新たな敵
それは休日の昼下がりの事。
その日、とあるストリート街では大規模なコスプレイベントが開催されていた。
事件が起こったのはイベント終了間近。
シークレットゲストの登場でその日一番の盛り上がりが見せていた最中、突如出現したのが蜘蛛のバケモノ――タランシュラの群衆である。
全長130㎝~140㎝程の小型であるが、力は成人男性を優に凌ぐ。
前足の爪は建物の壁を難なく切り裂き、中足・後足の握り拳は自動車を簡単に吹き飛ばすほど。
頭部の半分は黄土色の毛で覆われ、ビー玉ぐらいの深青色の眼と平行に並ぶ尖った10本の歯を見せてケタケタ笑い迫るタランシュラの群衆にその場にいた人々はパニックに陥った。
「きゃああ!」
「バケモノだ!!」
「た、助けてくれ!」
「逃げろ!!殺されるぞ!」
一瞬にして地獄と化したコスプレイベント。
いち早くその場所に到着した樹里と乃亜は目の前の光景に絶句。
華やかに彩られた装飾は無残に踏み滲まれて粘着性の蜘蛛の糸が蔓延り、壊された建物の残骸や参加者の所持品らしき物が地面に転がる。
至る所から聞こえる悲鳴とタランシュラの解読不能の言語。
タランシュラは逃げる人間を捕えては頭に齧り付き、脳を食していた。
「酷い有様。」
至る所に沸くタランシュラに奥歯を噛む乃亜の横で樹里が電話で状況を報告。
「乃亜さん、お嬢様には連絡がついたわ。今、明日香さん達を連れて大至急こっちに向かってくるそうよ。」
「承った。では乃亜達がすべき事は・・・。」
「あのバケモノ達の足止めと生存者の保護よ。」
頷き合い、樹里は右腕に装着している睡蓮柄とエメラルドが装飾された腕輪を、そして乃亜は髪を刺していたパールと金木犀が象られた簪を身体の前へと突き出す。
「「JEWELLER DRESS UP!」」
エメラルドとパールから光の粒子が放出。
衣服が消失した二人の身体へと集う。
薄桃色のサラシと網目状のストッキングとガーターベルトが着用された乃亜。
―SET ARMOR―の合成音を合図に武装が装着されていく。
中央にパールが装着された桃色の額当てと漆黒の忍頭巾。
両腕には鉤爪が収納された楔帷子の小手。
左右形が微妙に違い、右手首裏から前腕にかけて十字手裏剣を打ち出す装置が搭載されている。
袖と丈が短い忍び装束に腰に巻かれたピンク色のスカーフ。
プリーツミニスカートと足袋を履いたジュエリー・パールの姿が誕生する。
一方の手首まで覆う淡いエメラルドグリーン色の胸元が透けているレオタードを着用した樹里。
―SET ARMOR―
頭には白のシスターベール、首には十字架のアクセサリーが付いた白色のチョーク。
谷間を強調して大きく開いたカリンスカ・チュチュを装着。
膨らみがある胸を覆うほどのピンク色のリボンが出現し、その中央の結ぶ目には青紫の水晶。そして臍まで伸びる白いライン。
両方の前腕には黄色のリングが3つ。
そして足はクラシックバレエシューズを模倣した靴を履いたジュエリー・エメラルドが誕生。
「信愛の忍、ジュエリー・パール!」
「慈愛の踊り子、ジュエリー・エメラルド。」
「「私達は装輝戦姫 ビジュエール・セイント!」」
名乗りを上げた二人へと注目を向けるタランシュラの大群。
「民間人の救出はパールが行う。」
「じゃあ敵の注意は私が引き付けますね。」
「エメラルド、気を付けて。あの敵はリザードマンよりも強い波動を感じる。」
「わかりました。」
パールからの忠告を素直に受け取り、二手に分かれ行動開始。
「駆け滑るわよ、ライジング・ブレーダー!」
エメラルドのシューズ底からスケートの刃が形成。
地面をスケートのように滑り走るエメラルドが向かう先にはタランシュラが群がる一角。
「フレアボール!」
風で靡く胸元のリボンの前に両手を添えると水晶が光り、直径18㎝の赤いボールが出現。
「行きなさい!」
尾骨に背が届くぐらい大きく反り、投じたフレアボールは豪速球で群がるタランシュラ達の足元へ。
地面にぶつかった瞬間、大爆発を起こして周囲にいたタランシュラを一掃。
これを見た他のタランシュラ達はエメラルドを危険分子と判断。
総意で彼女を倒すことに全力を注ぐ。
その隙を狙い、音を立てずに素早く移動をするパール。
鮮やかな身のこなしで瓦礫の影から影へと移動。
その動きはまさに忍者。
乃亜、由緒正しい忍びの子孫。
幼少の頃から忍術を仕込まれてきた、隠密や戦闘のプロである。
隙をついて右腕の装置から十字手裏剣を投射。
