生徒会室での密会
翌朝、俺は通例になりつつある侘しい朝食を手早く済ませて制服に袖を通す。
今日は久方ぶりに登校。
本来はもうしばらく休み続けたかったが、もうすぐ定期テストがあるのでテスト範囲の確認と内申点目的で登校する事にしたのだ。
長らく日中引きこもり過ぎた影響か、日差しが眩しくて眼がまともに開けず。
ようやく眼が日差しに慣れてきたのは学校に到着した頃だった。
「おう研磨。久しぶりだな。風邪はもう大丈夫なのか?」
下足場で赤間と遭遇、挨拶を交わす。
「ああ、大分良くなったよ。」
「随分酷い風邪をひいたな。一週間以上も休んで。お前がいない間、凄く寂しかったぞ。特に明日香ちゃんが。」
明日香の名前を耳にして、下駄箱に靴を入れる手が一瞬止まる。
「ずっと表情が暗くてさ。元気印の明日香ちゃんがあんなに落ち込んでいるなんて。みんな心配してさ~。」
「そうか。」
あまりにも素っ気ない言葉が口から出てくる。
俺の感情に全く気づかない赤間はひたすら口を動かし続ける。
「風邪ひいている間、全く会っていないのだろう。ちゃんと元気な姿を見せて安心させてやれよ。」
「ユウセイ。」
赤間への返答を遮ったのは白露先輩。
前髪と眼鏡で隠した視線が俺を見つめる。
「おはようございます白露先輩。」
「逢えた、この前の続き。生徒会で。」
「分かりました。」
この前とは以前俺の家に尋ねてきた時の事と判断。
(そう言えば先輩、あの時俺に何か言いかけていたな。)
「じゃあ、俺は先に教室向かうわ。」
そう言ってそそくさと走り去る赤間。
彼は淡々と表情を変えずに話す白露先輩が苦手なのだ。
先に歩き始めた白露先輩の後に続く傍ら、彼女の様子を観察。
(昨日、あんな酷い目に遭ったにも関わらず普段と同じ、か・・・。)
会話は一切なく生徒会室に到着。
白露先輩が開けた扉を静かに閉める。
「それで先輩、話とは一体何で―――何しているのですか?!」
悲鳴に似た叫び声を上げたのは白露先輩が突如、服を脱ぎ始めたから。
膝下まである白衣と一回り大きいブレザーを脱ぎ捨てた事で隠されていたボディラインが露わに。
「ユウセイ、続きをする。」
スカートが滑り落ちる。
ボタンが全て外されたワイシャツの隙間と黒のストッキング越しから見えるのは淡いベージュ色のレースの下着。
白露先輩の魅惑的なカラダのポテンシャルを更に引き立てる。
彼女はそのまま数歩下がり、徐に長机へと腰掛ける。
無意識の飲み込んだ唾の音で自我を取り戻した俺。
慌てて視線を逸らしたのは女性の身体を見慣れていないように思わせるためだ。
「続きって何を言っているのですか?」
誰かに見つかると拙いので地面に落ちている服を拾おうとする俺に白露先輩は驚愕な一言を投げかけてくる。
「昨日、ワタシに言った。『次遭う時が破爪を散らす時だ』と。」
「え?」
「ユウセイはダークダイヤ。」
「ッ!」
雷に打たれた衝撃。
何故それを?という言葉を飲み込み、別の言葉を絞り出す。
「ダークダイヤ?な、何ですかそれは?(落ち着け、動揺を見せるな。悟られるな。カマをかけているだけだ。平常心でいろ。)」
心の中で自分自身に必死に言い聞かせた成果はあったと自負する。
が、白露先輩の中では既に俺=ダークダイヤの図式が出来上がっており、その答えにかなりの自信を持っているご様子。
「ユウセイはダークダイヤ。間違いない。」
「先輩、何を言っているのですか?俺には何が何だか――――。」
「初めてワタシを捕えて、陵辱した時の事を覚えている?」
その質問に返事をする訳にはいかない。
だから黙ったが、白露先輩は俺の態度を無視して話を進める。
「ワタシを捕えた時、ほくそ笑むダークダイヤの右上唇が2.3㎜上に吊り上がった。これは優位に立った時に見せるユウセイのクセ。他にも興奮した時、鼻を3回ひくひく動くクセやつばを飲み込んだ時に喉をグルルと小さくなるクセなどユウセイ独自の5つのクセが見られた。」
「・・・・・・・。」
言い返せない。
何故なら今白露先輩が言ったクセは俺自身ですら気付いていないのだから。
饒舌に話す彼女に絶句。
「ワタシは出会った時からずっとアナタを観察し続けてきた。そのワタシが間違えるはずはない。」
