獅子奮迅
気がつくと地面に叩きつけられていた。
朦朧とする意識。
ぼやける視界は赤く染まり始める。
仮面の一部が破壊された影響で流血しているのだ。
スーツにも損傷が数多く発生し、戦闘続行は不可能に近い状態。
「見事だよ沙織ちゃん。ご褒美をあげるから降りておいで。」
吸血鬼の黄色い歓声。
無表情のまま地上に降りたサファイアは俺に一瞥向けず吸血鬼の元へ歩き始める。
「さあおいで。一杯可愛がってあげるよ。」
(い、行くな・・・。)
声が出ない。
手を伸ばそうとするが動かない。
両腕を広げ、卑猥な腰の動きを見せる吸血鬼へと一歩一歩と歩み寄るサファイア。
このままじゃあ彼女が手の届かない場所に行ってしまう。
そんなのは嫌だ。
頭痛と全身の痛みに歯を食い縛って耐え、起き上がる。
ダメージで足に力が入らない。
立つだけで精一杯。
だけど倒れるわけにはいかない。諦めるわけにはいかない。
沙織を失いたくないから。
「何?まだ立てるの?沙織ちゃん、しつこいから完全に息の根を止めなさい。」
振り返るサファイア。
ライフル銃を構え、俺に狙いを定める。
足幅を広げ重心を下げた反動に備えた構え。
高出力ビームを放つつもりだ。
対抗すべき俺も左足を後ろにすり下げ、流星キックの初動に入る。
ここで雌雄を決する。
何度も瞬きをして霞む視界を修正。
俺とサファイアの視界がぶつかる。
先に動いたのは俺。
力を振り絞り上体がふらつきながらの大跳躍。
上空から降り落ちる流星キック。
サファイアは慌てて標準を定め直し、ビーム砲を発射。
両者の攻撃が正面衝突。
大きな衝撃が周囲にも影響を与える。
ピシッ、パキッ。
ボディスーツが限界だと悲鳴を上げる。
足裏に感じるのは焼ける痛み。
でも怯むわけにはいかない。
「堪えてくれ・・・・。俺に力を貸してくれ・・・・。沙織を助けるために。ダークダイヤよ・・・頼む!!」
バックルが光り輝いて俺の想いに応える。
光の粒子が俺を包み込み、ビームから身を守ってくれた。
「いっけえええぇ~~~。」
ビームを切り裂くように突きつけた先にはビーム砲を放った影響で硬直しているサファイアが。
彼女のすぐ傍に突き刺さる俺の流星キックに誰もが呆然。
ついに訪れた絶好の機会。
すぐさまベルトに装着されているポシェットから大きな注射器を取り出し、首元に刺す。
「な!沙織ちゃんに何をする気だ?!」
異変に気付いた吸血鬼。サファイアの眼が真っ赤からいつもの紫色の瞳に戻ったのだ。
これは俺とルリで開発したワクチンだ。
病院で拘束した眷属達を検査した結果、血液内に正体不明の菌を発見。
その菌が脳内へと侵入し、催眠効果を起こして眷属化させている事を解明した俺とルリは夜通しでワクチンを開発したのである。
「っ・・・・、え?あれ、私は・・・・?」
「正気に戻ったな、サファイア。」
「ダークダイヤ?!これはどういう事?」
衝動的にサファイアを抱きしめた。
困惑する彼女は次第に自分の状況を思い出す。
「私は確か、吸血鬼に攫われて――――。」
「余計な事を!!!折角、沙織ちゃんを俺の眷属にしたのに!!元に戻しやがって!!」
「よくも私に酷い事をしてくれたわね。絶対に許さない!」
地団駄を踏む吸血鬼へ銃口を向けるサファイアの隣で言い放った。
「沙織は俺の大切な人だ。オマエなんかに渡してたまるか!!」
「くぅ~~~うあああああああ!これでも沙織ちゃんが手に入らないというのか!俺様が間違っていると言うのか!!ふざけるな!!そんな事、認められるか!!!!!!」
怒りの頂点に達した吸血鬼。
額が開口。中にあるラピスラズリの宝石が荒々しく光り始めた。
「眷属達よ、この俺様に集え。俺様が正しい事を証明しろ!!」
「何が起こったの?」
「こ、これは・・・。」
地響きが起こるほどの高エネルギー。
眷属達は吸血鬼の元に集う。
そして次の瞬間、ラピスラズリが放ち続ける荒々しい輝きは吸血鬼と眷属達を取り込み、一瞬にして巨大なモンスターへと変貌。
3メートルを超えるほどの巨体は灰色の肉の塊。
全身血管が浮き上がるそれは人としての型はほぼ成していない。
ただのバケモノ。
目も口も鼻もない大入道が俺とサファイアを見下す。
「男は殺す。ミンチみたいにぐちゃぐちゃに叩き潰してやる。そして沙織ちゃんをもう一度俺様の眷属にしてやる!」
怒り叫ぶ吸血鬼の声はサイレンよりも五月蠅く耳障り。
「誰がなるものですか!」
ライフル銃を構え乱射。
しかし分厚い肉片に無効化される。
「無駄だ!!!」
巨体を揺らしてのボディプレス。
ホバー走行で難なく回避したサファイア。
だが、損傷が激しい俺は避けきれなかった。
「ダークダイヤ!!」
宙に吹き飛ばられる俺をサファイアがキャッチ。
遠くまで逃げる。
「酷い怪我・・・、まさか私が。」
「今は余計な事を考えるな。アレを倒す事だけを優先しろ。」
「でもどうやって・・・。」
『ダークダイヤ、サファイア、聞こえる?』
「ルビーか?」
『後2分で現場に到着する。アメジストも一緒。』
「わかった。サファイアに合流してくれ。」
「私と?」
「今の俺は足手纏いにしかならない。一時撤退する。」
『何があった?』
「ダークダイヤが負傷しているわ。」
無線越しからルビーの動揺が伝わる。
「俺は大丈夫だ。ルビー、後は頼む。」
『わかった。任せて。』
「・・・その短い会話で分かり合った感出すの、止めてくれないかしら。」
サファイアの冷たい視線は少し嫉妬が入り混じっていた。




