ルリの願い
「悠星くん、お帰りなさい。瑠璃子先輩、こんばんは。」
家に帰るとキッチンから香ばしい匂いと明日香の可愛い声が。
今日の夕食はルリ先輩の好物であるクリームシチュー。
「美味しそうな匂い。」
「二人共、夕食までもう少しかかるからリビングで待っていて。」
明日香の手伝いをする沙織。
制服とエプロン姿はとても似合っている。
「サオリ、ワタシも台所に立つ。」
一瞬で凍りつく台所。
「大丈夫ですよ先輩。料理の事はボクとお姉ちゃんに任せて。」と柔らかくお断りする明日香に対して沙織は直球勝負。
「瑠璃子、入ってこないで!あなたは悠星と一緒で料理が壊滅的でしょうに。お願いだから大人しくしていて。」
「フランスパンを切るだけ。」
手にしている袋を見せる。
「このフランスパン、美味しい。皆に食べてほしい。」
「・・・それぐらいなら大丈夫、かしら?」
未だに不安げな表情を見せる沙織。
ルリ先輩は俺と同様で料理が壊滅的。
化学実験みたいになり口に入れてはいけないモノが出来上がるらしい。
「切るだけ。問題ない。」
「分かったわ。その代わり、他の食材には触れないでね。」
沙織から了承を得てようやくキッチンへ。
俺だけ何もしないのは気が引けるので、机を拭いたり食器を出したりなど雑用を担当。
和気藹々とした雰囲気の中、料理は完成する。
「「「「頂きます。」」」」
食卓に並ぶ様々な料理。
ルリ先輩は早速、明日香が作った熱々のクリームシチューを木のスプーンで掬い、ふーふー冷まして一口。
「美味しい。」
「良かった〜。先輩のお口にあって。」
「サオリとアスカが作った料理に不味い物はない。二人共、いいお嫁さんになれる。」
「「っ!」」
頬を染める明日香と沙織。
俺は沙織が作ったサーモンのカルパッチョを頂く。
「うん?このソースは?」
「私が作ってみたのだけど合わなかった?」
「そんな事ないよ。凄く美味しい。」
「なら良かったわ。」
「あっ、ルリ先輩、皿貸してください。」
隣に座るルリ先輩の皿を預かり、カルパッチョとフランスパンを装う。
彼女の席からだと少し取りにくくて困っているのを察しての行動。
「ありがとう。ユウセイもこれ。」
彼女のご厚意に甘え、飲み物を注いでもらう。
「(ちょっとお姉ちゃん。どういう事?先輩と悠星くん、より一層近しい関係になっているみたいだけど。)」
明日香からの耳打ちに沙織は答えることが出来ず、呆然。
それ程二人のやり取りはごく自然。席も肩が触れ合うぐらい近い。
(悠星もいつの間にか瑠璃子の事を名前で呼んでいるし・・・。もしかして本当に付き合っているの?)
確かめたいが、そこまでの度胸は踏み出せない。
二人の口から肯定の言葉を聞いた時、自分はちゃんと祝福の言葉を述べられるのだろうか?
沙織、そして明日香もそれが怖くて踏み出せず、モヤモヤを抱えながらも食事は進む。
「こんな風に食事を囲むの、久しぶり。」
団欒に和んだ拍子に零れ出たルリ先輩の一言。
彼女の境遇を知った今ならその気持ちがわかる。
俺もこのように誰かと夕食を共にするのは久しぶりだ。
「サオリ、アスカ、今日は誘ってくれてありがとう。」
「瑠璃子。改まってお礼を言われる程じゃないわ。それに今回企画したのは明日香よ。」
「ううん、ボクは何も・・・。ただお姉ちゃん達の仲が戻ってくれればと思って・・・。」
その兆しはあった。
調理中、沙織とルリ先輩が楽しけに会話しているのを見られたから。
「アスカ、心配無用。ワタシはサオリを嫌ってはいない。勿論アスカも。ワタシは二人の幸せを願っている。」
「瑠璃子・・・・・・。」
「そしてそれがワタシの幸せ。こんな風に4人で食事を囲める未来。ワタシはそれが欲しい。」
ささやかな願い。
だけどルリ先輩にはその願いは何よりも大切で壮大な野望のように語る。
「だからサオリ、アスカ。ワタシを信じてほしい。」
その言葉に沙織と明日香はどう感じたのか?
神妙な表情を浮かべる二人からその答えは見通す事は出来なかった。
「食卓を囲める日々、ですか・・・。ありふれたごく普通の事だけどルリ先輩にとっては大きな夢、願いなのですね。」
帰り道、ルリ先輩を家まで送る。
どちらからでもなく自然と繋がれた手からルリの体温が伝わる。
「ワタシがずっと夢見ていた。でもそんな未来が来る事はない、と思っていた。サオリと出会うまでは。」
夜空に輝く星を眺めていた視線は俺の方へと向く。
「サオリがワタシに日常を教えてくれた。アスカが友達の重要性を教えてくれた。そしてユウセイ、アナタが恋を教えてくれた。」
肩に頭を乗せて寄り添う。
「ワタシは今、幸せ。でもワタシ一人が幸せになりたくない。サオリもアスカも、ユウセイも。皆幸せになってほしい。」
「なれますよ。先輩の―――ルリのその願い。俺ができる事なら何でもします。」
「うん、ありがとうユウセイ。」




