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9話 骸骨神官VS骸骨指揮官!

 ダリアス率いるゼルブランド軍のアンデッドと、レオーネ軍のアンデッド。双方が動き出したのはほぼ同時だった。

 スケルトンコマンダーの声なき号令に応え、古戦場を彷徨っていたアンデッド達が一糸乱れぬ動きで一歩を踏み出し……二歩目から列が乱れだした。アンデッド達が号令に逆らっているのではない、個体差のせいだ。


 古戦場で何十年も彷徨っていたアンデッド達は、冒険者や他の魔物との戦闘が無くても徐々に体を傷つけ、損傷を深めていった。再生能力を持たない下位アンデッドの骨は、傷つく事はあっても治る事は無い。

 そのため、同じスケルトンでもまだ普通に歩行が可能な個体と、脚を引きずるようにしか動けない個体に分かれていた。


 スケルトンコマンダーにはそれを判別する事が出来ないため、結果号令に応えて動く速さに差が出てしまったのだ。


(盾隊、頼んだぞ!)

 対して、ダリアスが率いるアンデッド達は整然と動いていた。それは彼がアンデッド達を役割や能力ごとにグループに分けて運用しているから。そして、三日間かけて行った工夫の成果によるものだ。


 ダリアスはゼルブランドが集めた自分以外のアンデッドを調べ、いくつかのスケルトンを解体。その骨を四肢の骨が傷ついているスケルトンの骨と交換したのだ。

 ゴブリン等の人型の魔物と人間は、だいたいの骨格が共通している。それに、多少大きさや形が合わなくても所詮アンデッド。痛覚は無く、元々滑らかにも素早くも動けない。


 そして何より、今日一日戦えれば明日関節を壊して動けなくなっても構わない。だから、ダリアスがスケルトン達の骨を交換する事を躊躇う事は無かった。


 それを見ていたレッサーヴァンパイアには「アンデッドをただ解体している」と誤解されたが、完全に解体したスケルトンは十体ほどなので、全体の数はそんなに減っていない。それで質を高められたのだから、プラスに働いているはずだ。


(あの時の経験が役に立つとは思わなかったな)

 ダリアスがそんな事を思いつけたのも、以前損傷した左腕の骨の代わりに、別人の骨を付けてみた経験があったからだ。


(ゾンビは試してみてもダメだったのは残念だったけど。やっぱりスケルトンと違って筋肉や筋も使っているから、骨だけつけてもダメなのかな?)

 そんな次に生かす機会があるかも分からない推測をしつつ、ダリアスは盾の内側に隠していた品を取り出した。


『うあ゛ぁぁぁぁ!』

『ぎあ゛ぁぁぁぁ!』

 一方最前線では、レオーネ軍とゼルブランド軍のアンデッドがぶつかり合っていた。両軍のゾンビが上げる悍ましい呻き声が響き渡る。


「ゼルブランド殿のアンデッドは守りの構えか」

 しかし、悍ましさに似合わずダリアスがゾンビ達に命じたのは、守備だった。両手に盾や鎧のパーツを持たせて、レオーネ軍のスケルトンの攻撃に耐えさせる。


「数では私達の方が上のはずなのに、なぜ突破できないの?」

「コマンダーがアンデッドの三分の一を自分の近くで待機させているから、数で飲み込めない。予備戦力のつもりだと思う」

 レオーネの疑問に、プルニス・プルコットが答える。リッチは吸血鬼と同格と見なされる為、控えているアーデリカと違って口出しを許されているようだ。


「下手に生前の知識が残っていたのが災いしたな。何も考えず全軍で突撃していたら、数の差で押し切れただろうに」

「フン、勝負はこれからよ」

 レオーネが言うように、まだ『死兵戦』は始まったばかり。そして守るばかりではこのゲームに勝つことはできない。もちろん、ダリアスもそれを理解していた。


(よし、つけられた。これにディランティアの『光』を灯せば……!)

