17話 高位骸骨助祭だった者が踏み出す新たなステップ
「ギャアァァァァ!?」
ジリウスの薄い胸板を貫いたダリアスの肋骨は、彼に今まで感じた事の無い激痛をもたらした。
(き、傷が熱いっ!? 本当に体を内側から焼かれているようだ! これはあいつが纏っている炎のせいか!?)
ダリアスの肋骨からは、瓦礫の礫と違いオーラを纏い……いや、発し続けていた。青白い炎は、彼の戦意を表すように激しく燃え、ジリウスの体内を焦がしている。
激痛のあまり、ジリウスは魔法を唱える事も飛行状態を維持する事が出来ず落下した。
『フンッ!』
そこに待ち受けていたダリアスのメイスの一撃がめり込んだ。体をくの字に曲げたジリウスが、悲鳴を上げながら床に転がる。
『『女神の一撃』!』
そのジリウスに、ダリアスはさらに攻撃魔法を放つ。血をまき散らしながら更に床を転がったジリウスは溜まらず叫んだ。
「ま、待てっ! 待ってくれっ! 僕の負けだっ!」
ジリウスに駆け寄って更にメイスを振り下ろそうとしていたダリアスは、整っていた顔を血と涙で濡らした彼の敗北宣言を受けて立ち止まった。
『……分かった』
決闘に自分が勝ったという事は、あのエルフの少女は助かった……少なくともこの場では害されないという事だ。そう思った途端、火が消えたようにダリアスの中の怒りや殺意は消えてしまった。メイスを握った腕を降ろし、振り返って立会人であるゼルブランドを見る。
「この決闘、ジリウスの敗北を認め、ダリアスの勝利と――」
「盾をっ!」
ゼルブランドの勝敗を告げる声を遮って、レオーネの鋭い声が響く。次の瞬間、ダリアスは後ろに大きく吹き飛んでいた。
「チィッ! 運の良い奴だ!」
降伏したはずのジリウスが、神聖魔法の『中級筋力強化』を唱えダリアスを殴りつけたのだ。
(あ、危なかった。レオーネ様が叫ばなかったら、まともに食らっていた)
だが、ジリウスの拳はダリアスではなく彼が反射的に構えた盾に当たっていた。吸血鬼用の頑丈なラウンドシールドは少々凹んだだけで彼の一撃を受け止めてくれた。
『負けを認めたんじゃなかったのか!?』
「黙れっ! 僕のプライドに賭けて、貴様のようなスケルトン如きに負けるわけにはいかないんだよぉっ!」
何とか倒れずに着地したダリアスに牙をむき出しにしたジリウスがそう絶叫する。同時に胸から引き抜いたダリアスの肋骨を床に叩きつけ、踏み砕いた。
「『宣誓』! ガルドールにかけて、このスケルトンをバラバラにしてやる!」
更に、自らに加護を与えた神に対して誓いを述べる事で、それを達成するための助力を得る『宣誓』の神聖魔法を唱えた。ジリウスの身体能力や魔力が、ガルドールからの支援によってさらに強化される。
『それがプライドのある奴がする事か!?』
「いいから呪文を唱える!」
『め、『女神の一撃』!』
思わず言い返すダリアスだったが、観戦しているレオーネの叱責を受けて攻撃魔法を唱える。だが、ジリウスは光線にも構わず突撃を敢行する。
「『死の祝福』!」
そして更に神聖魔法を発動する。直後、ダリアスが放ったディランティアの光線がジリウスの腹を撃つが、悲鳴もあげずに疾駆する
「シャァァァ!」
奇声を上げて、ジリウスが鉤爪の一撃を振るう。
『痛みを感じないのか!?』
絶え間なく繰り出される鉤爪を盾で何とか防ぎながら、ダリアスが驚愕する。吸血鬼には強力な再生力を誇るが、痛覚はある。特に内臓への衝撃は、半ば生者である吸血鬼には意志で無視できるものではない。
しかし、ガルドールの神聖魔法である『死の祝福』は対象者に死者の特性……痛覚を無くし、毒の無効化、生物なら必ず起きる反射的な作用が止まる等の、有利な点だけを一時的に与える事が出来る。ジリウスはその恩恵を受けていた。
(早くっ、こいつを倒さなくては!)
