6話 生前の自分を超えた骸骨神官に自由はない
聖女リディアの兄、リアスの抹殺を命じた豪奢な服を纏った中年の男、ビディコフ・マガ・レムテス。彼はマディ大神殿の高司祭、大神殿長に次ぐ地位にある一人だった。
ロディウム帝国のレムテス公爵家出身で、出家したため貴族ではないがロディウム帝国を始めとした各国に大きな影響力を維持している。
そんな人物が聖女の兄とは言え、本人はただの平民で二つ星冒険者に過ぎないリアスの抹殺を命じるのか。それはビディコフが信じる大義のためだった。
「これでしばらくすれば聖女の祈りはたった一人の平民のためではなく、全てあまねく世界のため、人々のために捧げられるだろう」
聖女リディアが、一日にほんの数分だけでも兄のために祈る事が、ビディコフは許せなかったのだ。
女神フォースティアから寵愛され大きな加護を受ける聖女の祈りは、格別だ。何も知らない者は、時折「祈るだけでは何も変わらない」と言うが、聖女の祈りは世界を変える事が出来る。
魔物を直接消し去る事や、天災を全て無くす事は出来ない。しかし聖女が世界と人々の安寧を祈れば魔物の増殖やアンデッドの発生は抑えられ、火山の噴火や地震、大雨や日照りが起こる頻度が落ち、規模も狭める事が出来る。
聖女が祖国の繁栄を願えば、その国では豊作が続き、流行り病は避けて通り、不自然な程災害が起こる頻度が減る。
そして特定の人物のために祈れば、その人物は聖女に次ぐ寵愛をフォースティアから受けるという。
公にはされていないが、大神殿や各国に残されている記録を検証すれば事実であると信じるしかない。
過去、他の大陸で聖女が生まれた時は、聖女の出身国は彼女の存命中栄華を極め、聖女の死と共に没落した。また、聖女と恋仲になった若い騎士は奇跡的な活躍で武功を重ね、ついには聖女と結ばれたという。
このヌザリ大陸でも聖女が生まれた際には、彼女の祈りによってさまざまな奇跡が起きたとされている。その時は侵略戦争を仕掛けた暴君が病に倒れる等、結果的には聖女の祈りによって救われた者の方が多かった。だが、次もそうとは限らない。
聖女にとって大切な者が救われる事で、それ以外の者が災いに倒れるかもしれないからだ。
実際、他の大陸で過去に聖女が現れた時、その聖女の祖国以外の国々では凶作が続き、魔物が増え、災害の発生頻度が高くなったとの記録がビディコフの実家であるレムテス公爵家には記されている。
何故、聖女の祈りでそんな事が起こるのか。それは、女神フォースティアが聖女以外の全ての人間を平等に愛しているからだ。
王族も、貴族も、平民も、奴隷も、職人も、商人も、冒険者も、賊も、悪党も、外道も、何ならエルフやドワーフ、獣人も。その地位や種族に分け隔てなく。
フォースティアはこの世界に生きる全ての存在の母、生命を司る女神だからだ。だからこそ、愛する人々が命を落としても気に留めない。生きる以上、何時か死ぬのは当然の理だ。そして死者は、またいつか女神から生命を与えられて世界に生れ落ちる。
女神フォースティアにとって死は生の延長線上にあるものであり、始まりでしかない。そして、聖女はその例外だ。女神は、聖女を他の全ての生命よりも寵愛している。聖女の祈りに応えるためなら、聖女以外に皺寄せが起きても構わない。そう考えているのだ。
そのため、マディ大神殿はマディからの啓示で聖女が生まれ落ちた事を知ると、速やかに保護して実の両親や親類から隔離し、特定の個人ではなく世界と人間全体のために祈るよう、特定の個人に出来るだけ愛着を覚えないよう育ててきた。
だから大神殿では誰も聖女の名を呼ばず、自らの名を明かさない。リディアが聖女として保護されてから、各国の王族と直接会い、彼等の名を読んで交流を重ねる事が許されているが、それは過去の失敗を踏まえての事だとビディコフは考えていた。
「一代目、二代目の聖女様達は失敗してしまった」
それでも一代目聖女と二代目聖女はダメだった。
一代目聖女の祈りは年々効果が弱まり、二十歳になる前に病に倒れたとされている。二代目聖女も、三十になる前に女神の元へ還ったと記されていた。
