地球人の俺
(またか。)
雀の囀りが聞こえ始める頃、眠りから覚める。
まだ脳は半分寝ているのにも関わらず先程見た夢は鮮明に覚えていた。
徐にベッドから抜け出して鏡の前へ。
「痕なんて残っているはずないのに。」
無意識に撃たれた箇所をなぞる仕草に苦笑。
(あれからもう16年、か。)
月日の経過を噛み締めていると大きな欠伸が。
眠気に身を委ねるため、温もりが残るベッドの中へ。
あともう少しだけ、と念じながら再び夢の中へと向かう。
俺の名前は研磨悠星。
極々平凡な人間である。
ただ一つ、前世の記憶がある事以外は。
俺の前世は人間ーー地球人ではない。
銀河系を越えた先ある星ーーブレンリッド星の生まれだ。
ブレンリッド星はこの地球によく似ている生態系。
地球よりも遥かに高度な文明を築き、発展しながら平穏な日々を過ごしていた。
が、それは殺戮と破壊をこよなく愛する集団、ジェノ・グリークスの襲来により終わりを迎えた。
ブレンリッド星はジェノ・ブリークスを真っ向から抵抗するが、力及ばず。
皆は殺され、星は跡形もなく消滅した。
周囲の者達からの助けで間一髪脱出した俺。
流れ着いた先がこの地球だった。
俺はそこで一人の地球人、八重島快羅と出会う。
俺は自分の正体と母星から持ち出した未完成のエネルギー体を見せると、快羅は俺の手伝いを名乗り出た。
大企業の御曹司である快羅は様々なコネを使い、資金や施設を調達。
彼の支援のおかげで俺は研究に集中することが出来、その結果を用いた武装を開発する事に成功、実用段階まで漕ぎ着ける事が出来た。
しかし、俺は快羅の内なる野望を見抜けなかった。
彼は《ストーンジュエル》の成果を独り占めする為に俺を殺害した。
ジェノ・グリークスの復讐が果たせなかった後悔と無念。
八重島快羅に対する怒りと憎しみ。
生に未練を募らせ続けていた時、暗闇に一筋の光が。
手を伸ばしてその光を掴むと俺は地球人の赤ん坊として目覚めたのだ。
それから16年の月日が経過。
俺は地球人、研磨悠星として生きていた。
「侑星、起きなさい。」
凛とした声と体に感じる揺れで眠りから覚める。
目を開けるとそこには制服を着た一人の女子高生が。
艶らかでさらさらとした藍色の髪と紫色の瞳。
そしてグラビアアイドルにも勝る巨乳と美貌。
母性を感じさせる声が俺の耳をくすぐる。
彼女の名前は冴園沙織。
一つ年上の幼馴染だ。
「おはよう沙織。」
「おはよう悠星。早く起きないと朝ご飯が冷めるわよ。」
のそのそとベッドから出て、制服へと着替え始める。
「ねえ、沙織。」
「どうしたの?」
「部屋から出てくれない。着替えにくいのだけど。」
ニコニコ顔で俺の着替えを拝見する沙織に一言注意。
「はーい、じゃ、下で待っているわね。」
名残惜しさを見せつつひらひら手を振って退出する沙織。
全く、と苦笑を一つ、まだ新しい制服に着替えて一階へと降りる。
「あ、悠星くんおはよう。ご飯できたから顔を洗ってきてね。」
キッチンから声をかけてきたのは制服の上にエプロンを付けた女子高生。
彼女は更科明日香。
俺と同じ年でもう一人の幼馴染。
黄と赤をコントラストした色合いの髪色をピンク色のリボンでポニーテールにまとめた彼女は元気印の妹的な印象。
体型は小柄ながらも均一が取れたスレンダー型。
笑顔がとても可愛く、「妹にしたい彼女No.1」として学校内ではかなり有名である。
「「「いただきます。」」」