だが、ジリウスは勝負を焦っていた。不死性を誇る吸血鬼だが、ダリアスのような完全なアンデッドとは違い限界が存在する。
ロードなら不死に限りなく近づくが、つい先ほどノーマルに存在進化したばかりのジリウスの再生力は度重なる負傷によって既に落ち始めていた。
本音を言えば吸血によって回復したいところだが……決闘相手は血が一滴も無いハイスケルトン。エルフの少女の身柄は決闘の結果によって左右されるので、手を出すわけにはいかない。周囲にいる人間はゼルブランドや他の吸血鬼の所有物。
(何故僕がこんなにも追い詰められなければならないんだ!)
吸血できる相手がおらず、強まっていく飢餓と疲労によってジリウスは抑え難い苛立ちを抱えていた。
『くぅっ!』
焦りによってジリウスの動きが大雑把になったお陰で、ダリアスは何とか鉤爪の直撃を避け続けていたが、それでも反撃に転じる事はまだできていなかった。
(このままじゃジリ貧だ。『浄化』を使うか? いや、でも片腕では持ちこたえられない。それに『浄化』だけでこいつを倒しきれるのか?)
その迷いが隙になったのだろう。一瞬の遅れを突いて、翻ったジリウスの鉤爪が盾を掻い潜り、ダリアスのメイスを握る右腕を切断した。
(しまったっ!)
ジリウスの口元が歪んで会心の笑みを浮かべ、背後からレオーネの短い悲鳴とゼルブランドの舌打ちが妙にはっきり聞こえた。
(こうなったら盾で殴るしか……いや、もう一本ろっ骨を外して義手代わりに……あれ? 何で骨が切断されたら外れるんだ? 元々腱も肉も無い状態でくっついて動いているのに。
この前だってレオーネ様に物理的にバラバラにされたけど、くっつければ元通りだったじゃないか。……つまり、くっついていればいいんじゃないか?)
極限状態で全てがスローモーションに見える状態で、意識のみが加速したダリアスは思いついた通り、切断されて離れて飛んで行こうとした右腕をオーラで掴んだ。
『よし、思った通りだ』
すると、右腕はオーラに包まれ切断されたままダリアスの右腕として動く状態に戻った。
『お返しだ!』
そして、会心の笑みを浮かべたジリウスの胸板にメイスを叩きつけた。
「ぐぼっ!?」
メイスに肋骨を粉砕され片肺を潰されたジリウスが驚愕の顔つきで、濁った悲鳴と血を吐き出す。だが、身体能力の差で心臓は守られてしまった。
しかも、ジリウスは驚愕しても攻撃の手は緩めなかった。その上、右腕の一件で切断ではダメージを与えられないと考えたのだろう。鉤爪をしまい、拳で殴りつけて来る。
(クソッ、隙だらけなのに……速すぎて隙を突けない!)
ジリウスの鉤爪を使用しない体術は、稚拙だった。型を教わっていないらしく、動きが雑で隙がある。だが、神聖魔法で強化された吸血鬼の身体能力のせいで、ダリアスは防戦するのが精いっぱいだった。
先ほどのように虚を突くか、自分も何とかして身体能力を上げなければ押し切られる。だが、ダリアスは既にディランティアの神聖魔法で身体能力を強化している。同じ魔法を重ねがけしても、効果は重複しない。
(いや、違う魔法扱いになるはずだからいけるか? 問題はばれないかだけど……やるしかない! 出来るだけ小さな声で――)
『あまねく命の女神よ、太陽の光の如き祝福を我が身に与えたもう』
「っ!?」
小さな呟きのようなダリアスの祈りを聞き取ったジリウスが目を見開くが、片肺がまだ回復していない彼は声を出せない。
『『中級敏捷性強化』、『中級筋力強化』』
神聖魔法は、加護を与えた神が異なる場合別々の魔法となる。『冥界と月の女神』ディランティアではなく、『生命と太陽の女神』フォースティアの加護によって唱えた神聖魔法の効果で、ダリアスの身体能力がさらに高まった。
『反撃開始だ!』
その途端、ジリウスの動きについて行けるようになった。そうなればダリウスは彼の隙を、思うままにつく事が出来る。
突き出されたジリウスの右拳を左に回避して彼の背後に回り込み、メイスで肩甲骨を叩き割った。
痛みは感じなくても再生するまで右腕が使えなくなり、激怒したジリウスは左脚で蹴りを放つ。だが、ダリウスは盾で受け止める。逆にバランスを崩してよろめいたジリウスの軸足を、素早く踏み込んだダリアスの足払いが刈り取る。
