第12話 物語はこれから
聖皇歴516年──夏季。
身支度を済ませる。
とはいえ、持っていく物はそこまでの量ない。
殆どがランガルさんの私物になるだろう。
売りに出されは、しないな。英雄になったらムートが使った勉強用具とかで売れるかもしれん。ないか。
天使の寝台ならありそう。僕が買います。
安心しな、聖金貨だろうが出してやらあ!
金がない?借りますよ、フッ。
「似合ってるな、ムート。素がいいと着飾ればもっとよくなるな」
「でしょう?自分でも思います、世界が揺らぐかっこよさだと」
「そこまで言ってないがな」
最後となる朝にトリロさんが来てくれた。
まだ6時過ぎ、納品には早いので本当に僕たちのために来てくれたのだろう。
この2年お世話になった人だし嬉しいことだ。
トリロさんからは10歳の誕生日兼冒険に出る記念に旅装束を頂いた。こんなに良くして貰えるとは、人の縁に感謝だ。
僕の服装はスタンダード英雄タイプ。
黒を基調とした黒鉄鳥の数少ない羽毛から作られたアウターに殺人兎の毛皮から作られた灰色目のズボン、そして魔法具の手袋とブーツ、服の下には防刃用断熱インナー、北方仕様の厚さがある服装、そしてリーシアから貰った氷雪熊の毛皮から作られた特注の白布のマント。
全部でいくらかな、聖金貨1枚は飛ぶかもな。
かっこいいとは思うけど、何か申し訳ない。
こんなにいいもの貰える価値があるのだろうか……。
価値は僕が決めるものではない。他人が品定めして出来るものだ。
僕がどうこうじゃなくてトリロさんは僕にそれだけの価値を見いだしてくれた、そういうことだろうな。
「これでよしっと」
左腰には利き手で抜きやすいようにした長剣。スピード特化の細剣の刃を少し分厚くした長剣、細剣程ではないがスピード重視だ。
そしてマントに隠れる形で腰に取り付けられたランガルさんの剣。
我ながら決まっているな。
更にまだまだ仕込みがある。
それはまた今度、使う時に教えよう。
お楽しみ、というやつだ。
リーシアが着替え終える前に最後の品出しを行う。
律儀だとトリロさんは言うが、律儀というか習慣でやってしまうの方が正しいな。
やりたくてやっている、タダ働きでも全然いい。
最後の仕事をしながらトリロさんと他愛のない会話をする。
そうしている間に、上階の気配が変わった。
扉を閉めて走る音、階段を降りてくる彼女の気配。
「お待たせ!ごめん、着替えにちょっと手間取ったというか……可愛くて、着づらくて……」
「天使」
なんというか、アレだ。
控え目に言って最高。本音を言うと女神。口開けば天使。
もはやこの世のものとは思えない可愛さの暴力が僕を襲ってくる。
クソ!なんでこんなに可愛いんだよ!
「似合ってる……かな?」
しかも台詞が破壊力抜群だ。
対ムートを想定した最強の殺し文句ですか?
