20話 奴隷吸血鬼司祭、ダンジョン探索を命じられる
スレイヴヴァンパイアビショップとなったダリアスに対するレオーネの訓練は、初日以降も同じ厳しさで行われた。存在進化したダリアスが、レオーネの想定より強くなっていたからだ。
「全ての面で前より強くなっているわね。前は手加減のし過ぎで逆に疲れていたけど、今は普通に手を抜くぐらいで丁度良くなった!」
『あ、ありがとうございます』
レオーネのメイスを盾で受け流すのに失敗し、吹っ飛ばされた先でダリアスは礼を言った。
ハイスケルトンだった時に出来た、ジリウスと戦っている時に思いついたオーラを込めた自身の骨の投擲や、オーラで骨を繋ぐ戦法。存在進化によって得た手足の鉤爪に、量が倍増したオーラや魔力、そしてこの十日でプルニス達から学んだばかりの攻撃魔法と、レオーネ自身から学んだ技。
それら全てを発揮しても、ダリアスはレオーネとの力量差が縮まったとは思えなかった。
ジリウス戦で実行し、幸運にも誰にもばれなかった(っと、ダリアスは思っている)ディランディアとフォースティアの神聖魔法による二重自己強化をしたとしても、自分はまだレオーネの足元にも及ばないだろう。そう思える。
『あ、大腿骨が砕けてる』
「あちゃー、手加減失敗しちゃった。ゾルホーンを呼んできた方がいい?」
再生能力を持つスレイヴヴァンパイアだが、粉砕骨折を治すには一週間ほどかかる。ゾルホーンが調合しているアンデッド用ポーションもあるが、ダリアスが何度も使っていたので在庫に余裕がなくなってきている。それに、材料費も製作に必要な時間も通常のポーションの数倍かかる。
『いえ、この前レオーネ様が狩った魔物の骨を加工した物がありますから』
そのため、ダリアスは自前の再生力が備わった後も骨を交換して済ませる事が多くなっていた。
ただこの城の近辺には人里が無いため人骨が手に入り難い。そのため、ダリアスは主にレオーネが狩ってくる魔物の内、素材として使わなかった骨を人骨と同じ形に加工していた。
「へぇ、器用なものね」
『魔物の骨でも、人の骨と形や大きさが似ている物が結構ありますから。ムルファさんから道具も融通してもらえたので』
ムルファとはダリアスの同僚の一人である、レッサーヴァンパイアのメイドだ。人種だった時は色街で窃盗や詐欺を繰り返していた娼婦で、今では器用な手先を趣味や仕事に生かしている。
『加工の仕方なんかも教えてもらって、中々面白いですよ。今度、骨細工も作ってみようかな』
それに、睡眠や休憩を必要としないダリアスにとっては骨の加工も良い気分転換である。
「でも、骨だったら『死兵戦』で連れて来たスケルトンが結構いたと思うけど」
ダリアスがレオーネの配下になるきっかけのブラッドゲーム、『死兵戦』。それでダリアスが勝った時生き残っていたアンデッドをレオーネは労働力として連れ帰っていた。
『あいつらもあいつらで貴重な労働力なので、動いている内は働いてもらおうかと。よ……っと』
ダリアスが自身の太腿を軽く叩くと、彼の変色した肉が蠢き、皮膚の隙間から砕けた骨を排出する。そこに彼が壁際に置いておいた袋から加工済みの魔物の骨を当てると、再び肉が蠢き骨に纏わりついて埋まっていく。
「いつ見ても不思議な光景」
『『不気味な』の間違いだと思いますけど』
幸いなことに、中途半端に戻った肉体は大きさと形がだいたい同じなら他種族や魔物の骨でも、節操なく受け入れてくれている。
『……もしかして、骨の形に加工した鉄なんかでも骨として使えるんでしょうか?』
「それは止めておいた方がいいと思う。鉄は骨より曲がりやすいし、一度曲がったら直らないから」
『なるほど。骨って、鉄よりも丈夫なんですね』
「純粋な硬さと重さは鉄の方が上だけど、人体の一部として使うなら鉄より骨の方がいい。鉄は血で錆びるし」
そう話していると、東の空が白んできた。それを見たレオーネはあくびをかみ殺すと、腰に手を当てて背筋を逸らして伸びをする。
