第14話 ゴブリン討伐作戦
2時間ほどの待ち惚け。
何度か歳上冒険者に声は掛けられたくらいで特にこれといったことはない。
掲示板も3度は確認したし、結局台が誰作かも聞いた。
台の方はルイズワック様作ではないが名がある魔法具職人であるとのこと。
今は席でゆったりしているけど。
リーシアは120ゴルで頼んだお茶をちびちび飲んでいる。味は、良いわけではなさそう。水でいいかな、レベルの代物っぽい。
まあ味気ないもの飲み続けるよりは、多少刺激がある方がいい。暇で暇で仕方ないからこうやって気を紛らわせるしかない。
冒険者ギルド内では闘法、魔法の使用が禁止されているから手元での魔法修行もできない。
荷物に入っている魔術本を読むくらいしかない。
そろそろ進捗を聞きに行こうかな。
西方行きの初心者冒険者が何人いるかって話だしね。
明日までかかるようなら宿を取っておかないと……ランガルさんのところに泊めてもらうのは……うん、金は掛からないけどあの別れ方でないな。
行くとしても数年後とかにしよう。
今日出て今日ホームシックになるなんて。
案外ランガルさんのことを気に入っていたのかも……案外じゃない。誰がどう言葉を尽くしても僕はランガルさんのことが好きだ。
あの人には、本当にお世話になった。
2年という月日も決して短いわけではない。同じ屋根の下で2年間暮らすとなるとそれはもう家族のような関係になるのは必然だ。
一家の大黒柱……って感じじゃないな。
気難しいお爺さん。これがしっくり来る。
まあ家族のような存在ではあった。
もちろんリーシアもね。
リーシアは、なにかな……年上だけど姉感は本当にない。妹、でもないな。
強いて言えば幼馴染。
妹のような幼馴染、これが正しい気がする。
彼女にどのような言葉を尽くせばいいのか分からない。
愛とか恋とか正直さっぱり。好きではあるが、ちょっと複雑。
最初は保護欲。天使と言うのも、なんというか可愛らしい小動物的な感じだったから付けた。
しかし今は、保護欲とかない気がする。もう立派だし、僕よりも強い。
家族としての親愛も……違うんだよなあ。
でも僕はまだ愛とか恋とか、トキメキとか知らないし、なんて言えばいいか本当に分からない。
ここら辺の問題も自分の中で整理しなければならない。
僕は彼女を故郷に帰してあげたい。
その後のことは……リーシア次第で僕の介入するところではない。僕は僕なりにそれまでにどうするかを心構えしておく必要がある。
それがいつになるかは分からないが、いつかは来るんだ。
これまでに2年共にして、これからも年単位で共に旅をするはずだ。
多分感情はどうしようもないほどに膨れ上がっていくと思う。何とか予想ができる。
賢いとか関係なく、本能的なもの。
その前に自分の中でケリをつけることが先決。
と、ランガルさんに言われた。
あの人は本当に、臭いと言いながら全てを見透かしたような言葉を浴びせてくる。
確かに改めて言われ考えてみるとそうだ、となる事ばかりだから無視して向見ずができることではない。
リーシアの事も、考えておかなければならないことだ。
「なに?どうかしたの?」
「なんでも。ちょっと進捗がどうか聞いてくるね」
リーシアの顔を見すぎていた。はぐらかすように席を立つ……と、こういうことになると大抵丁度よくあっちから来るんだよね。
もう少し待つか。
席に座り直す僕を不思議なものを見たかのような顔で見てくる彼女。
傍から見れば行くと言って行かない奇行人だ。
「えっと……行かないの?」
「こういうのは行こうとしたところで来るのが鉄則なんだよ。君たちが噂の、って感じでなんやかんや仲間になってくれるあれ」
「そうかなあ……。それってなんの物語の話?」
「世間一般に出回ってる英雄譚冒険譚の全般に当てはまるものだね」
「英雄の物語は運命的な出会いにするために変わってる、んだよね?ムートが言ってなかった?改変がなんとかって」
「言ったね。それでも求めるものさ」
意味わからないという顔された。
君にそれされたら傷つくな……まあ男の憧れだから、リーシアに理解されないのは慣れっこさ。
それでも彼女なりに理解してくれようとしてくれるから好きです。
うーん、まあ、分からないこともない……かなあ?と顔に書いてある。分かりやすいなあ。
大丈夫。僕も女の子が好きなものとか、ちょっと理解しずらいから。
小道具の良さが本当に分からない。利便性があれば良いのでは?と思っている時点で駄目だよね。
よし、決めたぞ。
初任務のお金はリーシアになにか買ってあげよう。
それでリーシアの好きな物を把握する。2年間それをなぜやってこなかったのか……やろうとはしていたな。なに贈っても嬉しそうにしてたから分からなかっただけで。
理解とは、一番の交流である。
そんなことを思いながら、席で待つこと……1時間。
あの時行けばよかったと後悔は何回もした頃の時間。
冒険者ギルド内の雰囲気は入れ代わり立ち代わり、もう何人が出入りしたかなんて覚えてはいない。
昼の陽は半ばまで過ぎて、あと3時間あたりで夜の月が上がる。
僕の肩は限界ギリギリ。
うたた寝真っ最中のリーシアの体重を支えて少しキツくなり始める頃合い。
でも君に肩を預けるならいいとしよう。
おやすみ天使。せめていい夢見てね。
だからと言い訳つけてまだ行かない。
行かんぞ。あちらから来るまで絶対に行かない。
無駄な意地を貼り続ける。
ここまで来ればとことんだ、最後まで付き合ってやろうじゃないか。
*
待ち人来たらず。
この席に滞在し始めて6時間が経過した。
だと言うのに、望む人物は来ない。
もうリーシアも起きてしまったし、外は暗がりへと変わり始めている。
子供は帰る時間よ、と言わんばかりにガラが悪い奴も増えてきた。
忘れられてるのかなあ。
1回声掛けて宿を探そうかな。続きはまた明日ということで。
それじゃあよろしくお願いします!