生前のダリアスには魔法だけではなく、武術の才能も持ち合わせていなかった。だが、死後は違う。二柱の女神の加護と本人は自覚していないが聖女の祈り、そしてレオーネやプルニス・プルコットによる訓練と実験。そして本人が諦めずに力を培い続けた努力と経験がある。
『レオーネ様の技に比べて、お前は拙すぎる!』
それらがダリアスを勝利に導いた。
「がはぁっ!? ま、待て、僕の――」
床に無様に転がったジリウスが、頭上に振り上げられたメイスを見て叫び声を上げるが……。
『同じ手はくわない! 『神聖武器』!』
ダリアスはメイスに神聖魔法をかけ、オーラを込めた右腕でそれをジリウスに振り下ろした。それは彼が咄嗟に上げた両手ごと、恐怖に歪んだ顔が熟れ過ぎた果物のように粉砕される。
血と頭部の欠片が飛び散るが、それは直ぐに灰と化した。
『あっ……』
その様子を見て、我に返ったダリアスはやり過ぎたかと存在しない血が引いた気がしたが、それは杞憂だった。
「やったじゃない、ダリアス! ゼルブランド、早く宣言しなさいよ」
「分かっている。この決闘、ジリウスの敗北を認め、ダリアスの勝利とする」
はしゃいだ様子で駆け寄って来たレオーネがダリアスの肩を叩きながらその勝利を祝い、彼女に急かされたゼルブランドも彼の勝利を認めた。
「それと、吸血鬼の面汚しの処刑もご苦労だった」
『処刑って……?』
「そうだ。奴が降伏した段階で、決闘の決着はついていた」
『でも、それはあいつの演技で……』
「演技だろうが何だろうが、降伏は降伏だ。俺がそれを認めた時点でな。だから、その後は処刑だ」
どうやら、決闘の勝敗はジリウスが演技で降伏した時点で彼の負けという判定だったようだ。だったら、その時点で止めてくれればいいのにとも思ったが、それよりほかの吸血鬼達の反応が気になったダリアスは周囲を見回した。
「素晴らしい戦いだった」
「ああ、まったくだ。血の滾りを覚えたのは久しぶりだよ」
「ハイスケルトンも侮れないな。流石はレオーネ様の配下だ」
しかし、吸血鬼達の反応はダリアスの予想に反して彼に好意的だった。本音かは分からないが、少なくとも彼や彼の主のレオーネを非難する者や、ジリウスを擁護する者は一人もいない。
誰もが笑みを浮かべてゼルブランドの審判に賛同し、ダリアスの勝利を讃えて拍手する者も多い。
『……』
大勢の人に認められるという経験が殆どないダリアスは、吸血鬼達からの賛辞を受けて空っぽの胸中にこみ上げてくるものを感じ……その場に崩れ落ちた。
「ちょ、ちょっとダリアス!?」
『すみません、気が抜けてオーラの操作が疎かになって切断された骨が……』
「ゲジャックっ、ダリアスの骨を集めてっ!」
『あ、大丈夫です。すぐに繋ぎ直せます』
「はぁ、締まらない奴め。それで、文句は無いだろうな?」
ため息を吐いたゼルブランドだったが、顔を上げた時には鋭い眼差しでゾルフィウス卿とその背後にいつの間にか現れた人物を睨みつけ、尋ねた。
「不平不満は一切ない」
無言のまま横に退いて一礼するゾルフィウス卿に代わって、新たな吸血鬼は静かに答えた。面長で整った顔立ちの、穏やかそうな青年の姿をした彼が口を開くと、周囲の吸血鬼達の驚きが波のように広がっていく。
「ラオポルド様だ」
「いったい何時から? 気が付かなかった」
どうやら有名人らしいと、オーラで骨を再度接合して立ち上がったダリアスが眺めていると、ラオポルドは静かな口調でゼルブランドに話しかけた。
「だが、少し時間を貰えるかな?」
「いいだろう」
「感謝する」
ゼルブランドとラオポルドの短いやり取りの意味が分からず、ダリアスが様子を伺っていると彼は手袋を取り、青白く細い手を自ら傷つけ、血を一滴ジリウスだった灰にかけた。
『っ!?』
次の瞬間、床に落ちた血に灰が集まり、蠢き、人の形に戻っていく。
「あ゛っ、がっ……あああぁっ! かはぁっ!」
そしてほんの数秒で、ジリウスは灰から復活した。
『あいつ……あの人が、ジリウスの親だったのか』
ノーマル以上の吸血鬼は、灰に還っても復活する手段がある。その一つが、親に当たる吸血鬼の血を灰にかける方法だ。
「そうみたい。まさかあの若造が、保守派の重鎮の配下の一人だったなんて思わなかった」
『凄い吸血鬼なんですか?』
「ええ、ディラン・ラオポルド。現存しているヴァンパイアロードの中でも最古参の一人」