俺が洗面台から戻り、席に座るのを待っていた幼馴染の二人。
3人で食卓を囲むのは俺達にとってはごく普通の光景である。
俺達3人の両親は共働き(俺の両親に至っては海外出張中)。
皆仕事が忙しく、家が近い事もあり幼少の頃からずっと一緒に過ごしてきた。
俺にとって沙織と明日香は幼馴染というよりは家族――姉妹の印象が強い。
そして、二人と過ごす平穏が好きだ。
この幸せを美味しい食事と共に噛み締める。
夢で見た前世の最後を忘れるほど、俺はこの日常は大切に過ごしているのだ。
「おはようございます沙織生徒会長。」
「おはよう沙織ちゃん。」
俺の家を出て3人で仲良く登校。
学び舎である私立、聖栄院高校の正門を通り抜けると沙織を中心とした人の輪が出来上がる。
沙織は生徒会長。
更に去年のミスコンを圧倒的な差で優勝した話題の人物。
才色兼備、品行方正の言葉が似合う沙織は生徒だけではなく教員からも憧れの眼差しを向けられている存在だ。
「やっぱり凄いねお姉ちゃん。」
「ああ、そうだな。」
遠目で眺める俺と明日香。
幼い頃からずっと一緒にいた幼馴染の姉が少し遠い存在になった感じだ。
「・・・・・・。」
少し心の奥底がざわつく。
沙織に向けられている尊敬の視線の中に邪な―――男子からの欲望が紛れ込んでいたからだ。
「悠星くん?」
隣にいる明日香がこの状況をどうするかを尋ねてくる。
笑顔を振り撒く沙織。
しかし付き合いが長い俺達には気疲れしているのがわかる。
「そうだな。もうすぐ予鈴もなるし―――。」
「ワタシに任せて。」
背後から聞こえた単調なセリフと同時に俺達の横を通り過ぎたのは少々猫背気味の女子生徒。
目元を覆い隠す白銀色のぼさぼさ長髪。
ダボダボの制服と黒のストッキングで肌の露出を遮り、その上に羽織る白衣が歩く度に靡く。
「皆、退いて。」
大声を出した訳でもない。
単調で感情が見えにくい一言に人の輪から活気が消え、冷たくなる。
彼女の姿に密集していた人の輪が引き自然と彼女への道が開かれる。
コツコツ、と足音を鳴らす女子生徒に沙織は柔らかな笑顔を挨拶。
「おはよう瑠璃子。」
「おはようサオリ。」
白露瑠璃子、生徒会副会長で沙織の親友。
俺と明日香の知り合いでもある。
「サオリ、話がある。」
「生徒会の事?」
無言で頷く。
「わかったわ。皆さん、ごめんね。」
その言葉で人の輪は徐々に捌け始め、俺達の元へ戻ってきた時には元の静けさへと戻った。
「助かったわ瑠璃子。」
「無視すればいい。交流を持つ可能性が低い相手にあそこまで愛想見せる意義はない。」
「物事を円滑に回すためには必要な事よ。」
「理解不能。」
「おはよう瑠璃子先輩。」
「うん。おはようアスカ。ユウセイもおはよう。」
先程とは違い、声質は柔らかく頬も緩んでいた。
「ほら、あなたも愛想を浮かべているでしょう。」
「愛想じゃない。これはワタシの本心。」と訂正を述べ、俺の方へと向く。
「ユウセイ、今日の放課後、生徒会室。」
「また生徒会の業務を手伝えばいいですか?」
「うん。」
前髪と眼鏡で表情はよくわからないが助けを求めている事は理解できる。
「分かりました。」
「ありがとうユウセイ。」
白露先輩の口元が嬉しそうに緩む。
「ボクも手伝いたいけど、放課後は部活が。」
「気にしないでいいアスカ。その気持ちだけで十分。」
キーコーンカーンコーン。
予鈴のチャイムが鳴る。
「急ぎましょう、遅刻扱いになるわ。」
俺達はそれぞれの教室へと向かった。