 真横に待機させたオーガスケルトンに何かを取り付けると、ダリアスはそれに『光』の神聖魔法をかけた。オーガスケルトンの胸に、アンデッドが恐れない優しい月の光が灯る。


「あれは……勲章のつもりか?」

 ダリアスが事前に行った最後の工夫は、偽物の勲章作りだった。武器庫にあった鎧を、力だけはあるオーガスケルトンに『割れ』、『曲げろ』等の命令を細かく繰り返し、それっぽく加工した。


 ブラッドゲームで集めたアンデッドが大将である事を表す勲章の偽物を作る事は、ルールで禁じられてはいない。何故なら、吸血鬼達にとって重要なのは勲章そのものではなく付与された魔法だからだ。その魔法によって、プレイヤーや立会人は大将役がどのアンデッドなのか見分けている。


(A班は右側から正面を迂回して前進! 残りは俺について来い!)

 ガンガンとメイスで盾を叩いて号令を下すダリアス。オーガスケルトン達は胸に光る偽勲章を付けた個体を先頭に、盾を装備したゾンビ達の右側から迂回して歩き始めた。

 それに合わせて、ダリアスは残りのアンデッドを引き連れてゾンビ達の左側を迂回しにかかる。


『あ゛ぁぁぁ!?』

 レオーネ軍のアンデッド達はその見え見えの陽動に引っかかった。何故なら、アンデッド達は勲章に付与された魔法を感知できない。目で見て、『勲章を付けた敵を撃ち取れ』と言う命令を実行しようとしているだけだからだ。


 そしてダリアスはスケルトンの視覚は細部がはっきりせず、頼りない事を知っている。光る勲章っぽい物を胸に付けているオーガスケルトンに目が向くのは当然だった。


「それよりもあのスケルトン、ウォーリアーじゃなくてメイジ……いいえ、クレリックだったの!?」

 ダリアスが神聖魔法を使うまで、彼の事をメイスと盾を装備した骸骨戦士だと思い込んでいたレオーネが驚きを露わにする。


「フッ、驚いたようだな」

 そう言うゼルブランドだったが、内心では「俺も驚いた」と呟いていた。


 アンデッドは基本的に、アンデッド化後も装備品を変えないのは前述の通りだ。ゼルブランドやアーデリカもそれが常識として頭にあったので、使い込まれた様子のメイスと盾の他は手製の布の包み以外持っていなかったダリアスを、ウォーリアーだと思い込んでいた。


 それだけではなく、ダリアスは自分がフォースティアの神聖魔法を使える事を隠そうとしていたため、意識してそれらしい仕草を今まで見せないようにしていたのも大きかった。


(……!?)

 そしてレオーネ軍の指揮を執るスケルトンコマンダーも、ダリアスの陽動作戦に引っかかった。唯一のはずの標的が二つに増え、どちらを狙う、もしくはどちらも狙うのか、とっさに判断を下せず混乱する。

 結局彼は、どちらも狙う事を選択。彼は待機させていた予備戦力を投入し、自らも護衛として周りに配置していたアンデッドを率いて前線に向かう事にした。

 無音の嘶きと共にスケルトンホースが走り出す。


(順調すぎる程上手くいって……うわっ、もう来た!?)

 そして、スケルトンホースは背に乗せたコマンダーを直ぐにダリアスの前まで連れて来た。彼のアンデッドの中では珍しい高機動力は、ダリアスの想定には無かった。


「……っ!」

 スケルトンホースの突進の勢いを乗せたコマンダーの槍が、ダリアスを襲う。彼は咄嗟に盾を構えて防御したが、槍を受け止め切れず後ろに大きく吹き飛ばされた。


(やっぱり無理だったかぁぁぁっ!?)

 骨だけで重さが無く踏ん張りが効かないダリアスは、その場に踏みとどまる事が出来なかった。そのお陰で盾や肋骨を槍で貫かれる前に、後ろのアンデッド達にぶつかって倒れるだけで済んだのだが。


(おっ、お前達、頼んだ!)

