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一話
弾けるように熟れた熱帯夜のことだった。彼女は決まった角度の笑顔で「ただいま」を発する。鮮血を服のあちこちに纏いながら。
「また汚れちゃったよー。絶対あの運転手前見てなくてさー」
頬を膨らませながら毎度の文句を垂れる彼女には赤がよく似合う。脚に目を向けると裸足と擦り傷、ところどころでは肉がえぐれている。
「跡になりそうなところはない?大丈夫?」
「うん。大丈夫。君に心配してもらえるなら死ぬのも悪くないかも」
脚の傷はつい先ほどより塞がっている。彼女はとてもおっちょこちょいだ。だから次に数度は死ぬ。死んでしまう。
人間という種が「死」という概念と決別してから半世紀と少しが過ぎた。新興企業のワクチンによって人類の99.9%は死ぬことができない身体になった。当然倫理観は180度変わることとなった。僕にとっては肌馴染みの悪い世界だ。死ぬことより「死」が遠いところにいってしまうほうがよっぽど怖い。