「じゃあ、今日はここまで。城に戻りましょうか」
『レオーネ様、ちょっと試したい事があります』
「だいたい察しがつくけれど、止めておいた方がいいと思うけど」
東の空を見上げるダリアスに、レオーネはやれやれとため息を吐いた。
『ちょっとだけ、ちょっとだけですから!』
「はぁ……どうしてもやるなら、扉の近くでやりなさい。それと、危ないと思ったらすぐ城に駆け込むように」
止めるより、一度やらせた方が諦めもつくだろう。そう思ったレオーネは城の扉の影に入り、朝になっていく世界から身を隠す。
『よし、まずは……『対属性守護:光』』
一方ダリアスは、言われた通り城の扉のすぐ前で存在進化した事で使えるようになった神聖魔法を唱えた。
『対属性守護』は、指定した属性に対する防御力を増す神聖魔法だ。指定した属性の攻撃魔法だけではなく、火を指定すれば熱から、水を指定すれば水圧や寒さから身を守ってくれる。
『さらに『鎮静』!』
『鎮静』は文字通り、精神を落ち着かせる神聖魔法だ。毒物や心因性以外にも、魔法等によって起こる混乱や興奮、恐怖や不安を鎮める事が出来る。この神聖魔法自体の難易度は低く、ダリアスもスケルトンだった頃から唱える事が出来た。
しかし、そもそも『鎮静』はアンデッドや魔法生物には効果の無い神聖魔法だったので、自分に唱える意味が無かったのだ。
今はスケルトンの頃と比べて数倍に膨れ上がった魔力を込めて『鎮静』を唱える事で、効果を強引に高めている。これで気休めぐらいにはなるだろう。
『来た! ……おおっ、平気だ。恐怖も、嫌悪も感じない』
いよいよ日が昇り、朝日がダリアスを照らす。しかし、神聖魔法によって守られた彼はハイスケルトンの頃のように数秒で恐怖に耐えられなくなり、逃げるようなことはなかった。
朝日の美しさに感動するダリアス。そのまま十秒程立ち尽くしていると……何かが焼ける音と元に彼の全身から白煙が立ち上った。
『えっ? ぎゃぁぁぁぁ!? レオーネ様に殴られても平気だったのに、全身が……こ、これが痛み!?』
「懐かしんでないでさっさと戻りなさい!」
レオーネの怒鳴り声で我に返ったダリアスは、慌てて城に駆け込んだ。背後で扉が閉まる重々しい音を聞きながら、がっくりと膝を突く。
『も、もう一度死ぬかと思いました』
「これで実感できたと思うけど、日光は吸血鬼の弱点なの。神聖魔法で簡単に克服できる程、軽くはないわ」
古来、『死神』ガルドールが吸血鬼を始めとした強力なアンデッドを率いても『人王』マディ達に勝利できなかった要因の一つが、太陽だ。
アンデッドの多くが日光を畏れ忌み嫌い、吸血鬼に至っては銀と同様に命を失いかねない弱点だ。
もちろん吸血鬼達も弱点を放置していた訳ではない。彼らはその高い知能と魔力を使い、様々な対抗策を編み出して来た。だが、それでも完全には克服できていない。それほど深刻な弱点なのだ。
『考えてみれば、殆どの吸血鬼は神聖魔法が使えますから、神聖魔法で克服できるならとっくにしていますよね』
吸血鬼の多くは『死神』ガルドールやディランティアの加護を得た強力な神聖魔法の使い手だ。特にヴァンパイアロードはマディ大神殿の大神殿長に勝るとも劣らない腕前だろうと、冒険者ギルドでは推測されていた。
そんな彼らが神聖魔法で太陽を克服できないのに、ダリアスが克服できる理由は無かった。
「とはいえ、十秒も平気だったのは大したものだと思う。異常種なのは伊達じゃないわね。無理はして欲しくないけど」
『は、はい。頑張ります』
ダリアスが膝を突いたまま頷くと、彼の身体から灰が床に落ちた。
スレイヴヴァンパイアになってから、ダリアスの毎日はさらに充実していた。やること自体は大きく変わってはいない。
夜の間はレオーネや、彼女に他の予定がある時はゲジャッグから武術を教わり、昼にプルニス・プルコットの実験に付き合い、どちらも無い時は使用人として働く。そして使用人としての仕事すらない時は、自主訓練や骨の加工、そして女神への祈りに時間を費やす。
