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第1話 英雄願望 

 聖皇歴512年──夏季。


 『魔神大戦』終結から、ちょうど512年。

 新たな時代の到来とともに変えられた暦の数は、長く続く平和の証。

 この512年間──『魔神』の影も形も落とされない、そうただただ平和だ。


 朝の日差しも頂点へ、昼の陽が誰にでも平等に厳しく照らす。

 あつあつしい昼の日。

 それもそのはず、西部のこの頃は夏季真っ盛り。雲ひとつない晴天では肌が焼けるような暑さ。

 大人はバテてしまうかもしれないけれど、子供の僕にはちょうどいい外出日和なのだ。


「お母さん、いってきます!昼の太陽が夜の月になる前にかえってきます!」


 何度繰り返したかわからない、お母さんとの約束。

 扉前からでは見えなかった赤色の毛が奥から姿を現す。


 こちらの存在に気づいてか、僕の傍へと近寄り.....優しく、頭を撫でてくれる。


「いってらっしゃい、ムート。怪我だけはせずに帰ってきてね。......聖皇様の加護があらんことを」


「お母さんも、聖皇様の加護があらんことを!」


 本来、仕える神がおられるお母さんは聖イリアの加護を求めるのが自然である。

 だけど、僕に合わせてわざわざ『聖皇』様の祝福を願ってくれる。

 子供だからという理由ではなく、他人から見ても良いお母さんだと胸を張って言える。

 それだけ優しい。


 お母さん譲りの赤色の髪の毛を揺らしながら、風が心地よく喧騒賑わう街並みへと駆け出した。


 ロサの街。

 西方大陸の端の端、サミエント王国にある小さな街。

 商業が盛んでも、鍛冶の音が響くわけでもなく、ましてや戦いが起こることがない、ごくごく普通の街。 だからこそ平和な時代の象徴とも言えるのだ。


 僕はムート。

 母も父も平民の出だから、家名なんてものは持っていない、ただのムート。

 いまはなんでもない普通の少年だけど……いつしか『魔神』を倒した『聖皇』様のような立派な英雄になる男!


 だから今日も僕は修行をするのです。

 街ゆく知り合いの人たちに声をかけながら、いつもの丘へとたどり着く。

 吹く風が熱くなく、まるで春風のように涼しい……僕が100人いても届かないような、大樹の下。

 どこからどう見てもすごい木……多分だけど、この木にも『聖皇英雄譚』のような大きな伝説があるはず。

 だから、この大樹はすごいのだ!


「……あった、今日もちゃんと落ちてたな。よしよし」


 細枝を拾う、手に収まるちょうどいい大きさ。

 そう、これが僕の聖剣。

 すごい伝説がある木から落ちた細枝ならば、それはすごい剣にもなりえる。


「……来い、『魔神』!貴様に剣を突き立てた英雄英傑の魂を背負い、此度こそ貴様を倒してみせよう!」


『聖皇英雄譚』の最終節の一幕……『聖皇』様と『魔神』の戦い。

 僕が一番好きな場面。

 街の子供はみんな大好きだし、大人だってこの場面が一番好きなはず、お母さんだってそう言っていた。


 『魔神』は強い。

 けれど、『聖皇』様はそれでも立ち向かった。

 何度やられても、負けず戦い、最後には『魔神』を打ち倒した。


「終わりだ、『魔神』。貴様の命は、この剣により永遠と終わる。これからは戦いの時代ではない、平和の時代だ!」


「ふ、ははははは!面白い戯言を吐き捨てるな『聖皇』と呼びれし人よ。そのように幾度と我に刃向かってきた愚者愚昧の輩の内の一人よ。我の手で葬ってくれよう!」


 ビュンと木の枝を振りかざす、敵は『魔神』と定めた一人芝居。

 自分もいつしか『魔神』と戦うことを想像した一人稽古。

 凶悪最強たる『魔神』が目の前に居て、どう戦うか……………決まっている。


 体を動かす。まずは腕──剣をもっている右手の筋肉を高速で動かし、『魔神』の先手攻撃を受け流す。 聖剣を以てすれば『魔神』の攻撃でも壊れない。


 だが、やはり相手は100年以上人族を追い詰めてきた『魔神』。

 ほう、と喉から微かな音を鳴らしながら、敵と認めた英雄へと剣を振るう。

 いつ抜いたか、そもそも持っていたのか……魔法によって造られたであろう、敵対者を殺害するためだけに存在する聖剣と対をなす魔剣。


 防ぐしかあるまい……激突する聖剣と魔剣。常人ならば目眩を促すほどの強烈な力のぶつかり合い。

 力は互角、技術も互角、速度も互角……けれど覚悟が違う。

 多くのものを背負っている自分は決して負けない!