「お、おおっ、ありがとうございます、ラオポルド様っ!」
復活したジリウスは背後で話すダリウスとレオーネに構わず、主であるディランの足元に跪いて首を垂れた。
「決闘に負けた僕にもう一度チャンスをくださるとは、寛大な措置に感謝いたします! 必ずはこのご恩に――」
「ジリウス、立て」
「はっ!」
感謝を述べるジリウスの言葉を遮って述べた主の命令に、彼は即座に答えた。
「……ごふっ!?」
その胸板をディランの細い手が無造作に貫いた。
「な、何を……何故ぇ!?」
貫いた手で赤い肉塊……脈打つジリウスの心臓を握ったままディランは尋ね返した。
「分からないかい?」
「も、申し訳ありませんっ、つ、次は必ず、勝って――」
「はぁ……違う。私はね、君が決闘に負けた事を咎めている訳ではない。そんな事で配下を罰するほど、狭量ではないつもりだよ」
「な、なら……」
「私はね、君が神聖な決闘で騙し討ちをした事を咎めているのだよ」
ジリウス越しにダリアスが見たディランの瞳は、紅いのに氷のように冷たかった。
「素直に敗北を認めるならともかく……君には目をかけていたが、とんでもない事をしてくれた。我が血統の面汚し、血を濁す恥知らずめ。君に祝福を与えた私が愚かだった」
人間の社交界では、時に無作法な振る舞いが犯罪よりも厳しく咎められる。ジリウスがダリアスとの決闘で行った事は、まさにそれだった。
「お、お許しくださ……い……」
「ガルドールの下へ行くといい」
ディランが指を握り、ジリウスの心臓を握りつぶす。再び、彼は灰に還った。
一連の出来事を見ていたダリアスは唖然としていた。殺すつもりだったのなら、何故ジリウスを一度復活させたのかと、驚きと疑問が意識を占領している。
「吸血鬼を完全に滅ぼす方法はいくつかあるが、その一つが親に当たる吸血鬼が直接その手で殺す事だ」
決闘中、プルニス・プルコットから預かった記録用のマジックアイテムで撮影に徹していたゲジャッグが、近づいてそう語った。
「あのジリウスって野郎は、万が一にも蘇らない真の死を与えられた事を、大勢の前で明らかにするほどの事をやらかした。そういう事だ」
ダリアスの知識に無い吸血鬼の倒し方を知ったと同時に、「決闘に降伏すると偽って騙し討ちをする」行為が死刑に相当する罪だという事を理解した。
「同情しているの?」
黙り込んだままジリウスだった灰に視線を落とすダリアスに、レオーネがそう尋ねると彼は『いえ』と言って首を横に振った。
『同情はしていません。ただ、憐れんではいます』
一時は気が狂いそうになる程の憎しみを覚えたし、ジリウスには何度も罵倒され何より騙し討ちを受けた。だから、憎しみが消えた今でもマイナスがゼロになっただけで、好意的な感情は一切無い。
だが、すでに死んだ相手だ。完全に復活する事が無いのなら、悪感情を持ち続けても空しいだけ。ただ、その最期が憐れむに値する無惨なものだったから、憐れむ。それだけだ。
「もういいな? では取り決め通り、そこのエルフは貰うぞ」
「ああ、もちろんだとも」
手に付いた灰を払っていたディランは、そう確認するゼルブランドに対して顔に再び穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「それと、この件で君に正式に謝罪をしたい。賠償を支払おう」
「賠償だと?」
決闘によって、ゼルブランドが所有するこの城の広間は、それなりに荒れていた。多くはジリウスが放った攻撃魔法の流れ弾によるものだったが、一番大きな損傷は倒れた彼に振り下ろしたダリアスのメイスに寄って陥没した床だ。
その事に気が付いたダリアスは、弁償を迫られたらどうしようと肝が冷える思いだったが杞憂だった。
「フンッ……『完全修復』」
鼻を鳴らしたゼルブランドが唱えた魔法によって、まるで時が巻き戻ったかのように広間の損傷が修復されたのだ。
「見ての通り、損害は皆無だ。
皆、余興はどうだっただろうか? 夜会はまだ続く、夜を楽しんでくれ」
そうディランに言い捨て、会場の吸血鬼達に余興は終わりだと告げて身を翻すゼルブランド。その背後に、何処か呆然とした様子のエルフの少女の手を取ったアーデリカが続く。
再び会場に穏やかな音楽が流れ、吸血鬼達は先ほどの出来事について歓談を始めた。
