スカウト
「悠星、起きて。もう朝よ。」
「うぅ~~~~。」
少し力強い揺れと沙織の声に脳が次第に覚醒。
「起きた?」
「おはよう、沙織。」
「おはようお寝坊さん。早く支度してね。外で待っているわね。」
「わかった。」の返事を聞いて部屋から出ていく沙織。
部屋に一人残された俺はぼそりと一言。
「やっぱり怒っているよな。」
普段とさほど変わりない、ように見えるが付き合いが長い俺には分かる。
彼女は内に留めて隠しているから分かりにくいけど。
「怒っている理由、やっぱりアレだよなぁ。」
思い返す昨夜のルビーとのまぐわい――――ではなく交渉の事。
あの時のサファイアの怒りはまだ収まっていないようだ。
「とはいえ、俺はなにもできないよな・・・。」
悠星としては何もできないので静観するしかない。
もどかしいが、致し方がない。
とにかく今俺ができることはただ一つ。
「これ以上、機嫌が悪くならないように気をつけよう。」
「悠星クン。お姉ちゃんの事だけどとだけど―――。」
「機嫌が悪い事だろう?」
「あ、やっぱり気づいてた。」
ツカツカ早足の沙織から少し離れて明日香がこっそり耳打ち。
可愛らしい声が耳を擽り、少しこそかゆい。
「やっぱり悠星クン、お姉ちゃんの事よくわかっているね。」
その言葉を呟いた明日香は少し寂しそうな表情を見せるのは何故だろう?
それを聞こうとした時、何処からか「沙織ちゃん」と呼ぶ明るく振る舞う成人男性の声が。
「貴方は・・・。」
眉を顰める沙織。
金色に染めた髪を綺麗に整えた清潔感がある爽やかイケメン。
体型もだらしない中年太りはなく、紺色スーツと黒ネクタイをきちんと着こなしているその男性に俺は見覚えが。
「あの人って確か、去年海に行った時にお姉ちゃんをスカウトしてきた芸能プロダクションのマネージャーさん?」
明日香の言う通り。
名前は確か牧崎雅行と名乗っていたはずだ。
「あの、私に何か用ですか?」
「前に話していたあの件、どう?考えてくれた?」
あの件とは芸能界への誘い。
前にはっきりと断っていたのだが、牧崎という人物は未だに諦めていない様子。
「どうしよう悠星クン。」
慌てる明日香の気持ちはよくよく分かる。
普段なら丁寧な対応でお断りするだろう。
だが今はタイミングが悪過ぎる。
「・・・・・。」
無言の笑顔。
しかしその裏側にはかなり苛立ちが隠されている。
その証拠に腕組みする人差し指がトントンと自分の肘を叩いているのを目撃。
アレは苛立ちを紛らわそうとしている仕草だ。
「前にも言いましたが、お断りいたします。私、芸能界に一切興味がありませんので。」
文末の語気が強い。
ここで諦めてくれれば良かった。
しかしどうしても沙織をデビューさせたいのだろう。
相手も簡単には諦めようとはしない。
「どうして?勿体無いよ。沙織ちゃんならテッペンを取れる。もっと自分に自信を持って。」
「あのですね。私は―――。」
「すいません。」
これ以上とはマズいと二人の間に割り込み。
「何だね君は?・・・・ん?君は確か前にも・・・・」
そう、海の時も今と同じように割り込んだ。
あからさまに嫌な顔を見せる牧崎。
「すいません。俺達は今、見ての通り登校中で。このままだと遅刻してしまうので―――。」
「それはいけない。では放課後また話を聞かせてもらうよ。」
「あの!放課後は用事が――――、何よ、あの人!」
返事を聞かず立ち去る牧崎に更なる苛立ちが募らせる沙織。
「何なのよもう!・・・悠星、ありがとう。助かったわ。」
「気にしないで。」
「さあ学校に行きましょう。」
お礼の笑顔は眩しい程美しかったが、それも一瞬。
全身から発せられる不機嫌さに俺と明日香は無言で頷き合う。
今日は沙織には絶対服従でいよう、と。