 ダリアスは仰向けになったまま、自分の下敷きになっている者以外のアンデッドをスケルトンコマンダーに向かって突進させ、盾にした。我が身を顧みないアンデッド達は、躊躇わずスケルトンコマンダーに向かって行った。


 スケルトンコマンダーが構えているのは、錆の浮いた槍だ。生前はもう片方の腕で馬を操っていたため、盾は装備していない。骨だけのスケルトンを相手にするのに適した武器とは言えない。

『……っ!』

 しかし、コマンダーが駆るスケルトンホースが後ろ足で立ち上がったかと思うと、前足の蹄をダリアス配下のスケルトンに振り下ろした。


 スケルトンは仰向けに倒れ、胸当て代わりに張り付けた盾は砕けなかったが、その下の骨が乾いた音を立てて砕け散る。その背後に続いていたアンデッド達は、スケルトンコマンダーが槍を棒のように振り回してなぎ倒していく。本能のままに突進し、防具を活かせず手足を振り回すだけの最下位のアンデッドではその武術と馬術に対抗する事は不可能だった。

 その猛攻はまさに嵐のようだ。


(『初級筋力強化』! 『女神の守護』! よし、間に合った!)

 その嵐に全て蹴散らされる前に、立ち上がって神聖魔法で自己強化を行ったダリアスが向かって行く。彼に向かってスケルトンホースが再び後ろ足で立ち上がり、前足を振り下ろした。


 円盤状の盾で、蹄を受け止めるダリアス。衝撃が文字通り骨まで響き、背骨が軋み、踵の骨が地面と擦れる。

(きょ、強化した後でも重い! だが……耐えられる!)

 だが、自己強化を行ったお陰で今度は耐え切った。しかし、それで終わりではない。スケルトンコマンダーの槍が、彼を狙う。

 しかし、ダリアスは盾の影に隠れてそれに耐えながら更に祈りを捧げた。


(『女神の一撃』!)

 そして、攻撃魔法を放つ。コマンダーではなくスケルトンホースの後ろ脚に向かって。

『……!』

 愛馬の危機を悟ったコマンダーは、巧みな馬術でダリアスの盾を前足で蹴らせ、その反動を利用して、一旦距離を取ろうと試みる。


 しかし、その時には彼はダリアスが引き連れていた残りのアンデッド、ゴブリンやコボルト、オークのスケルトンに囲まれていた。

 勲章を付けているダリアスを倒す事を優先し、騎馬の足を止めたせいだ。


(敵が騎兵で助かった)

 そして、スケルトンコマンダーが率いているゼルブランド軍のアンデッドはまだ離れた場所で、こちらに向かおうと『歩いて』いる。彼の部下は生きている騎兵ではなく徒歩の、それもスケルトンやゾンビだ。騎馬の指揮官について行く事は出来ない。


 生前の指揮能力を一部維持していても、学習能力を喪失しているスケルトンコマンダーは、生前と同じ感覚で動いていたためにその事に気が付いていなかった。

『……っ!』

 だが、囲んだだけで勝てる程甘い相手では無かった。スケルトンホースは後ろ足でスケルトンゴブリンを蹴り飛ばし、コマンダーは槍でスケルトンオークの背骨を薙ぎ払ってバラバラにして、激しく抵抗した。


(『女神の一撃』!)

 そこに、アンデッドの合間を縫って二撃目の『女神の一撃』がスケルトンホースの後ろ脚に命中する。スケルトンコマンダーはそれに構わず、薄くなったアンデッドの壁を突破してこの場を離脱しようと試みた。


『っ!?』

 だが、その瞬間スケルトンホースの後ろ足が鈍い音を立てて折れた。激しい挙動と、ダリアスが放った『女神の一撃』によるダメージの蓄積に耐えられなかったのだ。


 残り三本の脚で何とか走ろうとするスケルトンホース。コマンダーはその背から飛び降りると、今度は両手で槍を操って周囲のアンデッドと戦い始めた。

 その姿はまるで傷ついた愛馬を守ろうとしているかのようだったが……ダリアスの感傷がそう見せているだけだろう。


 命令を実行する事しか頭にないコマンダーは戦うのを止めず、何も考えず命令に従っているスケルトン達が襲い掛かる。何とも空しい光景だ。

(『初級敏捷力強化』! 『神聖武器』! お前には何の恨みも無いけど、お前を倒さないと妹に会えないんだ!)