一代目聖女が現れたのは約四百年前。二代目聖女は約二百年前。そのため、当時の事を知る者はマディ大神殿にはいない。だが、大神殿長は同じ轍を踏まないよう規則を緩め、リディアが各国の王族や著名な魔道士や冒険者と交流し、世界全体に対する関心を養わせようという大神殿長の意図が働いているのだろう。
それなのに、聖女の兄に生まれついたというだけで人類全体が享受すべき聖女の祈りを、下賤な平民風情が僅かな時間とはいえ毎日独占している。
その事を聖女に住まいに秘密裏に仕掛けられたマジックアイテムによって知ったビディコフは、愕然とした。一国の王すら許されない栄誉をたかだか平民風情が受けている。それは彼にとって速やかに裁かなければならい大罪であった。
しかも、調べたところ聖女リディアの兄リアスは、彼女に祈られているのに大成する事無く冒険者ギルドで二つ星のまま、昇級の見込みも無いという。
聖女の祈りを僅かな間とはいえ独占しておきながら、なんと無能な事か。その無力さは、世界に対する害悪。一刻も早く排除しなければならない。それなのに、大神殿長は怠慢故か、かそれとも聖女を事を甘やかしているのか、一向に手を下そうとしない。
ならば、自分が動くしかないとビディコフは決断した。
もちろん、ただ殺すだけではだめだ。聖女が兄のために祈るのを止めさせるためには、彼女に兄の死を報せ、疑う余地が無いと認めさせなければならない。
「しかし、果たしてそう上手くいくでしょうか? 聖女が祈れば、女神は奇跡を起こし全ての真実を明かすのでは?」
だが、老神官に変装しているビディコフ子飼いの工作員の言葉ももっともだ。フォースティアは太陽を司る女神、文字通りお天道様が見ていたとしても、何もおかしくない。
「だからこそ魔物に殺されたように装ったのだ。魔物に殺され命を落とす冒険者は星の数ほどいる。疑う事は無いだろう。
それに、もし聖女様が兄の仇を打つために魔物の討伐が進むように祈ってくれれば、好都合というものだ」
ビディコフ高司祭も彼なりに考え手を打っていたが、それ以上に自分の策が上手くいく事を信じる根拠があった。
「案じるな。私が神より与えられた加護は今も衰えず、正しき道を私に示してくれている」
その根拠とは、ビディコフ高司祭が『人王』マディから与えられた加護にあった。
聖女の兄を謀殺したというのに、彼の加護はまったく弱まらず神聖魔法を以前と同じように唱える事が出来る。それこそ、自分が正しい事の照明だ。
(聖女も兄の死を悲しむだろうが、生き別れてから何年も過ぎている。暫くの間は兄の冥福を祈るだろうが、その内『兄を含めた、亡くなった多くの人々』の冥福を祈るようになるはずだ。そうなるように育てられているはず)
聖女が立ち直るまでしばらくかかるかもしれないが、このまま無能な平民に数分とはいえ聖女の祈りを毎日独占され続けるよりはいいはずだ。
その頃、その無能な平民はスケルトンクレリックになって森を彷徨っていた。
(存在進化しても相変わらず話せないし、日光は怖いし、フォースティアの『治癒』で逆にダメージを受ける。だけど、得た物の方が多かった。
やっぱり日頃の行いって大切だな)
ダリアスが存在進化で得たのは、まず新しい左腕。単純に腕が回復しただけではなく、存在進化によって欠損した部位が戻る事が分かったのは大きい。
次に、身体能力が全体的に上がった。存在進化する前より力が強くなり、早く動けるようになった。だいたい、生きていた時と同じくらい。そして魔力が増えた。
(『光』なら一日中灯していても大丈夫だ。『閃光』や『浄化』も、合計十回以上唱えられると思う。……『浄化』の方は、そんなに唱えたら魔力の前に俺が消えちゃうから無理だけど)
魔力が増えた事で、神聖魔法を唱えられる回数と威力が上がった。現時点では機会は無いが、『解毒』や『解呪』と言った初歩よりも難易度の高い神聖魔法も唱えられるかもしれない。