「このまま待ってても仕方がないし、そろそろ行こ……」
「なあ、もしかして西方行き2人組冒険者ってアンタたちのことか?」
「なんでだよ!!」
思わず反射的に言ってしまった。
しかし出してしまったものは仕方ない。もう取り返しの付きようがないのだ。
だからその……そんなやばい人を見る表情しないでください。
いやそもそもあと3時間早く来ていればこんなことにはならなかった。
6時間待たされたんだ、うん、仕方なかったんだ僕の反応も。
「え、ええ……」
訪れた彼は困惑に満ちた表情でリーシアに助け舟の視線を送っていた。
だが残念。それは届かぬ夢のよう、リーシアの救いの手は差し伸べれることはない。
何故なら彼女もやばい人を見るような目で僕を見ているからだ!
「………………なんかごめん」
回れ右して、離れていく彼。
その背中はなんというか、小さく弱々しく……弱々、しい……?
「ちょっと待って……ください」
僕の言葉でふりかえってくれた。まだ完全に見限られたわけじゃない。
後ろで少しばかり束ねた金の髪がサラッと尾のように振られる。
年齢は僕よりちょっと高い、大人びだした顔立ち……15、16くらい。
何より目……目だ。薄青の鋭い眼光がこちらを射止める。目力が半端ない。
どうしよう。
どうしたものか……。
リーシアをチラ見。
駄目だ。え、どうなるの?という顔で任せる体勢を取っている。くぅ……甘やかしまくった僕が言うのもなんだけど自分で考えて対処できるようにしようねリーシア。
ここは秘伝の技を使うしかないな。
どうしようもない時はこれだ!
考える時間と気持ちを整理させてくれる最強の手札。
「とりあえず今日は解散。明日また会いましょう!」
だ。
「……なんで」
なんとも微妙な雰囲気で幕を強制的に閉じた。
*
翌日になって改めましてのご挨拶。
ただならぬ雰囲気を纏って対面する。要は面接。
パーティ面接。しかし採用はほぼ決まっているので意味はない。
まずは、礼だ。
「昨日はごめんなさい。僕も色々疲れていて、ちょっと冷静な判断が出来ませんでした。初対面の方に申し訳ない」
企業勤めの綺麗な礼。斜め45°キープの黄金的バランス。
これがランガル式謝罪です。ランガルさんは決して頭を下げる人物ではないので、僕限定の技。
「いや、俺の方こそ……なんか、ごめんな?」
いい人そう。
第一印象はそれ。歳も近そうだし実はかなり優良なのではないか。
知れば知るほど、昨夜のことが悔やまれる。
なぜあんなことをしてしまったんだ僕。一時の迷いに惑わされるとは……しっかりしろ、ムート。
だから貴方もそう緊張しないしない。
まるで初面接しに来た新卒さんじゃないですか……生で見たことないんですが。
歳上なんだから威厳持っていいんだよ。ていうか、僕の方がおかしいんだよな、この場合。
立場逆な気がする。
いや、ここでは少なくとも同列。年功序列はない。
というか同じ初心者なんだから、年上相手の敬語のみで十分だろう。
「いえ、僕の方こそ本当に申し訳ない」
再度礼。
何回でも謝罪はした方がいい。謝罪は友好関係形成の一助になってくれる。
無駄なプライドがない人は積極的に取り入れるべきだ。しかししすぎていると下と見られる可能性もあるのでここは充分考えた方がいい。
空気が和らいだ。今がチャンス。
「……もしかしたら聞いてるかもしれませんが、僕はムートです。こちらはリーシア」
すかさず自己紹介。
これで怒る空気感ではなくなった。
「ああ、名前だけは聞いたぜ。俺はランス……家名はあんま言いたくない……」
訳アリのようだ。
ランス……さん。槍か。武器名を名前につける親は意外にも多い。
強くなってほしいという意味を込めて、戦士の家系とかだと割とありがち。
ランスの場合は、鋭く速く……だったかな。
「ランスさん」
「ランスでいいぜ」
「じゃあランスで」
たまにさん付けしないと怒る人いるしなー……ランスはそういうの気にしなさそう。
多分実直な男だ。
「とりあえず、ランスは西方大陸行きでいいんですよね?どこまで?」
「まあ……剣王国にちょっと用があってな」
剣王国……西方上部に位置する剣王国デュランか。
戦王国デュランス跡地に生き残った王子が『剣帝』の助けを得て建国した剣と力の国家。
剣を扱う者なら一度は訪れたい剣士の聖地。
僕も行きたい。しかし目的地のサミエント王国とはわりと離れてる。ちょっと悲しい。
「修行ですか?」
ランスが苦い顔をする。
「まあ、そんなところだ……」
否定はしないが、否定したい。そんな感じだった。
見る感じに戦士と言った風体。鎧はつけない北方大陸用の旅装束だが……………凄いな、この人。
確かにこれは修行しに行く戦士だ。
「アンタ……………ムート……でいい?」
「いいですよ、別に。リーシアのことも気軽にリーシアで大丈夫です」
「わかった。じゃあムートは何処に行くんだ?」
「サミエント王国のロサの街という所に……目的は里帰り的なものです」
「へえ、里帰り……いいなあ。俺も早く故郷に帰りてえ。北方にいたら故郷がどれくらい住みやすかったのかよく分かるぜ。北方の冬季ってめっちゃ寒くね?」
「同意します。外に出るとかやってらんないってなりますよね」
「だよなあ!」
おっと、好感触。
気さくな仲が好みだろうか
僕もそれがいいなあ。友達感覚で付き合っていきたい。
ランスなら適任中の適任になれそう。
「ひとつ聞きたいんですが……何歳ですか?」
「ん?今年で15だけど……そういうムートは?」
「僕は10です」
「マジか!?その振る舞いで10!?お前どんなことしてきたらそうなんだよ!」
驚きすぎじゃないかな。
同年代よりも少し背が高いのは認めるけどそうおかしい事か?