ハイスケルトンだった時同様に疲労を感じず、睡眠もとれないので人間だった頃と比べると一日が長くて仕方ない。そのため、一日中やる事がある環境はダリアスにとって好都合だった。
では何が以前とは変わったのかと言うと、それは二点。一つは、一日一回とる食事だ。
『いただきます』
ピッチャーからグラスに注いだ血を、ゆっくりと味わう。内臓が一部しかなく、腹に穴も開いているため一気に飲むと漏れてしまうからだが……そんな理由が無くても楽しみたい時間だ。
『ふぅ、今日の魔物の血も香ばしいですね。それに昨日には無かった、癖になるような苦みがある』
「本日はレオーネ様が討伐したヴェノムヒドラの生き血に、七種類のハーブを混ぜたものです」
食事をとるのは夜の訓練が終わって朝になった後なので、食卓を囲む相手は血を用意してくれるフレッシュゴーレム達だ。
この日は、メイド姿でドライと名付けられた個体だった。一見すると長い髪を背中で纏めた、二十代前半の長身の美女に見える。立ち振る舞いも上品だ。しかし、近くで見るとやはり血色が悪く肌は蝋のように白く、瞳にも光は無い。口調も平坦で、温かみは一切感じられない。
『ハーブは昨日飲んだ血と同じですか?』
「はい、分量は異なりますが、種類は同じです」
しかし、スレイヴヴァンパイアになって食事をするようになってから気がついたのだが、話しかけると意外な程饒舌に答えてくれる。そのため、ダリアスは積極的にフレッシュゴーレム達に話しかけるようになっていた。
『じゃあ、この苦みは隠し味か何かかな。他に入れた者はありますか?』
「はい、毒腺から抽出したヴェノムヒドラの猛毒を一滴」
『……それ、大丈夫なんですか?』
「レッサーヴァンパイアなら泡を吹いて倒れますが、スレイヴヴァンパイアなら問題無いので出すようにとマスターから命じられています」
複数の頭と首を持つヒドラが存在進化した上位種、ヴェノムヒドラの牙から分泌される猛毒は、触れただけで皮膚や肉を焼き、骨を溶かす。ほとんどの毒が効かない吸血鬼にも、その毒は有効だ。
『レッサーの方が格上なのに、スレイヴの俺は問題無いんですか?』
「はい、ヴェノムヒドラの毒は血液毒ですから。口にした場合は粘膜から血管に浸透して作用しますが、ダリアス様は心臓が無く血が循環していないので、毒に気がつきもしないはずだと……気がついていますね」
ちなみに、ドライの言うマスターとはもちろんプルニス・プルコットの事だ、
「分量を間違えてしまったのでしょうか? 舌や歯が溶けてはいませんか?」
『いや、大丈夫です。苦みを感じたくらいで』
「そうですか。それなら問題ありませんね」
ドライ達フレッシュゴーレムはダリアスに話しかけられたから応じているだけで、彼に好意的である訳ではない……はずである。
『うぅん……無いのかな? 歯や舌も溶けていないし。むしろ、コクがあって美味しい』
「それは何よりです」
逆に言えば、悪印象や悪感情を持っている訳ではない。ダリアスにとって何気ない世間話の相手としては、十分すぎる存在だった。
「マスターにもそのように報告しておきます」
『そうなると俺の味覚を試す実験が始まりそうだ』
「興味深いけど、その前にゼルブランドから君に要請が届いているよ」
いつの間にかいたのか、部屋に音も無く入って来たプルニス・プルコットが一通の手紙をダリアスに見せた。
『ゼルブランドから俺に? これは……なんて書いてあるんでしょうか?』
しかし、手紙の文面は綴られていたのはダリアスには読解不可能な文字だった。
「ん? 読めないの?」
『はい、俺が読めるのはヌザリ大陸語と、その古文ぐらいなので』
才能は無いが努力家だったダリアスは、生まれ故郷の村では自分の名前と仕事や生活に必要ないくつかの言葉しか読み書きできない者も多いなか、妹に出す手紙を書くために熱心に文字の読み書きを教わっていた。