「滅!」
敵の体に突き刺さった十字手裏剣は大爆発を起こし、タランシュラを吹き飛ばして殺す。
そして蜘蛛の巣に囚われた人達の救助へと向かう。
「た、たすけてくれ!!!」
「静かに。今助ける故。」
近づくパールの手が止まる。
粘着性が高い蜘蛛の糸に手をこまねいていたのだ。
少し触れるだけで逃れることが出来ず、動きを封じられる程の粘糸。
「どうすればいい?焼き払う?」
その結論を導いたのは瑠璃子だった。
「パールにエメラルド、聞いて。その粘糸は電熱性が高い反面、水には弱い。」
「了解致しましたお嬢様。・・・・・、水遁、水飛沫!」
素早く印を4つ結び、掌から無数の水玉を打つ出すパール。
これはストーンジュエルのエネルギーを用いて放たれた忍術である。
水を浴びた蜘蛛の糸は粘着力を失い、捕えていた人間達はようやく自力で逃げ出す事に成功。
「避難はこちらへ。(エメラルドだけでは厳しいか?)」
避難誘導をするパールの視界に苦戦を強いられるエメラルドの姿が。
滑るエメラルドの速さにタランシュラはついていけていないが、口から吐き出される粘糸に一度でも触れれば一巻の終わり、という緊迫感は伝わる。
「▲☆◆!!」
人間では聞き取れない言語を叫びながら次々と粘糸を吐き出すタランシュラ達。
狙いはエメラルドではなく、彼女が駆ける地面。
粘糸を地面に蔓延らせる事で移動スペースを狭めるのが狙いだ。
「トリプルアクセル!アタック。」
それに対してエメラルドはフィギュアスケートの応用で地面をジャンプ。
高速回転時、スカートの先からビームの刃が投射され、四方八方にいたタランシュラ達の部位を切断する。
「エメラルド、パール。ワタシ達ももうすぐ現場に到着する。その後に指示はワタシが出す。」
「承りました。」
「了解ですお嬢様。」
2分後、御用達タクシー二台で現場へと到着した瑠璃子、沙織、明日香。
三人は互いに頷き合い、変身アイテムを前に掲げる。
「「「JEWELLERY DRESS UP!」」」
ストーンジュエルから発生した光の粒子はそれぞれの身体を包み、瞬時に武装を纏った装輝戦姫へと変身。
「サファイア、アメジスト。私達は北側を制圧する。エメラルドとパールはそのまま東側を抑えて。」
ルビーの指示に各個が返答。
「それじゃあ、いくわよ!」
サファイアは左肩に装着していた可変ビームライフル銃を手にして銃底にある掴みを銃身へスライド。バズーカモードへ変形させて銃口を上空へ。
打ち上げられた巨大なエネルギー弾は地上へ降り注がれる散乱弾となり、多くのタランシュラを殲滅。
辛うじて生き残ったタランシュラも明日香が斬撃し、確実に仕留めた。
「タランシュラは凶暴性が強い。力も連携力もリザードマンより上。囲まれないように意識して。後、相手は粘糸を吐く際、歯を2度鳴らす傾向がある。それを踏まえて行動する。」
「了解です。(さすがお嬢様。この短期間で相手の癖や行動を把握するとは。)」
感心するエメラルド。
他のセイント達も同様の感想を抱くも当のルビーはいつもの如く、涼しげな表情。
誇らしげに思う気持ちは一切湧かない。
シールダーを操り、攻め向かうタランシュラ達を薙ぎ払う毅然とした振る舞いは逃げ遅れた人々にとって希望の光。
そして他のセイント達の精神状況にも影響を与える。
「ボクも頑張らないと。」
信念を柄に込めて大剣を振り翳し、タランシュラを一刀両断。
足部のビームソードは自身の身体の柔軟性を活かした動きで斬撃していく。
「(明日香、大丈夫そうね。)ルビー、こっちは片付いたわ。次はどうするの?」
「このまま前進。西エリアまで攻める。」
ルビーがこの判断を下した理由は二つ。
一つはタランシュラが後退し始めている事。
彼女達ピジュエール・セイントに押されてか、それとも当初の予定通りかは分からないが、戦火となっている北側と東側にはある程度の戦力を投入しつつも南エリアから戦線離脱していくのをルビーはフェイスカバーに表示される熱源反応から確認が取れた。
そしてもう一つは個人チャットから送られてきたメール。
ー南側は俺がなんとかする。ー
短く簡潔な文章。
しかしルビーの心を温め、勇気づけるには十分だった。
「(ならユウセイの邪魔しない為に南側には誰も向かわせない。)エメラルド、パール。合流地点は西エリア。」
「了解致しました。お嬢様。さあパール、私達も・・・・・・パール??」
周囲を見渡すがパールの姿は見つからなかった。