「今回の夜会、ゼルブランド様が器の大きさを見せつける事になったな。愚か者の処刑を譲り、賠償を辞退し借りを返させなかった。実に大物らしい」
「それよりもあのダリアスというハイスケルトンはどう? 体から出ているオーラを操っているように見えたけれど、あれが勝利の要因かしら?」
「いやいや、相手は吸血鬼とはいってもレッサーに血を与えノーマルに存在進化させた急造だ。剣技も魔法も、持っている剣さえ劣っていた。それが彼の敗因さ」
その内容の殆どがゼルブランドとダリアスに好意的なものだった。しかし、それに反応する余裕は彼には無かった。妙に体が熱を持ち、全身や体の内側が疼くような感覚に襲われたからだ。
『こ、これは、なんだ!? もしかして――』
「ちょっとダリアスっ、あなた存在進化してない!? ゲジャッグっ、記録! 撮り逃したらプルニスから一生恨まれるっ!」
「お任せくださいっ!」
ゲジャッグが構えた記録用のマジックアイテムの先で、ダリアスの身体に大きな変化が起きていた。絶たれた骨が元通り繋がり、骨と骨を繋ぐ腱が伸び、空っぽだった胴体にグロテスクな内臓が生じ、それを赤黒い肉とどす黒い肌が中途半端に隠す。
『がっ、あっ、あがっ!? め、目がっ……よく見える?』
そして犬歯が伸びて牙になり、青い炎だけだった眼窩には眼球が納まっていた。
「よく見えるって、今までは見えてなかったの?」
そのダリアスの眼球を覗き込みながらレオーネが尋ねると、ダリアスは口を動かさないまま答えた。
『見えてはいたんですけど、生きていた時と比べると焦点以外がぼやけているというか、はっきりしない感じで……でも今は生きていた時と同じように見えますね』
「そうね、眼窩に眼球があるし」
『えっ、眼球がっ!? あ、あるっ!?』
指で眼球に触れたダリアスは、ついにスケルトンではなくなったのかと思い感激したが、それは半分ぬか喜びだった。
『あ……あんまり変わってないですね』
レオーネの紅い瞳に映る彼の姿は、骨だけだった時よりもグロテスクに見えた。ボロボロになった皮鎧の隙間から覗く乾いた皮膚と変色した肉。その間から見える骨。ただ顔は皮膚や肉がほぼなく、眼球が生じ犬歯が伸びて牙になった以外の変化は見られない。
牙が生えた髑髏の仮面を被っているようにも見える。だが、全身を見ると人間の姿には程遠い。変色した皮膚や肉が付いた分、骨だけだった頃よりもむしろ人間から遠のいたような気がした。
「かなり変わったわよ。ダリアス、あなたはハイスケルトンからスレイヴヴァンパイアになったの。今はさしずめ、スレイヴヴァンパイアビショップってところね」
そう言いながら、レオーネはダリアスの顔をじっと見つめる。
「それで他に異常はある? 気が遠くなるとか、記憶が不明瞭になったとか、オーラが出せないとかは無い?」
『いえ、特には。あ、オーラは……良かった、出せる!』
ダリアスの全身から、青白いオーラが火柱のように立ち昇った。様子を見ていた吸血鬼達があまりの勢いに驚くが、レオーネは安堵した様子で手を叩いた。
「良かった。存在進化させたかったけど、普通のスレイヴヴァンパイアみたいに自我や記憶が無くならなくて安心した。オーラはハイスケルトンだった頃より量も勢いも増えているみたいだし、プルニスとプルコットも喜ぶわ」
『帰ったら、実験の量が増えそうだ。ありがとうございます、レオーネ様』
「ゴホンッ!」
唐突に聞こえたゲジャッグの咳払い。何か拙い事をしただろうかとダリアスが振り返ると、彼は半眼になってダリアスを睨んでいる。
『あ、失礼しました』
それでダリアスはレオーネとの距離が、彼女の吐息がかかるほど近くなっていることに気が付き、離れようとした。しかし、素早く伸びた彼女の手が彼の腕を掴んで止めた。
「このまま踊りましょう。元々その予定だったじゃない。音楽も再開したし」
『えっ、いや、存在進化して体のバランスも結構変わりましたし、練習通りに踊れるか分かりませんよ?』
「いいからいいから」
レオーネはダリアスの手を取って広間の中心まで引っ張っていく。ダリアスは慌ててメイスや傷だらけになった盾を腰や背中に戻すと、彼女に合わせて踊り出した。
その光景は、決闘でボロボロにされた皮鎧も相まって美女と亡者が踊る妖しくも恐ろしい一枚の絵画のようだったが、レオーネはとても楽しそうだった。