その甲斐あって、アルザニス王国やロディウム帝国を含めた国々の公用語であるヌザリ大陸共通語と、マディ信仰の聖典に使われている人間が『人王』マディの元に纏まっていた頃に使われていたマディ神聖古語の読み書きを習得している。
しかし、それ以外の言葉の読み書きは流石に出来ない。ゴルゲン地底国のドワーフ達やガゼロパ山脈国の獣人達、そしてエルフ達が使う言葉や、その神聖古語等世の中にはいくつもの言語があるが、ダリアスが生きていた時の環境ではそれらを目にする機会は無かったのだ。
「おかしいな。数日前ゲジャッグから君はガルドール神聖古語が話せるようだと聞いたし、僕達が魔法を教える時はエルフ神聖古語やエルフ語で会話していたのに」
『えっ!? いや、そんなはずは……』
覚えのない事を言われて困惑するダリアス。しかし、プルニスは彼に魔法を教えるために実演した際、エルフ神聖古語で呪文を唱えていた。すると、ダリアスは彼が訳する前に呪文の意味を理解していた。
その事からプルニス達はダリアスがエルフ語も話せるものだと思い込んでいたのだ。
「あ、そうか、なるほど。君は音を聞くとき音を聞いていないんだ。なら、文字は読めなくて当然か」
しかし、プルニスは突然そう言いだした。訳が分からなくてますます困惑するダリアスに、プルニスは彼の口元を指さして続ける。
「ダリアス、君は話す時に口を動かしていないし、そもそも呼吸もしていないのに声を出している。それは君が音ではなく魂で声を出しているからだ。ゴーストと同じだよ」
『あ、はい。それは前にも聞いたような……』
「そして君は他人の出した声も、耳ではなく魂で聞く事が出来るようになったんだ。正確には、他人の声に込められた意志とか思念を聞き取っている」
『それは……どういう意味ですか?』
「マスター、ダリアス様はどんな言語で話された声でも意味を理解できるという事でしょうか? ゲジャッグ様のガルドール神聖古語や、マスターのエルフ神聖古語やエルフ語が理解できたように」
「その通りだよ、ドライ」
まだ困惑しているダリアスだったが、ドライは理解したようだ。長年プルニス・プルコットの配下を務めている間に学習したのかもしれない。
「この能力は以前からあったのだろうけど、スレイヴヴァンパイアに存在進化した事でより向上したんじゃないかな? 以前はゴブリンやオーガーの言葉を理解できるとは言っていなかったし」
「不完全でも肉体が戻った事で魂の負担が減り、その分が能力の向上に回ったという事でしょうか?」
「うん、かもしれない。僕達の今の技術では魂の働きを観測できないから、推測だけどね」
『確かに森に居た頃はゴブリンやオーガーから聞こえたのは鳴き声って感じで、意味は分からなかったですね』
当時のダリアスはスケルトンだったが、あの頃から音を魂で知覚していたのだろう。彼は生き物がどんな仕組みで音を聞いているのか理解していない。それでも、改めて考えると耳も頭の中身も無いのに音を聞く事が出来るのがおかしいと察することは出来た。
『言葉に込められた意志や思念を聞き取るなら、今の俺なら他人のついた嘘を聞き分けられるという事ですか?』
「……ダリアス、突然だけど僕は一目見た時から君に恋してしまっていたんだ。この気持ちを受け入れてほしい」
『あ、はい。嘘までは聞き分けられないみたいですね』
分かりやすいプルニスの嘘を聞いても、彼の本音は聞こえなかった。
『そこまで便利なものでは……いや、他人の本音しか聞き取れなくなると逆に不便かな?』
自分が命を落とした騙し討ちや詐欺を聞き分ける事が出来れば便利そうだが、日常的な会話まで本音が分かってしまうと生活に支障がでそうだ。そう口に出したダリアスに、プルニスは「そう思うよ」と頷いた。
「本音を言い合える仲の友人は貴重だけど、本音しか聞けない相手と付き合うのは難しいからね。ドライ達にもお世辞を言うよう仕込んであるぐらいだよ」
