
何とか雰囲気を良くしろ、ランス!お前が要だ。
「ちなみにリーシアの誕生日も兼ねてるから、好き勝手にしないでくださいね」
「おう……」
急にスンと落ち着いた。さっきも落ち着いていたが、今は目に光が宿った。
弁える時は弁えるんだよな、ランス。ちゃんとしてるというか、一応年長者としての意地が感じられる。
いいとこ見せようって……見せれてないけど。
リーシアは11歳に、ランスは16歳に。
僕はまだ10歳。忘れられがちだけど、僕はリーシアよりも年下なんだ。
僕の方が大きいから、基本は思われないけどね。
誕生日に必要な物、即ち誕生日プレゼントだ。
「はい、ランス」
「すげえ気軽……」
6つ差があっても気軽な方がいいでしょ。
僕はランスのことを兄のように気軽に接してるし、このくらいでいいんだよ。
机の下に隠……せていたかは、分からないが長い皮袋を渡す。
まあ所謂鞘袋というやつだ。
ランスは武器に布を巻いて持ち歩いている。非常に危ない。
しかも鞘もないのでいつ凶器になって襲いかかるか分からない。ランスの傍にはいられない。
せめてもの、対策として。あと持ち運びやすいようにね。
「お気に召したかな?」
「ムートらしいよな。人が欲しい物をポンと出すところが」
気に入ったってことかな。
「お前はよく他人を見れてるんだな。俺にはそんな事できねえし、そういうとこ本当に尊敬してるよ」
急に湿っぽい。
照れるじゃないか、ランスう。
まあ他人を見れているのは、それをしないと僕みたいな弱者は何も出来ないからであって僕的な処世術だ。
ランスは僕にはない強さがある。
僕の方こそ、尊敬している。
と、湿っぽい雰囲気は誕生日会に合わない。
リーシアから渡したのは、茶色のコートだ。この時期寒くなるということで、ピッタリだろう。
たぶん似合うぞ、ランス。顔が良いから基本何かを身につけたり着たりしても似合う。
ちなみにこのプレゼントのアドバイスを上げたのは僕だ。
ランスは何がいいと思うと聞かれたので、リーシアのファッションセンスを信じて服の提案した結果、コートを選んだ。
ランスも気に入ったようで、その場で羽織ってどう?と感想を求めるくらい。
似合ってるぞー、ランスー。
さて、次はリーシアに。
ランスからのプレゼントは、きちんと箱に梱包されていた。
律儀だなあ、と思いつつ中身を確認……紺色のブーツ。少し高そうな代物だ。高そうだから箱に梱包されていたのか。
ちなみにこのプレゼントのアドバイスを上げたのは僕だ。
リーシアってどんなのが好きなの?と聞かれたので、ランスの好みに合わせた靴を提案した。
良さげなんだけど、高そう……光沢がしっかりしている。
ランスってやっぱりいいところの出なんじゃないか?感覚が平民じゃない気がする。
とはいえリーシアに似合いそうなので、よくやったランス。
リーシアも笑顔で、こっちも笑顔になる。
リーシアの視線が僕に移る。
本命。僕。ランスは前座扱い。
こればかりは年月の違いによるものだ。
まあ落ち着け、そう大したものじゃない。
俺が取りだしたのは、小さな黒箱。
「どうぞ」
一生懸命、なるべくかっこいい声で言った。
格好つけられたかは、不明だ。リーシアにどう届いたのかわからない。
「は、はい……」
リーシアは緊張の面持ちだ。ランスすら生唾を飲む。
開けるのは、リーシアの役目じゃない。
これを捧げる、僕の役目だ。
小箱は開いた。
高級感がある。緩衝材の役目を果たす黒いクッション。
その上で、輝くものがあった。
白。白銀、光を受けて輝く宝石。
指が通る白い輪っかに巧みな技術で埋め込まれた白銀の宝石。本当に小さいが、その価値は計り知れない。
まあ……ぶっちゃけると、指輪だ。
「……えっと……いいの?」
いいに決まっている。
君の為に買ったのだから、悪いことなんてひとつもない。
それともあれか?これは共有財産だから、2人のお金から出そうとか言う人だとでも思っているのか?
なわけない。リーシアに限ってはない。
純粋な疑問だ。これを受け取っていいのかと。
僕は言葉ではなく、行動で示す。
彼女は、隣に居てくれることを誓った。
僕の夢に寄り添うことを選んでくれた。
子供だから、それはまた考えればいい……なんて思っていた。
そんなことはない。
時間は金石であり、無駄にはできない。
言葉一つにも価値がある。
あの時は返事ができなかった。遅れてしまったことは、申し訳ないが、これが返事だ。
左手で彼女の右手を、そっと寄せる。
彼女は緊張や興奮、赤い顔をしている。
しかし抵抗はない。
良いという合図だ。
「とりあえず、右手の薬指ね。左はまた……ね?」
リーシアが覚悟を決めてくれたように、これが僕の覚悟だ。
運命を決するのは早いかもしれない。でも後悔なんて微塵もない。
あとの事なんて、気にしない。今を大事にしたい。
「……はい」
言質とったり!
もう天使は僕の物ー!誰にも渡しません!
ランスが興味深そうに1連を見ていた。
彼はモテるが初心だということを知っている。よほど気になるのだろう。
ランスも16歳だし、相手くらいすぐ見つかりそうだけどな。
「さて、じゃあ誕生日会しようか。ご飯も冷めちゃうしさ」
しっかりいただきますをして夕食に手をつける。
リーシアはそれどころじゃないのか、食が進んではいなかった。
感情の処理が出来きれておらず、自分の部屋に戻るまでずっとそんな感じだった。戻った後のことは分からない。
寝る前にランスとの男子会をして、西方大陸1日目は晴れやかな空気で眠りについた。
*
翌日、1日経って感情の治まりがついたのかへにゃあとした幸せにまみれた顔のリーシアが部屋から出てきた。
普段はとんがっている耳が垂れていたことを、僕は見逃さなかった。