(そして今でも信じ難いんだけど……『冥界と月の女神』ディランティアの加護も貰えたみたいなんだよな、俺)
ダリアスは右手に太陽の『光』を、そして左手には月の『光』を灯す。太陽の方はアンデッド化した直後から使えるようになったフォースティアの神聖魔法。そして月の方は、スケルトンクレリックに存在進化してから使えるようになったディランティアの神聖魔法だ。
二柱以上の神から同時に加護を得て、二種類の神聖魔法が唱えられるようになった存在なんて聞いた事が無かったダリアスは、無い目玉がこぼれるんじゃないかと思う程驚いた。
いったい何故、凡庸な自分の身にそんな奇跡が起きたのかと首を捻るが、よく分からない。
ともかく、これでアンデッド化した事で下がった身体能力に悩まされる事は無くなった。それは次の目標である、さらなる存在進化達成の大きな助けになるはずだ。ダリアスはそう楽観していた。
(さて、神聖魔法を唱えられる分生前の俺よりも実力は上になったと思うが、もう少し森の奥に行くか?)
今までダリアスが彷徨っていた森の比較的浅い部分で遭遇するアンデッドでは、次の存在進化に達するまで時間がかかる事が推測される。それに、今の自分なら冒険者時代は倒せなかった魔物も倒せるはずだ。
そう考えていると、いつの間にか森の奥に足を踏み入れていた。
(あれ? いつの間に……存在進化で浮かれすぎたな。頭を冷やすためにもいったん戻ろう)
ダリアスは立ち止まり、身を翻した。そして、更にもう一度身を翻して前に進みだした。
(んんっ!? なんで俺はその場で一回転して歩き出したんだ!?)
訳が分からず混乱するダリアスだったが、その間も彼の脚は歩を進め続けている。
(と、止まれ!)
意志を強く持つ事で、その場で立ち止まる事は出来た。身を翻して後ろを見る事も可能だ。だが、何故か元来た方向に戻る事が出来ない。
(な、何故か、あっちに行かなければならない気がする! もっ、もっ、もう限界だっ!)
ダリアスは我慢できず、再び森の奥に向かって歩き出してしまった。まるで何者かに操られているかのようだ。
(まるでじゃないな。何者かに俺は操られているのか? でも、それが分かったところでどうすれば!? そうだ、『解呪』だ! ディランティアに祈ってみよう!)
焦ったダリアスは、ディランティアに祈りを捧げて呪を解く『解呪』の神聖魔法と唱えた。フォースティアの『浄化』とは違い、何処か冷たい光が灯り、ダリアスの骨を灰にすることなく効果を発揮する。
しかし、ダリアスの脚は止まらなかった。
(『解呪』が効かない!? つまり、呪じゃない……いや、単に俺を操っている相手が強すぎるのか?)
神の加護を力の源とする神聖魔法だが、唱えるのは神ならぬ信者なので万能ではない。唱えた信者の力量を超える大怪我は癒せないし、格上のアンデッドを浄化する事は出来ない。呪もその例外ではない。
(もしくは、これが呪いではない場合だけど……どっちにしても打つ手がもうないな。無駄な抵抗は止めて、様子を見よう)
抵抗できないなら、疲れるから抵抗しない。自分を何処かへ誘っているようだが、その目的が分かってから対処しよう。ダリアスはそう考えると、周囲を観察しながら歩き出した。
森の奥は生きていた時も滅多に脚を踏み入れた事が無かったので、なかなか興味深い。しかし、観光気分を楽しむには場所が物騒すぎた。
「グガ?」
「グォォォ……」
前方から獣のような唸り声がしたと思ったら、茂みの枝を折りながら二匹のオーガが現れた。
乱れた髪と頭部に生えた一本の角、素の状態でも憤怒に歪んで見える醜い顔。そんな頭部が乗っているのは、筋骨たくましい赤黒い肌の巨体だ。棍棒代わりに倒木を振り回す事が出来る怪力の持ち主である。
反面、知能が低く短気であり、防具はおろか衣服を身に纏う事は殆どなく、武器もその場で調達できる丸太や岩に頼っているとされている。
しかし、ダリアスの前方にいる二匹はそれぞれ毛皮を体に巻き付けており、手には武器や防具を携えていた。
(ただのオーガじゃない! オーガソルジャーかウォーリアーってところか?)