僕が10歳にしては社交的に見えたから?……あれが、そうだとは思ってないけど。僕の敬語はただのへりくだりな気がする。
「色々あったので。……それはそうと、ランス。パーティを組んでくれるでしょうか?」
「俺は……別にいいぜ。他に組めるような奴もいないしな」
手を差し伸べてくる。
それを強く握る。握手……だが、やっぱりだ。
これは思った以上かもしれない。
握手はほどほど。
「えっと……リーシアも、よろしく」
次はリーシアと。
ランスと彼女の接点は驚くほど少ない。
全然会話してなかったから不安だったが、リーシアは迷いなく手を取る。
リーシアも成長したなあ、初対面の人と握手までできるようになっちゃって。
僕の時よりも短く、ランスは手を解き……
「女の子の手ってやわらか……」
そんな事を1人呟いていた。
*
パーティ登録を済ませる。
何とか3人パーティの編成完了。
これで晴れて冒険者人生が送れる。僕の冒険はここからだ!
しかし障害はまだある。
「パーティ名は何にしますか?」
パーティ名。
つまりパーティの名前だ。そのパーティの顔とも言えるものだ。
有名になればなるほど、パーティ名は重要になってくる。
かっこいいものじゃなくては笑いものにされる。
ということで、仲間たちに聞いてみよう。
「わたしは何でもいいよ」
「俺も特には……どんなでもいいぜ」
なんでもいいが一番困る。
せめて一案くらい出してほしい。
何でもいいなら、ひとつ決めてある。
昨日の暇時間で考え抜いた取っておきがな。
「じゃあ『レッドウルフ』でお願いします」
王道を進む。
やはりこれしかないと思う。
『レッドウルフ』、これでも獣族の戦士だからな。獣要素は欲しい。
単純にかっこいいから欲しい。
「『レッドウルフ』ですね。冒険者カードに情報転写いたします」
被っていたら登録できないとかあるかと思ったがそんなことはないようだ。
それとも僕たちの他に『レッドウルフ』がいないだけの可能性もある。
もったいない、こんなにかっこいいのに。
「こちらになります」
カードの上にでかでかと『レッドウルフ』と書かれた。
これはこれで恥ずかしい……。
しかしパーティ、パーティか。あともう1人は欲しいな。僧侶系が欲しい。
それはまた別の機会に。
待ってもいいが昨日のように時間は無駄にしない。
「これで登録完了となります。お疲れ様でした」
いえいえ、こちらこそ。昨日から続いてオレンジ髪の受付嬢さんにはお世話になりました。
ちょっとランスを紹介するのが遅かったけど……。
*
さて、早速だが僕たちは掲示板の方へと移動した。
無論。依頼を受けるために。
初心者パーティだからE〜Cまでしか受けられないが、まあ最初はそれでいいだろう。
Eランクの依頼は大したことない。
迷子捜索、落し物探し、仕事の手伝い。一般的な雑用が載ってある。
冒険者ギルドは民間人から要請も受けてるんだな。それを冒険者に依頼としてやらせると。
印象も良くなって仕事もこなせる、互いに得しかない。
Eランクはいい……Eだけにってか?