そんな物なくてももうやられてるよ。
「さいっっっっこう、に……………可愛い」
まず目に入るのが、体のラインがわかる白のブラウス、そしてブラウスと一体になったミニスカート。
そうミニスカートだ。ミニスカートなのだ。ミニスカートです!北方ではあまり見られない、ぶっちゃけると僕の癖だ。
ミニスカートでは寒くないか?ということで足を覆う黒タイツにロングブーツ、防寒はバッチリと言っていい。
丈は腰あたりと短いが魔術師らしいローブに僕が上げた服についてあるフードを上手く縫い付けた特注品。
全てが全て、リーシアという至高の素材を引き立てる。
特にミニスカート。まさか北方で拝めるとは……有り難や、有り難や。
「だいぶ拗れてるな……。ランガルの旦那はどんな教育したんだ」
「健全ですが?あと自前です」
「もっとやばかった……」
人の好みはそれぞれだ。
別になんだっていいではないか。
世界にはもっとやばい趣味の奴がいるんだ。僕なんて甘ちゃんさ。
例えば、大陸中の子供を買い漁って奴隷にする変態とか……いそうだ、あながち間違ってなさそうなのが怖い。
「ランガルさん、降りてこないね……」
「来ないよ。あの人はあの人なりの別れをもうしたつもりだから」
それは言っても寂しい。
2年、2年だ。獣族の平均寿命は約150前後、人族よりも長く生きるがそれでも2年という月日は変え難い。
それでもランガルさんは言葉も何も挟まず、昨日の一件で別れを告げている。
アレが獣族の別れ方のだろう。なんとも淡白だがアレが正統なら認めるしかない。
僕は昨日の一件で見事、獣族の戦士と認められた。
僕はそれに応えるしかない。それ以外のことはできない。
長居は無用だ。
「リーシア、そろそろ」
「うん」
リーシアも分かっているのだろう。彼女の行動も素早かった。
というより身支度は済ませてあるのであとは出て行くだけなのだが。
「これからどうするつもりなんだ、行く宛てはあるのか?」
トリロさんも心配性だな……いや、彼からしたら僕たちは子の代か、2年間顔見知った子供を放っておけないのは当然か。
そう考えると、ランガルさん。ちょっと冷たい気がする。
アレがランガルさんと言われればそうなのだが、もう一回くらい面と向かってありがとうを言いたかったな。
本当に思っているのだから、口にして伝えるのが1番なんだ。
で、何処に行くか、だったな。
リーシアの故郷と思わしき迷いの森に行くのもいいが、これは2人で話し合って既に決めてある題材だ。
「とりあえず僕の故郷のサミエントを目指すつもりです」
一応手紙は送っている。
何とか給料かき集めてだ。しかし、返事は来ない。
どちらかの手紙が紛失した可能性は大いにある。
やはり会いに行くのが1番だ。
僕的には先にリーシアの故郷を探したかったんだけど、リーシア的にそちらはいいと言う話だった。
何より僕の両親に会いたいらしい。
仕方ない、僕も紹介しよう。こちらが天使ですって。
どんな顔するだろうか、ムートが女の子を連れて帰ってきたということでお祭り騒ぎになったり……ない、とは言いきれないな。
何かありそうな気がする。
この日のために給料の半分ほどは貯金に回している。
白金貨5枚に金貨21枚、銀貨や銅貨もまあまあある。ちょっとした小金持ちだ。
ランガルさんの羽振りが良かったからな。
「サミエントか……最近は西方の神聖国ルーンが少し慌ただしいからな。特に何もなく帰れればいいな」
それフラグってやつですよトリロさん。
あからさま過ぎますって。
彼も別に貶めるためじゃなくて純粋に心配してくれているのはわかるから言いたくないけど、それは言っちゃダメな台詞だ。
「ご心配ありがとうございます。それでは、トリロさん。ありがとうございました!」
「俺は何もしてないさ。元気でな、ムート、リーシア」
トリロさんに頭を下げる。
この旅装束は彼からのプレゼントだし、かなり感謝している。特にミニスカート、ありがとうございます。貴方は一生の恩人です。
「ランガルさん。ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
そしてランガルさんにも最後のお礼をする。
ここには居ない、けど聴こえてはいるだろう。そう信じたい。
