誘惑
「プロデューサー、何処行く気?」
いそいそと身支度を整える牧崎を目撃する目ざといヨーコ。
「もしかしてまた沙織の所に行く気?懲りないわね〜。」
「彼女は一生に一度、お目に出来るかどうかの逸材だ。簡単に諦められるわけないだろ!」
「そんな事言って。本当はあの娘のカラダ目当てのクセに。」
ヨーコの指摘は牧崎の本音を射抜いており、何も言い返せず。
「・・・。仕方がないなぁ〜。可哀想なプロデューサーの為にこのヨーコが一肌脱いでアゲルわ。」
「何をする気だ?」
「あの娘が難色を示しているのは隣にいた男の子が原因だとヨーコの勘が言っているのよねぇ。」
「ああ、幼馴染とかいうあの男か。」
「そ、だからあの幼馴染にヨーコがちょっとちょっかいをかければ・・・。」
「簡単にこっち側に靡く、か。」
「そういうコト。あんな草食性男子、ヨーコの魅力でイチコロよ。」
「で後は俺が慰めがてら口説けば・・・。」
二人の口から溢れ出る目論み笑い。
「プロデューサー、ヨーコがお膳立てしてアゲルのよ。」
「わかっているさ。ちゃんとおこぼれはやるよ。」
「キャハハ、それは楽しみ。」
夜間パトロールを開始して数日が経過。が、成果なし。
吸血鬼はかなりの慎重派なのか、目立った動きはない。
闇に紛れ、姿を眩ませていた。
そんな中、、
「ねえ悠星くん、一つ協力してほしい事があるの。」と明日香から相談されたのが数日前。
沙織とルリ先輩を仲直りさせるために手伝ってほしいという内容。
周囲は気付いていないと思うが実はあの日からずっと険悪状態は続いている。
必要最低限の会話のみでそれ以外は互いにあまり接近し合わない。
普段から他人に関して我関せずの姿勢であるルリ先輩に沙織が声をかけていたので、今まではそれほど問題がなかったが、その沙織がルリ先輩に話しかけようともしないので少し重苦しい状況になっている模様。
(そういえば、この前の無線でも二人の会話は素っ気無かったな・・・。)
夜間パトロール時でのサファイアとルビーの会話を思い返す。
「それは構わないけど、何を協力すればいい?」
喧嘩の元凶なので協力する事には惜しみない。
快く承諾。
二人の予定を確認し、そして今日食事会が開催される事に。
場所は明日香の家。
彼女が家で準備する間、俺は学校の正門前で待ち合わせ。
待ち人が来るまでの間、門に背中を預けて先日見つけた面白そうな科学誌に目を通している時だった。
「チャオ~~。」と気さくな挨拶が俺の耳に届く。
「あなたは、確か・・・喜多街陽子さん。」
「わ~~、ヨーコの事、覚えてくれていたんだ!嬉しい~な。」
それは単に俺の記憶力がいいだけ。(名前や顔は一度見聞きすれば覚えられる。)
「沙織なら今ここには居ませんよ。」
「あの娘の事はいいの。ヨーコは君に会いに来たんだ。」
「俺に、ですか?」
「そうだよ!」
あどけない笑顔で俺の腕をだきつくヨーコ。
それは自然で手慣れた動き。
「(どうどう?草食系童貞男子には刺激過ぎるよね。)ヨーコね、この前初めて会った時からキミのコト、気になっていたの。」
甘えた声を奏でそしてシャツから覗き見える胸の谷間を見せつける。
(プププ、どうせ沙織の胸は見た事ないのでしょう。身持ちが堅そうだし。ほらほらほら。)
腕越しから伝わる小振りの胸の感触。
「ねえ、ヨーコは今、とても暇なの。だから、一緒にお茶でもしない。」
そういい終えると、今度は耳元で続きを囁く。
「OKしてくれたらお茶だけじゃなくて、気持ちいい事もしてあげちゃうよ。」
「お断りします。」
「え?!何で!」
俺の即答に声色が変わった。
「成程、今の声が地声ですね。甘ったるい声を出して俺を誘惑しに来たようですけど無駄ですよ。」
「どうして!今話材沸騰中のヨーコちゃんと一緒にいられるのよ。何で簡単に断るのよ!」
「先着があるので。まあ、その先着がなかったとしてもお断りさせてもらっていますけどね。」
「だから何でよ!」
「俺はあなたに興味がないからです。」
「なっ!」
ハッキリと断れたことにショックを受けるヨーコ。
そんな彼女に追い打ちをかける存在が。
「ユウセイ、ごめん、遅れた。」
「気にしないでくださいルリ先輩。」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!もしかして先着ってこの子の事!?」
「ええ、そうですが・・・。」
「何でよ!何でヨーコよりもそんな根暗で辛気臭いオンナを優先するの!あり得ない!」
前髪と眼鏡で顔を隠し、服を着込んでスタイルの良さを隠している猫背のルリにぶるぶる震えている人差し指を向ける彼女は怒りが滲み溢れていた。
「ユウセイ、誰?」
「喜多街陽子さん。今人気があるアイドルだそうです。」
「そう。ワタシは知らない。」
「キイィ~~~~~~!!」
歯ぎしりして地団駄を踏むヨーコ。
「何よ何よ何よ!ちょっとそんな根暗オンナとの約束なんて破りなさいよ。そしたらヨーコがいいことしてあげるよ!」
「要りません!」
自身の色仕掛けが通用しないとは全く考えていなかったご様子。
唖然騒然とするヨーコに俺は自身の気持ちを突き付ける。
「それからルリ先輩に謝ってください。彼女は根暗女ではありません。笑顔が素敵な俺にとって大切な人です。」
腰に手を回し、俺の傍に抱き寄せる。
「むき~~~~~!何よ!折角このヨーコちゃんが直々に声をかけてあげたのに!!ふん、だ!」
癇癪玉を盛大に破裂させたヨーコはそのまま立ち去る。
「何あれ?」
「多分ですが、俺にちょっかいをかけて沙織を抱き込もうとしていたのはないですか?」
「サオリ?何故?」
俺は沙織が芸能界のスカウトに執拗な勧誘を受けている事を話す。
「そう・・・。」
「これ以上酷かったら、何処かに相談した方がいいかもしれませんね。」
「いい弁護士知っている。勿論、あの男の息がかかっていない人。」
「必要になったらまた相談します。」
「うん。でも良かった。」
ほっとする表情を見せるルリ先輩。
「ユウセイがあの女性に誘惑されなくて。」
「当り前ですよ。だってあの女性以上の魅力的な人が毎日俺を誘惑しているのですから。」
ルリ先輩の手を優しく握る。
彼女の手は少し冷たい。
口元を耳に添え彼女が抱えている不安を取り除く一言を囁く。
「俺はもうルリの虜だよ。」
「~~~~~~~~♡♡」
突然悶え始めたルリ先輩。
股を閉じ、もじもじするその仕草に、俺は堪らず声をかける。
「ルリ先輩?今、もしかして・・・。」
「今の囁き、ズルい。」
そしてお返しと言わんばかりに囁き返される。
「イッちゃった♡」
全く、この人は・・・・。
もう俺は『ルリ』という檻から逃れることは出来なくなっていた。