は。寒。
Eランクじゃなくて、Dランク。目をつけているのは討伐依頼だ。
まあ誰もがこっちをやるだろうな。Eランク依頼も嫌ってわけじゃないし、役に立てるってならやるけど、何分早く稼いで早く帰りたい身だ。
今の自分が受けられる最高額を狙うしかない。
「まあ、これだよね」
掲示板から1枚の依頼用紙を剥がす。案外簡単に剥がれるものなんだな。隙間なくくっついていたのに……この掲示板も何かの魔法具なのかもしれない。
紙が簡単にくっつく板、みたいな。
Dランク。ゴブリン討伐の依頼。
最近森にゴブリンが多く、荷台が襲われたので討伐してほしい……その依頼だ。
初級中の初級、初心者がみんな通る道、ゴブリンの討伐。
「これを受けましょう」
「え?討伐依頼受けんの?」
リーシアがビビると思ったが、ランスの方が狼狽の声を上げた。
何をビビっているのかね。
ゴブリンくらい勝てるよ、勝てる。ゴブリンに勝てなければ何に勝てるというんだ。
ゴブリン相手に出来なければDランク依頼なんて受けられない。
Eランク依頼でちびちび路銀を稼ぐなんて不効率だし、ちょっとは命かけなきゃね。
「いいよね、リーシア?」
「わたしはいいけど……」
ここで2対1にすることによって、断りずらくする。
リーシアは僕の味方だ。悪いが、ランス。君はこのパーティにいる限り1人だ。仲間なんて居ない。
時には我慢も必要だぜ、年長者。
「わかったよ。やればいいんだろ、やれば!」
何をそんなに嫌がっているのか分からない。
ランスならどうにでもなると思うんだけどな。
もっと胸張って堂々とすればいいのに。
ひっぺがした依頼書を受付嬢に提示したら依頼スタートだ。
*
最寄りの森。
そこはタクスの街から徒歩10分程度のところに位置する森である。
在り来りだが野生動物が住む穏やかな森。しかしそれは浅いところだけ……深い森の中はまさしく魔物の巣窟。
北方大陸は一番魔物が少ない大陸ではあるが、それでも魔物の巣窟と言っていい。
今回の依頼はゴブリンが浅い所に出たので討伐してほしいというものだ。
深いところまでは行かない。深いところだとこの時期は毒針兎、隊列狼と言ったCランクの魔物。
更には凶悪熊も出る。強さだけならAランク相当、上位剣士でも怯む凶暴性らしい。僕なら負けるかも。
何度も言うが今回は浅いところなのでここら辺の魔物とは出会うことはない。
安心だ。
隊列は僕が前で、リーシアが真ん中、ランスが後ろ。
何故?ランスが前衛で先行して欲しかった……後ろの警戒は任せろ、と言っていたが不安だ。
ランスなら安心して前衛を任せられるのに……。
まあなってしまったものは仕方ないしやるしかない。
「ねえ、ムート。気になってたけど魔物ってなんなの?」
「魔物って何とは?」
「魔物と魔族って似てる……よね?なんでかなって思って」
「俺もそれは思ったことあるな。魔族はあんまり見た事ないけど、中には二足歩行の魔物みたいな奴もいるんだってよ」
ああ、そういうね。
リーシアもランスも知らないのか。こんなの歴史本……いや、神話本読んでないと知らないよな。
そういうのもほぼ読み切ったからな僕は。
「そうだね。魔物と魔族が似てるってのはそうだね。だって魔物から派生したのが魔族だから。魔物は10万年前ほどからいたけど、魔族は5万年前からって話。十種族の中でも一番の新参なんだ」
「そんなに?」
「そんなにだよ。魔族の起源は……」
5万年前……それはまだ神話の時代の話だ。
当時でもあらゆる種族がいた。現在十の種族と言われている種もいた。
その頃の世界は十の神が統治していた。
人族の祖『星神』
獣族の祖『獣神』
妖精族の祖『霊神』
鉱鉄族の祖『金神』
天翼族の祖『空神』
巨人族の祖『巨神』
魚人族の祖『海神』
龍人族の祖『龍神』
吸血族の祖『神祖』
そして魔族の祖『魔神』
他にもあまり知られていない神は居たらしいが、この十柱が原初の神々として知られている。
ここら辺の話は文献も少なく残っていることはほとんどない。
どの神がどの種族の祖か、それくらいのものだ。
神の座は受け継がれているものの原初の神々は既に全てがこの世にいない。
じゃなくて魔族の起源だ。
簡単に言えば『魔神』は苦悩した。
自分が作り出した魔族があまりにも凶暴であり、他種族のような知性がなかったからだ。
5万年前の魔族は現在では魔物と呼ぶ存在。
そこで。
『魔神』は他の神に頼った。何をすればそのような知性と協調性、そして繁栄するのかと。
『魔神』とて自らが生み出した種が絶滅するのは嫌だったからだ。
他の神も快く協力した。
なんせ魔族は知性こそなかったが強力であったからだ。このままでは自分たちの種も滅ぼされる可能性があるからこそ、力と引き換えに知性を『霊神』が与え、凶暴性を引き換えに協調性を『星神』が与えた。
そうして誕生したのが現在では魔族と呼ばれる者たち。
本当にこんなもんだ。神話本にもこれ以上のことは載っていない。
その神話を知る存在もいないだろうし、誰にも聞きようがない。なので世界はここ止まりだ。
「『魔神』がそんなこと考えたのか?」
「そうで……あー、『魔神』と言っても500年前の『魔神』じゃないですよ。500年前の『魔神』は原初の神の一柱であった『魔神』を殺した、ただの魔族ですから」
そこまで言い終えて……奥の茂みから微かに音がした。
『魔神』の話したから釣られて来たのかなあ。
縁良くないものは悪いものを呼び寄せる。
「リーシア」
「うん」
準備万端。僕の指示があれば彼女は上位魔法をぶっぱなす激強魔法使いに変成する。
『五命感知』で既に数は割れている……7体。
初戦闘にしては多い気がするが、まあ何とかなるだろう。
「ランス。前衛を頼みます!」
ランスが前衛で止めて、僕が遊撃としてやり、リーシアが後衛でサポート。
完璧だな。割かしいいパーティだ。あとはやはり僧侶。
リーシアが魔法使いと僧侶の枠を兼任してしまっているから早めに僧侶が欲しい。彼女の負担を減らしたい。
「?」
おかしい。
ランスがいつまで経っても前衛に来ない。貴方は戦士、剣士、前線で戦うのが仕事では?