オーガやゴブリンのような人型の魔物は、存在進化しても精々体格が良くなる程度で見た目に大きな変化は現れない事が多い。ただ、身体能力や魔力だけでなく知能も高くなり、それで装備の質を上げる事が多い。
ただでさえ怪力の持ち主であるオーガが、兵士や戦士のように武器や防具を装備し、それを使いこなした時の危険度は言うまでもないだろう。
(しかも、あいつらがいるのは前っ! 後ろに下がれない今の俺は逃げられないじゃないか!)
何より最悪だったのは、オーガ達が現れたのがダリアスの進行方向だった事だ。
「グガッ!」
「ヌアアアアア!」
オーガ達の顔が怒りでさらに歪み、ダリアスに向かって武器と盾を構える。おそらく、前に向かって歩き続けるダリアスを、「並よりは強いだろうが、所詮スケルトン。縄張りを荒らされると面倒だから、ぶっ潰しておこう」とでも思ったのだろう。
(や、やるしかない!)
自分に向かってくるオーガ達にダリアスも覚悟を決めた。
「ガアアアッ!」
オーガの一方は、左右の手にそれぞれ剣を握る二刀流。おそらく冒険者から奪ったのだろう、どちらも人間なら両手持ちの大剣を片手で操っている。
もう一方のオーガは、逆に左右の手にそれぞれ盾を持っていた。円盤状のラウンドシールドと、長方形のタワーシールドだ。だが、防具としてではなく鈍器として扱うつもりのようで高々と振り上げている。
(『閃光』!)
それに対してダリアスは、まず『閃光』でオーガ達の視覚を潰した。ただゴブリンとは段違いの狂暴さを誇るオーガ達は目をやられても止まらず、武器を滅茶苦茶に振り回す。同士討ちにならない距離を互いに開けている分、まだただのオーガよりは賢いと言える。
(『初級敏捷性強化』!)
そこに、身をかがめながら神聖魔法で素早さを強化したダリアスが突貫する。まずは盾を構えている方の足元に転がり込み、脛をメイスで一撃する。
「グガァァァ!?」
鋼のような筋肉に覆われたオーガも、脛の正面は守られていない。絶叫してさらに激しく腕を振り回すが、その時にはダリアスはもう一匹の二刀流のオーガに向かって駆け出していた。
(『女神の一撃』)
そして、まだ距離があるうちに二刀流のオーガに向かって攻撃魔法を放つ。加護を与えた神の性質に即した攻撃を放つ神聖魔法で、フォースティアの場合は拳大の光るエネルギーの塊が放たれる。
「ガッ!?」
だが、ダリアスの放つ『女神の一撃』ではオーガに大きなダメージは与えられない。痣になる程度の打撲と、肌がヒリつく程度の火傷が精々だ。
しかし、攻撃された事は分かったのか反撃しようと二刀流オーガは涙が滲む目でダリアスの姿を探しながら、剣を振り回した。
(『初級筋力強化』! ウオオオオオ!)