「マスター、質問があります」
「ん? なんだい?」
挙手した姿勢のまま、ドライが平坦な口調で尋ねた。
「以前から我々フレッシュゴーレムとダリアス様の間では会話が成立していますが、我々にも魂があるのでしょうか?」
『あ、確かに』
多くの場合、ゴーレム等の魔法生物には魂が無いとされている。それは各神殿がそう教えるからであり、冒険者ギルドや魔道士ギルドの資料で魔法生物の幽霊……ゴーレムやホムンクルスのゴーストを発見した記録が無いからだ。
ドライ自身も知識としてそう考えていた。しかし、ダリアスと会話できている以上彼女達にも魂があるという事になる。
この事が公になれば、マディ大神殿や他の神殿、そして魔道士ギルドを巻き込んだ大論争が巻き起こる事だろう。
「あるよ」
しかし、プルニスはあっさり頷いた。
「正確には、あるという説もある。僕達がゴーストを召喚して君と戦わせたときの事を覚えているかい? あの時、ゴーストはただの物音にも反応していただろう?」
肉体を持たないゴーストが、ただの物音……無生物と無生物が発した音に反応する。ゴーストが声に込められた意志や思念を聞いているのなら、生きていない無生物が発する音に気がつくはずがない。
そこから考えられる学説として『魂とは生物だけではなく、無生物を含めた万物に宿る』と唱えた魔道士が、過去に存在した。生物の魂よりもずっと小さい、もしくは薄いが、土や石、空気や水、家具や日用品にも魂が宿っているというのだ。
「その説が正しいなら、ドライはもちろん僕達が作るウッドゴーレムやストーンゴーレムにも魂はあるという事になる」
『そんな学説があったとは、知りませんでした』
「当時から異端扱いだったそうだからね。そのせいで発表した魔道士はギルドから追放されたと言っていたよ」
『言っていた……知合いだったんですか?』
「うん、僕達をキメラに改造した魔道士だよ」
プルニスが何でもない事のように口にした答えに、ダリアスは思わず絶句した。ハーフエルフの双子の兄妹を攫って一つの肉体の合成獣に改造した、プルニス・プルコットの創造主。二人にとっては仇と言っていい人物だ。とても気軽に聞ける話題ではない。
「マスターのマスターでしたか。それでその学説にも詳しかったのですね」
「うん。冒険者に討伐される前はよく聞かされたから覚えている。興味深い学説だから苦じゃなかったけど、くだらない愚痴を混ぜるのは止めて欲しかった」
もっとも、当人とドライにとってはそうでもないらしいが。
『それで、結局その手紙にはなんて書いてあるんですか?』
「ああ、そうだった。手紙の前半には夜会で助けたエルフの少女に、ウィネアと名前を付けてアーデリカの元でメイド見習いをさせていると書いてあったよ」
『……ああ、それは良かった』
実をいうと、ダリアスは夜会でジリウスが生贄に捧げようとしていたエルフの少女の事を、ほとんど忘れていた。彼女の名前も知らず、会話もしておらず、更に決闘の直後にゼルブランドが連れて行ったから関わりが薄かったと言う理由もあったが、自分でも『薄情なのでは?』と思うぐらい記憶していなかった。
一度助けた以上その後何百年後でも責任を持つべき、とまでは思わないがもっと気にするべきだと反省していると、プルニスが手紙の内容の続きを述べた。
「後半は、夜会で騒ぎ起こした罰と決闘に勝った褒美に遺跡の調査を命じてくれるって」
『遺跡? 何故?』
「ゼルブランドの領地……より正確に言うと、縄張りかな? そこからやや離れたところで遺跡が発見されたんだって。一応ロディウム帝国の領土内だから、帝国政府や冒険者ギルドが気づく前に調査して、対処したいらしい。
貴重な遺物があれば僕達から買い取るという形で回収、何も無ければ遺跡を埋めて隠蔽するつもりだろう。監視役も兼ねて彼が何時も連れているレッサーヴァンパイアの、アーデリカを連れて行くようにって」
