第9話 これからの事
ランガルさんの道具屋に辿り着いて、扉を開けた瞬間。
僕に飛び込んできたのは白い妖精さんだった。
何方も体が汚れているのでちょっと臭いが、それもふわっとした感触には適いようのない。
こんなご褒美をくれるのは誰だろうか……誰であろう、天使だ。
封印されし天使の波動が目覚める。おお、鎮まれ……鎮まってくれ、頼むぅ。
違う違う、ふざけるのも大概にしてくれムート。
抱きついてくる小さな体を抱き返す。
相当心配してくれていたのだろう、申し訳ない。
ランガルさんならこの子を任せても大丈夫だと思ったが、彼女の愛情は結構重かった。
たった1時間会えなかっただけで数年ぶりに再会した夫婦のようだ。
かなり可愛い。
この小さな天使を僕だけのものにしたいという欲求が高まる。
もうこのままデレッデレにさせて僕なしじゃ生きられないようにしてしまおうかな。
それは駄目だな、駄目かぁ。この子はこの子の家がある、いつか別れる運命だ。
愛を高めるだけ高めて、捨てる……屑だな。
スキンシップもいいが、程々に留めておこう。
「ごめんね。置いて行って、これでいいかと思ったんだけど……考えつかずでごめんなさい」
でも今くらいはいいだろう。
僕も2度目の死にかけだったんだし、ちょっとくらいご褒美を受け取る資格はある。
ランガルさんは鼻をつまんで嫌そうな顔をしているが……
「なんですか、その顔?何かしちゃいけないことでもしましたか、ランガルさん?」
「臭い。発情の臭いだ」
してねえよ!
してねえよ?
してないよね?
うーん、でも獣族だしなあ。ランガルさんの鼻を疑うのは無理があるか。
僕は獣と言いたいようだ。
解せぬ。
*
ご飯も食べて体も綺麗にした。マトモなのは久しぶりすぎて少し涙が出た。
普通の暮らしがこんなにいいとは……僕、感謝してもしきれないよ。
夕食は塩で味付けされた焼き肉であったが、もう満足、死んでもいいくらいには満足。
お肉なんていつぶりか……脂身が凄くお腹に来た。
大人に言ったらまだ子供なのにと小言言われそうだ。
そしてもう1人……あの子も予想以上にがっついた。
僕ほどではないが食べまくって、お腹がぷっくりと膨れていた。
彼女は夕食後早々に眠った。疲れがあったからな、腹が膨れたら眠くなるのは当然だ。
今は暖かい布団の中で心地の良い夢の世界にいるだろう。
かく言う僕も眠い。
とはいえ、ランガルさんと話し合わなけばならない。
これから、どうやって生きていくのかを。
1.弊社に入って何を担当するか。
「とりあえずランガルさんのお店で働くということでいいですよね?」
働かざるもの食うべからず。
ていうかお金が必要だ。大陸間を移動するとなれば尚更。
馬車を乗り継いで行って……それでいくら掛かるか、白金貨が数枚飛んでもおかしくない。
子供にとっては10万ゴルは大金だ。
どうにかして稼がなければならない。そこでランガルさんのアットホームな職場だ。
「お前はなにができる?」
面接開始。
ようやくここまで漕ぎ着けたぞ。今までは面接すらさせてもらえなかったからな。
まずは……弊社を希望した理由は?通行人に聞いたからです。
じゃない。
「雑用全般でしょうか」
ではその雑用とは具体的に何なのか、そう聞きたそうな顔を面接官はする。
「掃除、品出し、会計、接客、集客、在庫整理、発注、勤怠管理、経理……」
「出来るのか?」
「教えていただければ、やるつもりです」
よし!店長の顔色が良くなった。こいつは使い潰してやるという顔だ。
ランガルさんがそんな顔するわけないでしょ。
ちなみに採用された。
僕はもう何もかも任せる方針らしい。
自由に育ってくれと、面倒臭いことは投げるが1番ってね。
お給金の方は……おいおい働き次第との事。最低賃金以上くれればいいが……。
あの子も働くことになった。
とはいえ掃除と品出しがメインで、僕みたいに何でもするわけじゃない。
なんせ会話が出来ないからね。接客は無理だ。
言葉も近いうちに教えていくつもりだ。
その方が便利だし、何よりそろそろ鈴のような声を聞かせてほしい。
2.将来はどうするんですか?