 気力を奮い立たせ、ダリアスは敏捷さを強化するだけでなく、ディランティアの神聖魔法で愛用のメイスに祝福を施し、一時的に聖なる力を付与する。そして、コマンダーがなぎ倒して開いた穴に埋めるように前衛に立つ。


『っ!』

 スケルトンコマンダーが巧みなやり裁きでダリアスを狙うが、彼は盾で背骨や腰骨を守りながら、メイスでコマンダーを叩き続ける。


 武術も体捌きもスケルトンコマンダーの方が数段上だ。しかし、鎧を身に着けず更に神聖魔法で敏捷さを強化したダリアスの方は速さでは上だ。

 おかげで、頭蓋骨が欠けるだけで済んでいる。


(痛っ……くないけど恐い! クソ、やってくれたな!)

 恐怖を燃料に戦意を燃やし、カウンターを狙ってスケルトンコマンダーにメイスを振るう。

 そしてダリアスが引き連れて来たアンデッドの生き残りも、スケルトンコマンダーを攻撃し続けている。そのお陰で、技で劣るダリアスも攻撃を当てる事が出来た。


 錆びの浮かんだ板金鎧を砕く威力は無いが、祝福されたメイスの衝撃は鎧を通してスケルトンコマンダーの骨に到達している……はずだ。


 そこにやっとスケルトンコマンダーが置き去りにした彼の護衛が追い付いて来るが、すぐにダリアス側の援軍が現れた。彼が胸に偽の勲章を付けたオーガスケルトン達だ。

 コマンダーとダリアス、双方の大将不在の別動隊の下位アンデッド同士のぶつかり合いで、ダリアスが施した即席の防具が有効に働き、彼等に勝利をもたらしていたのだ。


 偽勲章を胸に付けたオーガスケルトンが現れた事で、スケルトンコマンダーの護衛だったアンデッドが向かう先が彼の元ではなくそちらに逸れる。

 援軍同士がぶつかり合い、スケルトンコマンダーが孤立した状態が維持された。


(今のうちに勝負を決める! 『神聖武器』!)

 ダリアスは円盤状の盾を祝福すると、聖なる力が宿った盾を構えてスケルトンコマンダーに突進した。周囲をアンデッドに囲まれたスケルトンコマンダーは避ける事が出来ずに、槍を構えて盾を貫こうとする。


 鈍い音を立てて、スケルトンコマンダーが百年以上携えていた槍の錆びた穂先が砕け散り、ダリアスの盾が彼を殴り飛ばした。

(これで俺達の勝ちだ!)

 そして、仰向けに転倒したスケルトンコマンダーの胸に、祝福したメイスを思い切り振り下ろす。淡い光を纏ったメイスは、錆びた鎧にめり込み、その下の胸骨や肋骨、そして背骨まで叩き砕いた。


 地面に転がったスケルトンコマンダーの頭蓋骨の顎が震え、乾いた音を立てる。まるで遺言を口にするような動きの後、その眼窩から青い炎が消えた。それは彼がただの骨に戻った証拠だった。

 ダリアスはそれを確認して、ひしゃげた鎧の胸に付いた勲章を掴み取り、掲げた。







「確認した。立会人である我、ライアス・ビョーグが『死兵戦』、勝者はゼルブランド・ダウであると認める! レオーネ・フラリスは以後、彼の配下として忠誠を誓うように」

 ビョーグがそうゼルブランドの勝利を宣言した途端、アンデッド達が戦うのを止めた。『死兵戦』が終わった事で、吸血鬼達が命令を解除したからだ。


「レオーネ嬢、保守派としては有望な若い吸血鬼が火遊びに興じる若造共に加わるのは残念だが、仕方あるまい」

「そう言っていただけると嬉しいですが、若造共ではなく革新派です、ビョーグ卿」

「勝者を立てるとは、君は良い敗者のようだ」


 現在、吸血鬼達は三つの派閥に分かれている。神話の時代から続く吸血鬼の在り方を良しとする保守派。それに否と答え、新しいやり方と目的を提唱する革新派。そのどちらでもない中立派だ。


 ビョーグが属する保守派が最大勢力で、若い吸血鬼達が中核を担う革新派を「若さ故の情熱に惑わされた未熟者達」だと言って、革命家気取りの若造と笑っている。

 対する革新派は、ガルドールを頂点とする吸血鬼社会に対して窮屈さを覚え、世界を吸血鬼が頂点とするあるべき形に作り直すのだと唱える若いヴァンパイアロードを頂点としている。保守派の吸血鬼の事を老害、もしくはその犬と呼んではばからない。