自分の縄張りの近くで遺跡の大規模な調査攻略が行われるのは、ゼルブランドから見れば面倒極まりない事態だ。
それに遺跡の中には年月が経つうちに魔力が溜まり、いわゆるダンジョンと化すものがある。そうなるとダンジョン内で増えすぎた魔物が外に出て周囲を……つまり、彼の縄張りを荒らしまわる。
そのため、ゼルブランドとしては放置できない事態のようだ。もっとも、早急に対処が必要という程危機感を覚えてはいないようだが。
「遺跡で発見した物は全て報告が必要だけど、ゼルブランドが必要だと思う物以外の所有権は発見者でいいそうだよ」
『たしかに罰と褒美ですね』
手紙に書かれていた条件は、貴族等が領地内で発見された遺跡の探索を冒険者ギルドに依頼する時と同じものだった。罰として断れない任務を命じ、その成果物を褒美として与える。特に不満は無い。
『しかし、何故アーデリカさんを? エーリッヒ様の方が適任では?』
一月以上この城に滞在してレオーネとダリアスにダンスを教えていたエーリッヒなら、気心も知れている。それに、レッサーヴァンパイアのアーデリカよりも実力では彼の方が上だ。
「この前の夜会で保守派の嫌がらせがあったから、ゼルブランドは配下を強化しようとしているのだと思う。
それなら、エーリッヒをハイヴァンパイアに存在進化させるより、レッサーヴァンパイアの彼女をノーマルに存在進化させる方が早く済む」
『なるほど』
ゼルブランドとアーデリカの関係について、主従である以上の事を知らないプルニス・プルコットとダリアスは彼女が同行する事についてそれ以上疑問には感じなかった。
『でもまさか、死んだ後に初めて遺跡を探索する事になるとは思わなかった』
それに、ダリアスは初めての遺跡探索に思いを馳せるのに夢中になっていた。
〇現在のダリアスの弱点
・日光への恐怖心 → 日光で体が焼ける(変更!)
・睡眠で精神を癒せない
・浄化魔法でダメージを受ける。自分が唱えた場合でも同様
・回復魔法でダメージを受ける。自分が唱えた場合でも同様
・人を見殺しに出来ない
・吸血鬼に逆らえない
・油断すると思考が声に出てしまう
・未練が解消すると消滅(成仏)してしまう
・再生力を維持するために、血を飲まなければならない
〇〇〇〇〇〇
〇魔物図鑑
名称:スレイヴヴァンパイア
種別:アンデッド
討伐難易度:☆3
最下位の吸血鬼とされる魔物。外見は多くの場合ミイラ状になった人間の死体で、元になった種族の外見的特徴に加えて、紅く変化した瞳と牙と鉤爪を生やしている。また、単純な命令を実行する知能はあるが人間だった頃の人格や記憶は喪失している。
半ば生物である吸血鬼の一種とされているが、アンデッドとしての特性が強く心肺は動いていない。また、吸血鬼としての能力も怪力と再生能力しか持っていない。また、それらにしても程度は弱く、怪力はオーガーと同程度で鉄を引き裂く程ではなく、再生能力も欠損した部位の再生は出来ない。切断された部分を繋いだ場合は数日で接合する事は出来る。
それに対して吸血鬼の弱点――日光に身を焼かれる、定期的な吸血を行わなければ肉体や能力を維持できない、銀に弱い――は全て持ち合わせている。もちろん、回復魔法や神聖魔法の浄化でダメージを受ける等アンデッドとしての弱点も同様。
そのため、討伐難易度は星三つ。ただし、以上の記述は通常のスレイヴヴァンパイアについてで、ダリアスのような異常種の討伐難易度は星五つから六つになる。
名前の通り吸血鬼の奴隷であり、レッサー以上の吸血鬼が血を飲み干して殺した人間の死体に、自身の血を一滴与える事で作られる存在。
そのため、この魔物が存在するという事は主人である吸血鬼が近くにいる可能性が高いため注意が必要。
また、存在進化できた場合レッサーヴァンパイアになり、失っていた人格と記憶を取り戻すがノーマル以上の吸血鬼が主人である場合は逆らう事が出来ず配下として扱われる。




