瑠璃子のラボ
「ここがワタシの家で研究所。」
「これはまた・・・。」
そびえ立つ重々しい鉄の門を前に言葉を失う俺を尻目に暗証番号とプロテクトキーを差し込み、解除する白露先輩。
ゴゴゴゴ。
重々しい機械音を鳴らして自動で開かれる門。
その奥には8畳ほどある庭とコンクリート肌剥き出しの頑丈そうな一軒家が。
実は白露先輩の自宅にお邪魔するのは初めて。
何度かお誘いはあったがいずれも折り合いがつかず、伺うことはなかったのだ。
今回白露先輩の家に来たのは俺の希望。
俺と手を組む、と申し出た彼女が本当に裏切らないのかを確認するために「ビジュエール・セイントを開発した場所を見せてください。」と要望したら快く承諾されたので訪れた次第。
「これは・・・、凄い。」
家の材質を知りたくて素手で触って確認。
「コンクリート・・・?ではない。何だこの材質は?」
「流石ユウセイ。この建物はワタシが特許を得た材質と建築法が運用されている。」
「特許?!」
「アメリカの大学院の時に幾つか。この家も土地もワタシのお金。あの男は一切関与していない。」
白露先輩の徹底ぶりとその才能に再び言葉を失う。
中の構造は2階建て。
一階はリビングや大広間に浴室で二階はテラスと個室が幾つかある。
「研究施設は地下。シェルターの役割も担っている。」
案内された突き当たりの壁に隠されたエレベーターで地下へと降りる。
「凄いですね、最新機器ばかりが置かれている。」
降り立った施設を事細かく見渡す。
この地球に降り立ち、まだ触れた事がない最新機器に次々と目移りしてしまう。
(ん?これはアメジストとサファイアのデータ、か。)
つい最近計測したであろう。
その結果を記した紙媒体に目が向く。
(こっちはルビーのデータだ。何を調べているのだ?)
興味が沸いた俺はもっと注意深く覗き込もうとするが、白露先輩に名前を呼ばれた事で未遂に終わる。
「これ、ユウセイに返す。」
白露先輩が両手に抱えて運んできたのはストーンジュエルの原石。
透明のカプセルに収められているそれは前世の俺がこの地球に持ち込んだものだ。
その証拠に一部が少し欠けている。
前世の俺が撃ち抜いた銃弾が掠めた証拠だ。
「・・・・・・。」
あの日、快羅に奪われてから十数年。
このような形で再び俺の前に姿を見せるとは。
自然と手を伸ばす。が、それは途中で止まる。
「・・・・・・、いやそれは貰えないです。」
「どうして?」
「今の俺には宝の持ち腐れです。受け取った所で有効に使える手立ても少ないし、それを生かす設備もない。だからそれは先輩が持っていてください。」
「・・・・・・、これさえあればユウセイの―――ダークダイヤの本来の力を取り戻せる。」
「そうですね。でもそれだけです。それ以外の使い道は俺にはありませんよ。それに俺の方は大丈夫です。先輩達のおかげで80%ほど得ていますから。」
「・・・・・・、分かった。」
俺の意思を尊重し、差し出した手を引き戻した時、カプセルに収められているストーンジュエルの原石が突然震え出す。
そして、それに同調するかのように俺の腹部から変身ベルトが出現。
唸り音を上げて光始めたのだ。
「ユウセイ!」
「先輩!」
ストーンジュエルの原石はカプセルごと白露先輩の手から離れて宙に浮き、眼が眩む程の閃光とエネルギーの圧を外へと放つ。
俺達は為す術なくその力に晒されるまま。
目を瞑り、眩しさから逃れる事しかできなかった。
「収まった、のか?」
どれぐらい時間が経ったのだろうか?