なのに、どうして、来ないのー?
「ランス?」
恐る恐る振り返る。
まさかそんな事するわけない。
ランスに限って、ねえ?そんな逃げるなんて。
「……………」
絶句だよ。リーシアの後ろにいるはずの男が居ない。
……あんにゃろ、逃げやがった!?
「うそだろ……」
金切り音。
銀閃は無骨な鉄剣を破壊した。
闘法『斬鉄』。鉄をもって鉄を切り裂く斬撃。
言葉にはならない言葉を発する1m弱の濃緑の魔物……ゴブリンだ。
歪な鼻と長い耳、理性のない目。本当に濃緑だ。そして武器を持っている。ちょっとした知能があるこいつらは、荷台を襲ってそこから武器も頂戴した、これだろうな。
だが、
「『乱牙』」
僕の敵ではない。
ゴブリンは上手いこと細切れとなって死体として転がる。
血と臓物の生臭さが、森の澄んだ空気を上書きする。
鼻を摘む、ことはできない。敵はまだいる。
数は残り6。
全てが拝借した武器を持っている。
一体が殺られたことで激情を顕にする……なんてことはなかった。案外冷静に、こちらの強さを把握したからこそ攻めてはこない。
ランスが居ないのは少し予想外だが、ゴブリン程度大丈夫。強敵なんかじゃない。
とはいえ、『乱牙』を使ったのは失敗だったかもな。あれは生命力の消費が馬鹿にできない。
一瞬にして敵を切り刻む獣族の剣術、強力だが燃費が良いとは言えないな。
雄叫びを上げて突進してくるゴブリン。
知っていても対処法を編み出すだけの知性はない。故にゴブリンは突撃しか選べない。
先行した一体の首を切断し絶命させる。
なんという切れ味か……ランガルさんから貰った剣、首を紙のように切断したぞ。
マントの下に隠し持っていたロングナイフの切れ味に驚愕しながら、ゴブリンの動きの変化に気がつく。
狙いは僕じゃない。
後ろのリーシアか。
おのれ、ゴブリンどもめ。天使に手を出すつもりかお前ら。
しかしそんな輩は痛い目を見るだろう。
そもそも素早さもないゴブリンならば、魔法使いでも簡単に対処できる。
「『真空刃』!」
高速の刃がゴブリンを両断する。それも3体。
あの魔法、視認不可で両断するほどの高速の刃。風系統魔法でも屈指の殺傷性がある。
怖すぎるだろ。
む。でも風でミニスカが……。ミニスカの魅力が出てしまった。
流石にゴブリンたちも臆したのか、残り2体のゴブリンは逃げ出した。
それを逃がさまいとリーシアは杖を構える……。
「待った、リーシア」
「どうして?逃げちゃうよ!?」
「群れで動いているのならゴブリンの巣があるかもしれない。敢えて逃がした方が依頼達成にも繋がる」
「……ランスさんは?」
「ランスは、まあ大丈夫じゃない。それに運が悪いってわけじゃない。彼なら、いいとこまでやってくれるさ」
「?」
*
逃げた。
逃げた、逃げてしまった。
自分よりも年下の子を置いて逃げてしまった。
追う手はない。
あの二人はどうしている……ゴブリンに倒されたってことはないよな。逆に倒した可能性の方がある。
ムートって奴はあれでも、中々に死線をくぐった顔をつきをしていた。ゴブリン程度には負けないはずだ。
しかしゴブリン。ゴブリン、か。
「怖すぎだろ!!」
なんだあの化け物。
人間と全然ちげえし、言葉だって通じやしねえ。
魔族だって怖いってのになんだよあの化け物は。
無理だ。無理無理。絶対無理だ。
俺があんなのに勝てるわけねえだろ!
つーか、冒険者になりたいなんざ思ってねえし。剣王国になんか行きたくねえよ。
ただの引きこもりだった俺には無理だ。
ずっと、家に居たかった。引き篭って一生暮らしてたかった。
それを、外に出ろ。一人前の戦士になるまで帰ってくるな、だと?