感謝は伝わったはずだ。
「行こう」
2年間暮らしていたお店の扉を開く。
これで最後になるのだろうか……いや、また来たいな。
次はお客としてだろうけど、それでもまた来よう。恩返しというわけじゃないが、上客としてお世話になるとしよう。
踵は返さない。ただ歩む。
悲しむことはない。今生の別れではないのだから。
だから僕は、我慢をする。
泣き出しそうなリーシアの手を握って強がってみせる。
今こそ強がりのムートの時だ。
今までの感謝を込めて、ただ歩く。
夏季だというのに北方は少しばかり秋気分の気温。
暑いのに、涼しい、そんな風が吹く。
*
気まぐれ。
気まぐれだった。
獣族はいつも気まぐれだ。
気に入ったものを手にして、飽きたなら手放す。
いつであろうと自由だ。
自由に森の中を駆け、荒野すらも支配して、戦場を蹂獣族躙する。それが獣族だ。
人族など所詮は獣族に勝てない下等種族。そう思っていた。
この脚を切り落とされるまでは。
油断はない。獣族の戦士として死力を尽くし戦い抜いた。
100では足りない、1000もの人族を殺しオレは人族から恐れられていた。
『狂犬』、『赤狼』、まあ色々揶揄されたが関係ない。
獣族からすれば称号は長の証として与えられる『獣神』以外に価値はない。
しかし、調子に乗っていたのは認めよう。
誰よりも先行し、獣族に貢献せんと走り抜いた。
そいつは強かった。
敵将の1人、名前は知らん。他の人族からは『団長』と呼ばれていた聖皇国の騎士団長だった。
強いのは知っていたが、それは人族の話だと侮っていた。
結果は、相打ちに近い勝利。
全身を裂かれ、脚を切られ、武器を持つ腕を落とされかけた。
獣族は五体全てが武器。最後には頸動脈を噛みちぎり、殺した。
生き残った。
獣族には治癒魔法を使える者だとおらず、脚は治らずじまい。
脚がなかろうが、戦える。そう、戦える、はずだった。
獣族の里に戻って鼻をつんざく焦げ臭さ。
汚らしく捨てられた。獣族を殺すためだけに森を焼いて、五体が武器となる獣族は全てを切り落とされて殺された。
何故だ。何故、何故なんだ。
獣族の戦士は野生獣、敵であれば殺す。
しかし戦士は誇りがある。野生の誇りとでも言うべきか、戦場に立つ者しか殺さない。
無意味な殺生は、本当に無意味であるから害さない。
だが、奴らは報復という名目で森を焼いた。大自然の恵みをないがしろにした。
何の誇りもなく、ただ殺すことを目的として……殺し尽くした。
元よりこの戦いは人族によって引き起こされたものだというのに、自分たちが被害者と主張し当然の権利だと言いながら報復した。
同じ命ではない、魔族の方がまだマシだ。
人族は悪魔と言っても刺し違いなかった。
女子供だろうが、獣族は獣族と無差別。
療養のために里に戻ったオレは、背中を裂かれた。
不意打ち、焼け焦げた臭いで鼻が効かなくなった所を暗殺技で打ち砕かれた。
奴らは数が多い。
どのような奴でもいる。
純粋無垢な奴もいることは知っている、しかし純粋でも他人を蹴落とすものは多くいる。純粋な悪意はある。
全員とは言わずとも、数が多いからか相対的に全てに見えた。
丁度森は雨季だった。
火災は雨によって消えたが、その分川の氾濫が大きく、オレは呑み込まれた。
行き着いた先はどこでもない人の街……名前は覚えていない。
のらりくらりと、森への道筋も分からずただひたすらに歩いた。脚はなく、背中の傷は大きい。
獣族でも随一の戦士だったオレはその程度では倒れることなく、数ヶ月は野生獣で腹を満たし歩き続けた。
最後に行き着いたのが、この貧民街だ。
約3ヶ月、死にかけの体で歩き3つもの国を抜けた。
我ながら、人族への執着は凄かった。殺すという1文字で動いた屍のようであったと今は思う。
変化はあった。
貧民街での待遇がオレを困惑させた。
差別され淘汰され虐待されると確信していた。いくら獣族の戦士でもここまで疲弊しては人族の女ですら負ける。
しかし、貧民街の奴らはただただ善意の塊だった。
臭いで他人を判断できる獣族からしても、偽りのない善人だった。
そこからは色々だ。
