待ち伏せ
「待っていたよ沙織ちゃん。」
「本当に待ち伏せしていたのですね・・・・。」
怒りを通り越して呆れる沙織。
でもその気持ちはよくわかる。俺も同じ感情を抱いているから。
俺と沙織が放課後、正門から出たら待ち構えていた車から颯爽と降りてきたのはあの牧崎雅行。
やはり諦めていないようだ。
「しつこいですね。私は芸能界には興味が一切―――。」
「へぇ〜、この娘がプロデューサーの言っていたイチオシ?」
助手席の扉が開き、生足を見せびらかすように出てきたのは薄紫色のフワフワツインテールの女性。
派手なマニキュアと奇抜な服装の彼女からは人を惹きつけるオーラが。
ベージュ系の口紅と伊達眼鏡越しから見える深緑色の瞳が沙織を値踏みする。
「確かにヨーコの光に飲み込まれないポテンシャルはあるわね。」
「ねえ悠星、この女性誰?」
「俺に聞かないでくれよ。初対面の人の名前なんて知るわけないだろう。」
「え?ちょっと!どういう事?ヨーコの事、知らないの!?」
俺と沙織は同時に頷く。
周囲は何事かと注目。
ヨーコと名乗る女性を一目見て騒めく。
「おい研磨!お前、喜多街陽子ちゃんを知らないのか?」
「知らない。」
「知らないわ。」
俺と沙織の答えに愕然としたのは偶々傍を歩いていた同級生の赤間。
悲鳴に似た叫び声で俺達に彼女について説明してくれた。
「マジかよ!今話題沸騰、飛ぶ鳥を落とす勢いのメスガキアイドル、喜多街陽子ちゃんだぞ。アイドルグループ『セフィア』の伝説のセンター。多くのアイドル賞を総なめ。現在はグループ卒業してソロ活動中。アーティスト活動やドラマ出演でテレビに映らない日はないほどの有名人だぞ!」
そんなこと言われても普段、ニュースとサイエンス系の番組しか見ない俺は全く存じ上げない。
沙織もそういうのには疎いので、俺と同様首を傾げるばかり。
「ちょっとプロデューサー!この二人、ヨーコのこと知らないなんて凄く失礼だよ!どういう事!」
機嫌が悪くなり八つ当たりするヨーコに牧崎はただ困惑するばかり。
「ヨーコ、もうやる気なくなった。こんな所に居たくない!帰る!さっさと車を出して!」
「あ、ちょっとヨーコちゃん!あ~~~、もう!沙織ちゃん、お話はまた今度ね。」
慌てて乗り込み、走り去る車を見送った後、沙織は一言。
「もう!次はないのに・・・・。どうして私の話を聞いてくれないのよ!」
彼女の機嫌はさらに悪くなった。
「なあ研磨、これってもしかして・・・・。」
俺は仕方なしに今朝の事を説明。
「スゲー!芸能界にスカウト!冴園センパイ、遂に芸能界デビューするのですか?!」
「しません!!」
「あ、すいません・・・・。」
沙織の力強い拒絶に尻つぼみになる赤間。
「本当もう、学校まで来るなんて!おかげで変な噂が広がるわ。」
周囲を見渡して大きなため息を零す沙織。
「それを見越しての突撃だったのでは?周囲を固めて認めさせようとしたのかもしれませんよ。・・・・・・・、あの、どうした二人共そんなに驚いて。」
俺と沙織の視線に驚く赤間。
「いや、赤いつも赤点ばっかの間からまともな意見が聞けるとは思わなかったから。」
「何それ!俺ってそんな位置づけなの!?」
即答で頷く俺と沙織。
「ひ、酷い!!」
ムンクの叫びの表情を見せる赤間。だがそれも一瞬ですぐに真顔になって俺達に質問。
「それよりも、冴園センパイをスカウトしにきたあの人―――牧崎って人ですよね?」
「彼を知っているの赤間君。」
「ええ、芸能界ではかなり有名な人ですから。あの人にスカウトされたりプロデュースされた人は絶対に売れる、というジンクスの持ち主で彼自身もかなりのやり手ですよ。」
「詳しいな赤間。」
「へへっ、俺の従姉が記者だからな。こういったネタは欠かさないぜ。」
人差し指で鼻を擦った赤間。
「センパイ、気を付けてくださいね。あの赤間って人、少し黒い噂がありますから。」
「黒い噂?」
「さっきも言った通り、あの牧崎って人、自分の眼力にはかなり自信を持っているみたいでそれを否定されるとかなり激怒するみたいです。前にそこで違う事務所のマネージャと激しい口論になったそうで。怒るとかなりヤバいみたいです。」
「分かったわ。注意するわ。」
「研磨も気をつけろよ。」
「え?俺?」
赤間が俺だけに聞こえるようにこっそり耳打ち。
「あの牧崎って人、女癖がかなり悪いみたい。自分の担当アイドルを食べている噂がある。」
「な?!」
「気をつけろよ。」
そう言い残して立ち去る赤間。
「赤間君、悠星に何を言ったの?」
「いや、その・・・今度昼飯代を奢れ、と・・・。」
「そう・・・・。」
疑いの視線を向ける沙織。
「それならいいのだけど、また前みたいに悠星に余計な事を教えたのなら容赦はしないわ。」
前とはAVの事。
あの事件以来、沙織は赤間を「俺に悪影響を及ぼす人物。」として認識されている。
「それにしても・・・・・はぁ~~。」
大きなため息をつく沙織。
彼女の苦悩が痛いほど分かる。
その一端を担う俺は罪滅ぼしにとある事を提案する。
「なあ沙織、折角だからさ、このままどっかに寄らないか?ほら前に言っていたお店とかどう?」
「え?いいの?」
沙織の表情が一変。眼が輝く。
「ああ、頑張っている沙織への労いといつも助けてもらっているお礼を兼ねて奢るよ。」
「期間限定のイチゴのタルト、頼んでもいい?」
「勿論。」
少し財布が厳しいが、沙織の笑顔が見れるなら惜しくない。
「嬉しい!」
俺の腕を腕を絡ませ、身体を密着させる沙織。
「ありがとう悠星。」
俺達はそのままお店がある商店街の方へ足を向けた。