ダメだ。確固たる根拠を持って話す白露先輩を誤魔化すことは出来ない、と判断。
「あの、本当に良く分からないのですが・・・。」と言葉を濁しながら視線だけを動かし、周囲を確認。
他の人間が隠れていないか?逃げ道はないかを調べる。
「安心して。この部屋にはワタシとユウセイだけ。二人だけで話したい。」
信用すべきかどうかは判断に迷う所。
ポケットに忍ばせている閃光弾をいつでも取り出せるよう右手を秘かに移動させる。
「質問、ユウセイとあの男との関係を知りたい。」
「答えると思っているのですか?」
凄んで威嚇してみる。が、効果なし。
「ならワタシの考えを言う。ユウセイはあの男にストーンジュエルの発見と研究の全てを奪われた。だからあの男に対して復讐心を燃やしている。」
「どうしてそう思ったのですか?」
「一つ目はあの男はストーンジュエルを全く理解していない。ビジュエール・セイントの設計意図や展望についての発言が全く無い。」
淡々と言葉を紡ぐ白露先輩からは不快感を見える。
「二つ目、ダークダイヤはビジュエール・セイントに詳しい。武装の事や特性を含めて。あの男以上に。武装の強制解除も本来なら開発したワタシしかできないはず。でもダークダイヤはそれを簡単に行った。それはビジュエール・セイントの設計をダークダイヤ――つまりユウセイが行ったから。」
「ちょっと待ってください先輩。今、『開発したワタシ』と言いましたか?」
「言った。残された設計図を基に開発を進め、ビジュエール・セイントを実用化までしたのはワタシ。」
驚愕するがすぐに納得。
ブレンリッド星人にも負けない程の頭脳の持ち主である白露先輩ならば、あの設計図を理解して完成させることは可能だ。
「以上の二つの事柄からワタシはその答えを導き出した。採点は?」
「満点ですよ。」
「嬉しい。」
ドキッと俺の胸が高鳴る。
それぐらい白露先輩の笑顔は美しくて魅力的だった。
「もの凄く嬉しそうですね。」
「今までの取った満点で一番うれしい。ユウセイに褒められたから。」
その喜びを十分に味わった白露先輩は表情を元に戻して俺を見つめる。
「教えてユウセイ。アナタとあの男の間に何があったのか?」
大きな溜息の後、俺は前世の記憶を全て話した。
ブレンリッド星の事やジェノ・ブリークスの事、地球の降り立ちそこで八重島快羅と出会い、彼の援助で研究を進めてきたこと。
そして、彼に裏切られて殺された次の瞬間、研磨悠星として生まれ変わった事も。
「成程・・・多分ユウセイに前世の記憶が残っているのはストーンジュエルが影響している。」
「どうして言い切れるのですか?」
「ワタシが保管しているストーンジュエルに一部欠けている個所がある。多分撃ち抜いた銃弾がストーンジュエルを掠め、欠片が前世のユウセイの体に付着。そのエネルギーが今のユウセイの体内にある。」
「ダークダイヤに変身できたのもそのおかげか・・・。一理ありますね。」
ストーンジュエルにはまだまだ謎に包まれている部分がある。
「ユウセイ、お願い。ワタシに協力して。」
「お断りです。」
間髪なく答える。
「いくら先輩の願いでも聞き入れることは出来ない。俺は許さない。研究の全てを奪った八重島快羅を。そして白露瑠璃子、アンタも同罪だ。あの男の為にビジュエール・セイントを完成させて明日香と沙織を八重島快羅に渡したアンタを俺は絶対に――――。」
「違う!」
「ッ!」
初めて聞く白露先輩の悲痛な叫び声。
頭を抱え、前髪をかき上げて唸る彼女の姿に俺は思わず動揺が走る。
「違う違う違う。こんなはずではなかった。あんな男にサオリとアスカを渡すつもりなんて一切ない。事故だった。」
(事故?一体何が?いやちょっと待てよ。そういえば白露先輩は八重島快羅の事をずっと「父親」ではなく「あの男」と呼んでいるな・・・。)
「理由を話してください。」
大きく息を吸い、そして諭すように言葉を吐き出す。
白露先輩と腹を割って話し合うべきだと考えたのだ。
「・・・・うん。ありがとうユウセイ。」
潤んだ瞳。
零れそうになる涙を手で拭い、大きく深呼吸を数回。
感情を落ち着かせた白露先輩はゆっくりと語り始めた。