「ここだ!」


 僅かな力の差が、勝利を結ぶ。

 ……聖剣たる木の枝は妄想という名の『魔神』を切り伏せてみせた。


 こんなところか、イメージ通りならこれで『魔神』を倒せる。

 僕が『聖皇』様くらい強くないといけないんだけど……いつかきっとなれる。

 僕は強くなれる。

 だってこうやっていつも修行をしているんだから、同世代の子たちにも腕っ節では負けていないと自慢できる。


「………………いいなあ。僕もいつか旅に出て、仲間と出会って、あんな冒険してみたいな」


英雄願望。


 他人に言えばお構い無しに笑われる。

 友達に言えば共感され、でも諦める子が大半。

 家族に言えばいい夢だと口上は合わせながら、深層はまったく異なる。


 僕だって……分かっている。

 この時代には必要のない、ただの夢幻だってことは。


 齢6歳の僕でも直視させられる現実だ。

 今の世界は……あまりにも平和だ。

 『魔神』の影は何処にもない。

 魔族はいる……けれど話によると生き残っている魔族の大半は『保守派』だとかで、人族と友好関係を築いているらしい。


 だから敵はいない。

 危ないのは魔物か野党くらいでそれも世界を脅かすほどではない。


 だからこの時代に英雄は必要ない。


 必要がないから『聖皇』様も空の上から僕たちを見守っている。

 穏やかな風が吹いているのだってそうだ。

 いまが戦乱の時代なら吹く風は嫌な血の臭いだけだっただろう。


 どうしようもなく平和で、在り来りな日常。


 それでも僕は憧れた。

 初めてお母さんに聞かされたあの日から、僕の心はずっとあの英雄譚に囚われている。


 だってかっこいいんだから。

 人を助けて、正義のために戦う……背中のひとつも見えないほど大きくて立派だ。


 子供だから抱くちっぽけな理想だと言うことは理解している。まだ年端もいかぬ少年の歳であるというのに解っている。

 僕が、あまり子供っぽくないと言われる理由のひとつかもしれない……僕は同世代の子よりも現実を知っている……いや、視ている。


 平和という現実を知っていながら、英雄譚という空想に夢を馳せる。

 けっして、この平和が終わってほしいなんて想ってはいないし、魔神大戦の地獄が来ることは望んでいない。


 けれど、誰にも止められない。

 冒険がしたい。

 誰かを助けたい。

 世界を平和にしたい。

 ──僕はその理想をあまりにも大きくしすぎた。


 子供の時の恐怖が大人にも染み付くように……僕にとっての英雄への憧れはどうしようもなく、心の奥底から消えてはくれない。


「絶対なる。どんな形でもいい。英雄と呼ばれる、立派な人になる。冒険して、誰かを助けて、かっこいい英雄になる」


 大樹の下で、誰に言うわけでもない自分自身への誓い。


 風が吹いた。

 肌に沁みる空気は冷たく、昼の陽は姿を隠し夜の月へと移り変わり始めていた。

 約束までの猶予は少なく、足を家に向けるしかなかった。


「………………でも、英雄になるためには何が必要なんだろう」


 剣?魔法?勇気?それも必要だけど、やっぱり重要なものは、お母さんが言っていた……。

 やはりお母さんの言葉は偉大だ、だってそれがなくちゃ……そもそも生きていけない。


「勉強しなくちゃな」


 言語、算術、言葉遣い、作法。

 なっていない英雄はかっこわるいと母に言いくるめられた、僕は憂鬱が待っている家に帰るしかなかった。

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