瞑った瞼の隙間から差し込む光が消えたので恐る恐る目を開ける。
するとそこには俺と同じように腰を抜かしている白露先輩と地に着地していたストーンジュエルの原石が。
「何が起こった?」
「わかりません。だけど・・・。」
俺は自身の腹部を覗く。
先程まで唸り音を鳴らしていた変身ベルトは静寂と取り戻していた。
「ねえ、少し調べさせて。」
特殊な機器を持ち込み、電極棒をベルトに突き刺して計測を始める。
「凄い・・・・・・、エネルギー装填量200%を超えている。」
「本当ですか?!」
パソコンのモニターに表示されたデータを確認。
白露先輩の言葉が事実だという事を証明する。
「あの光は互いを認識して干渉し合っていた証。」
「ストーンジュエルはまだ解明されていない事柄が多い未知のエネルギー体だ。俺達が予期せぬ事態が起こりゆく可能性がある。」
「だからこそ、厳重に注意深く扱わないとダメ。あの男が好き勝手に出来る品物ではない。」
視線が自然と重なり頷き合う。
「とにかくこのストーンジュエルは研究所で厳重に保管しておくべきです。」
「分かった。必要な時以外は外に出す事は止めておく。」
白露先輩はカプセルを抱きかかえ、奥へと消えてゆく。
その間、俺は改めて先程気になった紙媒体を手に取る。
(これはセカンド・ジュエリー達の総エネルギー量に関するデータ、何を調べている?)
アメジストとサファイアは2回分の計測データだけだが、ルビーに関しては6回分の計測データが記されている。
事細かく何度も行っているのだが、何を基準にしてデータが取られたのかが全く記されていない。
(このデータは一体―――。)
「おまたせ・・・・、ユウセイ、何を見ているの?」
奥から戻ってきた白露先輩に驚いて、慌てて紙媒体を手放す。
「・・・・、そのデータが気になる?」
「ええ、まあ・・・。」
「そう。」
(あ、これは教えてくれないヤツだな。)
深く追求してもいい結果がないので、仕方なく話題を変える事に。
「それにしてもここに置かれている機器、凄いですね。最新の物ばかりですよね。随分お金がかかったのでは・・・。」
「多分。この建物と土地を合わせて6億を過ぎた所で数えるのを辞めた。」
(つまり6億以上はかかっている、と言う事か・・・。)
想像以上の金額とそれ以上稼いでいる白露先輩に驚きを隠せない。
「驚いた?」
「ええ、驚きしかでないですよ。」
「ユウセイもワタシみたいに何かを発明して特許を取得すればいい。ユウセイなら可能。」
「可能ですけどね。ただ地球人の許容範囲がどこまでなのか分からないですから。」
「ならワタシがアドバイスする。」
「それは今後の課題と言う事で・・・。でもここまで稼いでいるのなら先輩の玉の輿に乗った方が早いですね。」
ほんの冗談で言ったつもりだった。
「いいよ。」
「え?」
自然な流れで俺へと近づく白露先輩。
人差し指が俺の胸を軽く突き、胸を腕に押し当てて誘惑。
耳元で甘く囁く妖艶ボイス。
「ユウセイになら貢いでもいい。」
「そんなこと言ったら本気にしますよ。」
「ユウセイ・・・。」
白露先輩の両腕が俺の首へと回り抱きよせる。
甘い吐息を漏らすその唇に目が眩み、互いに唇が重なり――――ジリリリリリ!
それを遮ったのは騒がしいアラーム音。
「何の音ですか?」
「緊急連絡。もしもし。」
白露先輩はすぐさま通話ボタンを押す。
「お嬢様、大変です。ジェノ・ブリークスが出現しました。」
室内のスピーカーから樹里の声が聞こえた。
「またリザードマンが出現した?」
「いえ、それが今回は別個体でして。今映像を送ります。」
モニター画面に表示されたのは街中で暴れるジェノ・ブリークスの姿。
丸みが帯びた胴体が二つに、腕が6本もつ尖った歯を見せつけケタケタ笑う毛むくじゃらのバケモノ。
「っ!」
その映像を見た俺は驚きのあまり、心臓の鼓動が大きく波打つ。
「ユウセイ!大丈夫?」
片膝をついて倒れそうになった俺を白露先輩が支えてくれた。
「どうしたの?何があった?」
「アイツは・・・・・・。」
そう俺はあのバケモノを知っている。
アイツこそ、俺の母星を滅ぼしたジェノ・ブリークスの一員、暴君タランシュラだ。