 そしてそのどちらにも属していないのが、つい先ほどまでのレオーネのような中立派だ。便宜上派閥とされているが、実際は個人主義者や両派閥から見向きもされない小者の総称だ。日和見派、とも呼ばれる。


「俺にとっては都合がいいが、随分な変わりようだな」

「私はゼルブランド様の器の大きさに感銘を受けたのですわ。これより私はあなた様の忠実な配下、どうか、これまでのご無礼をお許しくださいまし」

「止めろ、気色が悪い。酒に酔っているのでなければ、その出来の悪い淑女の真似は止せ」


「失礼な。私はブラッドゲームの勝敗には従ったまで。それに、日和見をしているのもそろそろ限界だって、プルニスが――」

「今はプルコット」

「プルコットが言うものだから、これを機に革新派で好き勝手のんびりしようかと思っただけ」


「好き勝手のんびり……差し迫ってお前にやらせる仕事は無いが、限度があるぞ」

 ゼルブランドがレオーネを配下にする事で目論んでいたのは、中立派の中では最も目立つ存在だった彼女を配下に加える事で、他の中立派の吸血鬼に圧力をかけ自分に従うよう仕向ける事。そして、配下を増やし戦力を増す事で改革派での自分の存在感を増す事にあった。


 だから、いざとなれば戦力として動いてもらうがそれまではレオーネに何か命じる予定は無かった。


「それは都合がいい。それと、あのスケルトンを貰って構わないわね」

「ブラッドゲームの慣習か。それは――」

 レオーネの要求に、ゼルブランドは視線を逸らして即答しなかった。


 ダリアスが、自分の命令に若干逆らえるだけのスケルトンウォーリアーだったら、彼も迷わず頷いた。珍しいは珍しいが、希少と評価する程ではなかったからだ。ブラッドゲームは勝てたし、退屈しなかったからそれだけで十分だった。


 しかし、偽の勲章を作る等創意工夫が出来て、ディランティアの神聖魔法が使えるスケルトンクレリックは、希少だ。ゼルブランドの配下にはダリアス以上に神聖魔法を使える者が何人もいるが、それでも若干惜しくなる程度には面白い。


「――ん? あいつは何をしているんだ?」

 スケルトンコマンダーを倒したダリアスは、盾を叩いてゼルブランド軍のまだ動けるアンデッド達に、死体を集めさせていた。


「はて? てっきり君が片付けでも命じたのかと思ったが、違うのかね?」

「いや、そんな覚えはないな」

 何事かとゼルブランドとギョーグが眺めていると、ダリアスは戦場から外れた場所に死体を集めると、その近くにアンデッド達を率いて穴を掘り始めていた。


 それを見て下級のアンデッドを労働力や使い捨ての戦力としか見ていない、長い夜を生きて来た二人は「残骸の片付け」としか思わなかった。レオーネとプルコットもピンと来ていないようだ。

「あれは、弔っているのでは?」

 ただレッサーヴァンパイアになってから百年もたっていないアーデリカは、その意図を読み取る事が出来た。


「弔い? そうか、クレリック、それもガルドールではなくディランティアなら、それが自然か」

「次にブラッドゲームでここを使う時に助かるだろうし、レオーネも手伝ったらどうだい?」

「そうね。……そこのスケルトンクレリックに倣いなさい」


 プルコットに促されたレオーネが命令すると、彼女の軍のアンデッド達もダリアスに倣って死体を集め、穴を掘り始める。そのお陰もあって、すぐに穴を掘る事が出来た。

(何とか最後までできたな。途中で止められるどころか、手伝ってもらえるとは意外だったけど)

 掘った穴に死体を置き、土を被せる。そして、穴を掘った時に出た石を組み合わせて墓碑の代わりにした。


(不格好だが、『死兵戦』の慰霊碑の完成だ。あんた達にディランティアの祝福がありますように。そしていつの日か、フォースティアの祝福と共に転生できますように)

 手を合わせて、略式の祈りを捧げる。その周囲で立ち尽くす両軍の生き残りのアンデッド達も、心なしか祈っているような気がした。実際は、命令を果たして待機しているだけだったとしても。


 そして、その時気が付いた。

(あっ! 俺の頭蓋骨右側が割れてる!? 肋骨も足りないし、腕の骨も欠けてる!?)