無理に決まってんだろ。俺に死ねって言いたいのか、あの親父。
最後まで庇ってくれた母ちゃんも見習えっての。
自分も戦士、爺ちゃんも戦士、祖先も戦士、だから俺も立派な戦士になれってか……。
冗談じゃねえ。
剣なんて怖い、斧なんて怖い、槍なんて怖い。
相手するだけで足が震えて、動かなくなる。そんな奴がどうやって戦士になるってんだよ。
こればっかりは才能だ。俺には戦士の才能がなかった。
『ランス。お前は、なんでお前はいつもそうなんだ』
なんで、って……言われても。
諦めることが悪い事かよ。
「どうしよ……」
せっかく気の合う奴とパーティを組めたってのに、このザマとは。
今から戻っても嫌な面されるだけ。
剣王国デュランに行くことはできない。家に帰ったとしても親父に死ぬまで殴られるだけだ。
だから行くだけ行って、なあなあに鍛えて帰ろうという計画をしていたが……金を稼ぐためになった冒険者もこれ、土木作業の方が向いてるのかもな。
「一旦街にもどって、また考え直すか……」
そんな生活をあと何回繰り返すか。
このままでは一生だと言われても仕方ない。俺も分かってる。
分かっていてなお、やろうという気合がないから足を街の方に進める。
見捨てた仲間のことは考えねえ……そんな事してたからか、バチが当たっちまった。
「な……」
木々の奥に見えた濃緑の塊……嫌なもん見ちまった。
引き返すしかねえ。人生諦めも肝心、ゴブリンになんざ殺される人生はやだよ。
だからよお、神様。そんなもん見せないでくれ。
「……………」
ゴブリンの群れ。集落にも満たないゴブリンの巣。
数十匹のゴブリンが行き交いする巣……焚き火がある。
ゴブリンはある程度の知識がある。
武器を使い、火を使う。魔物にしては知性が備わっている。しかし弱い。知性があるからこそ、魔物の中では弱い。
魔物とは知性なき獣であればあるほど強い。
ゴブリンは案外賢い。
だからこそ、貯蓄する。獲物を捕らえて、保存する。
ゴブリンの奥の奥……緑の群れの奥に映る、違う色の生物。
2人。身を寄せあって震える小さな人影……それが、木棒の檻の中にあった。
その近くには、赤色が散らばっている。
あれがゴブリンの貯蓄。
「嘘だろ……。あんなの依頼内容にはなかったぞ」
子供が攫われている、もしくは迷子。なんて依頼はなかった。
となると、依頼が出てないほど新しい。
故に、ゴブリンの餌食となっていない。
まだ助けられる命。
「助けを、呼ぶか」
場所さえ分かれば冒険者ギルドに緊急要請できる。
ゴブリンの巣の駆除となれば、ギルドも早々に高額報酬で依頼をし冒険者も対処にあたる。
だから、ここで俺が逃げることは悪いことじゃない。急げば間に合ってくれるはずだ。
だから、神様よお……そんな、偶然を起こさないでくれ。
「あ……」
目が合った。
少女、自分よりも数歳は下の少女の目が、こちらを捉えた。
偶然にも、視線が交差した。
そこにあるのは、怯えであり恐怖であり、救済と希望に満ちた目であった。
決して、助けを求めて叫ぶわけではない。
少女はただ目を見た。
それは助かるかもしれないという希望であると同時に、そうでなかった時のためにいち早く逃げろという意思表示……。
あの少女は、自分の命を声を荒らげ求めるのではなく……どちらかの命を取れる、最良の選択を取っている。
どうして、そんなこと出来んだよ。
「なあ、ランス。お前なんのために生きてんだ」
いつかの記憶。
いつものように、何もせず部屋にこもって……ちょっとした時に部屋から出た時の事だった。
そんなことを言われた。迷惑かけるなってことを言いてえんだろうな。
「何がしたくてこうやって生きてんだお前。そうやって一日を無駄に過ごして終わりか?」
わかってる。
でも1度こうしちまったら、もう終わりなんだよ。
やる気なんてそがれちまった。
戦士になる気なんざ失せちまう。
1度逃げた奴に、そう何度も構う必要はねえ。
俺には何もねえ。
親父のような戦士としての才能がない。
武器の目の前に、立つだけで怖くて仕方ねえんだ。
「恐れなんざ誰にでもある。俺だって怖かった。恐れることは悪いことじゃない。怖いってことは、誰よりも知ってるからだ。剣の恐ろしさを、その鋭さを、刃で命を絶つ重さを。……いいか、ランス。お前はその歳でそれがわかっている。重みを知っている。だから勝ち方も簡単さ……相手よりも自分を怖く見せろ。お前が持ってるのもまた剣だ」
「俺がお前を戦士にしてやる。お前に生きる意味を与えてやる。親はな、どんな子でも導いてやるもんなんだよ」
ただ裏切るだけじゃ駄目だ。
信じてくれた奴を裏切るなんざ、男として恥ずかしいだろ、ランス。
体を動かそうと頭で考える前に、茂みから飛び出していた。
草木を掻き分ける音でゴブリンも当然気がつく。
敵を見つけた獣どもは舌舐りしながら、各々が武器を構える。
鉄と鉄と鉄……当たるだけで身が裂けてしまう凶器だ。