「英雄になることです」
「何の話だ?」
「いえ何も……」
次はいつまで雇用するかの話合い。
10歳には出ていくつもり……僕何歳なんだろ。
秋季ってことは8歳になったのかな?
どうやって測定しようか。
「とりあえず10歳になったら出ていきます」
「10……2年か。……長いな」
あ、2年なんだ。
ランガルさんよく分かるねそういうこと。
それも獣族の能力だったり?
優れた鼻と耳、感覚を持った戦闘種族……あながち間違いではない。
戦闘こそ獣族の強み。
実際にランガルさんの強さを目の当たりにしたらわかった気がする。獣族は種族的に優れている。
無論その中でもランガルさんは頭1つ抜けているのだろう。
「そういえばなんで僕は半年ほど眠っていたんでしょうか?そういう魔法でもあるとか……」
「ん?ああ、西方大陸じゃないのか。それはマカの実の種を飲んだからだろうよ」
マカの実……初めて聞くな。
話によるとマカの実はサラキア王国の上部に位置する迷いの森で採れる実のようだ。
なんでも食べた人を永遠の眠りに誘うとか……怖い。
種だけでもその効力があるらしく、全部飲み込まされたせいで眠っていたらしい。
北方大陸だとよくあることらしい。凄いな、治安悪すぎないか?
まあこれは要注意ということで、警戒しておこう。
「……あの、ひとつ聞きたいんですけど。あの子が何歳とかわこりますか?」
「9だ」
嘘だろ、歳上!?
今年最大の驚きですよ。
さん付けした方がよかったりするのだろうか……ちょっと、態度ひかい目にしようかな。
それにしても9歳か……9歳にしては小さいような。
いや妖精族は成長が遅いらしいし、彼女もそうなのだろうか。
そういえば妖精族の成長段階は2パターンあるって聞いたことあるな。
なんだったろうか、なんかの冒険譚に書いていた。
ええっと、確か……
人族と同じようにちょっとづつ歳を取っていくタイプと一定まで成長すると成長が止まるタイプがいるのだったな。
彼女はどちらだろうか……永遠の若さを持っていてほしいので、後者を希望したい。
「妖精族で9歳ってかなり若いですよね?まだ言葉とか習ったりしないんでしょうか」
「妖精族?アレがか?」
ランガルさんが訝しがりながらあの子が眠る部屋の方を見る。
鼻を鳴らして、何かを確認している。
彼女は妖精族じゃないのか?
あの立派なとんがり耳は飾りだとでも言うのか……あの感触は間違いなく、妖精族だった。
彼女以外は知らないけど。
もしや噂の悪精族とでも言うのか……。
有り得ない。あんなに可愛い天使が堕天使だなんて……まあ、それもそれでいいかもな。
どれだけ堕ちても僕の中では天使なんだし。子供は盲目くらいでいいのだ。
ランガルさんは一言……まあそういうのもあるか、と言葉を残して終わりだ。
一応妖精族(仮)ということになった。
3.一旦家族に連絡をとってみては?
「勧めることはできん」
「何故でしょうか?僕的には安否を知らせて安心してほしいんですけど……」
「金がかかる」
それは無理だな。
片道3金貨……つまり3万ゴルだ。
高すぎる。ぼったくりではないのかと思ったが……
大陸間を移動してなおかつ、配達業者を街ごとに別の人に経由しないといけないため人件費とやらも多く掛かるらしい。
手紙を送るのは、難しそうだ。
そして何より送ったとしても返信が来るとは限らない。
何らかの事故で手紙が届けられなかった場合もある。ちょっとした距離と期間ならよいが……サラキア王国とサミエント王国。
配送するだけで片道早くて4ヶ月、遅ければ半年。
往復となると1年かかる可能性すらある。流石に長すぎるな。
そもそもお金もないので断念だ。
ある程度お給金が貯まったら出してみるのもありかもしれないが……早く安全を知らせたいな。
4.名前を決めたい。
「あの子の名前を……」
「お前が勝手に決めろ」
「……………」
5.強くなりたい。
これだ。
これ、一番重要なことだよ!
凄く興奮しているよ、僕は!久々に子供の雰囲気を取り戻しつつあるくらいには興奮しているとも!
ランガルさんの強さはよくわかった。
彼は強い、僕が知る中で最強だ。
最強の男に師事してもらう、こんな理想的な展開があるだろうか!