二刀流オーガの剣が空振りをした隙を突いて、ダリアスは隙だらけの膝に向かってメイスを振り下ろした。骨を砕く鈍い手応えが伝わり、オーガの絶叫が上がる。
「グオオオオッ!」
そこに盾持ちのオーガが突っ込んできた。もう視力が回復したのかと驚き二刀流オーガから離れるダリアスだったが、そうではなかったようだ。
「ブベッ!?」
なんと盾持ちのオーガが盾で膝を突いていた二刀流オーガを殴り飛ばしたのだ。どうやら、脛を打たれた痛みのあまり我を失い、視力が戻らないまま暴れているらしい。
(武装したオーガが二匹現れた時はもうダメかと思ったけど、結果的には助かった。もう少し様子を見よう)
同士討ちを始めたオーガ達から距離を取ったダリアスは、彼等が視力を取り戻すと再び『閃光』を放ち、『女神の一撃』で攪乱し、隙を見つけてはメイスで気長にダメージを与え続けた。
「グオォォォォ……っ!」
持久戦では、アンデッドであるダリアスが有利だった。オーガのスタミナは人間に比べれば無限に等しかったが、アンデッドであるダリアスに肉体的な疲労は存在しない。
神聖魔法を唱えるために必要な魔力に限りはあるが、存在進化しスケルトンクレリックになったダリアスの魔力は以前と比べて倍以上に増えている。
『閃光』と『女神の一撃』数回、そして効果時間が過ぎた『初級筋力強化』と『初級敏捷性強化』をかけ直しても彼の魔力は尽きなかった。
「ガァッ……!」
そしてメイスを振り下ろす事十回。ダリアスはオーガ二匹を倒す事に成功した。
(勝った。俺が止めを刺したのは一匹だけだけど、四つ星冒険者でも一人だったら危ないだろう武装したオーガ二匹に、この俺が。これもリディアと女神様達のお陰だな。感謝しないと)
ダリアスが勝てたのは当人が思っているように神聖魔法の『閃光』や自己強化の力もあるが、彼が魔法を使えるとオーガ達が気づかなかった事が何よりも大きい。
今のダリアスは、一目見ただけで眼窩に灯っている青い炎から中位のスケルトンである事を判別できる。だが、メイスと布袋以外何も持っていない彼は、ウォーリアーやソルジャーには見えてもクレリックには見えなかったのだ。
(生きていた頃なら体内に発生した魔石と討伐証明になる部位を取って、後は解体して素材になる部分を持って帰るところだけど……今は鹵獲品で満足するか。骨になるのを待つ時間は無いし)
フォースティアとディランティアへの感謝の祈りを短く済ませたダリアスは、まず二刀流オーガが持っていた剣に手を伸ばした。しかし、すぐに使い物にならない事に気が付いた。
(戦っている間は気が付かなかったが、刃毀れが酷いし錆も浮いている。オーガが剣の手入れなんて知っている訳が無いから仕方ないけど……これじゃあ、俺が元々剣の扱いが下手な事を除いても使えないな。
盾の方はどうだ?)
もう一方のオーガが持っていた盾を確かめると、どちらも表面に傷はあるがヒビは入っておらず使えそうだ。しかし、タワーシールドの方はダリアスには大きすぎた。
(構えるとメイスを振り回し難くなるし、盾自体も重い。昔使っていた小盾と違い過ぎる。じゃあ、こっちのラウンドシールドは……うん、こっちなら大丈夫だ)
結局、円盤状の盾、ラウンドシールドだけを持って行く事にした。今後は左腕を盾代わりにする必要がなくなると安堵し、再び歩き出したところでダリアスは気が付いた。
(あれ? 戦闘中は結構自由に動けたな。もしかして、オーガを倒す、もしくは逃げる為だったら後ろに下がれたのか?)
どういう理屈かは不明だが、脅威に対処するためなら操られている最中でも自由に動けたらしい。だが、それが分かってもそのオーガはどちらも倒してしまった後だ。
(しまったぁぁぁっ!)
胸中で後悔の叫びを発しつつ、ダリアスは歩き続けた。
そして、気が付くと鬱蒼とした森の地面に紫色に光る不気味な魔法陣が描かれている場所まで来てしまった。
(これが俺を呼び寄せたのか? てっきり、リッチや吸血鬼、邪教徒なんかがアンデッドを集めているんだと思っていたのに)
内心戸惑いつつも、魔法陣に近づいたせいかダリアスを操る力は強まっており、立ち止まる事も出来ず彼は魔法陣に足を踏み入れた。
その途端、景色が変わった。
(瞬間移動!? あの魔法陣は森とここを繋げるための物だったのか。だったら、この近くにアンデッドを呼び寄せるための何かがあるはず!