唯一の手荷物……布に巻かれた、武器の刃を露わにする。
黒。陽光に反射した光が、黒を照らし黒鉄の輝きを見せる。
黒鉄の剣。親父の親父の、また親父の……そのまた親父の爺さんの、それ以上前からある戦士の武器。
多くの戦いを生き抜いた、恐怖の産物だ。
俺の足は震えている。胸の奥底がうるさいほど騒ぎ立てる。
それでも……奴らの方が震えている。
奴らはこちらに恐れ慄いている。
同条件だ。
……これなら。
その構えは、正眼ではない。
刃を地に突き立てる、下段脇構え。
『剣帝』様の剣でも『覇神』の剣でもねえ。
全く別の構えだ。……多くのものが、笑いものにすんだろうな。
それでも俺がもっとも理想とする構えだ。
怯えながらも、ゴブリン共は刃を突き立てる。
結局奴らに理性はない。合理的な行動をするだけの頭脳がないがゆえにどのような相手にも戦いを挑む。
俺なんかよりもずっと勇敢だ。
切っ先が、動いた。
瞬間に、ゴブリンを両断する。
剣は速さ。そして力。それを上手く扱えば、どんなものも切断できる。
このように大した相手じゃないのはわかってるが、身が竦む。しかし相手の方が恐怖はでかいんだ、俺が立ち止れるはずがない。
剣は速さと力と言ったが、訂正する。
力強い剣は何よりも強い。速さも重要だが、結局のところ筋力から来る振りの強さには敵わない。
一連の動作に筋力の介入を混ぜこませ、一段一段強くしていく。
そうした剣は、ゴブリンの防御を紙のように切り裂いた。
踏み込んで、剣を以て剣を制する。
攻撃は最大の防御、なんざものは信じちゃいねえが、圧倒的な攻撃を前に防御は意味をなさない、故に一撃で勝てるからこそ防御が必要ない。
鉄を砕き、生身を斬る。
どのような攻撃でも真正面から打ち壊す。
何体いようが絶大な力は、軍隊を圧倒する。
そもそも一撃で数体を持っていているんだ、決着のつきはすぐ来る。
好かない、血なまぐささ。
これだから剣は嫌いだ。簡単に命を奪ってきちまう。
俺の命だって奪ってくるような感覚だ。
手が滑りゃ、俺でも危うい。
自分の剣が次の瞬間には敵となり変わることだってある。
それでも助けられるものがあるのは知ってる。
今みたいに、誰かの命を助けることも出来る。
気がつけばゴブリンの群れはいなかった。
何がなんだかわからないほど剣を振りまくっていたから、敵の数なんて数えていなかった。
周囲に気配はない。
『五命感知』のような便利な闘法は習っちゃいないから、自前の感覚だけで頼っているから少し心許ない。
それでもいち早く助けてやるべきだ。
もう大丈夫そうなら、解放してやらねえと。
「大丈夫か、お前ら!」
人が10人ほど入れそうな木造の檻……中にいるのは、先程の少女と少し年上の少女だ。
顔つきが似ている。姉妹かもな。
野草なりを採りに来た所を森の浅いところにでてきたゴブリンに捕まった、ってところだろうな。
運がなかった、可哀想に。
「今すぐ出してやるからな」
檻を、斬る。
力を弱めて、傷つかないようにそっとすりゃ大丈夫だ。
「大丈夫だ。お前らごと切りはしねえから」
未だに怯えた目をしている。
まあ早々恐怖は消えねえわな。俺も心臓がまだうるせえ。
このせいで手が滑っちまいそうだ。1回息を整えるか。
早く解放してほしいだろうに、待たせて悪いな。
2人の少女の顔が引きつる。
そんなに俺が間違えてやっちまいそうか?
技量がいいほどではないのが認めるが、力加減はできるし大丈夫だ。
少女の1人……目が合っていた少女が、意を決したように口を開き。
「お兄ちゃん、後ろ……!」
頭を打ち抜く衝撃が、その声を伝えることなく何もかもをぶち壊す……破壊だけを残していった。
*
「ランス!」
その光景を、僕は見ていた。
辿り着いた時には遅く、ゴブリンに頭を強打されるランス。
鉄製の大剣、あれはまずい。あんなものでやられば人は簡単に死んでしまう。
周囲には死したゴブリンの山。
間違いなく、ランスがやった。
しかしそのランスは、ボスと思わしき2m越えのゴブリンによって壊された。
即死だ。
ランスが、天を仰ぎ倒れるように背を地面に預けようとしている。
治癒魔法ではどうにもならない。即死はどうやっても治せない。治せるものではない。
しかし、追撃。
ゴブリンの奴はランスの死など関係なく追撃を加えんと大剣を振りかざした。
「リーシア!」
僕じゃ間に合わない。
リーシアの魔法で……何とかなるか。
せめて、遺体は綺麗に保たせる。
親御さんは分からないが、冒険者ギルドならもしかしたら知っているかもしれない。
なんてもう死んだ前提だった。
だけど、
「ん?」
ランスは踏みとどまった。
黒鉄の刃の鉄が捻れ、鉄と鉄が打ち合わされる。
何が起こったかと言われると信じられないが……剣が斧に変わった。
どういう剣!?かっこよすぎない?
ていうか、ランス……なんであれで生きてんだ!?