人を信用していなかったオレを懐柔すべく気にかけ気にかけ……里を守れなかった戦士は死んだも同然、里に戻ろうという気はなく、簡単に死ぬ気もないがため、この場に留まることを選択した。
何かをしてみればどうかという言葉を拒否することも出来ず、過去の顔見知りと協力して店を建てた。
まあ全ては気まぐれだった。
今まで見てきた人族の違いに当てられた、と言ってもいいかもしれない。
長い時間をかけて、人族への執着は薄れ、過去の出来事のようにぼんやりしていた時だ。それは偶然だ。
あの小僧がやってきた。
最初は嫌な目をしている小僧だと思った。
昔のオレのような、戦いしか知らない、そういう眼をしていた小僧だ。
もう一匹はよく分からなかった。
妖精族だと言うが、森の精共ではない臭いがした。
何かが幾重にも交差した、不純という言葉が似合う少女だ。
しかし嫌な感じはしなかった。獣族の子供のように弱々しかったからか気にはなっていた。
リーシアはまあ、小僧に比べればマシだ。
気になる、などという次元ではない。
敵愾心にも近い恐怖をオレは小僧に抱いていた。
誰に対しても明るい。太陽のように輝いた奴だ。
アレは、オレだ。
戦いしか知らない戦士のオレだ。
だというのに、何故あそこまで善性を尊ぶのか理解できなかった。そこに憎しみの欠片もない、あるのは善意を語る心だけ。
怖かったと言っていい。
何故そんな眼をしながら、そんな風に居られるのか。
正気ではない。普通ではない。
目の前のこいつは、化け物だと本気で思った。
だから聞いた。
「……………小僧。オレが、どう視える」
それを、
「まずかっこいいですかね。強いですし、簡単に人を見限らない精神性も凄くかっこいい人です。あとモフモフ!機会があれば触りたいくらい良い毛並みで、正直言うと大好きです!」
この小僧はただ真っ直ぐに笑った。
獣族を人と呼び、自分たちと何ら変わらない存在と主張した。
本当に気まぐれだった。何かに絆されていないかと言われると嘘になる。
何の得もない。無意味な事だ。
それを理解しているが、オレは小僧を引き取った。
獣族の子を守れなかった、戦士としての勤めを果たしていない。
理由はあるが、どれも大したものではない。
たった2年の気まぐれくらいいいだろうと多感していた。
「今までありがとうございました」
最後であれ、何も変わらない。
ただ明るく、自分の善性が正しいと信じて、最後まで。
「ランガルさん。ありがとうございました」
巣立ち。
2年間を振り返ることはなかった。
やっと行ったかという想いともう子守りは必要ないという安堵が立ち込める。
オレは子というものをよく知らない。
愛する者はいた、その間に子も出来ていた、しかし生を授かる前に暗い腹の中で絶えた。
暗い牢の中で耐えてきた奴らを、子として扱った。そう言われても間違いではなかっただろう。
「……………」
「ランガルの旦那……もう出て行きましたよ?」
「知っている。獣族の耳を舐めるな、お前たちの声も足音も全て筒抜けだ」
見送りなどらしくない。獣族の戦士として決別は済ませてある。
しかし、獣族の掟に縛られたランガルは奴らの知るランガルではない。
「ムート、リーシア。…………じゃあな」
ムートとリーシアの背中が見えなくなるまで店先で見守る。
自分が変わったとは、思う。
誰のお陰かと言われるとこの貧民街、そして最後のひと押しはムートだ。
言いたいことはあった。
言葉足らずなオレでは言葉にはできない気持ちはある。
それを最後の見送りの言葉にまとめる。
2人には聞こえていないが、それでいい。
聞こえておらずとも、感謝は伝えるべきだと、小僧が言っていた。
「しかし、ランガルの旦那も言葉が足りませんよね。あの服、全部旦那の仕入れじゃないですか。あんな良いものばかり揃えて、本当に親バカですよねえ!」
「黙れ」
「はは……最後くらい素直になってもいいじゃないですかね。子供たちの巣立ちですよ」
「……伝えるべき事は伝えた。本心から来る本音だ。それだけで十分だ」
*
こうして、2年間の休息はおしまい。
英雄譚に新たなる一説が刻まれ始める。
筆を転がす音、頁が捲られる音、次なる冒険はすぐさま訪れる。
どのような旅路であれ、激動なのは間違いない。
プロローグはおしまい。第一幕が、開かれる。
第1章 完




