真夜中に潜む牙
悠星・・・。」
夜道を一人歩く沙織。
明日香の自宅から沙織の自宅まで徒歩3分。
だが、彼女の足は家とは違う方向を向いている。
少し歩きたい気分。
自身の気持ちを整理したくて夜風を浴びながら物思いに耽る。
明日香が招いてくれた食事会は楽しかった。
久しぶりに悠星と食卓を囲んだ。
瑠璃子とも久しぶりに語れた。
だけどそれ以上に焦燥感を味わった。
それは悠星と瑠璃子の距離。
二人が急接近していたのが目に見えて分かった。
そして長年近くにいたからこそ気付くことがある。
悠星が瑠璃子の事をかなり意識している事を。
瑠璃子と話す際に見せる仕草や口調。
彼女の事を大切にしている意識が色強く出ていた。
「そっかぁ、悠星は瑠璃子を選んだのね。」
親友が弟当然の幼馴染と付き合った。
本来ならば祝福すべき事。
勿論祝福をするつもり。
だけど素直に喜べない。
それは初恋の相手を取られたからではない。
沙織の脳裏にはダークダイヤの存在がチラついていたから。
「悠星の幸せの為に、瑠璃子を彼から救い――――――誰!?」
背後から誰かに見られている気配を感じ、振り返る。
沙織以外誰もいない、ように思える薄暗い路地。
でも感じる。
妬みと欲望が込められたドス黒い視線が。
自然と変身指輪のサファイアに触れる。
いつでも変身できるように。
じりっ、じりっ、と後退り。
ヒタッ、ヒタッ・・・。
微かに聞こえる自分以外の足音。
早くこの場から離れるべきだ、
直感が囁く。
それに従い、早足で立ち去――――「ミツケタ!!!!!!!」
「ひぃ!!!!」
悲鳴が喉元で止まる。
灰色の肌と真紅の瞳が目の前にぎらつく。
口を大きく広げ剥き出た吸血鬼の牙は驚く沙織の首筋を狙う。
本来であれば身に迫る恐怖で足が竦み、動けないであろう。
だが魔の手から逃れたい思いが身体を動かした。
唾液塗れの牙をバックステップで避け、そのまま駆け出して逃げる。
敵に恐れを成して敵前逃亡したのではない。
この狭い裏路地ではサファイアの性能を発揮できないと瞬時に理解したのだ。
(確かこの先に広場が。)
誰もいない大広場へと辿り着く。
「ニガサナイ。」
「それは私のセリフ。JEWELRY SET UP!」
指につけるサファイアの指輪から放たれた青い粒子は沙織のカラダを包み、ビシュエール・サファイアへと変身。
「裁きの銃弾、ビジュエール・サファイア。」
「ッ!!ククク、ソウカ!ソウナノカ!」
サファイアへと変身した事に驚く吸血鬼。
が、それは一瞬。
すぐさま夜空へ高笑いを響かせる。
「イイ!イイゾ!ホシイ!オレ様はオマエがホシイ!!」
蝙蝠の羽を広げ、地面を一蹴り。
低空飛行にて襲いかかる吸血鬼にサファイアはビームライフルを瞬時に構え、放つ。
「ハハッ!ギャハハ!」
「速い!?」
攻撃は全て避けられる。
ホバー走行で後退するがスピードの差は歴然。
慌てて急旋回して吸血鬼の手から逃れる。
「飲ませろ!血を!オマエの血を!」
「誰がアンタなんかに!」
吸血鬼の背中を狙い、ライフル銃を乱射。
相手は匠な飛行技術を駆使し、ビームの隙間を掻い潜り、上空へと羽ばたく。
「動きが早くて狙いが定まらない。それなら!」
右胸部のハッチが開き、小型ミサイルを2基発射。
弾道速度はビームよりかなり遅い。が追尾式。
軽々と避けた吸血鬼。
しかし大きく旋回してきたミサイルに気付くのが遅れ、背中に着弾。
「畳み掛ける!」
不時着した吸血鬼にビームマシンガンを放つが、鞠のように飛び跳ねて追撃を回避する吸血鬼。