「いってえな!!」
戦斧が振られる。
強力な衝撃を纏った速さある一閃は、ボスであるゴブリンを真っ二つにした。
無音。
音を置き去りした一撃が、衝撃だけを残しゴブリンの先にある木々を一閃で切り落とした。その本数20に渡る木々がついで感覚で犠牲になる。
「『断斬』」
忘れていたと言わんばかりにその闘法の名を口にする。
闘法『断斬』。初めて見た。初めて聞いた。
しかし初見ですら、それがどれだけ強い一撃か分かった。
あれは、ランスのそれは並の戦士を遥かに凌駕する必殺の一撃だ。
「……げ、ムート」
ランスはこちらに気がついて顔面が蒼白となる。
「……いや、これは、だな……。ゴブリンの巣がこっちにあったから……じゃなくて……逃げ、ました」
まあそうだろうな。
あれは完全に逃亡だった。何やってんだとキレたが、まあ今はそんなもんあんまりない。
いや、そんなことはどうでもいい。
「とりあえずリーシア、治癒魔法をしてあげて」
「うん」
あんな強烈な一撃受けたんだ。
脳震盪、頭蓋粉砕、あってもおかしくない。
ランスは何とか耐えて反撃したが、それでもかすり傷ってレベルではないはず。
「何処か痛むところはないですか?」
「痛むとこ……?全然」
「いや頭だよ。打たれたでしょ」
「あれくらい無傷だが?親父の拳骨に比べたら、毛ほど弱かったぜ」
何を言ってんだこいつ。
アレが、無傷だと?どんな化け物だ。
「無傷なわけないでしょ」
「戦士ならこんくらい日常だろ。半殺しくらい当たり前じゃねえのか」
「どこの日常」
どんな生活してきたんだ。
期待通り、というか期待を超えすぎて逆に怖い。
怖いよ。なんなの、戦士ってみんなこんななの?
剣士と毛色が違い過ぎない?同じ前衛なのにここまで差があるものなのか。
もしかしたら、ランス。
割とやばい家系の人なんじゃ。
戦士の家系って話だし、僕が知っている有名人の祖先と可能性もある。
気になる。聞こうかな。
「いや、俺のことはいい。それよりそこの2人を」
俺の事はいいって言える精神を見習いたい。
どうやったら体をそこまで強くできるんだ。教えていただきたい。
それは置いておこう。
牢の中に入れられるというのは予想以上に疲弊する。
それを知っているリーシアは即座に解放に移っていた。彼女は、まあその苦しみを僕以上に理解しているからな。
*
とりあえず少女2人は救出した。
街へと送り届け、かなり感謝をされた。
感謝はランスに。
少女の1人はランスの頬にキスを1つ。好かれてますねえ、ランスくん。
しかしランスは馴れた手つきで少女の頭を撫でていた。
多分こういうの慣れてるんだろうな……顔がいいし、誰からも好かれるんだろうなあ。地元じゃモテ男ってか。
面がいい男はこれだから。
そこからはちょっとぐだった。
ゴブリン討伐依頼の達成報告までは良かったが、ゴブリンの巣にいたゴブリンの殲滅を伝えた瞬間受付嬢さんが警告の顔になった。
今回は良かったがそういう時は報せることと釘を打たれた。
ゴブリンでも数が多ければ脅威度は上がる。しかもボスゴブリンまで居たとなれば、Dランク依頼の範疇を超えているということで怒られた。
しかしその分の報酬は追加で頂いた。
金貨8枚、銀貨3枚、銅貨9枚の合計83900ゴルの報酬。
本来の依頼達成量の約6倍。悪くはない報酬であった。これである程度の路銀は確保だ。
ランガルさんの1ヶ月分の給料にあとちょっとで届きうる額だ。
初依頼。
労力以上に疲れてしまった。
特に受付嬢さんのお叱りは効いた。まあ本当に頑張ったのはランスだ。
ランスがいたおかげで僕たちはかなり助かった。
彼を労うべきだ。
「今日は宿に泊まって明日またどうするか決めよう。とりあえず明日はレッドウルフ初の依頼達成記念を……」
「いや待て待て待て待て待て!!」
「なんですか。依頼達成記念はいらないと言いたいんですか?」
「いや!なに普通に流してるんだよ!俺は逃げたんだぞ、なんでそんなに受け入れてんだ!?」
なんだ、そんな事か。
「だって6時間も待たされたんですから、簡単に逃げられると思わないでくださいね。レッドウルフに入ったら最後、夢を叶えるまで抜けられませんよ」
これはリーシアとも話し合った。
ランスをどうするか。彼女は受け入れムードだった。
逃げたからと言っても、今日のことはランスありきで何とかなったのも事実だ。
逃げたことが良いとは言えない
しかしランスにはランスの事があった。誰だって逃げ出したい時はある。
僕も幾度とあるから知っている。
しかしランスはそれを乗り越えて戦った。
逃げた結果は消えないが、戦った結果も消えない。
「……と、ランス。貴方は僕と同じ部屋ですよ。実は聞きたいことが沢山あるんですよ。レッドウルフに入ったからには眠れると思わないことですね」
それに、やっぱり同性の近しい歳の人がいるっていいしね!
「だから改めてよろしくお願いします」
ここから、ここから正式な仲間だ。
再び、手を差し伸べる。
信頼と信用の握手。手を繋ぎ合うことは、共にあることの証だ。
「……敬語はいらないぜ、ムート」
「じゃあよろしく、ランス」
手を取り合う。
力強い、ゴツゴツとした戦士の手だ。
努力してきたことが分かる、何度も剣を握って振るってきたのだろう。
やっぱり、この人が仲間になってくれてよかったと僕は思うよ。
6時間待った甲斐はあった。
こうして新たな仲間が加わった。