驚いて周囲を見回すダリアスの目に入って来たのは、石造りの壁や天井、そして周囲に立ち並ぶ無数のスケルトンやゾンビばかりで、その何かは見つからない。
「その反応、知能が……自我があるのか。驚いたぞ、あの森でうろついているのは下位のアンデッドばかりだと思っていたからな」
すると、上から若い男の声が響いた。ダリアスは反射的に上を見上げ――られなかった。
(く、首が動かない……いや、動かせないっ。それなのに、膝が勝手に折れそうになるっ!)
吐き気を催す程のプレッシャー。きっと、王族の前に突然引きずり出された農民は、こんな気分になるのだろう。
「ほう、俺に声をかけられても畏まらんとは、貴様やはり自我を維持しているな。それも、精神力もなかなか高そうだ。
これは当たりを引いたようだな。俺は運が良い。……退け」
再び響いた若い男の声。その途端、周囲のアンデッド達がダリアスの周りから整然とした動作で退いた。そして、空いた空間にそれを為した人物が降り立った。
「許す、面を上げろ」
そう声をかけられた途端、首が軽くなった。仰ぎ見ると、そこには上からゆっくりと降りて来る美青年の姿があった。
赤い髪を逆立て深紅の瞳にギラギラと傲岸な輝きが宿っている。鼻筋が通った端正な顔つきの美形だが、その攻撃的な表情と口元から覗く牙からは野性的な迫力の方が印象に残りやすいだろう。
重力を感じさせない足取りで床に降り立った青年は、二十歳そこそこに見えるが当てにはならない。
「光栄に思え。貴様はこの俺、世界をあるべき姿を取り戻す事を目的とする改革派に属する吸血鬼の中でも、五本の指に入る実力者、ゼルブランド・ダオ様の手駒となれるのだからな」
吸血鬼の外見は実年齢を計る物差しにはならないからだ。
〇現在のダリアスの弱点
・日光への恐怖心
・生前より落ちた身体能力(克服!)
・軽くなって踏ん張りが効かなくなった足腰
・嗅覚と味覚の喪失。
・睡眠や飲食で精神を癒せない。
・浄化魔法でダメージを受ける。自分が唱えた場合でも同様
・回復魔法でダメージを受ける。自分が唱えた場合でも同様
・人を見殺しに出来ない
・吸血鬼に逆らえない(NEW!)
〇〇〇
名称:スケルトンクレリック
分類:アンデッド
討伐難易度:星3
生前持っていた技術や能力を維持し、扱う知能を持つスケルトンの一種。他にソルジャーやアーチャー、ナイト、メイジやローグ等同種は数多く存在する。
共通の特徴として、眼窩に青い炎が灯っている。それ以外は通常のスケルトンと外見上の違いは無い。
死後、強い怨念や優れた死霊魔法によって生前使えた神聖魔法を唱える事が出来るクレリックのスケルトン。多くの場合死神ガルドールを信仰する邪教徒や、魔神エーテルを召喚する魔物がスケルトンと化した存在。
多くの場合スケルトンウォーリアーよりも実力は落ちるが接近戦も得意で、個体にもよるが初級から中級までの神聖魔法を使いこなす。
外見上は法衣を着て武器を持った神官か、更に鎧を纏った神殿戦士の格好をした個体が殆どで、ほぼ全ての個体が信仰を表す聖印等のシンボルを持っている。
また神聖魔法を唱える知能はあるが、その人格は失われており生者への憎しみの身で動いているとされる。
その性質上、通常のスケルトンがスケルトンクレリックに存在進化する事は考えにくく、発見例も存在しない。
明日の7話で書き溜めた分が無くなるので、8話以降不定期掲載になります。ブックマークなどしていただき、更新通知を有効にしていただければ幸いです。
数ある作品の中からこの作品に目を止めていただきありがとうございます。