「吸わせろ!飲ませろ!血を!」
真紅の眼を血走らせる吸血鬼。
ビームが身体の各部位を掠めるが怯む事はない。
並々ならぬ執念にサファイアの全身には悪寒が走る。
ここで倒さないと・・・。
グリップを握る両手に力が入る。
吸血鬼を近づけさせずに倒す。
ホバー走行でジグザグに移動しながら、マシンガンと右肩に搭載されている小型の可変ガドリングを駆使して迎撃。
「血を血を血を血を血を血を血を血を血を血を血を!」
「ダメージは与えているけど致命傷には程遠い。中々落とせない。このままじゃ・・・。」
ガドリングの弾倉は無くなり、ライフル銃のエネルギーも残り僅か。
ビジュエール・サファイアは装輝戦姫の中で一番の火力を持つがその反面エネルギー消費量はかなり大きいのだ。
その為に補給係としてルビーが存在しているが、今この場にはいない。
今サファイアは充分な補給がない厳しい戦いを強いられている。
カチカチカチ。
「弾切れ?!」
慌てて腕部に装填されている予備のマガジンを手にする。
だが、それにより生じたこの僅かな空白。
素早さがウリの吸血鬼には絶好の好機だった。
「血を吸わせろ!!」
急接近する吸血鬼。
大きく鋭くなった赤い爪がサファイアの持つマシンガンを切り裂いた事で誘爆。
「きゃあ!銃が!」
好機を逃さない吸血鬼。
左腕を振り上げた事で鋭利な爪がサファイアの上半身を覆う武装を突き刺す。
バチバチ音が鳴る火花と漏電。
「拙い。CAST OFF!」
間一髪で上半身の武装を切り離したサファイア。
予備のマガジンを備えていたので強烈な爆発が発生。
爆風の衝撃を受けるが持ち前の運動神経と受け身でダメージは最小限。
上手く身体を捻り、膝立ちの状態に。
「拙いわ、メイン武装と装甲の半分を失った。復旧にかなりの時間を有するわ。一旦身を隠して体勢を整えないと。」
爆発の砂煙をチラ見。
サファイアは辛うじて爆発から逃れたが吸血鬼はモロに爆発を受けていた。
「吸血鬼はあの爆発でダメージを負ったはず。身を隠すなら今の「逃がすか!!」きゃあ!」
砂煙からの猛突進を正面から受けてしまったサファイア。
仰向けに倒されたサファイアに馬乗りで覆い被さる吸血鬼。
爛々とギラつく瞳には恐怖の色で染まるサファイアの顔が映される。
長年欲しかった物が今手に入れた瞬間に興奮、荒ぶる。
「いや・・・、顔を近づけないで。」
首を喰らおうとする吸血鬼の顔を両手で押し除けようとする。が、吸血鬼の両手が彼女の手首を強く握り締めて地に叩き落とす。
「こ、これで念願の、お前が!血が飲める!」
「吸わせてたまるものですか!!」
腰部の隠し手が起動。
臀部に装備されているビームガンを掴み、吸血鬼の腹に銃口を押し付けて引き金を連打。
ダダダダダン!!
けたましくなる銃声。
(お願い、これで倒れて。)
願うサファイア。
今の乱射でエネルギーの残量がほぼ0になったのだ。
今の武装を辛うじて維持する量しか残されていない。
「ガッ・・・。」
真紅の瞳が消え、白目になった―――のは一瞬。
すぐに意識を取り戻す吸血鬼。
抵抗された怒りが込められた咆哮はサファイアの戦意を奪う。
「もう、駄目。」
諦めた心が求めるのは助け。
脳裏に浮かぶのは幼馴染の男の子。
「誰か・・・。」
「血だ!頂き、まぁ〜す。ッ!」
吸血鬼の犬歯がサファイアの首筋に突き刺さろうとした時、動きが止まる。
何かを察したのだ。
その直後に飛ぶ声、「流星キック!!!」