 痛覚が無く、視覚にも異常が無かったため気づくのが遅れたが、ダリアスがスケルトンコマンダーから受けた損傷は軽くは無かった。


 特に頭蓋骨は右側が大きく削られており、彼がスケルトンではなくゾンビだったら間違いなく倒れていただろう。

(ど、どうしよう。肋骨や腕の骨はともかく頭蓋骨は交換できるだろうか? 出来たとして、それは俺なのか? かといってこのまま次の存在進化を目指して平気か?)

 腕の骨は交換した事があるダリアスだったが、頭蓋骨の交換は流石に躊躇った。しかし、次に頭蓋骨にダメージを受けたら完全に砕けてしまうかもしれない。


 しかし、ダリアスは気が付くと完成した慰霊碑の前から一人走り出していた。

(ああ、ゼルブランドからの命令か)

 そのまま逆らわずにいると、案の定吸血鬼達の前で足が止まった。そして、そのまま膝を着く。


(レオーネって言うのは、彼女か。あんな美人を見るのは初めてだ……)

 ダリアスがレオーネを直接見たのは、この時が初めてだった。自分のせいで彼女はこれからゼルブランドの配下に加わる事になった訳だが、幸い彼女の美貌に怒りや悔しさが浮かんでいない。


(見たところ、あまり恨まれてはいないらしい。一先ず良かった)

 ほっと安堵するダリアスに、彼女ではなくゼルブランドが前に出る。

「大将役としての務め、ご苦労。このまま我が配下に加えても構わない働きだったが――」

「ゼルブランド殿」

「分かっている、ビョーグ卿。俺とて慣習を全て否定している訳じゃない」


 ゼルブランドと立会人らしい吸血鬼のやり取りを聞いて、ダリアスは今後の自分の行き先を悟った。

(まあ、八つ当たりで死なないなら御の字かな)

 そう思っていると、視界に影が差した。ゼルブランドが彼の頭上に手を掲げたのだ。


「餞別を兼ねた褒美をやろう。受け取れ」

 ゼルブランドはそういうと、親指の爪を伸ばすとそれで器用に人差し指を切った。紅い血があふれ出し、ダリアスの欠けた頭蓋骨に滴り落ちる。


(血? っ!? なんだ、これは……熱い!?)

 アンデッド化してから感じる事が無かった熱を感じ、驚愕のあまり顔を上げる。だが、ゼルブランドの血は溶けた鉄のように彼の全身を熱し続けた。


(か、身体が焼ける!? なんだ、俺の体に、何が起きているんだ!?)

 視界が歪み、泥酔したような不快感に苦しみ戸惑うダリアス。

『う゛あ゛ぁぁぁ!』

 枯れた呻き声が突然響いた。ダリアスは、それを発しているのが自分だとは直ぐには気が付かなかった。







名称:スケルトンコマンダー

分類:アンデッド

討伐難易度:☆3(実質4)


 生前部隊の指揮官だった人間が、スケルトンと化した存在。多くの場合騎士であるため武装しており、時折アンデッド化した愛馬に跨っている。また、武装を活かす武術と馬を操る馬術も並み以上の技術を持っている。

 個人ではスケルトンナイトと同格だが、アンデッド化した生前からの部下を引き連れている事が多く、その規模によって討伐難易度が上下する。


 配下がただのスケルトンやゾンビ数匹なら討伐難易度は☆3のままだが、配下が十数匹以上いる場合や配下にスケルトンウォーリアーやゾンビアーチャー等が含まれている場合は、☆4に評価が上がる。


 注:死霊戦でレオーネが大将役に任命したスケルトンコマンダーの配下は、彼女が「このスケルトンコマンダーに従え」と命令した事で配下になっていただけで、生前からの付き合いではありません。割合的には生前は敵軍だったアンデッドも含まれていました。

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