いや、ない!!!
上位以上は見た事ないが、間違いなく最上位以上……聖位クラスはあるはず。
そんな機会滅多にない。
落ち着こう、ムート。
英雄は常にかっこよく冷静であれ。
ランガルさんがみせた『瞬動速』。
敵に感知されないスピードでの一閃。
あれを是非、学ばせてもらいたい。
あんなの超絶かっこいいもん!
「弟子にしてください!」
「給料カット」
金を犠牲に力を手に入れた。
断られると思っていたので意外だ。
もしかしたら、ランガルさんはこれを予感していたのかもしれない。だから給料カットを先んじて用意していたと。
想像以上に策士だな。
「いいんですか?てっきり断ってくるとばかり……」
「獣族の戦士は後継となる牙の戦士を育てる義務がある。一度は獣族の責務を放棄した」
僕を視る目が……細く貫くように鋭くなる。
「どうせ断っても無理にでも頼み込んでくるのがオチだ。それなら逆にそれを利用する」
要は僕を鍛えるのはランガルさん的にも都合がいいってことか。
やはりランガルさん、策士よ。
しかし強くなる宛は見つかった。
不安定だった土台がやっと固まった、そんな気がする。
あと2年、働きながらの修行でどの程度伸ばせるか……ちょっと楽しみだ。
2年後の僕がどう成長しているのか、きっと強くなれているはずだ。
なんせランガルさんが師匠なんだ、もう怖いものなんてないぞお!
6.終わり
これにてお開き。
詳細な仕事内容は明日教えると言ってランガルさんは自室とも思わしき2階の一室に隠れるように入っていった。
最後まで面倒くさそうな顔は変わらなかったが、不機嫌というわけではなくあれがデフォルトかな。
僕も特にすることはない。
ので、自分に与えられた部屋に向かうしかない。
剣の修行や魔法の練習……も考えたが、流石に疲れでそれをする気力はなかった。
自室は小汚くも、大分整理された寝室。
机がある、ベッドがある、クローゼットがある、まあまあ良い及第点。ちゃんとした部屋があるというだけで有難い。
「お休み」
自分自身に言い聞かせるでもなく、眠っている同居人に言う。
布団を捲れば現れるのは寒さを紛らわせるために籠るように包まった同居人、7日間同じ牢屋で過ごしてきて、今回も同室で過ごすことになった彼女。
天使も卒業か……名前、何にしようかな。
この子に合う名前……いや、決まっているな。
やはり王道を行くほうがいい。無駄に長くて分からない名前はいじめの対象になる。
明日起きたら伝えよう。
と、僕は同居人の特権活用させてもらう。
起こさないようにそっと掛け布団の中に潜り込む。
彼女が温もっていたから案外暖かい。
芯から温まる、そんな感じだ。
近い。同年代の少女と同じ布団で寝るのは多少の気恥ずかしさがあるが、それ以上に感動がある。
モチモチとして暖かい、ずっとくっついていたい。
人の温もりは、心を癒してくれる。
特に彼女のような存在は……
また涙が出てきた……辛いことばっかりだっだもんな。
頑張ったよ、僕。
この子の前で弱いところを見せたくないからって強がって大人ぶった。
英雄像を自分自身に投影し続けていた。
自分自身を曝け出してこなかった。
そのせいだろうか、何もかもが曖昧になりかけて今起こっている全てが非現実に見えていた。
けど、今は違う。
ここにいるのは、僕だ。
閉じ込めていたものが決壊する。
「……っ、ぅん……ぅぅ、あ……早く、かえりたい……」
声は相変わらず閉じ込めて、涙と鼻水で顔を濡らす。
啜り泣くように、ただ静かに……
男が泣く時は、惚れた女の胸の中だけだ。
なら、今ならいいよね。
止まらない涙を……今日は止める必要なんてない。
このまま好きなだけ泣いて、泣いて、思い出にするのもまたいい。
外は早めの雪が降り始める……終わりは静かに、雫よりも静かに、大地を撫でる。
少しづつ茶色の大地を白に染めて、秋季の終わりを告げる。
結局……涙は止められず、頬を赤く染めたまま泣き疲れて眠ってしまった。
翌日、彼女が僕の慟哭に気づいてたのかずっと心配されてていたのは……本当に情けなかった……。
これからは素でいられそうだ。
繋ぎの話的なものなので少し短かったです。